学園でエセ勇者と揶揄されるオレ、うすほそ貧弱ボディ過ぎて喋らなかったら周りが勘違いを重ねて過保護になっていくんだけど   作:IXAハーメルン

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溺れ死ぬガガンボの物まね

 目の前でセラフィリアが穴に落ちていく。

 彼女は髪をぶわっと逆立て、ティーカップを両手に抱きかかえたまま一瞬で姿を消した。

 

 ラミュエルはあまりに非現実的な光景に、抱えていた皿からぱくりと一口オムライスを口にして――

 

「お、お兄さまああああああああああ!?!?」

 

 叫んだ。

 

「ぐああああっ!? なっ、あっ、んがあああ!?!?」

 

 そして気絶していたイクルも突如襲ってきた激痛に叫んで飛び起きた。

 

「いっ、イクル! お兄さまがっ!! お兄さまがぁ!?」

「ぐあああああっ!! 我を振るなっ!? いっ、いつ次の痛みが来るのか分からぬのだっ!!」 

 

 イクルの肩をひっつかみわっさわっさと振るうラミュエル。

 気に食わない相手だとかあれこれはあるものの、受け入れがたい現状にもはやそれは彼女の頭から吹き飛んでいた。

 イクルもイクルで内臓を抉られるかのような痛みに冷や汗を垂らして騒ぐ、次はこの二倍の痛みが来るとなれば必死になるのも当然である。

 

 周囲の客も突如起こった崩落に騒ぎ次々と店から飛び出していく。

 パニックがパニックを呼ぶ騒動、混沌はもはやだれにも抑えが効かない――その時だった。

 

「落ち着いてくださいましラミュエルさん」

 

 少し離れた席で足を組み座っていた女性がすらりと立ち上がった。

 先ほどハート形のケチャップともえもえきゅん❤を注文していた金髪の彼女だ。

 

「貴女は……!?」

 

 ラミュエルの視線を受けた彼女はハーフアップにしていた金髪をはらりとほどき、かけていたサングラスをさっと取り去る。

 現れたのは――見慣れた一人の女性。

 セラフィリアの親友を心の底から自負し、彼女を守護(まも)ると一人固く誓う少女、そう、カメリア・レッドエリカレスその人であった。

 

「わたくしですわっ!」

「カメリア!? どうしてここに?」

 

 驚愕するラミュエルへカメリアは穏やかな笑みを浮かべる。

 そして安心させるように彼女の後ろに付き、そっとその肩へ両手を置いた。

 

「セラフィのあるところにわたくしあり、ですわ」

「学院からずっと後ろに付いてきてたぞ」

 

 真顔でイクルが情報を付け足す。

 彼女は種族特性上人間よりはるかに鼻が利く。こそこそと他人面しながら後ろに付いてきていた彼女の存在を、学院の門から出た時点で気付いていた。

 逆に何故スタンレイ姉妹は気付いていなかったのか、そう言いたげな表情を浮かべる彼女。

 

「っ、そんなことより早く助けに行かないとっ!」

「落ち着いて、と言いましたわ」

 

 焦って穴の上に身を乗り出すラミュエル、そんな彼女へ冷静に促すカメリア。

 

「セラフィは崩落前から異変に気付いていましたわ、にもかかわらず直前まで余裕を保ち紅茶を口にしていた……それどころかこの意味が分かりますわね」

 

『ねえ『剣聖』、これって――』

 

 まるで『剣聖』に問いかけるような、余裕を保った瞳。

 ラミュエルは焦りながらも、確かに彼女の言う通りであったと記憶の中を逡巡する。

 そしてしばし黙りこみ――はた、と顔を上げた。

 

「……お兄さまはすべてを予見していた!?」

 

 カメリアが深々と頷く。

 

「ええ、間違いありませんわ。彼女は現状を把握した上で、この程度危機にすらならないと判断したに違いありませんわね」

「たしかに……お兄さまなら……」

 

 彼女の深謀遠慮を疑う人間はもはや存在しないだろう、少なくともあの夜惨劇の夜を経験した人間なら。

 

 カズィクル。

 突如現れたかの魔人族は実に用意周到であり狡猾、その上振るう力すらもが強大であった。

 もし彼の予想通りに全ての手筈が整っていたのなら……おそらく、生徒の大半は死に絶え、下手をすれば王都ですら壊滅の危機に陥っていた。

 

 緻密に計算し尽くされたその準備を、根元から刈り取ったのがセラフィリア。

 彼女はかの吸血鬼の術全てを真正面から打ち崩し、圧倒的な魔術の技量と物量によって眷属の大半を壊滅させ、さらに最終手段ともいえる転移門すらをも破壊した。

 もし顕現すれば悪夢を生み出していたであろう『冥龍』を、一手で殺して見せた。

 

 そして彼女は淡々と手にした魔道具を放り投げた。

 吸血鬼が必死に準備した最後の一手を容易く掌の上で弄び、小さくかすれた口笛を吹き、表情一つすら変えることすらなく告げたのだ。

 

『貴方のたくらみ、全部お見通しだから』

 

 救助に当たっていたカメリアはその場面の全てを見れたわけではない。

 しかし結果が物語っている。彼女を凡人の常識で測るべきではないと。

 その知性、そして彼女の湛える膨大な魔力が悪事に向かなかった、彼女が善性の人間であったという事実に人類は喜ぶべきであろう。

 

「頭脳明晰、慧眼……いえ、そういった言葉ではセラフィを表しきることなど出来ませんわね」

 

 可憐で華奢、その人形のように整った容貌からは想像など出来ない切れ者。

 それこそが今この場にいる少女たちの、セラフィリア・スタンレイに対する共通認識であった。

 

 黙りこくったその中で、カメリアはそっとマジックバッグから一つの物を取り出す。

 

「それに安心してくださいまし、これをご覧になって?」

「……これは?」

 

 魔道具だった。

 中心点から少しずれた場所に光点が存在し、緩やかな点滅を繰り返している。

 その光点は一定速度で移動していた。

 

「所有者のおおよその現在の方角と生命状況が把握できますの、セラフィは無事――おそらく出口を探して移動しているようですわね」

 

 カメリアが取り出したそれは銀のペンダント(七話参照)と対になる魔道具である。

 ペンダントの所有者の位置をマーキング、彼女の説明の通りに追うことが出来るこれは魔道具の中でも多少値の張るもの。

 しかし交易の拠点としても栄えているレッドエリカレス領の令嬢からすれば、この程度の準備は容易い。

 

 カメリアはこれを、少しでも目を離せばいじめに巻き込まれるセラフィリアへと渡していた。

 

 決してストーキングをするためではない。

 

 問題を解決した現状でも彼女は気に入ったのか身に着けたまま、これは幸運であった。問題に巻き込まれやすい体質の彼女、まさか今日必要になるとは思わなかったが準備はしておくものである。

 

 そう、決してストーキングのためではない。

 

 守護(まも)ると決めた彼女を助けるためである。純粋な少女の願い、友情を繋ぐ秘めたる魔道具だ。

 決して、ストーキングのためではない。

 

「流石、あの戦いで最前線を張ったご令嬢だね」

「ぐあああああっ!!! まっ、また呪いが……!?!? んぎゃあああああああああああああ」

 

 すっかりラミュエルが落ち着きを取り戻し――その後ろでイクルが再度発動した呪いに七転八倒する中、猫耳メイド姿の彼女が拍手をしながら現れた。

 客たちの避難を済ませたクリスだ。

 

 これだけの大穴が開いた店だ、いつ崩落するかもわからない。

 彼女も今すぐにでも逃げ出すべきではあったが……顔を見ればそのつもりなどないことが分かる。

 理由はただ一つだ。先ほどは少しばかり意地の悪いことをされたものの、セラフィリアは彼女にとって命の恩人である。

 

 かの夜の惨劇は決して、クリスにとっても他人事ではない。

 あがき、成すすべもなく死にかけ、そんなクリスを守ったのは彼女なのだから。

 圧倒的であった存在が一方的に攻撃され戸惑う姿はなんとも気分が良く……少しだけ悔しさを感じた。

 

「セラフィリアさんは無事なんだね?」

「ええ」

「ひっ、うぐ……んぅ……っ」

「……えっと……その、この子は?」

 

 悶え苦しむイクルへ心配そうな視線を向けるクリス。

 明らかに人間ではないとはいえ、この場の人間より一回りは小さい少女の姿をした存在が悶絶している姿は中々に見ていられない。

 

「セラフィと離れた際に発動する呪術がありますの、わたくしたちの担任の方が付与したもので……今はどうしようもありませんわ」

「な、なるほど……」

 

 クリスは内心やりすぎでは? と疑問を持った。

 しかし黙った。貴族の多い学院では多少の疑問をないものとする、これもまた生き残る術であるために。

 特にクリスは一年の頃その弊害を多く浴びた人間でもある、そのために『剣聖』などという厄介な称号をとある少年から手に入れてしまった過去があった。

 

 その時だ、少女たちを覆うように巨大な影が伸びた。

 

「お客さんは全員避難済みよ❤」

「アルベールさん!」

「ムフフ❤ 夜八時の営業終了まではジョマッカオよ❤」

 

 店長である。

 ジョマッカオ、あるいはわいるど❤でんじゃらす❤ぷっしーきゃっつ。その本名、アルベール・ド・ラ・オリヴィエーヌがスキンヘッドを輝かせた。

 

「本来は騎士団を呼ぶべきなのだけれど……」

 

 彼女(・・)は四人の少女へ一人一人視線を向ける。

 姉に会うため。友を守護(まも)るため。恩を返すため。

 延々一人で騒ぎ悶え苦しむ一人を除いて、皆の心は一致していた。

 

 彼女(・・)はこくりと頷き、その筋肉質な谷間から汗でしっとりと濡れた一本の杖を取り出す。

 

「落下軽減の風魔術、軽い防御魔術、それと念のために浄化魔術も付与しておくわね❤ 地下だと危険な空気が充満している可能性があるもの❤」

 

 少女たちの頭へ杖を振るっていくわいるど❤でんじゃらす❤ぷっしーきゃっつ❤。

 そして最後に自身の頭皮へと発光魔術を付与し、太陽の如く輝きながら彼は穴の淵へと手をかけ――可憐なウィンクを飛ばした。

 

「さ、あの白い子を助けに行きましょうか❤ この一件のお詫びは今晩のフルコースと、半年分の食事無料券で許してもらえると嬉しいのだけど❤」

 

 

 めっちゃ落ちた。

 もうそりゃハチャメチャに落ちた。

 どれくらいの距離とかは分からんが、体感八秒くらい落ちてたと思う。

 

 そして全身を風に包まれながらオレは気付いた。

 これ、なんかのサプライズじゃないんじゃね? って。ただの崩落なんじゃね? って。

 

「……死ぬ、ってコト?」

 

 あ、わぁ……!!!!

 

 瞬間、杖すら取り出さずの全力の魔術行使。

 全身から魔力をドバドバぶっぱなし、内臓が引きつるような痛みに顔をしかめながらオレは体表を結界で覆った。

 周囲の一切を通さず衝撃を打ち消す、防御特化のとことんカチカチな結界である。

 

 その直後、激しい音が周囲へと拡散し――オレは漆黒の中、冷たい水の中にいることに気付いた。

 

「あぷ……あぷ……!!!!」

 

 幸いなことは結界が水を阻んで、体や服には一切触れないし口の中にも入ってこないこと。

 最悪なことは死ぬほど臭いこと。下水道だこれ!!!!!!!!!!!!

 あとオレの身体は基本水に浮かないし、全く泳げないこと。脂肪がたりません!!!!!!!!!

 

「ぉぁー……!!!」

 

 な、なんでこんな目に……!?

 オレは悪いことなんてなにも…………ちょっとしかしてないのにッ!!!!

 

 水流に逆らえずどんぶらこどんぶらこと体が流され、悲鳴すらも水に呑み込まれていく。

 

 この地下水路……深いッッ!!!

 

 うぼばばっべべべっ!!

 たすけ……ラミュエルパイセン……!!

 イク、ルさん……!! クリスセンパイ……!!!

 オ カ マ……!!!!!!!

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