学園でエセ勇者と揶揄されるオレ、うすほそ貧弱ボディ過ぎて喋らなかったら周りが勘違いを重ねて過保護になっていくんだけど 作:IXAハーメルン
「けほっ……」
クラスメイト達によって担ぎこまれた保健室にてオレは寝っ転がっていた。
あ゛~きっつ……全身ピリピリするし……昔はもう少し……訓練してた時はあと五歩くらいは歩けてたんだけどなぁ。
勇者候補から外れて訓練とか一切しなくなったからなぁ、ゲームばっかしすぎて出不精の末路か?
体の痛みに悶えながらベッドの中で包まる。
できれば今すぐにでも回復魔術を使っていただきたいものだが、あいにくとこの学院に今回復魔術を扱える保健医はいないのだ。
貴族や金持ちの多いこの学院にいない、そこに違和感を抱くのは当然だ。
どうにも話じゃ、北の方や南の方でも魔獣魔物が妙に暴れているとのことで、一時的に駆り出されているとかなんとか。
オレがクソッたれのアコギな商売を繰り返すカスの回復術師に金を渋々払っていたのも、これが理由の一つでもある。
うえーん体痛いよぉ……ラミュエルの前で少しイキらなけりゃよかったぁ……。
しくしくと泣きながらゲームを展開するオレ。
まあよく考えたらこのまま授業さぼれるしええか、どうせ戻ってもまだ訓練続いてるしな。
アクションの気分じゃねえし……音ゲーもなぁ、のんびりできるサンドボックス系がいいな。そういや買って積んでた奴があったな……名前は確か、ボコAHマチョモンか。
ボコAHマチョモン、筋肉で出来たスライムが大地を破壊してクラフトをする話題のゲームだ。
まだ手を付けていないそれをのんびりと展開、放牧的な画面とのんびりした曲を聴きながら布団の中でゲームを進めていると、体の疲労感や痛みから次第にうつらうつらとしてくる。
……そういや、最近なんだかやたら気絶するなぁ。
変な出来事が多いからか……? 強めの魔術もよく使うし……そのせいかも……?
まったく……周りに騒がしい奴らばっかり増えやがって……まあでも一人よりは、ましか……
まどろみの中、視界の端に誰かが現れた。
「カメリ、ア……?」
カメリア、か?
いや……でもさっき授業があるって出てったし……回復術師でも呼んでくれた……?
そもそもあいつ……回復魔術扱えたっけ?
ぼやけた景色、映り込むのは薄い紅色の髪。
しらないひと。
「だれ……?」
その人はオレの額にそっと片手を当て、何かの魔法陣を展開した。
なにか危険な魔術か? だが疲労感に浸った体は動かず……すぐに全身へあたたかな何かが流れ込む。
きもちいい。
やさしくて……ここちいい。
「ふふ、まだ疲れているでしょう? この体じゃ呼吸もつらいはず、ゆっくり眠りなさいな」
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「ふふ、まだ疲れているでしょう? この体じゃ呼吸もつらいはず、ゆっくり眠りなさいな」
うっすらと汗をかいた少女の額を優しく撫で、その女性は静かに微笑んだ。
静寂にも似た時間。しかし彼女の展開しているであろう魔法陣たちは、その間もめまぐるしく変動を続けている。
「アル様! やっと見つけましたよ!」
その時だ、保健室の扉を叩き開け一人の従者が飛び込んできたのは。
「あら、見つかっちゃった」
「見つかっちゃった、ではありません! いつどこで何があるか分からないというのに、貴女というお方は……!」
「あーあー! きこえないー!」
入って来るや否やそれの口から咎めの言葉があふれだすものの、彼女は自分の耳に手を当ていやいやと首を振るう。
成人だというのにまるで子供じみたその態度、毎度のことながら憮然とした顔で従者はさらに口を開くも――
「しーっ、静かに。寝てる子もいるのよ?」
口元に指をあてての注意。
確かに彼女の言う通り、一人の少女がベッドの中でうずくまっていた。
よく見てみれば主人は珍しくも回復魔術をいくつも展開している、どうやら体調を崩しているであろう少女の治療を行っているようだ。
「しかし姫様自ずから治療とは……」
「乱雑な回復魔術で体が治らぬまま放置されていたのよ? きっと安い医者にばかりかかっているのね、普段から相当辛いんじゃないかしら?」
そういいながら主人が展開していく魔術は実に精緻なものだ。
焼き付いた筋肉の治療、神経の再接合、呼吸器の拡張に至るまで。直近で傷付いたものも多少あったが、それ以上に古傷となりかけていたそれらを次々に治療していく。
仮に本来この場にいるべき保健医が見たのなら、その圧倒的な技術力に舌を巻いていただろう。
それにしても彼女は『乱雑な回復魔術』と言ったがそれは酷な話だ。
市井で求められるのは軽い傷、あったとて骨折や魔獣による切り傷程度の治療が多い。
この少女に求められる治療など、貴族や豪商お抱えの回復術師でなければまともに触れることすら出来まい。
「公務のついでに母校に寄ったのだけれど……案外面白いものが見つかるものね」
治療を終え、主人がその少女の髪をそっと撫でた。
先ほどまでの苦しそうな呼吸から一転、実に穏やかな寝息を立てている。それだけで治療の良しあしが分かるというものだ。
主人の相変わらずの技術もさることながら、何より目立つのはこの少女だ。
白い髪と薄く細い四肢。あまりに特徴的すぎる姿に、百を超える貴族たちの中からですらなお、その従者は少女の名を言い当てた。
「確か……セラフィリア・スタンレイですか。落ちこぼれの子と聞きましたが」
「体も弱く戦闘には向かない気質。ええ、私もそう聞いていたのだけれど」
勇者の血筋、その中に似合わぬ美しくか弱い少女。
確かに多少は目を引くものがあるとはいえ、この主人がわざわざ彼女にここまで接近、ましてや治療を施すほどだろうか。
いや、ただの気まぐれか? 従者は気取られぬように目を瞑り――
「珍しい、そう思うかしら?」
「え!? い、いや……」
「隠さなくてもいいわ、
彼女の
ねめつけられた従者が少し怯えたような顔つきをするも、彼女の力の前に多少の抵抗など価値をなさない。
従者の心は分かり切った内容だった。
少しの怯えと好奇心、そして驚愕。
予想通りの内容に興味を失った彼女が目を逸らすと、従者は少し安堵したように小さくため息をこぼす。
「何も
「それはっ!?」
「事実よ……ええ、初めての体験だわ」
それは初めての体験だった。
従者にしても、そしてこの主人にとっても。
「魔道具? けれどここに私がいることなど予見できないはず……ならば生まれ持った魔力量ね、それも最低でも私の数倍以上……」
独り言を漏らす主人。
今まで未知の経験に本来ならば危機を抱くべきなのだろうが、その顔はわずかに悦喜に染まっている。
「生まれつきの体質? それとも私と同じように『恩寵』を持っているのかしらね? まさかスタンレイ家が気付いていないはずもないけれど……ふふ、見逃しておきましょうか」
『恩寵』。
かつては『呪印』として忌み嫌われたそれは、その出生に関わらず生まれ持つ特殊な能力の一つであった。
かの主人、アルゴニアス・グロリアは『天眼』の恩寵持ちであり、その能力は単純にして強大。
一瞥した相手を『視』る。
それは過去の記憶であり、現在の感情であり、思考である。
彼女を前にして隠し事は一切が通用しない、それこそが『天眼』の恩寵であった。
しかしながら回避する手段は二つ存在する。
その内の一つは幻龍を始めとした精神操作系の魔物、それらを組み合わせ作った国宝レベルの魔道具を用意する。
あるいは――彼女を遥かに超える魔力量を持つか。
単純に思える後者であるがその実、それほどの実力者は国内に数人もいれば良い程度だろう。
第一の話として貴族たちは長年に渡る高い魔力持ち同士の婚姻により、市井の者と比べて強大な魔力を持ち合わせる場合が多い。
時に平民の中からも外れ値は生まれるとはいえ、彼女に比肩することはありえないだろう。
理由は単純、彼女が第一王女であるからして。
強大な魔力持ち同士の掛け合わせ、その最果てこそがアルゴニアス・グロリアであった。
「よろしいのですかアル様」
「あの家は戦闘以外興味ないもの、この子を使って何か考えているわけでもないでしょう?」
かつての英雄、『救国の勇者』に狂ったあの血筋ではあったが、同時にそれ以外に興味を持たない点が評価されている。
英雄症候群、口さがなく噂好きの貴族の中には彼らをそう呼ぶ者もいる。
むしろその成り立ち故か、主と認めた相手には忠義が厚く国防に就く者も多いため、王族からは重宝されている一家でもあった。
「今年の極星祭はとても面白いことになりそうね」
「ではお父様には」
「ええ」
従者は少しの憐れみをもって少女を眺めた。
幼い頃から無感情だった第一王女の見せる一面。
だが往々にして初めて抱く感情というものは歪であり、乱暴であり、そしてひどく執拗である。
今はまだ彼女自身気付いていないであろうこの粘ついた感情は、おそらく近いうちに芽吹き、この薄く細い少女へと襲い掛かるのであろう。
だが同時に従者は、喜びを胸へと抱いていた。
当然だ。長年仕えた彼女が見せた人間らしい感情、いったい誰がそれを非難できようか。
むしろ王族の寵愛を賜るなど多くの者にとって身に余る光栄、本人も間違いなく喜ぶに違いない……この細い身がどれだけ保つかは分からないが。
「王族用の迎賓席を一つ増やすように言伝を、今年は私も参加するわ」
主人の言葉にこくりと頷き、従者は伝令の魔術を飛ばした。
「また会いましょう、可愛いお嬢さん?」
アルゴニアスは静かに眠る少女の側へしゃがみ込み、その細い体をそっと抱き寄せた。
鼻腔をくすぐるのは少しの汗と、若い少女特有の甘い香り。
眠りこけた少女の感情は何も読み取れない。静謐であり、穏健であり――僅かばかりに心の底から湧き出す、『視』てみたいという欲望。
家から疎まれた彼女はどんな感情を抱えているのだろうか?
嫉妬? 絶望? それとも身に合わぬとの安堵?
重い体を引きずる時の心は? 現状の日々には満足しているのだろうか?
しりたい、そのすべてを暴いてみたい。
今まで全てを知ることができた彼女であったからこそ、初めて現れた未知への好奇心は人一倍、いや数十倍にも膨れ上がっていく。
今までこの恩寵を疎んだことはあっても、このような感情を抱いたことなど一度もない。
初めて感じる感覚に彼女は、うっすらと微笑み目を細めた。
「ああ、本当に気に入ってしまったみたい」