学園でエセ勇者と揶揄されるオレ、うすほそ貧弱ボディ過ぎて喋らなかったら周りが勘違いを重ねて過保護になっていくんだけど 作:IXAハーメルン
『……さよなら』
ㅤそれは一体どういう意味なのか、半ばまで出かけた疑問が喉で詰まった。
彼女が最後に残した言葉が頭を離れない。
ㅤあの日、王都の地下、誰も知らぬ中で誰にも知らせず、彼女が孤独に戦っていたのを自分達だけは知っている。
ㅤただの休日のはずだった。彼女の妹と、ひょんな事から生活を共にしている魔人族の少女の三人が王都へと出たあの日。
『……行かないと』
ㅤ赤い瞳を涙で潤ませ口にした少女の言葉に、一体どれ程の感情がこもっているのだろうか。
ㅤ彼女は多くを語らない。されどその事情を、表情をただの一度でも目にすれば、誰であろうと彼女が背負うにはあまりに重すぎる真実を悟るはずだ。
『どうしてもっと信じてはくれませんの?』
ㅤカメリアは気付いていた。
ㅤ気付き、しかし口に出すことができずにいた。
ㅤ始まりは学院での戦い。
ㅤはっきり言ってしまえば、生徒達や教師、或いは騎士団ですら、あの脅威的な力を振るう吸血鬼へ太刀打ちなど出来はしなかった。
ㅤ出来ることといえば雑魚の排除と時間稼ぎ、結局斬ってかかったカメリア達は傷一つすら付けることも叶わず、あの勇者の血を継ぐ姉妹によって全てが片付けられた。
ㅤそして王都地下での戦い。
ㅤ周囲百メートル以上が余波によって融解し、地獄絵図と化した下水道で彼女は杖を握っていた。
ㅤ周囲へ張られた結界、計算された魔術。全ては人々や近くのカメリア達へ被害を及ぼさないため、彼女は魔力の負荷に耐え人知れず戦いをつづけていた。
ㅤそう、気付いていたのだ。
ㅤ幼き頃より振り続けてきた剣の腕前も、知識を重ね技術を磨いてきた魔術も、彼女が身を置く業火の最前線においてはなんの役にすら立たぬのだと。
ㅤ少女は多くを語らない、優しいその心は真実を伝える事を拒むだろう。
ㅤそしてカメリア自身伝えられずとも理解していた、嫌という程に。
『……何も話してくれませんのね』
『話すことなんて、ない』
ㅤだからこそ、痛むのだ。
ㅤいっそ切り捨ててもらえれば納得できただろう。
ㅤ使い物にならぬと、着いてくるなと言われればどれほど楽だっただろう。
ㅤ分かっていようとも縋らざるをえない。不可視の蜘蛛の糸、なにか自分が彼女の助けになれるかもしれないという、嘔吐くほどに甘いまやかしの希望に。
腕を払いセラフィリアが部屋を去って一日、カメリアは日課で一日たりとも欠かさなかった修練にすら向かわず部屋で待ち続けた。
一人で使うには大きすぎる寮の二人部屋、半分で仕切った境界に並べられた机に座り込み、窓から覗く外への道をひたすらに眺めて。
「……ふふっ」
自分がどれだけ滑稽な行動をしているのかに気付き、余りの無様さにカメリアは小さく嘲笑を漏らした。
平穏の時代。
魔人族との戦争は遥か昔の物語と変わり、人々が魔獣などの脅威はあれど繁栄を謳歌する現代。
それでも自分は剣を握り、国家間での軋轢を往なす辺境伯の娘としての自負を持ち、常に研鑽を重ねてきたはずだった。
剣だこが潰れさらに厚い剣だこが上から覆う、ごつごつとした手のひら。
それは間違いなくカメリア自身を形成す指針であり、誇りであったはずなのに。
セラフィリアが、ラミュエルが身を置く天井の戦いにこの程度価値を成さない。すべての努力が無価値とされ踏み潰される、理不尽を更なる理不尽で叩き潰す戦いを見てしまえば、いまはああ、なんとみすぼらしいのだろうか。
テスカの前に飛び出せたのはただ一心不乱だっただけ。
かの男の鋭く研ぎ上げられた殺気はもはや物理的な痛みすら感じさせるほどであり、セラフィリアを抱き上げ安堵と共にわずかに気が緩んだ瞬間、カメリアの脳内を埋め尽くしたのは圧倒的な恐怖だった。
勝てない。
龍を前にしたちっぽけな羽虫のようなものだ。もはや攻撃などを行うまでもなく、通り過ぎるだけでこの身が引き裂かれると悟った。
『……ボク達程度じゃラミュエルちゃんの邪魔になるだけだよ』
『わたくしは……っ!! ……そんなこと、分かっていますわ』
冷や汗を浮かべる『剣聖』に、クリスにそう諭されたとき……カメリアは安堵してしまったのだ。
何も変わりなどしていなかった。あの日、魔導ゴーレムから助けてもらったあの日から、カメリアはただ守られる側の人間として認識され、そして事実として前に進めてなどいなかったのだ。
「ふふ……ふ……」
口から洩れる空虚な笑い、机には冷たい雫が滴る。
胸中に満ちる無力感が次第に存在感を増していく。
王国、いや彼女が向かった聖国を含め裏で蠢く陰謀、大きな戦禍が近づきつつあることをカメリアは悟っていた。
もはや自分が出来ることなど何もない。
凡人では太刀打ち出来ぬ天井の領域、すべきはただ彼女の邪魔にならぬよう、ひっそりと端で見守ることだけ。
そんなはずはないと心の中で何かが叫ぶ。
しみったれた甘く、肥大化しきった自身の弱い心だ。それが何かできることはあるはず、役に立てるはずと叫び、しかし隣り合った諦観の心がそれに蓋をする。
重なる感情に圧し潰された息苦しさにカメリアは胸元を抑え、ふらふらとおもむろに席から立ち上がった。
いっそ寝てしまおう。
寝て、全てを忘れてしまえばいい。
少女が戻ってきた時、ただ安穏とした笑みを浮かべ、彼女の命がけの努力をただ傍で讃えればいい。彼女にはそれだけの才が、実力があるのだから、この飛沫がいったい何を気にするというのだろうか。
いつもと変わらず静かで、すこし広く、そして薄暗い部屋を歩く。
つい視線で追ってしまうのは同室の少女が使う机や寝具。
少しだけだらしない彼女はあまり整えずに旅立った。しわになったベッドシーツと毛布が乱雑におかれて――端に一つのバッグが隠されるように置かれていることにカメリアは気付いた。
自分が彼女に贈ったマジックバッグだ。
第一王女様により上質なものを貰ったからだろうか、容量の少ないそれは不要と判断されて置いていかれてしまったのだろう。
「……ふふ、まるでわたくしみたいですわね」
情けのない自嘲と共にバッグへ手を伸ばし――はらりと、一枚のメモが滑り落ちた。
「あら?」
内容はただ単純な二文字、『予備』。
端的なメモはどこか、あの多くを語らない白の少女らしくも思える。
「一体なんの……?」
セラフィは何も話してくれはしない。
ただ一人無言で立ち去り、そして誰にも知られず危機へ立ち向かい続ける。
だからこそ、だ。彼女がわざわざこんなメモを残していたことに、それも誰でも見つけられるような場所にバッグを置いていたことにカメリアは少しだけ胸をざわめかせた。
予備、予め備える。
旅立つ直前に一体何を備えるというのか? 何かに備えるというのならあの大きなバッグへ詰め込み、持っていくべきではないのか?
――もし、そうじゃないというのなら?
これは彼女のために準備したものではないと、ここに、わざわざ学院に残していくべきものだとしたら……我々のために準備したものだとしたら?
言葉にならぬ焦燥と共にカメリアはバッグを開けた。
目に飛び込んできたのは――剣の柄。
「これ……は……!?」
小さなバッグの口から覗く、あまりに不釣り合いな剣の柄を握りしめ引き抜いた。
「聖……剣……!」
まだ記憶に新しいテスカとの一戦。
彼が握っていた剣を、のちにセラフィリアは『聖剣』だと語っていた。
そしてその名は決して偽りではないのだろう。あれほどの膨大な魔力を注がれ暴虐を振りまきなお、あのラミュエルの大剣と打ち合い最後の一撃を放つまで耐え続けるほどの質を持ち合わせていたのだから。
カメリアの手中で『聖剣』が燐光を放つ。
震えるほどの魔力が込められたそれは、たとえ凡人が振るったとて剣豪として讃えられるほどの力を秘めている。
だが驚愕はそこで終わらなかった。
『聖剣』を引き抜いたはずのバッグから覗いていたのだ、まったく同じ柄が。
カメリアはさらに一本を引き抜き、そしてやはり同じ柄がバッグから覗いていることに心臓を跳ねさせた。
一本、また一本。足元へうずたかく積もるほどに引き抜き――しかしやはり変わらぬその柄。
十本どころではない。既に本来のバッグの容量ははるかに超え、なお底知れぬほどの量。
百……いや、下手をすれば千本。
彼女がここしばらく夜更かしをしているのも知っていた、なにか魔術を操り集中していることも、ベッドからこっそりのぞいて分かっていた。
あの膨大な魔力を持つ彼女が日々、ひたすらにこれを『創造』していたとしたら?
いったい何のために?
「『予備』……まさかっ!?」
カメリアのぼんやりとした不安が明確な形を成していく。
予備、これはまさか……彼女が今背負っている使命を果たせなかった際の『次善の案』ということではないのか?
聖国に向かい、彼女が『失敗』した際の、彼女が失われた際の最終手段として『遺す』という最悪のシナリオのための!!
彼女がいったい何を背負っているのかカメリアは知らない。
ただ、彼女が先日第一王女様との謁見ののち、即座に旅立つ準備をして去っていったことだけは分かっている。
そこで何かを言われたであろうことも、彼女たちが何か密約を交わしたであろうことも。
「……いけませんわ、それだけは、それだけはっ!!」
カメリアは寝間着を脱ぐことすら惜しみ、そのバッグを片手に寮を飛び出した。
彼女へ取り次ぐに正規の手段など取ってはいられない。
最低でも一月は待つ必要がある、そんな悠長な話ではもはやないのだ。
そして彼女たちが密約を交わし行動に向かった時点で、あの『天眼姫』はこちらの思考や行動は既に見抜いているだろう。
しかしただ一つ、カメリアには頼ることのできる相手を知っていた。
今は偶然かカメリアのクラスを担任し、『天眼姫』とかつて肩を並べ学び、裏では『絶呪』の名が知られた彼女――
「――イェナ先生っ!!」