学園でエセ勇者と揶揄されるオレ、うすほそ貧弱ボディ過ぎて喋らなかったら周りが勘違いを重ねて過保護になっていくんだけど   作:IXAハーメルン

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優しくてかっこいいお兄様

「お兄さまみてみてぇ! お花のわっかぁ! お兄さまにあげるっ!」

 

 お兄さまにそっと抱き着くと、お兄さまは少しだけ苦しそうに眉をひそめ、そのあと優しくぎゅっとしてくれた後に頭をなでてくれる。

 

 お兄さまは女の子だ。

 意味がよくわからないけど数年前、お兄さまが勇者として鍛え始めた日からお父さまがそう呼べと言うのでそうしている。

 

 お兄さまは物静かで実は結構おっちょこちょい、でも認められるため必死に訓練を続けているのをあたしは知っていた。

 細い指先を血まみれにして、痛む体を引きずって、体に合わない甲冑を着込み、何度も、何度も剣を取り落としては拾って振るう。

 お兄さまは体が弱い。筋肉だって全然つかないし、何かあるとすぐに寝込んでしまう。お抱えの回復術師がお兄さまの部屋に出入りするのを何度も見ている。

 

 それでも毎日早朝から訓練に出向く、そんなお兄さまにあたしは憧れた。

 

 お兄さまはすごい!

 お兄さまはかっこいい! かわいくて、きれいで、魔術をいくつも使えるのだってこっそり教えてくれて頭だっていい!

 

 何も知らないから憧れ続ける。

 お兄さまみたいに剣を――本物は持てないから拾った枝――を携えて、お母さまの白いパウダーを黒い髪の毛にはたいて怒られたこともある。

 

「あたしも剣ふりたい!」

「……危ないからダメ」

「え~? なんで~!?」

 

 今も何度も夢に見る、全てがサイアクの日。

 

 早朝だった。

 まだお父様との訓練だって始まってない時間、お兄さまは朝早くから起きて自主的に鍛錬していたから、あたしもよくそれに付いていて。

 

「……少しだけ、分かった?」

「うん!!」

 

 ふと、ちいさくお兄さまが笑って、あたしの頭をなでながら剣を渡してくれた。

 

「えいっ!」

 

 初めて剣を振るった。

 お兄さまがあんな苦しそうに振っていたそれはとても軽くて、腕の延長線みたいに自由に振るえた。

 お父様が振るうそれの真似をして縦に、横に、切り払って、心地いい風切り音がビュンビュンと鳴る。

 

「ねぇ! ねえあたし人形も切ってみたい!!」

 

 ぼうっとあたしを見ていたお兄さまに声をかけると、お兄さまは少しだけ目を見開いてからあたしの頭を撫でた。

 

「うーん……どう、かな? 硬いからとっても難しいよ?」

「やーるーのーっ! ね、いいでしょ!?」

「……仕方ない、ね」

 

 お兄さまが見ている前で、いくつも並んでいたうちの適当な人形を一つ立てる。

 緊張の一瞬。今日この瞬間初めて剣を握ったばかり、一度だってやったことがない。何度かお父さまとかが斬っているのはみたから――ああいう風に動けば、いいんだよね?

 

「えいっ!!」

 

 切った感じがしないほどあっさりとした手ごたえ。

 でも確かに振りかぶった切っ先は既に振り切られていて、確かにあたしは人形をまっすぐに切り捨ててしまったんだと理解できた。

 

「お……お兄さま! できたよ! あたし出来たっ!!」

 

 できた! できちゃった!! ……出来て、しまった。

 振り返ったその時に見たお兄様の顔は、今までに見たことがないほどの絶望に歪んでいて。

 

「お兄さま?」

「その剣は……まさか見て学んだのか? 見事な太刀筋だ」

 

 振り返って見たお兄さまの後ろで、丁度来たばかりのお父さまがこちらを見ていた。

 

 滑らかに切り裂かれた人形がずるりと堕ちる。

 お兄さまの立ち位置も、おんなじに。

 

 お父様は呆然とするお兄さまの横をすり抜けてその人形をすげ替え、もう一度やってみろとあたしに告げた。

 『こんなつもりじゃなかった』。

 でもその日からあたしは、勇者候補になった。

 

「もっと腹に力を入れろッ! そんなんでハッ倒されて負けましただのと寝言を言うつもりかァッ!?」

「はっ、はいっ!」

 

 お父さまから放たれる竜や獅子のごとき咆哮。

 

 お父さまが剣を振るう、お兄さまの稽古の時と同じように。

 耐え切れないほどの衝撃と痛みが手のひらから全身にまでびりびりと伝わって、剣を取り落とすたびに叱責が何度も飛んできた。

 

 こんな怖いのに耐えてきたんだ。

 お兄さまはこんなつらいのに、文句も言わないで努力し続けてきたんだ。

 それをあたしは知らないまま毎日毎日、訓練後のお兄様に引っ付いて……きっと苦しかったはず、きっと邪魔だったはず、なのにあんなにやさしくしてくれて。

 

 なのに、あんな顔をさせてしまった。

 

 その日、アタシは一人で蔵に忍び込んだ。

 お兄さまが使っていた鎧を、初めて着るそれを悪戦苦闘しながら着込んで、その場に座り込んだ。

 

「……おにいさま……あたしは……あたしは……っ」

 

 どうしてお兄さまが勇者じゃなくなるの?

 どうしてあたしが勇者になるの?

 

 何もわからないけれど、何かをしてしまった、お兄さまから何かを奪ってしまったのだけは理解した。

 あたしのせいだ。

 あたしがうばった。

 うばったうばったうばった奪った奪った奪った奪った! あの顔が何度も思い浮かぶ! あの、目を見開いた顔が……!!

 

 薄暗い蔵の中、熱くなった瞼から雫が何度も何度も零れていく。

 

 悪夢を見た時は何度もお兄さまの部屋に行って慰めてもらった。

 今だって会いに行きたい、でもあの絶望した顔をまたみるかもと思うだけで足がすくんだ。いや、あの顔がもし……怒りに歪んでいたら……っ。

 そのまま少しだけ寝て、目が覚めた。けれど現実という名の悪夢は終わっていないままだった。

 

 それからずっと鎧を着続けた。

 

 鎧の重さは安心する。時々お兄さまがぎゅっとしてくれるみたいに、体をすっぽり覆う重さは心地いい。

 それに鎧の中にいるとくじけそうな心を覆える、ヘルメットを着けていると辛くて怖くて泣きそうな顔を隠せる、そしてなにより……恨んだ目で見ているかかもしれない(・・・・・・)視線を、遮れるような気がしたから。

 

 そして一か月後、魔術を使わないお父さまを倒した。

 さらに半年後、こちらが真剣の大剣とあちらが木刀のハンデありで、魔術を扱う父を叩きのめした。

 一年後、オヤジはアタシにひれ伏した。無様な姿だった。一方的、すべての攻撃を上から叩き潰して、最後の隠していた一手をさらに上級の魔術でぶち壊してやった。

 

 周囲の一切が吹き飛んだ道場……いや、元道場の瓦礫の中で親父を見下す。

 

「この程度? さんざんイキリ散らかしてた割に大したことなかったなァ!」

「……見事だ、まさか一年でここまでとは」

「っ……ちっ、もういい。黙れ、アタシを苛立たせるな」

 

 『勇者』なんて吐き気がする。

 剣を振るうなんて大嫌いだ。

 アタシは手にしていた剣を思い切り叩きつけ、這いつくばる親父の横へと唾を吐き捨てた。

 

 ちっぽけだ。

 あの日あれだけ恐怖した背は、笑えるほどにちっぽけだった。

 普段から口数の少ねえクソオヤジはその日から一層口数を減らした。それでいい、どうせ口を開く度にイラつくだけなのだから。

 

 勇者勇者、愚かな一族。

 どいつもこいつもバカの一つ覚えばかり繰り返して何百年も進歩がない。

 そのせいで傷付く人を捨て置いて……っ、奪ってしまったのに何もできないままで。

 

「強大な力を持つ、その意味を常に考え続けろ。それこそがスタンレイ家に生まれた人間の責務である」

「……知るかよボケ」

 

 起き上がったカスの横っ面をぶん殴ってやった。

 

 下らねえ。

 全部全部、本当に下らねえ。

 力、勇者、過去に縋り付く愚かな一族。

 

 それから鍛錬をするのをやめた。それでも膂力や瞬発力、ありとあらゆる身体能力が日に日に増していくのを知っていたから。

 

 結局何もできないまま二年後、お兄様は国立の魔術学院へ旅立っていった。

 入学は来年だが王都に慣れるためにも少し早めの旅立ちだ。

 アタシが見送りに姿を現したらどうだろうか? 何度も脳内を反芻するその疑問へ思考を傾け続け、ついに馬車が遠くへ消えていく。

 

 それから蔵の物をいくつか売り払い新しい鎧を拵えた。

 華美であり、絢爛であり、魔術によって小さな体でも操れるようになった大鎧は、一方でそれ以外の機能を一切持ち合わせていない。

 張りぼて、だが故にアタシにはよく似合っている。

 

 お兄様が消えてもこの家は変わらない。

 屑の雑魚共が無駄な足掻きの鍛錬を繰り返すだけ。

 勇者に憧れるくせ、その本質を見失った無能の愚図共。お前らに何が守れる? 人の、血のつながった姉の、娘の心を甚振るゴミムシ共に。

 

 アタシは何のために戦う?

 この力は何のためにある?

 答えなどない。いや……きっと、ずっとそばにあったはずの答えをアタシが奪った。

 

 鏡の中に映る自分の顔は、お兄様に似ている。

 けれどこの黒く汚い髪の色はお兄さまとは違う、お兄さまは何にも汚れていないような無垢の白だから。

 だからきっとこれは……罪の色。

 

「お兄様……ごめんなさ――」

 

 口を噤め。

 アタシは唇を噛みしめ、いつも通りにヘルメットを着ける。

 

 簒奪者の謝意などに意味はない。

 むしろその謝罪こそがきっと、より深い傷を刻むことになるだろう。故に、謝罪とは罪である。

 覆い隠せ、小汚い言葉を垂れ流すその顔を。

 

 呆然と過ごす日々。

 鬱々とした脳内、少しでも気を緩めれば心の中に湧き出す無数の感情。

 

 お兄様が旅立ってから一年ほど経ったある日、庭にいたアタシの横へ珍しく父親面をしたクズが寄ってきた。

 そのつもりならお兄様にしてきたように殴ってやろう。何度も何度も甚振ってやろう。そう、固く拳を握りしめたその時だった。

 

「……セラフィリアが学院で迫害されているらしい」

「アァ……? どういうことだァ?」

「いじめ、といったところか。あれは貧弱な体の上背も低いからな、標的にはなりやすいだろう。得意の魔術を振るう勇気すらないらしいとは実に情けない」

 

 お兄様がそんなことをするわけねえだろうが。

 

 それの吐き出す一言一言がアタシの神経を逆撫でる。

 

「おいゴミムシ」

「……父に対して飛んだ言い草だな」

「テメェ、お兄様への仕送りを絞ってるらしいなァ?」

「これ以上必要か? 必要であれば自分で稼げば良い、あれにもそれくらいは出来るだろう」

 

 メイド共がしていた下らない噂話。

 ここしばらくアタシは周囲で何をされようと黙っていたからな、口さがない連中は聞こえる距離でも姦しく口にしていたのを聞いていた。

 月に銀貨数枚……衣食住としてはごく最低限に近い、それに体の弱いお兄様であれば一般人と比べ必要な物も増えるだろう。

 

 お兄様に稼げだと?

 蔵にはクソほど大量の金が、財物がある。スタンレイ家の人間は金に興味がねえ奴ばかり、いくらだって援助は出来るだろうが。

 

 まあいい。

 今回の話を解決するついでだ、アタシが直接もっていってやる。

 きっと喜んでくれる。

 きっと……きっと……っ!

 

「テメエの権力でアタシをお兄様のクラスに捻じ込め、それぐらい余裕よなァ?」

 

 アタシは少しだけ良くなった(・・・・・)気分のままに口角を吊り上げ、カスの襟を思い切りつかみ上げた。




き……キモチィィ……!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
テンション上がっていっぱいえぐい量書けたので7時くらいに続き投稿します!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
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