学園でエセ勇者と揶揄されるオレ、うすほそ貧弱ボディ過ぎて喋らなかったら周りが勘違いを重ねて過保護になっていくんだけど 作:IXAハーメルン
辺境伯とはすなわち、国防の要である。
隣国との境界線に位置するその貴族は、常に隣国との軋轢に対面し、独自の外交ルートや武力をもって国の安寧を維持する。
果てにはその位置柄、交易の拠点の統治者としても振舞うことが多く、重要なパイプラインとしての活動も行う。
故に。
辺境伯の一人娘、カメリア・レッドエリカレスは厳しく育て上げられた。
剣術、魔術、座学、すべてにおいて優。さりとて文武に偏らず、社交界の知識に至るまで抜かりはない。
そんな彼女のあこがれこそ、この国にて知らぬ者はいない存在。
かつて世界を漆黒から救い出した一筋の光、初代勇者であった。
「ほ、本当ですかお父様!?」
「ああそうだとも。スタンレイ家のご令嬢は確か君と同い年、来年一緒に入学することになるだろうね」
スタンレイ家。
初代勇者が目立つことを嫌い隠したものの、貴族の間で知らぬ者はいないその家こそ伝説の血筋である。
わ、わ、わたくしとあの勇者様の血統のご息女が同級生に!?
そうしてついに訪れた入学式。
同室となった少女の名を聞いたその時、カメリアは――
「……失望ですわね」
深い、深い失望を胸に抱いた。
確かにその少女は恐ろしいほど美しかった。
病的な白い肌、柔らかく透き通るような白髪、守りたくなるような小さな肩と体格、神秘的な紅い瞳はどこか怪しい色香すら放っている。
そしてその無口な少女は、なぜかいつも遠くを見上げ薄く微笑んでいた。
だがカメリアに、その姿はただの箱入り娘にしか映らなかった。
傷一つない肌、シミやタコのない手は苦労を知らない深窓の令嬢だ。むしろその姿はカメリアの信仰対象、初代勇者に泥を塗るような存在にすら思えた。
しかし苛立たしいことに入学してからというもの、その少女の存在は嫌でもカメリアの目を引いた。
多くの人間が集まれば、集団は必ずと言っていいほどストレスや怒りのはけ口を探し、一人へとそれを押し付ける。
世に言ういじめ、というやつだ。そのターゲットとなったのが、まさしくかの息女、セラフィリア・スタンレイだったのだから。
はじめこそ軽い悪戯だったそれは次第に苛烈になっていった。
しかし少女は決してやり返すことはない。授業中に魔術を操っているのを見ればわかる、彼女とて決して戦う力がないわけではない。
筋力で勝らずとも、魔術ならば体格は影響を受けづらい。十二分に彼女にも勝機があるにもかかわらず。
「なぜ抵抗いたしませんのセラフィ!? 貴女も魔術を使えば!」
「……大丈夫」
また、少女は薄く微笑んだ。
侮られれば相手はつけあがる。
一度格下に見られればそれは終わりの始まりだ、辺境伯の教育において抵抗をあきらめるということは下策中の下策であった。
「……どうしてっ」
カメリアがどれだけ彼女に戦いの意志を見せるよう伝えても、決まってセラフィリアが返すのは一言か二言ばかり。
スタンレイ家の人間は戦闘において総じて優秀だ。騎士として名の知られた者も多く、その誰もが強大な力を操り戦争、モンスターの征伐などで存分にその力を振るっている。
彼女とて生まれた時からその教育を叩き込まれているはず。
だがその体には一切の闘志を感じない。まるで草原に咲く一輪の花のように、ただ自分の身に振り注ぐ風に揺られ続けている。
「どうしてこんな遅くに帰ってきましたの!?」
その日、また、少女が遅れて帰ってきた。
門限ギリギリ、すでに夕日は落ち切っている。
少女は少し湿気た髪と泥のへばりついた服を身にまとい、普段ですら悪い顔色を一層青くさせて門前へと現れた。
杖を握っているあたり魔術を使って乾かしたつもりなのだろうが、普段からセラフィリアを見ているカメリアからすれば一目瞭然だ。
「またいじめられていたのでしょう! 貴女は偉大なる勇者の血を引く人間、なぜそこまで侮辱されて何もしないのかしら! 貧弱、あまりに軟弱! 見ていて恥ずかしいですわ!」
白い少女は何も返さなかった。
ただ少し困ったように眉を顰め、薄く笑みを浮かべ小首をかしげるばかりだった。
まるで聞き分けのない駄々っ子を抱える母親のような表情だ。
「戦いなさいセラフィ!」
気が付けばカメリアの手は背面の扉を叩いていた。
……なぜわたくしはここまで怒っているのかしら?
アンガーマネジメントは常に怠らないはずなのに、どうしてこの子を見ているとこんなに心がざわつくの?
情けない姿を見たくないから? それとも勇者の血筋のものが侮辱されているのが許せないから?
「……人を傷つけるのは、苦手だから」
「――っ」
青ざめた顔を無理矢理に微笑ませ、今にも折れてしまいそうなほどの身体で少女は一言だけ口にした。
絶え間なく身の危機に晒された人間が、力を持った人間が、果たしてそれでもなお耐えるだけの選択肢を取る。
自分の身すら投げうってでも、自分を害する存在にすら敵意の一かけらすら抱くことはない。
慈愛だ。
数多の聖書に説かれ、しかし万人にとってはその一部すら体現できぬ慈愛を、この同年代の幼く脆い少女は既に抱いている。
これがどれだけ壮絶な覚悟であるか、それを理解できないカメリアではなかった。
畏怖。
その時カメリアの胸に去来した感情は、間違いなくそれだ。
どこか軟弱とすら考えていた白の少女が心の奥に秘めた願い、そのあまりに堅牢な覚悟にカメリアは打ちのめされてしまった。
その日、カメリアは何一つとて手につかなかった。
呆然と、ただその同室の少女のたった一言を脳内で反芻し続け、眠れぬ一晩を過ごした。
「――強くあれ」
毎日行う魔導ゴーレムでの鍛錬、一つの言葉をただ自分へ言い聞かせるように剣を振るう。
強さとは?
力とは?
考えるほどに分からなくなっていく。
今まで自分が信じていた剣術や魔術、そこに答えはない。
思考を重ねるほどにカメリアの脳内は、セラフィリアの言葉で焼かれていった。
「……っ!?」
その時、突如として魔導ゴーレムの動きが切り替わった。
カメリアにとって魔導ゴーレムは既に慣れた相手だ。
調整はすべて最高値にまで振り切っているものの、元々家で騎士相手に戦闘訓練を行ってきた彼女にとっては肩慣らし程度に過ぎない。
でもこの力っ、普段の倍は――!?
剣が押し切られる。
速度が増していく。
異様だった。一撃を振るうごとに、カメリアの剣捌きを学んでいくかのようにゴーレムの攻撃は苛烈さを増していく。
ついに耐え切れずカメリアは大きく後退した。
そしていったい何が起こっているのかと周囲を見回したその時、扉の隙間からこちらを見る少女に気付いてしまった。
「――セラフィ!」
瞬間、ゴーレムが駆けだす。
まるでカメリアなど存在すらしなかったかのように、白の少女へと一直線に。
ぼうとしている少女はまだそれに気づいていない。それどころか背を向け、ゆるゆると扉から離れる始末。
カメリアの脳内へ焦りと緊張が満ちた。
白の少女へとどす黒い影が落ちる。
ああ、なんてこと!
まだあの子を思うたびに走るこの気持ちの名前もわかっていないのに!
気付いて! どうか! どうか!!
「お逃げなさい!!」