学園でエセ勇者と揶揄されるオレ、うすほそ貧弱ボディ過ぎて喋らなかったら周りが勘違いを重ねて過保護になっていくんだけど   作:IXAハーメルン

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聖ガガンボ降臨祭

「――なんの、音?」

 

 なんだか外が騒がしいことに気付いた。

 最初はただのバカ騒ぎだと思った。この学院の生徒は騒ぐのが好きだ、極星祭が始まる前から皆浮かれてて、始まったらもっと皆浮かれてたから。

 魔術の音もする、でも……混じる悲鳴に気付いてしまった。

 

「……なに?」

 

 焦げ付いた肉の臭いがうっすらと漂ってきた。

 戦いが起きてる。

 

 少しだけ考えて、足元に転がっていた簡素な鉄の大剣を恐る恐る握った。

 剣は嫌い……でも、少しだけ安心する。

 

 ぼやけた視界、震える足で廊下を歩いた。

 一歩一歩進む度に匂いが強くなり、戦いの音が大きくなっていく。

 そうして外へと踏み出し――

 

「……これ、は!?」

 

 天を埋め尽くすほどの魔物たち。

 そのどれもがヒルに翼を生やしたかのような奇妙な姿、こんな魔物一度も見たことがない。

 

「たす……け……」

「っ、おらっ!」

 

 近くにいた人に噛みついていたのを蹴り飛ばす。

 見た目相応の耐久らしく、それは簡単に引き千切れて生き途絶えた。

 

 な、なにが起こってるの!?

 学院にモンスターたちが襲ってきてる!? スタンピードはこの国でも時々観測されるけど……こんな王都近くでなんてありえない!

 

「いったいなにが……!?」

 

 あたしは駆けながら周囲を見回した。

 生徒、その親、誰もが半狂乱状態で逃げ回っている。当然だ、こんなこと想定すら出来ていないだろう。

 それでも――クリスが叫び、戦えることに気付いた生徒たち、そして教師や騎士たちが立ち上がり始めた。

 絶望的な状況に、それでも自分たちの武器を振りかざし抵抗する。

 

 あたしはその中で困惑しながら魔物たちを切り裂いていく。

 ……これは、正しい? きっと、正しいと思って。

 

『――ブラッドジャベリン』

 

 その時だ。

 真紅の投げ槍がクリスへと襲い掛かった!

 

 突如現れた奇妙な男。

 それは空を舞う無数の魔物に似た翼を持ち、血によって形作られた武器を振るう。

 彼に襲い掛かった勇敢な騎士たちも容易く吹き飛んだ。

 

「鮮血の盟主、カズィクル――これより汝らの血を啜りすべてを鏖殺せん」

 

 まさか――魔人族?

 

 様子見をしながら魔物を処理していたものの、突如思い浮かんだ可能性にあたしは震えた。

 かつて大半が滅ぼされたはずの存在、それがわざわざ姿を見せるだなんて。

 これはきっとすべて用意周到に計画されたものだ。

 

 そうして気付いた。

 これだけの魔物がどこかから現れたとして――ここにいない人たちはどうなった? って。

 生徒たちの大半は観戦のためにここにいる。教師もそう、騎士たちは当然王族とかの護衛のためだからここら辺にいるはず。

 

 ――お兄さまは?

 お兄さまはどうなったの? 人が多いここから離れて、あまり人がいないところで一人だったはずのお兄さまは?

 

「……襲われた?」

 

 そんな、一人でいるようなら格好の獲物だったんじゃないの?

 お兄さまは強い、でも今日はきっとすごい疲れてると思う。これだけ朝から晩まで運動尽くし、抵抗なんて……!

 

 その可能性に思い至った瞬間、全身が恐ろしいほどの虚脱感に見舞われた。

 今すぐお兄さまを探しに行かないと、そう走り出そうとして――止まる。

 だめだ、どこにいるかが全然わからない。敷地中を探すのにどれだけ時間がかかる? それなら目の前のこいつを倒した方がいい。

 

 そう……自分に言い聞かせた。

 本当は全部嘘。

 怖かった。あたしが見つけてしまったらって。お兄さまを……襲われた、命を奪われたお兄さまを。

 

 震える足で中心へ向かう。

 そこには今にも襲われそうな剣聖と――カズィクルと名乗った魔族。

 

「敗北に尻尾を捲ったかと思っていたのだがな」

 

 ぎろりと紅い視線がアタシを睨む。

 

 やったのか?

 お前がやったのか……お兄さまを?

 

「蛮勇と勇気を履き違えたな――勇者」

「き、消え……ろ……ひっ、ヒル野郎……!!」

 

 手に力が入らない。

 こんなに剣が重いと感じたことはない。

 それでもあたしは斬りかかった、頭の中に過る最悪の可能性を少しでも考えないように。

 

「ぁぁああああっ!」

 

 大振りな横なぎ、雑な振り下ろし。

 自分自身ですらどうかと思うほどのあまりに乱暴な攻撃をしかし、カズィクルは槍によって真正面から受け止めた。

 しかし殺しきれなかったらしい、勢いを残し切っ先が男の肩へとめり込む。

 

「流石にあの姉を持つだけはある」

「――! お兄さまに会ったの!?」

「お兄さま? ……ああ、貴様は確かあれをそう呼んでいたのかだったか。フン、だと言ったら?」

 

 あたしの攻撃を受けなお余裕を持った表情。

 予測が、現実に代わっていく。

 

「お兄さまはどこにいるの!? お兄さまになにをしたのっ!?」

「……ククッ、なに全て終わったらあれの血を啜りに行くだけのこと」

「ぁ、ぁ……っ」

 

 お兄さまが、殺された。

 殺されちゃった。

 仲直りできなかった、何もできなかったまま。

 

 あたしがばかだったから。

 あたしがぐずだったから。

 全部全部ほんとうはあたし、バカなのは、くずなのは、ごみむしなのは全部あたし。

 

「――所詮はこの程度か、ならば死ね」

 

 真紅の槍が振りかざされる。

 避けられるはずの攻撃。

 でも足が動かない。

 

 ……これでいい。

 

 座り込んだあたしは目を閉じた。

 どうせ、もう。

 

「はぁっ!」

「――先ほどから卑劣だな、これでは『剣聖』の名が泣くだろう」

「ごあいにく様、ボクも名乗りたくて名乗ってる訳じゃないからね! お返しできるならお返ししたいよホント!」

 

 あたしの前に飛び込んできたのはクリスだった。

 冷や汗を浮かべ、震える体でカズィクルへと斬りかかる。

 

「確かに怯えていたように見えたのだがな」

「……ふふ、え・ん・ぎ♡」

「匂いで分かるぞ、蛮勇に押され無理をするなど。怯え立ち竦んでいれば暫し生き長らえたものを」

「っ、か、ひゅ……」

 

 しかし――その胸の中心を刺し貫かれた。

 あまりにあっけのない末路。

 男は血でも払うかのように槍を振り、細い体は容易く壁際へと叩きつけられた。

 

「人は脆い、それは今昔何時の時代も変わらぬ」

 

 死体を背に、一歩踏み出す男。

 時間稼ぎにすらならないほどの時間。

 再びアタシの下へその影が迫ったその時――

 

「――再点火(リ・イグナイト)

 

 カズィクルの胸元から剣が生えた。

 零れる鮮血。しかし男は眉一つ動かさず後ろへ振り向き、自分の胸を刺し貫いたその存在、クリスを嘲笑う。

 

「……確かに殺したはずだが?」

「いやーホント、確かに心臓刺したんだけど……なんで生きてんの?」

「他の魔族であれば致命傷であったかもしれぬな」

 

 攻撃が効かないと理解するや否や、クリスは剣を引き抜き背後へと飛びのいた。

 一瞬前に立っていた場へ降り注ぐ血槍の雨。

 冷や汗を額に浮かべながらも特異な身体強化を使い、クリスは己を追う攻撃の嵐を縫ってさらにカズィクルへと近づいた。

 

 二度、三度とクリスが斬りかかる。その動きは先ほどとは比べ物にならないほど精細で活力的、まるで体力などが完全に回復したかのように。

 しかし男の持つ槍によって全てが弾かれ――その隙に背後から飛び掛かってきた魔獣がその首筋へ噛みついた!

 

「しまっ」

「これで終わりだ」

 

 今度は喉へ。

 真紅の槍がその首を切り裂く。

 血を失った瞬間即座にクリスの身体は崩れ落ち――

 

再点火(リ・イグナイト)!」

「やはりか」

「あいにく……ボクは二つしか魔術を使えなくてね。自分でもっ、本当に情けないと思ってるんだっ!」

 

 再び暴れ出すクリス。

ㅤいつの間にやら握っていた砂粒を叩きつけての目潰し、隙を見てカズィクルに斬りかかり──

 

「っ、下らぬ目つぶしをっ」

「褒めてくれてどーもっ、使えるものは全部使う主義なの!」

 

ㅤ確かにその背を切り裂いた。

ㅤだが魔人族の男は立ち上がる。致命傷など元から無かったかのように、平然と襲いかかって来る。

 

ㅤさながら不死者同士の戦い。

ㅤしかしクリスに表情の余裕はない。

 

「キミの技も学ばせてもらった!」

「延命を続け隙ばかりを付き……なんと卑劣な」

「強襲仕掛けてきたキミ達が吐く言葉じゃないだろう!?」

 

ㅤ確かに、一度倒れる度確実に撃ち合う数は増えている。

ㅤしかし素の実力差が明白。さらに致命傷のはずの傷、その全てが周囲の血を吸い快癒していくのだから形勢逆転の余地がない。

 

「下らぬと言って……!?」

 

ㅤ背後から襲いかかったクリスをカズィクルが切り裂く。

 

「こっちだよバーカ!ㅤそれはキミのお友達!」

 

ㅤしかし男の足元に落ちたのは、真っ二つに裂かれたブレザーとヒル型の魔物。地面に転がっていたそれを詰め放り投げることでの視線誘導だ。

ㅤその隙を狙って上裸……いや胸元が赤く染ったサラシを巻いているクリスが剣を振りかざす。

ㅤ男の脳天に突き刺さる切っ先、致命の一撃。

 

「姑息で下劣、これが人の子の品性か」

「く……かふっ……さっきからさぁ、キミずる、いよ……」

 

 しかしやはり、本来であれば致命的な攻撃は届かない。

 周囲に散らばった血を啜り、巻き戻しのように傷を快癒させたカズィクルはクリスの腹へと血槍を突き刺した。

 

「ムリゲー……って、いうんだっけ……こういうの、さ」

 

 腕をつぶされ、脚を抉られ、目を貫かれ、十数回は間違いなく命を落としてなお――『剣聖』は再び立ち上がる。

 

「限界か、大分持った方だろう」

「ひゅ……ひゅ……まだ……まだいけるよ……」

 

 息も絶え絶え、もはや目に光など映っていない。

 剣を支えにそれでもなお立つクリスは――閉じかけた目で、カズィクルを睨みつけた。

 

 男は淡泊な笑みを浮かべる。

 きっと何度もこう言った光景を見てきたのだろう、少し見飽きたとでも言わんばかりの軽薄な笑い。

 

再点火(リ・イグナイト)……!?」

 

 繰り返しの魔術。

 しかし――不発。クリスの全身に刻まれた傷が癒えることはない。

 

「その魔術、発動の度に魔力の回復量が大きく減っているな? 上限がある、そうだろう『剣聖』?」

「……本当に情けない魔術だよね。そうさ、上限もあるし……なにより、ボク自身がビビって、怯えてるほどに成功率が上がるんだ」

 

 半ば破れかぶれの抵抗も容易く制圧され、首元を掴まれたクリスが軽々と持ち上げられた。

 男の手に握られた大槍、今までの物よりはるかに巨大なそれが呻りをあげて回転を始める。

 

「卑劣な技ばかりであったが……悪くはなかったぞ『剣聖』、このオレでなければまた結果は変わっていたかもしれぬ」

「……クリス、ね」

「そうか」

 

 戦わないと。

 

「では死ね、クリス」

 

 お兄さまはもういないのに?

 今更何をしたって遅いのに?

 

 体が動かない。

 動けない。

 もし鎧を脱いでいなかったら違う結果だったのかもしれない。

 弱い心を覆い隠せてたなら、お兄さまから奪った『勇者』をちゃんと出来てたなら。

 

 こうしてあたしは、三年間なにも前に進めなかったまま終わる。

 どれだけの力を持っても心が追い付かないままで。

 

「……けて」

 

 縋ってしまう。

 

「助けて、おにいさま……っ」

 

 進めなかった過去の、憧憬へずっと焼き付いている大きな影に。

 

 

「――レイ(線撃)

 

 

 光線が空を切り裂いた。

 掴み上げていた腕が容易く吹き飛び、気を失ったクリスの身体が地面へ崩れ落ちる。

 

捕捉(ロック)――多重線撃(オーバーレイ)

 

 魔物に覆いつくされた空へ、小さな一つの魔法陣が輝く。

 ――そして闇が膨大な光の波動に喰らい潰された!

 

 地面にて未だに人を襲っていた魔物たちが、次々に無数の光線によって刺し貫かれていく。

 

「な……なにが起こっている……!?」

 

 腕の痛みすら反応できず唖然としたカズィクルが空を見上げた。

 

 急激に変わり行く戦場。

 人々を襲っていた魔物たちが一掃された瞬間、コロシアムを覆いつくす巨大な結界が張り巡らされた。

 空で様子を伺っていた魔物たちは突如遮断されたことに混乱し一斉にとりつくも、堅牢が過ぎる結界の前に小さな牙など役に立ちはしない。

 

 降り注ぐ雨の音のように、結界の内側には魔物たちの無駄な抵抗の音が響く。

 

「あ、あり得ぬ……こんなこと……!!」

 

 カズィクルが頭を抱え叫ぶ。

 今まで余裕に溢れていた表情はもはや過去の話、焦りと緊張、そしてにわかに漏れ出す恐怖。

 

 男は巨大な翼を広げ天へと舞い上がった。

 あまりに大規模すぎる魔術、自身こそが罠にかかったのではないかという可能性に焦り――故に、見逃した。

 己を狙うその存在を。 

 

線撃(レイ)

「ぐぁあっ!?」

 

 翼を切り裂かれあえなく落下。

 恐怖として剣聖を甚振り続けたその魔人族は、情けない悲鳴を上げ地面へと叩きつけられた。

 

 静寂がコロシアムに満ちた。

 襲われていた者も、戦っていた者も、突如起こった出来事に困惑し反応しきれずにいる。

 

「――けほっ、こほっ……何をしてるの、ラミュ」

 

 異様なほどの沈黙の中、少女の小さな咳がひどく空間に響いた。

 

 彼女はゆっくりと、まるでその姿を知らしめるかのような歩みで現れた。

 暗闇に輝く純白の髪をたなびかせ、その紅い瞳は絶望的な状況においても輝きを失わずにいる。

 握るのは実に簡素な杖。だが彼女がその杖をたった一振りする度、再び生まれた無数の魔法陣が結界外の魔物たちを次々に刺し貫いていく。

 

 戦場にあるまじき純白の端麗。

 だがしかし、間違いなくこの場を掌握していたのは彼女だ。

 

「まさか……まさかこれほどまでとは……ッ!」

「あ……うそ……生きてて……っ」

 

 残酷なまでの実力をもって暴れまわっていたカズィクルが目を剥く。

 

 信じられない、今目の前で確かに起こってるのに。

 あたしは震える手を目の前に突き出すと、ああ、確かに体温を感じた。

 少しだけ低くて……でも、あったかい。細くてしなやかな…――

 

「……立てる?」

 

 お兄さまの指先。

 

「――セラフィリア・スタンレイッ!」

「お兄……さま……!!」

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