学園でエセ勇者と揶揄されるオレ、うすほそ貧弱ボディ過ぎて喋らなかったら周りが勘違いを重ねて過保護になっていくんだけど 作:IXAハーメルン
聖都が魔人族によって制圧、漆黒の結界によって一切の立ち入りが封じられてからはや一か月になる。
内部との侵入、連絡、その全てが不可。更に強力な精神干渉によって大半の人間にとって、聖都は『普段通り』として認識されている。
サンクティル含む『聖王の錫杖』、親衛隊一同は幼き聖王の命を受け奇跡的に――いや、
しかし次から次へ現れる魔人族達の襲撃、その中に見知った顔を認識したその日から……安寧の時間などありはしなかった。
人を魔人族へと変える、心すらをも書き換えて。
それがどういった手法によって行われているか、サンクティルが知る由もない。
しかし変わり果てた知人を斬り捨てる身の毛もよだつ感触は、いくら時間が経てど消えることはない。ただそれだけは知ってしまった。
陰鬱と吐き気、そして湧き上がる激情。
気が狂いそうなほどの感情に溺れている暇はない。
この国に、聖王に、彼女に捧げた剣はまだ鈍ってはいないのだから。成すべきことがあり続ける限り、たとえ身が朽ち精魂果てようとも止まることは許されない。
そうしてサンクティル達は戦い続けた。
聖騎士団の中でも精鋭たる『聖王の錫杖』、そのメンバーは確かによくやっていた。少ない補給を分け合い互いの肩を支え合い、迫りくる尽きることのない魔人族達を切り伏せた。
だが、知人を斬り、隣人を斬り、そして友人や家人を斬り捨て……確かにこの手で斬り捨てたはずのそれらが、再び無傷で姿を現した頃から一人、また一人と心が折れていった。
ガリウスは聖騎士団の中でも古株であり良き兄貴分として慕われていた、家族を何より大事にする気のいい奴であった。
愛する娘たちを四度目に斬った夜、魔人族達の襲撃に抵抗せず姿を消した。
そして次の日、魔人族と共に姿を現し……異形の腕にて無言で斬りかかってきた。
ラーラは歌を愛した穏やかな女性であった。休日は焼き菓子を籠一杯に詰め孤児院に向かい、親無き子供たちと聖歌を歌っては一日を過ごすのが趣味であった。
彼女の慈愛を受けた子供たちは物言わぬ怪物となり彼女に襲い掛かり、剣を振るえず喉を刺し貫かれたラーラは連れ去られた。
そしてやはり、数日後に虚ろな目で襲い掛かってきた。
死とは安寧や救済などではない。
死すれば意思の有無に拘わらず悪魔の尖兵となる、意識途絶えようと悪夢が終わることはない。
生きねばならぬ。
生きて意思を継ぎ、希望を見つけ出さねばならぬ。
彼女が、聖王が『恩寵』をもって自分達を逃がした理由はそれ以外になく、しかし絶え間なく迫りくる刺客に精神を削り、数少ない仲間と共に命を繋ぐことで手一杯であった。
それは緩やかな死への行進。
麻痺しつつあるはずの心が確実に腐り、確かに抱えていたはずの決意が崩れ落ちていく。
「既に情報は掴んでいる! アーリからこの馬車に紛れ込んだとな!」
そして情報収集のため、単身行動していたその日――私は、白の少女と出会った。
「……待って」
潜伏していた馬車から現れた彼女は騒ぎに眉一つすら動かさず、ただ一言だけを周囲の魔人族へと告げた。
まだあどけなさすら残る、しかし肌も髪も、あるいは指の先まですら『白』の少女は、その場に立つにはあまりに場違いに感じる――さながら、人外の貌。
彼女は周囲を無数の剣に取り囲まれながらもなお平然と、しかし周囲を刺激せぬように両手を上げ魔人族達へ視線を向けた。
「『サンクティル』を出せ、さすれば命だけは助けてやろう!」
「しらない……」
「惚けるなッ!!」
突き付けられた切っ先、傷一つない肌へ一筋の真紅が伝う。
どこか非現実的な光景に呆けていたサンクティルであったが、目に飛び込んだ赤と自身を探す魔人族の言葉、そして少女の甘く、だが溶けて消えてしまいそうなか細い声にはたと意識を取り戻した。
中途半端に高額であり一般人からは敬遠され、金銭に余裕のある裕福な者は個人で所有する長距離馬車があるため利用する意味の薄い王国から聖国間を結ぶ定期便。
この御者は古くからの知り合いであり密かに手を貸してもらっていたのだが……恐らくあの白い少女はただ偶然に乗り合わせただけなのだろう。
運が悪い、彼女を表すのであればそれに尽きる。
やり過ごす手段はいくらでもあった。しかしたとえ名誉も地位も聖都の制圧と共に形骸化してしまった今とて、騎士としての誇りまで失ったわけではない。
「待てェッ!!!」
叫ぶと同時にサンクティルはすっかり刃こぼれした剣を抜き取った。
本来儀礼用の剣……しかし決して鈍らではない。
希少な聖銀と魔鉄の合金を鍛え上げた一振りは、幾度と膨大な魔力を込められてなお輝きが褪せることは決してなかった。
しかし度重なる戦闘と整備不足はたとえ一流の武器であれど耐え切れるものではない。
「――もう少しだけ持ってくれ」
身体強化と刃こぼれした切れ味の魔力による補助。
疲労という感覚をとうに失ったサンクティルは無意識に奥歯を噛みしめ、すっかり擦れた剣柄を振るった。
魔人族の身体能力、そして体内に秘める魔力は人間のそれを大きく上回る。
彼らは更に人間と同等の知力、判断力を備え武器を振るい魔術を放ってくるのだから、たとえ動きが素人であっても取り囲まれればひとたまりもない。
サンクティルは混戦の中慎重に一人、また一人とその手足を薙いでいった。
勝利条件は殲滅ではない、相手の移動能力を削ぐこと。
しかし身体の頑強さも人を遥かに上回る彼らは、そう簡単に倒れてくれるわけでもない。斬り、斬り、時に受けた傷を己で治癒しながらサンクティルは戦況を観察し――
「……いって」
――彼女が、口を開いた。
いまだ名も知らぬ白い少女。
彼女は淡々と一言告げ、困惑する御者へと視線を向ける。
彼女は十五……いや、下手をすればもっと幼いかもしれない。
だがその美貌故だろうか、あるいはその淡々とした感情の薄い口調からか、有無を言わさぬ圧倒的な圧があった。
彼女は何も語らない。
それ以上必要がないとばかりに直立不動で、手にした大きなバッグを握りしめている。
困惑しながらも御者は確かな意思を受け頷き、護衛を回収し鞭を鳴らした。
瞬く間に馬車は戦場から立ち去り土煙だけが残される。
「……けほっ、けほっ」
受けた土煙に少し額へ皺をよせ咳を溢す彼女。
いったい何をするつもりなのか、まさか助力と言わないだろうか。
集中が削がれた。
己より二回りは幼い少女が杖を握る。
いったい何を考えているのか、しかし彼女にばかり意識を向けているわけにもいかず動揺と緊張、焦りが脳内を占め始めたその時。
「――
誰一人反応できた者はいなかった。
ただ、光線が通り抜けた。
そしてようやく脳が理解したと同時に、残渣として漂う濃密な魔力に思わず息を呑んだ。
「……これ以上、争わないで」
少女が一歩、前へと出た。
彼女か?
彼女が今の術を放ったのか?
現状を把握しきれず混乱した脳内。
だが少女が前線へ向かうという事実ばかりを理解し、彼女を制止するように手を伸ばすサンクティル。
「待て! 君は――!」
少女はわずかにこちらへちらりと視線を流すも、すぐに正面へと向き直る。
彼女の目前には――武器を手に猛々しく叫び駆ける魔人族。
彼女は己よりはるかに巨体の魔人族が迫っているにもかかわらず、むしろ少し緩慢に手を掲げた。
漆黒の異様な杖を彼女はさも当然のように振るう。
瞬間。
大地が爆ぜる。
岩を砕き現れた光縄が瞬く間に戦闘の魔人族へ喰らい付き、恐ろしい勢いでその体積を膨張、まるで貪るかのように全身を包み拘束する。
「あの魔術はまさか……」
拘束魔術は似通った姿が多いものの、しかし、相手を貪るかのように展開されるあの効果にサンクティルは覚えがあった。
「
魔物や一部の魔獣、その中でも強大な存在を相手するため編み出された魔術の一種だ。
相手の魔力を喰らい無限に成長する光縄は不壊、一度放たれればたとえ龍であったとして易々とは抜け出せない。
聖法術の中でも最高位に位置する拘束術だ、かつての大戦でも重要な局面にて度々扱われた記録が残っている。
それほどの術、当然並大抵の方法で扱える魔術ではない。
前提として膨大な魔力、個人で賄えるものではないので魔石、あるいは複数人による発動の補助……集約魔術として放たれることが多い。
驚愕の中、当の少女は平然と歩みを進めた。
さらに先ほど放った光線をただの威嚇とばかりにまき散らしていく。
「……行って」
畏怖か、恐怖か。
彼女が一歩前へ進む度、サンクティルを取り囲んでいた魔人族は一歩下がる。
この場を支配しているのはあの小さな少女だった。
「貴方達を傷付けるつもりは、ない……今は」
「なっ! 何様の……」
「――
少女の言葉に食って掛かった魔人族の足下へ巨大な穴が穿たれた。
音すらない。予備動作もほぼ皆無。ただ彼女が杖を振るい、背後に無数の光陣が生まれ――直後、どこまで続くかもわからぬほどの深々とした穴が生まれる。
炎で焼く、凍り付かせる、風で切り裂く。多くの魔術に存在する攻撃手段とは異なる未知の、しかし理不尽なまでの圧倒的な力の差をむざむざと彼女は見せつけた。
恐怖に陥った魔人族達が撤退することを彼女は許容する。
その面持ちに戦意はなく、ただ憂いだけが帯びていた。
残ったのはサンクティルと少女の二人。
サンクティルの名乗りを聞き、彼女はその小さな口元を開く。
「――セラフィリア、セラフィリア・スタンレイ」
その名にサンクティルは息を呑む。
一般的に公開はされていないものの、一定以上の地位や権力を有する存在であれば『スタンレイ』の名を知らぬ者はいない。
『スタンレイ』であるが故に彼女はその力と使命を抱いたのか。
あるいは力と使命を抱いた故に彼女は『スタンレイ』の名の下に生まれ落ちたのか。
白の少女は、いや、セラフィリアは確固たる意志を瞳に浮かべサンクティルへとまなざしを向けた。
「聖都に、連れて行って」
かつての勇者と同じ家名を名乗る少女は、のちに混沌に満ちた世を導くこととなる。
いや、あるいはこの時こそが彼女の本格的な道のりの第一歩であったのかもしれない。
彼女が聖国の救済、そして魔人族との敵対、融和を果たしたのち、サンクティルは聖女教黎明記の編纂者へこう語った。
『旅の中彼女は多くを語らなかった。だがその堅忍不抜の忍耐力、そして何より深謀遠慮は畏敬の念すら抱くほどだった――先の未来を見通す聖王様ですら時に凌ぐほどに』