学園でエセ勇者と揶揄されるオレ、うすほそ貧弱ボディ過ぎて喋らなかったら周りが勘違いを重ねて過保護になっていくんだけど 作:IXAハーメルン
グリフォンは魔物の一種だ。
強大な膂力と巨大な翼をもって空を駆け巡り、狡猾な知性をもって敵対者には容赦しない。
一方でその強い縄張り意識から守護獣として神聖視する一族や国家も存在し、一言に語り切れぬ力の象徴としても認識されている。
しかしこと聖国において、グリフォンという存在は僻地に存在するとされている魔物の一種としか認識がされていなかった。
多くの魔物、魔獣の部類は交易路を中心に各国の騎士団の手で排斥されており、これほど強大な存在であれば見逃されるはずもない……そのはずだった。
「わー」
「せっ、セラフィリア―ッ!!」
少し気が抜けているような声と共に少女の身体が軽々と空に舞っていく。
「グリフォン!? ここらは生息地ではないはずなのにっ!?」
一月に渡る休息無しの疲弊故か、あるいはグリフォンの翼が滑空に適しており高い消音性能を誇るためか。
いや、それはすべて姑息な弁明に過ぎない。
幸いにして彼女は自身に結界を張っていたようで、かの鋭利な爪は彼女の柔肌を傷付けるには至っていないようだ。
一瞬の自責と現状の把握。
指をくわえて事態を眺めている余裕はない。
魔物の中でも低位の竜に比肩するほど高位、無論サンクティルとて単騎で挑んだことはない。
しかし地位を失えど聖騎士団の精鋭、『聖王の錫杖』の一員である。
決して抗えぬ相手ではない……必死に使わぬよう保っていた魔力を全力で解放すれば。
「今すぐに助けよう、少しだけ身を守っていてくれ!
セラフィリア・スタンレイ。
怜悧な顔立ちに似合わぬ戦闘力、底を見せない膨大な魔力、そしてこの強硬的な進軍に不満一つ漏らさない確固たる意志。
身体はやはり見目の通りに弱いのだろう。しかしサンクティルが休息を切り出さんと口を開きかける度、彼女はただ無言で、しかし熱い情熱と、決意を籠め大きく見開いた視線をサンクティルに投げかけるのだ。
『休憩はいらない――今はただ、進むべきだ』
言葉を交わさずとも伝わる彼女の意志。
それは聖女の卵……いや、既にその道を進み始めた伝説の靴音。
彼女の意志を、決意を、歩みを止めることなどいったい誰が出来るだろうか。その度にサンクティルはただ回復魔術をその矮躯へと放った……いつか、彼女に安寧が訪れる日を願って。
そして旅の中でサンクティルは今、確信していた。彼女こそがこの国は、いや、世界の裏に蔓延る悪を滅し希望へと導く英雄たる素質を持ち合わせている、と。
「まさかこの出会いも聖王様――全て、貴女の視た未来なのですか?」
一月前突如与えられた使命、それは聖都を離れての長期にわたる遠征。
突如言い渡されたそれに『聖王の錫杖』は皆動揺したものだ。
『ふふ……きっと、苦しい旅になるでしょう。けれど必ず、良き出会いがあるはずですよ』
薄紫の髪を揺らす彼女は極東で『狐の窓』と呼ばれる指の形を作り、その隙間から皆をじっと眺め小さく微笑んだ。
恩寵。
歴史でも数えられるほどしか残っていない記録だが、人並み以下に体の一部が弱く生まれ落ち、まるで代替とでもいうように超常の体質がその部位へ宿るそれ。
王国の王女、天眼『アルゴニアス』が片目の視力を代償に過去を見通すように、少女は、『聖王エスペランサ』は両腕へとその力を宿している。
端的に言えば『狐の窓』から覗くことで観測できる未来視、ただし観測するのは、放置すれば確実に来たる破滅的な未来のみ。
未然に防ぐ手立ては存在する、しかしそれを直接知ることは出来ない。
全ては彼女の行動で変化する未来を観測、そして対応していく以外に手段はなかった。
この出会いを彼女が見通していたのだとしたら、いや、間違いなく見通していたのだろう。
この出会いは決して偶然ではなかった。証拠などない、だがそうなのだと奇妙な確信が、そして実にしっくりくる実感がサンクティルにはあった。
ならばあの白い少女が、セラフィリア・スタンレイこそが全ての希望なのだ。
彼女を救い、その身を聖都にまで連れていく。
魔人族達の一切を必ずや打ち滅ぼし聖都を、聖国を、そして何より彼女を、エスペランサを救い出すことこそが今なお生き延びている自分の使命である。
サンクティルは傷だらけの剣を抜き去り空を舞う。
魔力の出し惜しみはしていられない、グリフォンとはそれほどまでに強大な相手なのだから。
「だとしてもっ!!」
己の体躯を数倍は超える巨大な怪物に欠けた剣一本で挑む。
ああ、なんと英雄的であろうか。
恐れが僅かにもたげる心を必死に律し、サンクティルは空を掛けた。
「――何を捕まったままでいるセラフィリア・スタンレイ!」
だがその時、突如としてグリフォンとサンクティルの間に音もなく一つの影が現れた。
少女だ。
青空には異様なほどに黒々とした翼を広げ髪を揺らし彼女は何かを大声で叫ぶ。
人か? 救援? いや、あのどこまでも生物的で不気味な翼は……
「――魔人族!?」
一瞬の出来事だった。
魔人族の手先から大量の赤黒い液体が流れ落ち、一瞬のちには巨大な禍々しい投げ槍が握られていた。
彼女はそれをまるで小さな木の枝か何かのように易々と振り回し――無言で一投。
下手な家屋より巨大なグリフォンが、まるで小さなゴミ屑かのように吹き飛ばされる。
そして投げ槍ごと断崖絶壁に叩きつけられ、岩壁が粉砕、串刺しのまま谷の底へずるりと転がり落ちていった。
身の毛もよだつ圧倒的な力。
今まで戦ってきた『魔人族』とは一体何だったのか、そう思ってしまうほどに彼女は『格』が違った。
『魔人族』がセラフィリアを抱き抱え舞い降りる。
動けば、狩られる。
あの槍に刺し貫かれるやもしれない。
じっとりとした汗が零れ――
「ちっ、人間如きが!」
「――失せろ、次は警告では済まないぞ魔人族」
サンクティルはなお、剣を振るい前に進んだ。
彼女は世界の希望だ。
誰にも、ましてや魔人族に奪われるわけにはいかない。
流石の反応か、魔人族はひらりと一振りを躱し忌々し気に顔を歪めた。
一言、二言と交わす舌戦。
どこか……ほかの魔人族とは違う……?
サンクティルは一か月に及ぶ交戦の中、差異はあれど魔人族達は似た思考をし、行動をし、その目的はただひたすらに多くの人間をさらうことであることを察していた。
だが目の前の魔人族は、黒い少女には強い感情がある。衝動がある。そして何よりその目には……セラフィリアへの強い執着があった。
言葉での斬り合いは次第に戦闘へと切り替わる。
身体強化と絶え間ない魔術による間隙を縫う攻撃、しかしこの奇妙な魔人族はただの紅い槍のみでその全てを弾いていった。
強い、はるかに。
手加減すらされている。これもまた、ほかの魔人族が決して持ち合わせていなかった気質。
一言では表せない感情の坩堝、その中で戦いはより熱を帯び苛烈になっていく。
単純な斬り合いから互いに魔術を絡めた戦闘に、そしてついに――
「不撓の意思を持って我が剣先、その頚堕とさん――『
「はっ、人の意思など矮小なものよ――『ヌメロス・ブラッドジャベリン』」
死か、生か。
相手の纏う濃密な魔力は現実に肌をひり付かせるほどに鋭い。
互いの魔術が放つ赤と白の輝きの中、サンクティルは静かに秘技とされる技を放たんと鋭い闘志を身にまとい……
『なっ!?』
放たれた魔術が、消失した。
音も、痕跡すら残ってはない。
ただ、二人を巨大な結界がすっぽりと覆い尽くしていた。
直撃すればグリフォンでも致命傷になりかねない魔術だったはず。
相手のも相応、下手をすればこちらの魔術よりはるかに。
それを……ただの杖の一振りで。
「しーっ……」
口々に互いの主張をする二人の間へセラフィリアが現れた。
今しがた自分が何をしたのか示すわけでもなく、ただゆっくりと歩き、口元へと人差し指を当てて。
「二人とも、落ち着いて?」
穏やかな笑みを浮かべ少女は語る。
二人の全力をまるで幼児の戯れ事かのように消し去り、彼女はただこてんと小首を傾げた。
「サンクティル……イクルは、友達」
一度サンクティルの瞳をじっと見つめ、視線を黒い少女へと彼女は移す。
「イクル、サンクティルは……」
少女はわずかに黙り込んだ。
神秘的な赤い瞳が揺れる、その言葉を告げることをためらうように。
「サンクティルは、きっと――貴女と同じ」
耳を疑う言葉だ。
人と魔人族。
水と油の関係は一切混じらずこの数百年間続いてきた、理解など決して出来はしないはずだった。
時に――あるいは今まさに、致命的なまでに決裂を見せるこの二種族の、歳も、地位すらも異なる二人を並べ彼女は同じだと、目を伏せ静かに語る。
同じだ。
いったい何が?
少女はこの旅の中、多くを語らなかった。
だがその言葉には全て意味があり、彼女の切実な想いが、願いが込められていた。
サンクティルは傍と気付く。
そうだ、あの少女の振る舞いはどこか違う。多くの魔人族とは異なり、粗暴な口ぶりは裏腹にその一挙手一投足はまるで――そうだセラフィリアを慈しむかのような。
決して混じり合わぬはずであった魔人族とセラフィリア・スタンレイは……確かに、理解をしあっているのだと。
魔人族を嫌悪するサンクティル、人間を侮蔑するイクル。
立場は違えど似ている、ああ確かにそれは共通する点。
だが一点、たった一点だけ異なる思想があった――イクルは今、たとえ
「ありえない……」
思わず口からこぼれた言葉、だがサンクティルは今、その言葉にすら疑問を抱き始めていた。
彼女であれば、この尽きることのない慈愛と慈悲を胸に抱くセラフィリア・スタンレイであれば出来るのかもしれない。
いや、容易くやってのけてしまえるのではないのか、と。
そう、セラフィリアは確信しているのだ。
サンクティルもまたイクルと同様、セラフィリアと共に魔人族との相互理解を果たせるはずだと。
「……ふっ」
互いに結界を挟み無言の中、イクルと視線が交差する。
少し不満げであり、しかしどこかやれやれといった雰囲気の少女が僅かに翼を揺らした。
全く。
全く、なんてばかばかしい方だ。
全く、なんて、なんて……ああ、素晴らしい出会いだ。
『――!!』
振動。
まだ遠くから何かが迫りくる感覚に研磨を重ねた騎士が、そして人よりはるかに鋭い感覚を持ち合わせる魔人族だけが気付いた。
それは先ほどの戦闘の余波、聳え立ち砕かれた岸壁から転がり落ちる巨大な石くれ。
攻城戦では最も手軽な投石が凶悪な武装として扱われる。
ただの石と侮ることなかれ。防御魔術抜きで直撃すれば、ましてそれが頭蓋や骨の無い腹部に当たれば内臓の破裂や一撃での昏倒は避けられず、回復術がない場合は致命傷に至るだろう。
まして目の前の少女は――人並み以上にか細く、薄い彼女であれば!
二人の動きはほぼ同時であった。
あまりに堅牢な結界を何度も打ち必死に叫ぶ。
だがその声が届くことはない。そう、全ては二人が彼女の心を理解していなかったために、己自身の過ち故に。
「違うっ! 後ろだッ!!」
「っ!? セラフィリアッ! 彼女の言う通り結界を張れっ!!」
その時、生鈍い音だけが結界内に届いた。
落石を受けた彼女がふらふらと歩き、谷へ吸い込まれるように落ちていく。
『セラフィリアッ!!!!』
恐ろしく整った目鼻立ち、漆黒の髪と真紅の瞳、『イクル』と呼ばれた魔人族。
自身と交戦していた際は侮蔑や嘲りばかりが浮かんでいたその表情に、ひどく人間らしい焦りが浮かんでいる。
そして私自身、同じ感情が顔を歪めていることにも気づいた。
その一瞬だ。
互いの視線が交差する一秒にも満たないその時、確かに私は感じたのだ。
『聖王の錫杖』の同胞達と肩を並べ戦った時のように、語らずとも互いにすべきことを理解し動くあの時のような感覚を。
少女が翼を羽搏き一目散に飛び立つ。
サンクティルは追わず、剣を抜き去った。今なすべきはこれだ、これだけだと無意識のうちに悟り、持ち合わせていた魔力の大半をその切っ先へと送り込む。
回復術と防御魔術の燐光が瞬く間に強い輝きへと変わり――静かに落ち往くセラフィリアの身を包み込んだ。
「どうか無事であってくれセラフィリア……そして、イクルっ」
この渓谷が続く先は一つの村がある。
サンクティル達『聖王の錫杖』が拠点としているさびれた村だ。うまく先回りできれば彼女たちをそこで回収できるかもしれない。
魔力切れに眩む視界、絶えず押し寄せる頭痛と吐き気。
いや、それが何だというのか。彼女たちを見捨てていられるのかサンクティル。
この程度の苦痛がいったい何だというのか。果てていった仲間達の無念は? そして彼女たちを失い、そして聖国を失えばその程度で済みはしないだろう。
故にただ、今は動け! 地に伏せ這いつくばり、己の吐瀉物に塗れようと足を動かせ!
騎士はただ駆けた。
生まれたばかりの希望だけを胸に。