学園でエセ勇者と揶揄されるオレ、うすほそ貧弱ボディ過ぎて喋らなかったら周りが勘違いを重ねて過保護になっていくんだけど 作:IXAハーメルン
「ところでセラフィリア、この先の予定だがまず『聖王の錫杖』のメンバーと――」
「うん」
うんうん、そうだねうんうん。
それな。
それで……何の話してたんだっけ? うなんちょむ?
歩き続け更に二日、合計五日の連続行進。
もちろん休みなんてほぼない。疲労した瞬間に叩き込まれる回復魔術はもはや拷問だった。おそらくここまで効率的に人の精神を壊した回復魔術の使い方は歴史上にも存在しえないだろう、これは最も残虐な治療行為だ。
ショートスリーパーとかそんなレベルじゃない、強制睡眠改善プログラムによって破壊されつくしたオレの脳内には幻覚がチラつき始めている。
眠気はない。
疲労も、またない。
しかし異常なまでにぼんやりとした思考と、裏腹にギンギンとかっぴらいた目。
マ あ 気
ジ あ が
狂 気 狂
う が う。
狂
う
……マジでなんなん! オレ聖国まで来てなんでだよ!!
逆に会った時と全く変わらないこのクソッたれの回復術師たる銀髪女、サンクティルがあまりに異常すぎる!!
頼む……マイクロ睡眠だけも……マイクロ睡眠だけでもさせてください……!! このままではオレは頭スタンレイになってしまう……!!!!
たった一週間前だ。
たった一週間前に夢見ていたはずののんびりとした開運旅行、それがまさか軍人もびっくりのクソッたれな旅になるといったい誰が想像しただろうか。
オレは崩れかけた断崖絶壁のほっそい道を這いずるように歩きながら、上の空、心ここにあらずなまま足を動かすだけのゴーレムと化して歩き続け――
「……?」
全身が影に覆われた。
……なんかいきなり暗くなった?
雨でも降るんかな? はー、勘弁してくれよ。ただでさえ意味わからん強制行軍中だってのに、この断崖絶壁じゃ雨宿りすらまともに出来ねえんだぞ。
えーっと……とりあえず傘でも
「っ!?」
顔を蒼くしたサンクティルを眺めながら、突如空を舞うオレ。
「わー」
「せっ、セラフィリア―ッ!!」
地面が遠くなっていくー。
頭上から聞こえるバサバサとした羽音がやかましい。
「グリフォン!? ここらは生息地ではないはずなのにっ!?」
焦りながらもボロい剣を構えるサンクティル。
「今すぐに助けよう、少しだけ身を守っていてくれ!
彼女の両足から輝く翼が生え、踏み込みと同時に空へと身体が舞う。
まるで鳥のように空を飛んだかと思えば、次には不可視の足場でもあるかのように宙へ止まり、今度は高々とした跳躍でこちらへ距離を詰めてきた。
見慣れない魔術だった、少なくとも王国で扱う人間を見たことがない。あれもまた聖法術、聖国で知られる魔術の一種なのだろうか。
「わー」
魔術について興味はあれどあいにく今はそれどころじゃない。
バーテンダーという職がある。
なんか薄暗い所でなんかシャカシャカやってるあれである。
今オレはまさにグリフォンという名のバーテンダーの手でカクテルを作られていた。そう、胃の中で水とほんのちょっとばかりの胃液からなるこの世で最も素晴らしいカスカクテルである。
「おぼ……ぅぇ……」
バッサバッサシャッカシャッカと、結界ごと鷲掴みにされたまま羽搏きに合わせリズミカルにかき回される視界や体内。
バキバキにキマった脳内が激熱な警戒の本能をビンビンに曝け出し、喉奥がぴくぴくと震え出した。
――ふぅ……セラフィリア、吐きます。
うぼげ
「――何を捕まったままでいるセラフィリア・スタンレイ!」
限界を迎えるその直前、突如としてグリフォンの目前へと一つの影が舞い上がった。
羽搏く巨大な翼の表面はベルベットのように滑らかであり、サイズこそ異なれどどこか蝙蝠のそれにもよく似ている。
音もなく羽ばたくそれを操るのは――見知った人物。
「あ……イク゛ル゛」
「愚かな……なにを捕まったまま青い顔をしているこの阿呆がっ!」
したくて青い顔してんじゃねえよ!! テメエの背中に吐くぞ!!!!!
貧弱な生命体として皆さんご存じ、イクルさんである。
なんと太陽の元であるというのに傘を差さず、実に堂々とした姿で腕を組んでいやがる。
いたんだ、てっきり馬車に乗ったままどこかに旅立っていったものかと。
彼女は相も変わらず不機嫌な表情を浮かべ中空にて腕を構えた。
「ふん、動くなよ……まあ当たったところで貴様は傷すら負わぬだろうがな」
イクルの構えた手中からどろりと真紅の液体が零れ落ち、見る間に巨大な槍へと姿を変える。
彼女の血に似た瞳がほのかな輝きを帯び――普段は隠された鋭い犬歯が小さく姿を見せた。
「『ブラッドジャベリン』ッ!!」
解き放たれた大槍が唸りを上げ猛烈な勢いで空を切り裂く。
もはや槍というより一筋の紅い光線とでもいうべき破壊の一撃は、回避の暇も与えずグリフォンの脳天を容易く貫き、さらに断崖絶壁へと巨大な亀裂を穿ち開けた。
「おわー」
オレの全身にふわりとした浮遊感……いや、落下から生まれる風が一瞬包み込み、しかし即座にしっかりとした感覚が背と膝裏に伝わる。
「しっかり掴まれ」
いわゆるお姫様抱っこという奴だ。
イクルは空中でオレを見事にキャッチ、先ほど穿ったばかりの断崖絶壁へと羽搏き、少し乱雑に地面へとオレを下ろした。
「……えっと……ありがと」
オレの吐き気と体内に残る浮遊感からプルプルと震える足をぎろりと眺め、ふん、と鼻を鳴らすイクル。
「恐れたか、所詮は幼子だな」
小ばかにするように眉を吊り上げる彼女。
クックック、危うく吐くところでしたからねェ……ちょっと喉奥がぬるぬるして少し唾液がドバドバ出てますしィ!!
しかしオレは感動していた。
正直こいつは
まるでバカで仕方がないと思っていた犬が放り投げたおもちゃを持ってきてくれたかのような、何とも言い難い感動があるじゃあねえか!
しかしあの技は……!?
「ふん、流石に気付いたようだな」
「……うん」
オレの視線に気づいたイクルが腕を組む。
やはりあれは……カズィクルくんの技! カズィクルくんのなんか妙にかっこいい技じゃないか!
お前も使えたんか! カズィクルくんのと比べるとちょっと小さいけど!!
まあ種族おんなじっぽいしな、種族専用技みたいなもんか!!
「それで?」
「……え?」
なにが?
「理解しただろう? 貴様はどうする? 我を殺すか?」
真顔でじりじりと近寄るイクル。
吐息すら感じるほど顔を近づけた彼女はオレの片腕を取り、自分の胸元へと無理矢理に触れさせた。
「……なんで?」
「なに?」
「意味が分からない」
いきなり何言ってんのこいつ?
前後のコンテクストにまともな繋がりがこれっぽっちもねえだろうがよォーッ!!
哲学者もびっくりの論理飛躍具合であった。
これはもうよっぽどの何かがあったに違いない。まあ思えばうちのクラスメイトに捕まってから普段とは違う生活だろうし、ストレスだとかなんとか色々溜まっているのは想像に難くないが。
そういえば無理やりオレの開運旅行についてきたのもそうだ、きっとこいつも逃げたくなったのだろう。
「……イクル、大丈夫?」
頭とか。
おくすりいる?
お水飲む? オレが殴って頭の治療してやろうか?
「っ、貴様! もう分っているのだろう! 我はカズィクルで……!!」
興奮しているのだろうか、紅い目を輝かせ更に意味不明な言葉を重ね始める彼女。
オーノーだズラ、こいつの頭はもう終わりズラね。
ついに親戚のイケてるおっさんと自分を同一視してきたズラ、もう助からないズラよ。
どう考えてもオレと対して身長の変わらないちんちくりんで煽りカスのクソガキであるイクルが、あのイケメンっぽい雰囲気を漂わせるクール系キャラの座を狙ったおっさんと同じなわけがない。
トカゲを眺めてあれはドラゴンだというくらいには無理筋な話、ゴリラス・ゴリラス・ゴリラスだって分かる当然の事実だ。
「……そうだね」
オレはそっと優しく微笑んだ。
世の中には虫に寄生し操り、無理矢理水中へ自殺させる寄生虫もいるという。
何故か苦手な太陽の元に出てきているし、もしかしたら変な虫でもついてるんじゃないっすかね。寄生されるといやだから近づかないでくれよな。
おお神よ、この頭がアッパラパーになった蚊みてえなガキに慈悲を与えたまえ……!
「それでも、貴女は貴女」
何故突然殺せだのと希死念慮に襲われたのかは知らんが、ほいじゃそうですか今すぐ目の前の崖から飛び降りろなどと言って本当に死なれても困る。
第一空飛べる奴が落下死だとかいったい何の冗談ですかって話ですよ、猿も木から落ちるってレベルじゃねえぞ!
なによりそうやって煽ってまたイクルがレスバを始めたら困る、何が困るってオレが言い負かされてしまう。
オレはね……ただ、誰にも負けたくないんだ。
誰かに一方的に言い伏せられるんじゃない、誰かを一方的に貶したいんだよォ!!!!!!!!!!
「イクルでも、カズィクルでも、誰だとしても……こうやって助けてくれたなら、恩人を殺したりはしない」
あっ、でもどうしても死にたいなら何が、とは言わないんですけど、皆さんそちらの崖の方に行きますね。
「温いな、実に生温い……相も変わらず、実に愚かすぎるほどに」
いきなり殺してくれとか懇願してきたテメエの方が百倍愚かだろボケ。
「だが我は……セラフィリア、貴様をいつの間にか……」
戸惑いと躊躇いが入り交じった視線がオレへと向けられた。
イクルは次の言葉を吐きだす前に黙り込み、ようやく口を開きかけ――飛翔する不可視の斬撃がオレとイクルの間を通り抜けた。
「ちっ、人間如きが!」
「――失せろ、次は警告では済まないぞ魔人族」
飛び退いたイクル、オレの前へとサンクティルが飛び降りる。
あの。
オレのかわいい前髪がちょっと切れたんですけどサンクティルさん。