学園でエセ勇者と揶揄されるオレ、うすほそ貧弱ボディ過ぎて喋らなかったら周りが勘違いを重ねて過保護になっていくんだけど   作:IXAハーメルン

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知る

 走った。

 ただ走った。

 

 行く先なんてない、今はただ自分の姿さえ隠せればよかった。

 だから煩わしい鎧もマジックバッグに叩き込む、制服だけは一応着た。がらんどうな自分自身を曝け出し、気が付けば草むらの中にいた。

 

「……あぁぁあぁああっ!」

 

 失敗した。

 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したっ!!!!

 こんなはずじゃない、こんなはずじゃなかったのに!

 

 喉が痙攣し目尻が燃えるように熱い。

 自分の意思なんてもはや介在しない感情の発露、震える手で髪の毛をぐちゃぐちゃにかき回し叫ぶ。

 

 それからどれだけ時間が経ったのか覚えていない。

 ただ、涙を流すたびにどんどん自分が幼稚になっていくのだけは分かった。

 より幼く、情けなく……きっと、年相応に。鎧を脱いでしまったからだ、だから心の鎧すらどこかに落としてしまって。

 

「ふぇ……ふぇぇぇぇぇえぇぇぇんっ!」

「あらあら……?」

 

 誰もいない場所だった、少なくともここに駆け込んだときは。

 少し長くいすぎたのだろう、それに大声で泣き過ぎた。

 近寄ってきた彼女をぼやける視界で眺め、それがお兄様の横にいた女だと気付くのはすぐだった。

 

 クラスメイト、じゃあゴミムシ。

 あんな奴らに話なんて……!

 

 熱くなった脳内では一瞬否定の言葉があふれかえるも、心はそうはいかない。

 なんだっていい、誰だってもう構わない。もう……もうきっと完全に嫌われているのだから、チャンスも希望も全部この手で握りつぶしてしまったのだから。

 いまはただ……砕けた心の隙間からこぼれる絶望を誰かに聞いてほしかった。

 

 そうしてあたしはひくつく喉で今までの全部を口にして――

 

「ふふ、きっと貴方のお兄様は嫌ってなどいませんわ」

「ほんと!?」

 

 彼女のその言葉に心が軽くなった。

 

「嘘ついたらぶっ殺すよ?」

 

 いや、果たして本当か?

 ただ泣いている人間を肯定するために適当な言葉を吐いてるんじゃないのか?

 すぐに湧き出す疑心暗鬼を否定などできない、その材料なら無数に自分が積み上げてきてしまったのだから。

 

 また気が沈んでいく。

 

「貴女の守りたいという心意気はきっと届いていますわ、ただ……少しやり方が悪かったのかもしれませんわね」

 

 お兄様のクラスメイトの言葉はなるほど、確かにその通りに聞こえた。

 けれど自分は自分がいいと思った方法をやってきて、そうして失敗して今ここで泣いている。

 正しい方法なんて……何も思い浮かばない。

 

 少しだけぼんやりした頭のまま、アタシは横の人と会話を交わした。

 

「やはり親睦を深めるといえばお食事、貴女の好きなものを一緒に頂くなどすれば喜んでいただけるかと」

 

 ぱちりと両手を合わせ笑顔で語る彼女の言葉にはっとする。

 

 今まで考えたこともなかった、でも確かに物語などではよく聞く話でもある。

 同じテーブルで同じものを囲う、スタンレイ家ではあまり見られない風景でもあるがなるほど、やりやすい方法だ。

 

「好きなもの……お肉! ステーキ大好き!」

 

 お兄様はステーキ食べるかな?

 家だとあんまり食べてなかったけど……いや、でもこっちに来てからすごい痩せてるし、もっと栄養があって体にいいものを一杯食べたほうがいいよね!!

 

 天啓、まさしくこういうことを言うのだろう。

 それならただのお肉なんてだめだ、もっと滋養があるものを探してこないと!!!

 

 横の彼女にあいさつをしてアタシはその場から飛び出した。

 一分一秒だって惜しかった。

 全く思いつきもしない、それでも今までにないほどの名案をすぐにでも実践しないと。はやる気持ちのまま駆け込んだのは学院併設の図書館だ。

 

「――マーダーベアの手は希少性が高い、か。ふむふむ……」

 

 いくつかの本を流し読みして見つけた一文に目を惹かれる。

 超高級料理としても提供される、さらには栄養豊富となればまさしく今最も求めているものに合致していた。

 

 こ……これだ!!!

 これを焼いて出せば絶対絶対ぜ~~~ったい間違いないじゃん!!!!!

 

 あたしはぱたりと本を閉じて学院から飛び出した。

 

 マーダーベアはテラーベアの変種とでも言えばいいのか、魔力をより蓄えて強靭になった魔獣の一種だ。

 だからそう簡単には見つからない。もちろん森の絶対王者であるテラーベアの上位個体なのだから、まず市場には流通していない。

 

 狩ることは問題ない。

 カス親父との訓練中、何度も領地の森や危険地帯に剣一本で放り込まれたことがある。

 大体三日くらいだろうか、獲物を狩って生きてきたのだから。

 

「マーダーベアはどこにいるのっ!?」

「へ? ま、マーダーベアかい?」

 

 学院から飛び出し王都を駆け抜ける、ようやく見つけた巡回中の衛兵をあたしは引っ捕まえた。

 

「危険な魔獣だからね……あまり」

「そういうのいいから!!!!!!!」

 

 くどい!

 

 イラつきのあまり足踏みをする。

 砕け散った石畳を足でけり飛ばすと、衛兵は少し引きつった顔で腰の地図を広げた。

 

「や、やっぱり北の方に多いとされてるかな……特に帝国と接する森には……」

「わかった、ありがと! これお礼だから!!!!!!!!」

 

 早く行かないとほかの人にマーダーベア狩られちゃうかも!

 

 あたしは有無を言わさず金貨をマジックバッグからひっつかみ、困惑する衛兵へと叩きつけた。

 あとは何も聞いていない、その場から速攻で駆け抜けたから。

 

 方向は分かった、後は最速で、最短で、まっすぐに、一直線に進めばいい!!!

 

 昼を超え夜、双月が夜天に輝く頃、ようやくあたしはマーダーベアを見つけた。

 どうやら獲物を狩った直後らしい。口元を真っ赤に染め新鮮な肉を貪っているそいつを――

 

「ふんっ!!!」

 

 下から滑り込んでアッパー!

 顎を粉々に打ち砕き、無駄に巨大な体が大空を舞う。

 五秒ほどかけて落ちてきたマーダーベアは――すでに息絶えていた。

 

「よし」

 

 握るのも嫌だがバッグから剣を取り出し、すっぱりと腕先だけを切り落とす。

 あとの部位は――

 

「ぁえ!? な、なななな何の音ぉ……!?」

「あ」

「あ、貴女がしたの……いや、したんですかぁ!? あ、あーしは……」

 

 音に気付いて寄ってきたらしい一人の女がいた。

 

「これあげる! じゃ!」

 

 すべて捨ててしまってもよかったが、しかしそれだけというのは少しもったいない。

 魔獣に何か慈悲などを感じることは毛頭ないものの、丁度いいところに来たその女に全てを押し付けあたしは駆けた。

 

 川どこ!? 早く血抜きして冷やさないとお肉が悪くなっちゃう!!

.

.

.

 

「食えよ、『美味い』ぜェ?」

 

 アタシは食堂で、じっくり火を通してもらった熊の手をお兄様に差し出した。

 ヘルメットの隙間から見えるお兄様は少し困惑している。

 

「食えよ、『美味い』ぜェ?」

 

 だって本に最高級料理って書いてあったし!

 

 まだ遠慮しているお兄様にそっと差し出すと、ようやくお兄様はおずおずと口を開いてかぶりついてくれた。

 そのままお兄様は小さな口でずっともぐもぐしてくれている、それどころか全然口を離さない。

 まるでこれは自分のもだぞ! なんて言わんばかりに熊の手を両手で抱えて!

 

 えへへ……やっぱり! すっごい気にいってくれたんだ!

 

 でもお兄様には重いだろうからアタシはそれを抑えて抱えてあげる。

 

 どんどん食べてね!

 

「ふぁへ……ぁぇ……ふぇ…………」

 

 もー! そんながっついちゃってー!!

 

 そうしてアタシはお兄様に少しだけ近づけるようになった。

 毎日一歩ずつ、ちょっとずつ。今までは休み時間だったけど、授業中でも。

 虐めっ子を攻撃するのとかはお兄様が嫌がるのが分かったから、今度は応援したり、前みたいに食べ物をあげたり。

 

 ……でも応援して昔やってた『身体強化』を見たいって言ったら、お兄様がすごい勢いで飛んで行って倒れていったのにはびっくりした。

 多分また無理をさせちゃったんだと思う、クラスメイト達が保健室にお兄様を抱えていくのを見送ることしかできなかった。

 

「前々から思ってたけど明らかにウチにいた頃より体調悪いだろォ! なァ!! さっさと家に帰った方が身のためだぜェ!!」

 

 保健室から帰ってきたお兄様をアタシは抱きかかえた。

 

 それは薄々、そしてずっと思っていたことだ。

 確かにお兄様の身体は弱い、けれど明らかに以前と比べても弱っている。

 そもそも疲労困憊だったとはいえ毎日剣を振るい、魔術をこっそり訓練していたはず……強力な魔術とはいえたった一回や二回で血を吐くなんて。

 

 環境の影響か、それともまた別の何かか。

 

 あの家の人間はクソだ。

 でも金はある、お抱えの回復術師だって腕が立つ。それに今のアタシなら……お兄様を守れる。

 お兄様に何か言うような奴が出てきたらぶん殴ってやればいい。お兄様はきっとそれをいやがるだろうけど……こればかりは譲れないから。

 

 いや、家に帰らなくったって構わない。

 それでもこの学院も結局はお兄様を傷付けた、なら無理にいる意味なんてない。

 

 少しだけ腕の力を強めてお兄様を抱きしめる。

 細くて柔らかい、アタシと身長もあまり変わらない体。

 やっぱり放ってなんてはおけない、アタシが守りたい。

 

「貴女は家の名を背負っていますのよ!」

 

 金髪女……いや、たしか……カメリア、だったっけ。

 お兄様の周りにいつもいる口うるさい女、お兄様と同室でべったりしてる女。

 

 この前の一件は確かに感謝してるけど――家の名、なんてね。

 

「ンなもん知らねえ! 家の名だのに興味ねえんだよアタシはッ!」

 

 笑ってしまう。

 あんなものの名がいくら傷付こうが何も感じはしない、むしろさっさと潰れてしまえばいい。

 所詮は見ず知らずのお嬢様。こいつにはお兄様の苦しみなんて理解できない、アタシの思いなんて考えもできない。

 

 でもカメリアは怯まなかった。

 むしろより一層眉を吊り上げて叫んだ。

 

「興味のあるなしに関わらず周囲の視線は変えられません、知らなかったでは済ませられませんわ!! それに非行不評は同時に、貴女の姉であるセラフィにも影響しますのよ!?」

「それは……っ!」

 

 一瞬で頭に血が行く。

 思わずお兄様を手放して拳を振り上げかけた!

 

 それは……っ! それ、は……。

 

 否定の言葉を吐くのは簡単、でも脳をだませるほどの納得した理由は思いつかなかった。

 正しい。

 この女の言うことは、正しい。前会ったときと同じ、正論ばかりを吐く。

 

 ……つく、ムカつく!!!

 虐められてるお兄様をずっと放置してたくせに! そっちだってアタシと変わらないくせに!

 なんでお兄様はそいつの方にいくの!? アタシだって! アタシだってお兄様のことを考えてやってるのに!!!!

 

 そんなに名声を上げるのが大事なら……自分の強さを見せびらかしてやるのがいいってのなら――

 

「――潰してやるよ、武闘大会。参加者全員、羽虫みたいに叩き潰してやりゃ満足だろ? お前が大好きな家の名声とやらもそれで充分周囲に伝わるよなァ?」

 

 迫るグロリア極星祭、最も盛り上がると聞いている武闘大会。

 興味なんてあんまりなかった。でも出てやる。全員潰して……全員アタシの前に跪かせてやる。

 アタシが、スタンレイ家の人間が強いって、何かすればすぐにでも潰されるってわかればみんな理解するだろう。

 

 もう、お兄様には誰も手を出させない。

 

.

.

.

 

「まさか初戦から貴女と戦うとは思いませんでしたわ」

「……フン」

 

 これは運命の采配か、カメリアが白銀の剣を片手にこちらへ笑みを向ける。

 

「貴女は確かに強いのかもしれません、けれど少し視野が狭窄すぎますわね。その力を振るう方法と意味を真に理解しなくては、いつか大切なものを傷付けてしまいますわ」

『強大な力を持つ、その意味を常に考え続けろ。それこそがスタンレイ家に生まれた人間の責務である』

 

 カス親父を叩きのめした日、言われた言葉が脳裏を過った。

 ……相変わらず癇に障る女。

 

「――御託は十分だ、来いよザコ」

 

 今、アタシの戦いをお兄様が見ている。

 お兄様は白くてよく目立つから、コロシアムの上の方で縮こまって座っているのもよく見えた。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 身体強化は行っているのだろう、それでもなお遅い斬りかかりに合わせてのカウンターパンチ。

 これで終わり、鼻で笑ってしまうほどに弱い。

 所詮はこの程度――そう考えたその時だった。

 

「っ、はぁっ!」

 

 不格好な動きながらも、カメリアは剣の腹を使い攻撃を受け流した!

 しかし衝撃を殺しきれないカメリアは大きく吹き飛ぶ。何度か地面を転がり髪や服をぐちゃぐちゃにしながらも――鋭い闘志を燃やした目でアタシを睨んできやがった。

 

「まだ、終わっていませんわ……!」

 

 力の差など一撃で理解しただろうに。

 

 二撃、ついでの三撃目は蹴り、これもぎりぎりで受け流された。

 技量もさることながらあの剣、おそらく聖銀によって作られた剣は堅牢であり同時に粘り強い。

 鉄製なら容易くひしゃげる攻撃を受けてなお、元の姿をとどめているのは流石というべきか。

 

「……わたくしも、負けられませんわ……わたくしにも守るべきものが……ありますもの……っ」

 

 殺しきれなかった衝撃のためか、それとも恐怖か。

 カメリアが剣を握る手は震えている。

 

 アタシは一気に踏み込み、その切っ先を思い切り殴り飛ばした。

 狙いが自分自身ではないことに驚いたのだろう、反応の遅れたカメリアは抵抗すら出来ず剣を取り落とす。

 

 闘技場のルールは簡単。

 一定以上の強いダメージを受けペンダントの防御魔術が発動するか、この巨大な盤上から落ちるか。

 

「――じゃあなァ」

「きゃ」

 

 アタシはカメリアの横で大きく腕を振るった。

 生まれる突風、だが剣を地面に突き刺しての抵抗ももはやできない。カメリアは木の葉のように大きく吹き飛び――盤外へと叩きつけられた。

 

「ふん……」

 

 試合はあっさりとした決着。

 だがカメリアの言葉やあの目付きが……いやに記憶へこびりついていた。

 

 戦いは嫌い、剣はもっと嫌い。

 そんなものにわざわざ価値や意味なんて求めない、邪魔な奴をつぶすためにただ振るうだけ。そうだ、アタシはただお兄様を守るために……?

 

 ああ、くそっ! こんなにっ、なんでこんなに……っ!!

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