わかめのお化けが人を襲おうとするが弱すぎて何もできない
※noteさんやカクヨムさんやなろうさんにも投稿しています

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恐(おそ)るべき!、わかめの魔人(まじん)
現(あらわ)る、剛力無比(ごうりきむひ)なる
わかめ力(ちから)によって
そのへんの人(ひと)をこっぱみじん


恐怖!わかめ男

人はわかめを馬鹿にしてきた

人にとり、わかめは一食材でしかなかった

一海藻でしかなかった一植物でしかなかった

 

古来より、本朝には付喪神の信仰がある

幾世もの時を経た無生物、石が箪笥が甲冑が

やがて自らの意思を持ち

陰に陽に力を発揮するようになる

というものである

 

しかして、付喪神となるのは無生物だけではなかった

海藻たるわかめもまたその一つであったのである

わかめ達は意思を持った

自らがわかめであることを知った

そして、人類がわかめを軽んじてきたことを知った

 

わかめ達は感情というものを知った

憎悪というものを知った

 

「おのれ、人間ども味噌汁の具だどおもで

 バカにしやがっでぇ!」

 

陽光も届かぬ海底にわかめ達は集結した

今こそ、にっくき人類を覆滅せん時である

わかめ達は団結して立ち上がるのだ

しかし、足がない

当然ながらわかめには立ち上がろうにも足がない

無論、腕もない、ついでに言えば脳みそもないのである

これでいったいどうしろと言うのか

 

しかし解決策はある

一つ一つのわかめの処理能力は乏しくても

それぞれが情報処理の結節点(ノード)となり

無数のわかめを全体として一つの演算装置とすればよいのである

クラウドコンピューティングである

 

かくして、最高のすごいIQの一つのすごい超頭脳となった

わかめはある最高にCleverなすごい結論に達した

 

人間の屍を乗っ取り

わかめの魔人を作り出すのである

 

川の向こうから「どんぶらこ」「どんぶらこ」と何かが流れてくる

土左衛門である

次第にその周りに緑のものがまとわりつき

水底(みなそこ)へと引きずり込んでゆく

やがて水上より屍は消え

後には水泡がパラパラと浮かんでくるばかりであった

 

かくして、わかめ達は人類撲滅の尖兵を得た

しかし、後から振り返ってみれば

この屍というのがよくなかった

この屍は此度の大雨にて

氾濫する川を実況中継するとして

荒れ狂う流れに飲み込まれた自称Youtuber

肝井仁(きもいひとし)だったのである

 

それは夜も零時を回った頃、ほの白い砂浜の波の満ち引きするあたり

陸に向かってずりずり進んでくるものがあった

人の形に灰色と黒、所々に緑色が巻きついている

これぞ、恐るべきわかめの魔人

わかめ男である

 

その向かう先には海岸沿いの国道、その端に止まったボックスカー

月もない闇の中でその周りだけが淡いドーム状の明りに包まれている

二つのバーベキューコンロの明りである

その傍らに五、六人ばかり食べたり飲んだり踊ったり

時折「ギャハハ」と歓声が上がる

携帯スピーカから流れるヘビメタが虚空に消えていく

 

パリピである

 

わかめ男はこの海岸の町に存する種々雑多な

生物(クリーチャー)の中でパリピというのを最も嫌っていた

 

わかめ男が人間であった頃、すなわち

中卒のハゲのチビの小太りのアホ面のくるくるパーであった頃

肝井仁(きもいひとし)のまわりにしばしば出没していたのがこれらパリピであった

といっても彼らと何か関りがあったわけではない

人一倍の寂しがりにして根が頗るセンシテブにも出来てる仁くんは

楽しそうにしている連中が近くにいるというだけで

焦慮の底に沈むのであった

 

「畜生が!、ぺちゃぺちゃ駄弁る事しか出来ねえ

空っぽの腑抜け共が!

手前等には騒ぐだけの歌とスナック菓子がお似合いでぇ!」

 

無論、此れを声に出すことはない

生まれついての負け犬体質に出来てる仁くんは

泰然の素振と共に孤高を気取るのが常であった

 

そのパリピ共を眼前にして

人類への憎悪をPresetされてもいるわかめ男は

嬉々として、そやつらを撃滅せんと決意した

 

しかしながらわかめ男とはわかめである

如何な人間に憑依しているとはいえ

海藻風情がパリピに勝てるのであろうか?

 

だがしかし、わかめ男には大いなる武器がある

”存在感の薄さ”である

なかなかにグロテスクな外貌でありながら

実のところわかめにすぎないわかめ男は

人間の視界に入った所でわかめとしてしか認識されないのである

 

この驚くべきステルス性を生かし

わかめの恐ろしさを思い知らせてやるのだ

 

わかめ男は身を低くしてゴキブリの如く這いまわり

ボックスカーの裏側からバーベキューコンロの裏側に回り込み

焼き網の上にぺちっぺちっとわかめを並べると

するっと道の向こうの茂みに身を隠した

 

肉のそばで焼けるわかめの奇怪さを以ってして

バーベキューを台無しにし

パリピ共を混乱の渦に叩き込み

その紐帯に楔を打ち込み

果ては相争う惨事を招来せしめんとする深慮遠謀である

無論、根が冷酷非情のクールガイにできてる

わかめ男は同族を火あぶりにして

なんら省みることはない

 

歓声が上がる

女が箸の先にわかめを挟んでいる

ゆるふわコーデの顔のひん曲がったへちまのような女である

「★きゃあー★なあにこれえww」

 

ミニスカートにキャミソール

幣原喜重郎のような顔の女が応えた

 

「★えー★わかめじゃぁんwwww」

 

灌木に金髪をへばりつかせたようなヤンキーが笑った

 

「ギャハハハーwwwwww」

 

果汁を搾り取った後のオレンジのような風体のギャルが言った

 

「★うけるぅーwwwww」

 

パンクルックの田吾作が言った

 

「わかめパーリーにしようぜぇwwww」

 

パリピ共ははしゃぎ続けた

わかめ男は呆然として立ちすくむばかりであった

 

かくしてわかめ男の最初の襲撃は無残なる敗走に終わった

しかして凡そわかめ男の境涯に”反省”の二字はない

反省とは他人がする事であって

わかめ男がすることではないのである

 

再びの襲撃は正にその失敗の当日であった

既に日も上がり陽光燦燦たる中をわかめ男が行く

 

しかし、如何に存在感が薄いとはいえ

街中を走る屍というのは目立ちすぎるのではないか?

心配無用である、なぜなら過疎化の著しい

この田根盛町(たねもりちょう)には人がいないのである

何一つとして魅力がないこの町にはもはや

死にかけの老人と腐りかけの引きこもりと

夜行性のパリピしかいないのである

 

とてとて歩き回りながら獲物を探していたわかめ男は

一つの豪壮な邸宅のガレージのその中に、鮮やかな赤色の

見事なまでのスポーツカーが座しているのに目を留めた

車の知識のひどく偏ったわかめ男にもそれが

大層高級な品であることは容易く察せられた

 

何かのテレビコマーシャルの刷り込みであろうか

わかめ男の脳中には、そのスポーツカーの操縦席にて

肩をそびやかす眉目秀麗なる青年実業家の姿が映し出された

 

なるほどこれ程の大邸宅を所有するのは大金持ちに相違ない

ならば隣席には大層な美姫を侍らせているに相違ない

わざわざ田根盛町(こんなところ)に住まうのは人目を避けるため

つまり相当な大立者に相違ない

よぼよぼの老人がこんな車に乗っていたら物笑いの種となる

つまり所有者は青年から壮年であるに相違ない

なんならきっと超イケメンであるに相違ない

 

そう思うとわかめ男は腹の底より

満々たる怒りが湧きあがってくるのを感じた

わかめ男は土左衛門である、ぼろぼろに腐った汚い屍である

そしてそうなる前ですら、ハゲのアホ面の中卒であったのだ

再生数二けたに満たぬ場末のYoutuberであったのだ

それに比してこいつは金があって女があって

無限の未来があるのだ

 

「いいさ、いいさ、テメエは金があるんだろう

そのご大層なスポーツカーを乗り回して

馬鹿な世間様の注目を集めるがいいさ

金にしか興味のない女どもを引っ張り回して

遊び回ればいいさ」

 

そう絞り出すと

わかめ男はどこからかするするとわかめを取り出した

 

「テメェの愛車をナァ、磯の香で満たしてやるぅっ!!!」

 

そう叫びファサアと広大なわかめをシーツの如く

そのスポーツカーに覆いかぶせると

そいつは泣きじゃくりながら遁走したのであった。

 

かように失敗が続くと如何に根が無反省体質に出来てるわかめ男であっても

その前途暗澹たるを覚えずにはいられなかった

所詮その実体がわかめにすぎない己が身のか弱さを嘆かずにはいられなかった

 

「ちくしょう!肝井仁(きもいひとし)如きに海藻が憑りついて

それでいったい何が出来るってえんだバカヤロー!」

 

真夜中の海岸にて萎れきっているわかめ男の視界に光が滑り込んできた

その白い乗用車は海岸にて停車しライトを消す

ドアが開いて二人ばかりが外に出て

砂浜にブルーシートを敷いたと思うと

なんともはや、まぐわい始めたではないか

 

わかめ男は暫し呆気に取られたが

やがて岩陰から岩陰へと躍進しつつ近寄っていく

無論、半分は興味本位である

人間であった頃を含め一度として女体を得たことのない

わかめ男はこのような行いに対して(まこと)にナイーブな

或いはプリミティブな反応を示すのであった

 

ではもう半分は何か?

”怒り”である、繰り返しになるがわかめ男は一度として女体を得たことがない

それどころか、その前段階、つまり女性と交際した経験もない

そして驚くことなかれ

女性に好意を持たれた事すら一度としてないのである

ハゲのアホ面のチビにして稟性のねじくれ曲がった

わかめ男には誰一人として近づいては来なかったのである

 

わかめ男は怒っていた

自らを蔑ろにする世界に対して怒っていた

 

「おらをその辺のシジミ扱いしやがっでぇ!」

 

ともあれ、先ずは物見遊山である

わかめ男は、そのブルーシートより3メートルばかり離れた岩陰へ

するっと隠れるとそれを凝視した

 

不意に光が現れる、着信があったのかスマホの画面が点いている

男の姿が浮かび上がる

ぷくぷく膨れた焼きもちを泥土に転がしたような風体のその男

その頭部だけを箪笥の引き出しに放り込み

ギィーーーっギィーーーっと無理に

押し込もうとしたかのような顔貌のその男

 

日和見和人(ひよりみかずと)である

 

わかめ男はこの海岸の町に存する種々雑多な

生物(クリーチャー)の中で日和見和人(ひよりみかずと)というのを最も嫌っていた

 

わかめ男が肝井仁(きもいひとし)であった頃

田根盛中等学校の生徒であった頃

仁くんの唯一の友達(少なくとも外からはそう見えた)

であったのがこの日和見和人(ひよりみかずと)であった

 

小児の頃より長らく仁くんには友というものが無かった

いや、一時的にはいたのかもしれない、清、洋七、田八郎らである

しかし、人一倍の寂しがりでありながら

根がどこまでもローンウルフにできてる仁くんのことであるから

いつしか生徒のことごとくが仁くんから孤立するにいたったのである

 

仁くんはなんといっても”孤高”の男であった

一日、仁くんは教室の後ろのほうに陣取り腕を組み

その精神を一段高みに置いて生徒たちのその低俗なる様を睥睨していたのである

 

「ふんっ、ゴミ共が」

 

下らないスポーツに血道を上げる子供たち

 

「へんっ、筋肉で世の中は回ってねえんだよ脳無し共」

 

アニメやゲームの話に熱中するあほたち

 

「へへっ、そんな商業主義の製造物にいいように踊らされるなんて子供だねえ」

 

勉強のやり方を教えあうばかたち

 

「へぇー勉強が何になるってんだ、本当に大切な事はなあ

勉強じゃわかんねえんだよお、頭でっかちの秀才気取りめが」

 

しかし、時として仁くんが机とノートに向かい

何やらを一心に書き込んでいる時があった

そのノートの冒頭にはこうあった「女の子******ランキング」

その内容は如何なるものであるのか?

 

「真由美ちゃん、12点

顔、18点

*******、5点

*******、19点

*******、3点」

 

この他、内容を見続けていると目を痛めるゆえ

一例の提示にのみ留めておくが

他の内容も全て此れと同様のものである

仁くんは周りの女子たちを格付けし点数をつけて喜んでいたのである

 

”ランキング”の冒頭には女子の容姿、人格、うるわしさを総合して

評価するとの文言が添えられてあったが、実際は専ら容姿を基準としていた

例えば、2組の千佐子ちゃんはかわいいから17点

1組の清美は四角いから3点、といった具合である

 

しかし例外もあった、例えば3組の木原里美は容貌こそ十人並みであったが

仁くんの掃除の仕方が雑であるとして注意したので

100点満点中の6点となった、もっとも

仁くんの掃除の仕方は実際に雑であったし木原里美は正しい掃除の仕方を

懇切丁寧に指導した

しかして仁くんは他人に教えられるという事を最も厭うのであった。

とはいえ100点中の6点というのはそれほど低い点数というのではなかった

なぜなら、この田根盛中等学校には

高天原栗(たかまがはらまろん)”がいたのである

 

まろんちゃんは美少女である、それも古今東西天上天下に

比類なき美少女である

もし、かのメネラオスがまろんちゃんを一目見たならば

たちまちヘレネをぬか床に打っ棄り

まろんちゃんに吶喊したに違いない

もし、かの玄宗帝がまろんちゃんを一目見たならば

たちまち楊貴妃をダストシュートに突っ込み

まろんちゃんに入れ揚げ狂ったに違いない

 

まろんちゃんには100点中の100点を与える他なかった

無論、満点中の満点ではまろんちゃんの美を表現することなどできぬ

しかして、アホの劣等生でありながら根が案外と形式尊重主義にもできてる

仁くんは”100点中の二百万点”といった表現は

どうにも落ち着かないのである

 

問題は他の女子に与える点数である

まろんちゃんを除けば20点を最高点数にするほかはない

無論、まろんちゃんと他の女子との差は80点どころでは済まぬ

この二者には月とスッポン、工業用純水とヘドロ

康熙帝とジョン欠地王の如き差があるのだ

 

しかしながら、根が大の算数嫌いにも出来てる仁くんは

他の女子の容姿のばらつきを表現するのに20より下の

数字では慊いのである

 

それにしても数百人はいるこの学校の女子たちを0から20までの

整数で評価するのはなかなかに困難で

仁くんはその乏しい脳みそを全開にブン回して

机の上で七転八倒していたのであるが

そこに横から口を出してきたのが、かの日和見和人であった

 

日和見和人というのは元来博愛精神に満ちた男である

その証拠に、和人君は自己紹介する機会のあった時は

常に以下の言辞を弄していた

 

「僕の長所はなんといっても他者を慈しむ心を

忘れない事です、僕はとても優しいのです。」

 

そして今、和人君は仁くんに対してその慈愛の心を

顕したのである

 

「嗚呼、あの仁くんは何時も教室の後ろの方の席で一人でいて

なんて惨めで哀れなんだろう

慈愛の心に溢れたこの僕が友達になってあげましょう」

 

この時、仁くんは2組の佳代ちゃんに8点を付けた所であった

和人君 「おめえ佳代ちゃんは16点だよお」

仁くん 「なにヲっ、あのエドセル面は10点いかないだろヲ」

 

かくして、仁くんと和人君は周りの女子たちの容貌の程度を

日々議論するようになったのである

 

仁くん 「千代子の顔はしいたけの裏側みたいだべ

     1点がてきとうだべ」

和人君 「だどもぅ千代子はすらっとしてスタイルが良いべ

     頭に紙袋をばかぶせれば15点はいけるだべ」

仁くん 「いんや1点だア」

和人君 「10点だよヲ」

仁くん 「1点っ」

和人君 「10点っ」

和人君 「真知子はどうだア」

仁くん 「真知子は正面から見るとにんじん、横からは三日月だ

     アんなに顎がとがってちャア何かの拍子に机に刺さりそうだべ」

和人君 「グロくはないから3点ぐらいだなア、次は久美だア」

仁くん 「校庭の隅に地蔵様があるだろを?」

和人君 「あるなア」

仁くん 「あれを横倒しにしたら久美の顔になるだべ」

和人君 「2点てえところかな、ところで美代ちゃんは可愛いよなア」

仁くん 「美代ちゃんは20点だア」

和人君 「でもよお、美代ちゃんでもまろんちゃんと並べたら

     ピカピカのスポーツカーと中央分離帯に突っ込んで

     ひしゃげた大八車みたいだべ

こう点数つけていってもよヲ、まろんちゃんが絶対の一番だア

     まろんちゃんと付き合うこともできねえに

こんなことしてなんの意味があるだア」

 

ここで肝井仁の”美意識”とでも言うものについて付言しておこう

いったいに仁くんは”添え物”をやけに愛好する癖を有していた

それはヒーロー映画にて主役を補佐する微妙な強さの脇役

アイドルグループのセンターの周りで跳ね回る

平均よりは美しいメンバー等である

 

「それらが主役を際立たせるから」だけでない

主役に自らの精神を投影して

自らが中心になる悦び、他者を従える悦び

とでも言うものに浸るのである

 

話を戻す

 

仁くん 「食いもんにはなア付け合わせってえものがあるだべ

     カレーには福神漬けだべ

     いっくらおいしくてもカレーだけじゃたんねえべぇ」

和人君 「でもよヲ、福神漬けがあってもカレーがねえじゃねえかよヲ

     おら達風情じゃアまろんちゃんには相手にされないよヲ」

仁くん 「ヴぁアカ、まろんちゃんみたいなのはなあ

     思いをむけられるってえのになれてねえんだよ

     ああいうお金持ちでぬくぬく育ってきたってぇ手合いはア

     ちらっとロマンチックな恋文でも見せてやりゃあコロリだよコロリ」

和人君 「そういうもんかなア」

仁くん 「そういうもんだよヲ」

 

無論、如何に根が激甘グラブジャムンにできてる仁くんと言えど

本気でまろんちゃんと付き合えると思っているわけではない

先の言辞は”売り言葉に買い言葉(状況があっていないかも知れないが)”

と言うものである

妄想世界に喉元まで浸かりながら根が案外と現実主義者(リアリスト)にもできてる

仁くんは自らがまろんちゃんと付き合いえるとの発想は

はなからふとこっていなかった

かような空想に浸ったことは此れ迄、只の一度として無い

つまり”まろんちゃんと付き合う自分”という図が一瞬

仁くんの脳中に閃いたのはこの時が最初であったのである

 

これは先ほどのやり取りによって想起されたものであるが

根がむやみと自分に甘く、また脳中の景色を美化する悪癖持ち

にもできてる仁くんは、この”まろんちゃんと付き合う自分”

と言う光景が、なんかこう

やけに様になっているやうに感じ始めたのである

こうなると、先ほどの自身の言が思い出されてくる

 

「まろんちゃんみたいなのはなあ

思いをむけられるってえのになれてねえんだよ

ああいうお金持ちでぬくぬく育ってきたってぇ手合いはア

ちらっとロマンチックな恋文でも見せてやりゃあコロリだよコロリ」

 

これは案外と正鵠を射ているやもしれぬ

なんといってもまろんちゃんは実に浮世離れしているのである

おそらく親の厳重な管理下にて蝶よ花よと育てられてきたに相違ない

であれば純真な心を持っているに相違ない

それなら容貌で異性を区別することなどあるはずがない

その高潔な魂は同じく高潔な魂にこそ共鳴するに相違ない

すなわち、まろんちゃんは仁くんのような(おとこ)にこそ

惹かれるに相違ない

 

この自分、他の軽薄な”お子様”達とは一線を画す自分

ゲームやらスポーツやらの幼稚な”お遊び”に

耽溺する他の子供達とは決定的に異なる自分

学校から親から押し付けられる諸々を疑いもせず

受け入れる他の子供達とは違い世界の本質を見抜いている自分

 

この自分こそまろんちゃんに最もふさわしいのではあるまいか

そして、この周りとは一味も二味も異なる自分はさぞかし

まろんちゃんの目を引いているに違いない

社会のまやかしに惑わされぬこの自分であれば

未だ世間を知らぬこのいたいけな美少女を導いてやれるに相違ない

 

自室にて仁くんは机の上の奉書紙に向かい

一心に文字を書きつけている

人一倍の面倒くさがりでありながら根が変に思い切りのよい質にもできてる

仁くんは今、まろんちゃんへの恋文をしたためているのである

その内容は以下のようなものである

 

「ハーイ、まろんちゃぁん、何時も俺の事をチラチラ見てるよねぇ

 俺は知ってるよん、まろんちゃんがぁ俺ノコトを好きなコト

 

 ↑「//▼//キャー」

 

 てへっ、そう照れなくてもいいんだよォ」

 

この恋文はこの後、3200文字に渡って続くものであるが

精神の平衡を損なうものであるゆえ冒頭のみで割愛する

 

こうして恋文を書き上げた仁くんは既にして

事を成就したかのような心持になっていた

その脳中ではまろんちゃんとメリーゴーアラウンドでくるくるまわっていたり

砂浜で追いかけっこをしている光景が

大いなるリアルティを持って流れているのである

 

突然であるが、まろんちゃんは魔法少女である

田根盛町(こんなところ)にまろんちゃんがいるのは

魔法少女の秘密基地があるためなのである

この徹底的に目立たぬ地勢を利用して

その存在を秘匿しているのである

 

さて、”魔法”少女たるまろんちゃんの魔法とは

如何なるものであるか?

 

その一つに”まろんちゃんレーダー”がある

まろんちゃんを中心をとする半径10キロメートルの球体

これがまろんちゃんレーダーの索敵範囲である

まろんちゃんはこの球体に踏み込んできた事物の脅威度を迅速に解析し

”危険”と判定された場合、直ちに然るべき措置を講じるのである

 

しかしこのとき、まろんちゃんが顔を上げると

そこには人のようなものが口角を釣り上げニタア、ニタアとしながら

にじり寄って来るではないか

なにゆえ、まろんちゃんレーダーはこの物体を検知できなかったのであらうか

その理由はノイズ除去システムにあった

 

まろんちゃんレーダーは周辺のあらゆる物

すなわち、人、物、草、音、空間の揺らぎ等々を検知してしまう

それ等をそのまま意識表層に上げてしまうと

検知したあらゆる事物が意識表層に表示され

その全体を塗りつぶし、何が何だかわからなくなってしまうのである

そこで、ある種のフィルターを用いて

取るに足らない事物をあらかじめ除去しておくのである

つまり危険物ではないもの、存在価値のないもの、人でないもの

 

すなわち、ノミ、ダニ、ゴミ、仁くん等は

まろんちゃんの広域警戒システムには探知されないのである

しかしながら、まろんちゃんはこの状況を一瞬で看破した

というのも、まろんちゃんにはこのように近接してくる

物体についての豊富な経験があったのである

しぐさ、目つき、口元のゆがみかた、極めつけは

その手に握りしめた恋文とおぼしき紙片

 

これほど諸々がそろえば

その物体が何をしようとしているのか明白であった

しかし、不審な点もあった、これまでまろんちゃんに告白してきたかぼちゃは

かぼちゃの中でもいくらかマシなかぼちゃであった

とまれ、”かぼちゃ”とは何か

 

まろんちゃんの精神世界には2種類の存在があった、人間とかぼちゃである

まろんちゃんと同等とまでは言えなくても(それは到底不可能であるが)

相当な金、権力、人脈、美貌、知性、教養を有する

これを人間という、その他はかぼちゃである

 

話を戻す

これまで、まろんちゃんに告白してきたかぼちゃは

かぼちゃの中でも上澄みといってよく

ただ、少々知能が低いために自身を人間と思い込んでいるかぼちゃであった

しかし、目の前にある物体は上澄みどころか

ゴミ袋の底部にしみ出してくる謎の液体といってよかった

 

このとき、仁くんの精神は九天の上をぴょこぴょこ舞い踊っていた

目の前には、あのまろんちゃんが不思議そうな目でこちらを見つめている

「ぐへへ、おらにかかればこんな女ちょろいもんだぜ」

 

思い返せば、このひと月あまり、仁くんは恋愛本をあれこれとかじり

ハイネの書から引用しいしい、キーツの詩から引用しいしい

愛しのまろんちゃんへの恋文を書いてきたのである

仁くんには勝算があった、必勝の戦略があった

すなわち、初手にして最大のアピールポイントをぶつけるのである

 

「おらは肝井家の惣領息子だべ、向こうの山さ

田んぼさ、べこさ、みんなおらの親父のもんだべさ

おらん家の嫁んなるおなごはさ、器量よしで

慎み深くて、亭主を立てるおなごでなきゃいけねえだ

あんたはなかなか見込みがありそうだんべ

おらが結婚ばしてやってもいいんだべェ」

 

まろんちゃんは思った

「なんと小さく卑しく貧相で醜い男なのだろう

この干からびた牛蒡の如き棒状の物体はただ容貌醜怪のみならず

彼我の明確な戦闘力の差を理解する知性すら有していないのだ」

 

しかしながら、この物体はその矮小なる戦闘力にもかかわらず

まろんちゃんの有する中で最も貴重な物を奪っていた

”時間”である、まろんちゃんの時間、

 

何よりも希少な何よりも高価な、まろんちゃんの時間

もっとも高貴なるがゆえに

この世の最上の体験にのみ費やされるべき、まろんちゃんの時間

もっとも貴重なるがゆえに

人類文明の発展と繁栄にのみ供されるべき、まろんちゃんの時間

部屋いっぱいの金剛石よりも

見渡すばかりの油田よりもその価値大なる、まろんちゃんの時間

 

「ヴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

まろんちゃんは激怒した

その艶やかな黒髪ぱっつんの下に金剛力士の形相を浮き上がらせ

満身より裂帛の気を発し大喝した

 

「この助惣鱈腐乱南瓜(すけそうだらふらんカボチャア)アアアアアーーー

おんどれごときがアわらわの時間を奪うんジャネェェェェッェェーー」

 

この時、すんごいShockWave、或いは”言圧”とでも言うべきものが

まろんちゃんの前方に向けて発せられたのである

たちまち仁くんは大地に打ち倒され木々は鳴動し

ガラス窓というガラス窓にはひびが入り

公園の先の空き家はグッシャアと倒壊しブワアァと土煙が上がった

 

まろんちゃんはがなります

「おんどれんめンたマアぶっこぬうてぇ*********

にぶっこんじゃるヤアアアア

キョ*******ーッ祇園精舎ノ肥*****

魚アアアアーーーーーー」

 

その時である、仁くんの頭の中で何かが切り替わる音がした

「ウイーン、ガチャ」

 

およそ仁くんの境涯に”対等”の2字はない

仁くんにとり他人とは仁くんをあがめ奉る存在か

仁くんが地面にへばりついて媚びへつらう相手か

その2択なのである

そして今、仁くんの中でまろんちゃんは前者から後者に転換した

 

ならば、やる事は一つである

古来より本邦に伝わる秘伝の奥義、”土下座”

その平身低頭の妙をもってまろんちゃんを篭絡せしむるのである

 

突如、立ち上がり傲然と前進する仁くん

直立姿勢から土下座姿勢へと縮退する、その当たり判定の小さいことっ

横なぎに放たるるまろんちゃんShockWaveのその下、大地をこすり土煙吹き上げ

ズサアアアと征く仁くん、たちまちのうちに

まろんちゃんの真ん前にありて土下座の体である

「たのんます、たのんます、おらと******してくだしゃんせえぇぇぇぇっ」

 

まろんちゃん、どこからか

大変に大きなこん棒(こん棒とは人を殴り殺す道具)を

取り出し刹那、ぐいと振りかぶる

今こそこの*******をぺったんこにする時である

いけ!、まろんちゃん!、やっちまえ!

 

しかし、そこはやさしさに溢れ愛情深いこと銀河一であると

方々で自称して回っている所のまろんちゃんである

菩薩のごとき心根でもって

仁くんをぶち殺すことなく吹き飛ばすにとどめたのである

 

ブォン!、びゅいいいいいいいんん

 

かくして、仁くんは校舎の上、遥か空の彼方へと消えた

 

田根盛町の北東部はゴミである、ゴミの山である

そこは田根盛廃棄物処分場である

この貧相な町の唯一の産業と言えるのがこの施設であった

 

その上空より何かが降ってくる、黒い点である

それはゴミの山に着弾しヴワホッと汚い煙を上げた

しかし、それを気に留めるものはいなかった

何時もの景色だからである

 

いったいにまろんちゃんというのは

悪の組織の構成員やら気に入らない奴やらを

常々このゴミ捨て場に叩き込む癖を有していた

 

過去には某広域自営業の組長(死体)や

狩猟目的で違法入国した宇宙人(死体)等が

此処に叩き込まれてきたのである

 

そして、この日は仁くん(存命)であった

仁くんは泣いていた

みかんの皮とキャベツの芯と干からびた

ウェットティッシュの上で泣いていた

齧りかけのリンゴの腐乱死体と

古着の切れ端に塗れて泣いていた

 

それはゴミだった、ゴミ以外の何物でもなかった

このゴミの山と仁くんとには何ら異なる所が無かった

彼自身がゴミそのものであったのだ

灰は灰へゴミはゴミへとの言葉通り(註:そんな言葉はない)

ゴミがゴミ捨て場に捨てられただけの事なのだ

 

あれは明確な拒絶であった、明確な拒絶以外の何物でもないのだ

こと此処に至って、ようやく仁くんは

己が行動の無謀を極めたるに気づく形とあいなった

 

思い返してみれば土台無理な話であったのだ

このぼろきれの如き肝井仁が

学業もその他も一度として称賛された事のない

一度として認められた事のない

此の肝井仁が、あの美の化身の如きまろんちゃんと

付き合いえると夢想した事が誤りであったのだ

 

こう思うと自らの愚かさが恨めしくて仕方なかった

慊なくて仕方なかった

 

まろんちゃんとの日々を夢想する事大主義の塊にできてる自分

恐れ知らずにもまろんちゃんに告白する道化芝居を演じる自分

 

その光景が脳中を駆け巡ると仁くんは

火にかけられたようになってきた

まろんちゃんに告白すると方々で言って回った時の

クラスメートの表情が刃のようにして迫ってきた

その魂は高射砲弾の破片を食らって

マっ逆さまに落ちていくエアプレンのそれだった

 

こうなっては餅を搗くより他はない

一心に餅を搗くより他はない

仁くんは弦を離れた矢のようになって家に駆け戻ると

倉庫から臼を引っ張り出し糯米の袋を引っ掴み

 

家の眼前の通りにて怒りの往復機械となり餅を搗き始めた

その白い塊は一度目には吉田耕作であった

仁くんのクラスの担任の愚鈍な中年であった

ハリケーンに遭ったかのような髪型の黒縁眼鏡のビール腹であった

彼は止めなかったのだ、仁くんがまろんちゃんに

告白すると言って回っている時に止めなかったのだ

 

その時、この糞教師が止めていれば、こんな事にはならなかったのだ

僕がこんな目に遭うことはなかったのだ

その面上に杵を叩っ込む、ぺったんぺったんと打ち込んで

手桶の水を以って、それを捏ねると再び杵を取り上げる

 

二度目にはそれは岸田五郎であった

整った顔に晴れやかな笑顔の水泳部のエースであった

この学年一のスウィートフェイスがまろんちゃんを

侍らせていたのなら、如何に仁くんと言えど

かような勘違いはしなくて済んだのだ

こいつがまろんちゃんと付き合えなかったから

こいつがふがいないから僕がこんな目に遭ったのだ

その笑顔に杵をぶち込み、ぶち込み、捏ねて、捏ねて

再度、杵を取る

 

そして三度には、それは最後には

何よりの仇敵たる日和見和人であった

この頃になると仁くんは満々たる怒りのVolcanoであった

 

「ちくしょうが!あの日和見和人の寝殿造りめが!

グラハムクラッカーを挟んだマシュマロ東尋坊めが!」

 

と、わけのわからぬ絶叫を上げると

やたらめったら、その顔に杵を叩っ込む

 

何故、日和見和人なのか?

生まれついての負け犬気質にできてる仁くんは

自身より強い相手に立ち向かうなど思いもよらぬ

 

相手が弱いとみると居丈高になり

強い相手には媚びへつらう

これぞ仁くんの生きざまである

 

思い返してみれば仁くんが和人君と親しくしたのは

ありとあらゆる点で仁くんにすら劣っていた故である

 

その巡航ミサイルの地形追従飛行を思わせる学業成績

不法投棄されて久しい箪笥の如きその風体

身長は低いが座高は驚くほど高く

 

その顔貌たるや

顔の真中にモップを突き立て

右にぐーるぐる、左にぐーるぐると捩じり回し

上に下にべっちょべっちょと撫でつけたが如くである

 

その和人君さえいなければ、まろんちゃんに告白する

などと言う大それた野望を抱くことは無かったのだ

身の程知らずにも大怪獣に挑み木っ端微塵にされる

事など無かったのだ

 

そして現在

 

スマホの明りに浮かび上がるのはその和人君である

その和人君がまぐわっているのである

繰り返しになるが仁くんは一度として女体を得たことがない

無論、そうなったのは全て仁くんの程度の低さに因がある

此の朽ちかけの煮干しに

好意を持つ女は此の世の何処にもいない

 

しかしである、その仁くんより更に程度の低い和人君が

こうしてまぐわっているではないか

 

その時、スマホの明りが相手の女を照らし出した

 

!美代ちゃんである!

 

!あの20点の美代ちゃんである!

 

全校生徒の中で2番目に美しかった美代ちゃん

2番目にスタイルの良かった美代ちゃん

2番目に成績の良かった美代ちゃん

 

それが日和見和人(こんなやつ)とまぐわっているのである

考えてみれば学校の底辺の中の沈殿物たる仁くんにとり

美代ちゃんと言えど高嶺の花であったのだ

消して届かぬ憧れの向こう側にあったのだ

 

その美代ちゃんが2番目の美代ちゃんが

こんなやつと!

こんなところで!

 

和人君のくせに!

僕より成績が悪かったくせに!

僕より生え際が後退しているくせに!

僕よりお小遣いが12円少なかったくせに!

 

わかめ男は激怒した

満々たる殺意によって今にもExplosionしそうな程に

激怒した、全身より怒気を放散させつつ

ブルーシートに近接する

 

その時、奇跡が起きた、あまり起きないほうがよろしい類の

奇跡が起きた

 

怒りが天に通じたのか

わかめ男の、その”存在感の薄さ”は何処へともなく消散し

月明かりが、その姿をはっきりと照らし出したのである

 

わかめ男とは屍である

でろんでろんの水難死体である

ぷくぷく膨れたどざえもんである

正視に堪えぬ

 

始めに気づいたのは和人君である

 

「ギョワアァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」

と絶叫を上げ飛び退る

美代ちゃん

「キャアーーーーーーーーーーー!」

と言って、和人君に抱き着く

 

「和人くうんっ!」

 

すると和人君は美代ちゃんの肩を持って

ぐるりと正面に回し

 

「和人くんっ?」

 

「こちらの方にご用がおありでしたらッ

(わたくし)は関係ありませんのでェッ!」

 

と叫ぶと両の手で以って美代ちゃんを

わかめ男の方にグイっと押し出し

 

「和人君っ?」

 

つむじ風の如き俊敏さで以って

操縦席に収まると共にエンジン音が響き

発進した自動車は爆音を響かせつつ

アッという間に山道へと消えた

 

すすり泣く声が

 

「ひくっ、うわああああん」

 

わかめ男は棒のようにたっている

如何せん脳みそのレジスタが8bitしかない、わかめ男は

斯様な事態の急進に対処する術がない

一瞬にして和人君(ターゲット)を見失い

呆然の体である

 

その時、わかめ男の視界に青い物が飛び込んできた

ポリバケツを振り上げた美代ちゃんの決死の形相であった

 

「こないでえぇっ!」

 

「パコッ!」

 

こうなっては逃げるより外はない

わかめ男はどざえもんである

お肌の柔らかい、と言うよりは今にも破裂しそうなどざえもんである

ぐにょんぐにょんのsoftな屍である

ポリバケツには敵わぬ

 

わかめ男はヨタヨタ逃げ走る

美代ちゃんはポリバケツを振り回し

悪鬼の形相で追っていく

 

「パコッ!」「パコッ!」「パコッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

徳富芳恵(とくとみよしえ)は、その寂れた一軒家の軒先に

車を止めると、いそいそと入っていく

 

和人君より

「怖いお化けが出たんだヨォ」

と電話が入ったのは、この10分ばかり前の事である

 

芳恵の心中には期待と不安とが、ぶんぶん飛び回っていた

”期待”とは、これまで昔気質の和人君が

 

「お家に行くのは結婚が決まってからだぁ」

 

と言うので、専ら田根盛町南西部のラブホテル”聚楽第”にて

逢瀬を重ねてきたのであるが

今日、始めて和人君のお家に行けるということである

 

”不安”とは、そのお化けの事で

近頃は、この田根盛町にて

突如、マンホールの蓋が持ち上がり、中から

かぼちゃの煮っころがしを投げつけてくるという

”かぼちゃの煮っころがしおじさん”や

 

道路わきの茂みより現れ

「ワシをおぶってくれ!」

「おぶってくれええええ!」

と叫びながら、すんごい速さで走ってくる

 

Sturm(シュトゥルム)こなきジジイ”

 

といった不審者が出没しているとのニュースを

度々目にするだけに

中々に怖気を走らせるものがあった

 

芳恵はぬか漬けの壺を投げつけて不審者を撃退したという内容の

何年か前のニュースを思い出すと自宅からぬか漬けの壺を

持ち出して此れを不審者への備えと決め

和人君のお家に向かったのであった

 

お家の中で和人君は泣いていた

目を潤ませ、しゃくり上げ、しゃくり上げ、泣いていた

 

「ママッ、ママァーーーーーー」

 

和人君にとって”母”とは、どんな事をしても

受け入れてくれる暖かく柔らかい存在であった

どんな失敗をしても、逆に仕事も何もしなくても

包み込んでくれて優しい言葉を掛けてくれる存在であった

 

和人君は常に”母”に(かつ)えてきた

”母”を求めてきた

 

付言しておくと和人君の母親に何か不幸があったわけではない

彼女は全く健在であるし和人君との間に

何か因縁があるわけではない

 

ただ、アニメか何かによって形成された

和人君の母親像に”本物の母”が合致しなかった

というだけの事である

 

その当然の帰結として和人君は恋人に

”母”を求めてきた

いや、母親候補を恋人にしてきた

というのが正確な所だろう

 

今、和人君は常にもまして”母”を求めていた

なんといっても海岸にて恐ろしいお化けに遭遇し

命からがら逃げ帰ってきたばかりである

 

それゆえ、芳恵がお家に入ってくると

その両の腕の中に飛び込んで

「びぃーーーーん」と泣きじゃくり始めたのは

ごく自然な成り行きと言うものである

 

とは言え、和人君にとり

この状況は、いささか不本意ではあった

というのも芳恵はあくまで予備(スペア)

であったのだ

 

和人君は母親候補を二棚方(TwoBinMethod)で管理してきた

この方法は在庫管理の基本であって

ある物品を二つ用意し、一つを費消したら

一つを補充するというやり方である

管理コストを最小化できる実にうまいやり方である

 

しかして母親候補という物品は一つとして同じ物がなく

出来不出来に差があるのだから、いきおい

優先順位を付けざるを得ない

 

それは二つの基準、すなわち

優しさと美しさによってである

この二つを兼ね備えていなければ”母”ではないのである

 

しかしながら、これまでに和人君が出会えた”母”

は一人だけであった

 

美代ちゃんである

 

美代ちゃんこそ本物の”母”であったのだ

芳恵はあくまで予備である

もしもの時の備えである

 

その、”もしもの時”が来たのである

美代ちゃんは、あの化け物にぶち殺されたに違いない

和人君は”母”を失ったのだ

途方もない喪失感が和人君の心中に溢れかえっていた

その悲しみを”母”に慰めてもらいたかった

その柔らかな胸中に顔面を埋め

只ひたすらに泣きじゃくりたかった

 

しかし、その”母”はもういない

いるのは芳恵である、この雑巾のしぐれ煮のような風体の代用お母さんである

 

ぷるぷる震えながら

「お化けがぁお化けがぁ」と繰り返す

和人君を抱きしめて、性格だけは”母”の基準を満たす

芳恵は「怖かったねえ、怖かったねえ」と慰めるのであった

 

その時である

 

カタンッと再び玄関の扉が開いた

そして、何かが入ってくる

 

濁水を滴らせ緑の物が巻きついた、その姿

 

!美代ちゃんである!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和人君は天にも昇る心待ちであった

なんといっても美代ちゃんが生きていたのである

 

ほんの数舜前まで

「暫くは芳恵で我慢するより外はない」

と悲壮な覚悟を固めていたことが

遠い昔の事であるように感ぜられた

 

「バコッ!」

 

「おかあさあああああああん!」

 

和人君は芳恵を突き飛ばすと

一心に美代ちゃんを求めた

大きく両手を広げ、その胸に飛び込んでいった

 

そこに突き出されたものがあった

鉄拳であった

 

見事に体重の乗った

美代ちゃんの正拳突きであった

 

「バキッ、ドカッ、ガッシャーン!」

 

それは和人君の腹にめり込むと

その肉体を真向かいに吹っ飛ばし

箪笥の中央にめり込ませた

 

数舜後、崩れかけのその家具が

和人君の肉体を吐き出すと

それは畳の上に頽れた

 

和人君は動けなかった

激烈な衝撃(それは物理的なものと精神的なものがあった)

によってである

 

かろうじて顔を上げると薄明りの中に何かが浮いている

それだけが激烈な存在感を放っている

顔である、美代ちゃんの顔である

 

もの凄い顔であった

人類の誕生以来、幾万年の歴史の中で

非業の死を遂げて来た無数の者たちの怒りと憎しみ

その面相を以って金型とし

その後ろから生命の誕生以来

幾億年の歴史の中で、苦しみのうちに生を終えた

無数の命によって積み上げられ折り重ねられ

練り上げられてきた、激情と怨念からなるゲル状物体

を熱した大槌によって打ち付け打ち付け

打ち出したかのような形相であった

 

それはメドゥーサも柔和に見えるほどの物凄きものであって

もはや和人君は「あっあっ」と言いながら後ずさる事しかできなかった

 

この時、和人君の脳中では

二つの事が渦巻いていた

 

一つは叫びであった、心の深奥からの

声にならない叫びであった

「ママはそんなことしないっ!ママはそんなことしないもんっ!

ママは優しいんだ、何時だって、どんな時だってボクを

許してくれるんだ、味方になってくれるんだ

笑いかけてくれるんだ、受け入れてくれんだっ!」

 

もう一つは計算であった、冷静な算術であった

 

これは芳恵のせいに違いない

芳恵が僕に抱き付くのを見られたからに違いない

 

他人の心情にはとことん疎い

和人君であっても、母親候補Aの前で

母親候補Bといちゃつく事は拙いとの認識はあった

 

そこで悪い化学反応を起こさぬよう

この二つを分離して管理してきたのであるが

この時ばかりは、そうもいかなかった

 

一つには海岸にて遭遇したお化けの残影であって

その恐ろしさから逃れるためには

”母”を求めるより他は無かったのである

 

二つには美代ちゃんは既に死んだとの予断であって

それが生きてこの場に現れようとは

思いもよらなかったのである

 

三つにはその死から来る喪失感であって

此れを埋めるには”母”に抱き付く

より他は無かったのである

 

つまりは仕方のない事であったのだ

でも、”母”なら、本当の”母”なら

このぐらい笑って許してくれるに違いない

こう思うと美代ちゃんへの強烈な不満が湧きあがってきた

 

しかし、和人君はどうにかその気持ちを

押さえつけた、そうするより他はなかった

 

如何に事大主義と誇大妄想からなる

石筍状物質であるところの和人君であっても

ここで美代ちゃんを失えば同等以上の

”母”を入手できる見込みが皆無であることは

わかりきっていた

 

であれば、芳恵を切り捨て(パージ)する

事が最良の選択であることは

言うまでもないことである

緊急時の代用品のために本体を失う、というのは

実に馬鹿げたことに違いない

 

かくして、和人君は何やら喚き始めた

 

「この女が押しかけて来たんだよぉ

これは僕のストーカーなんだ、これは僕と両想いだって

思い込んでいるんだ、僕がこんな雑巾のしぐれ煮のような女になど

興味が無い事がわからないんだ、いや

この女は自身の外見が麗しいものだと信じていやがるんだ

自己認識の出来ない可哀想な女なんだ

僕と付き合えると思っているんだよぉ」

 

美代ちゃんは思った

「私はこんな男と付き合っていたのか

こんなガラクタ同然の男と青春の一景を経て来たのか」

 

この時には美代ちゃんは激烈なる怒りと共に

如何に人殺したる自身であっても

この男よりかは随分とマシな存在であるとの認識に至っていた

 

何故、美代ちゃんが和人君如きと付き合っている(いた)

のかと言えば、その起源は4年前の今日に遡る

 

この日、女子ボクシング県大会の準決勝にて

美代ちゃんのアッパーカットが相手選手の頸椎をへし折ったのである

それは、この競技では稀によくある事であって

特に問題になる事もなかった

 

しかし、美代ちゃんは逃げるように、この競技を引退し

SNSの類も一切辞め、人付き合いもほとんど断ち切って

自宅に半ば引きこもるようになったのである

 

つまりは美代ちゃんは自身を随分と低く見積もってきたのだ

 

しかし、海岸にて、あの化け物と遭遇した時

美代ちゃんは久々に人(註:人ではない)を殴る事となった

その時は必死であった、只、我も忘れて、あの化け物と争ったのだ

彼女自身は自覚していなかったが、ポリバケツをその人(註:人ではない)

に叩きつけた時、えも言われぬ快感が彼女を支配していたのだ

だいたい、人を殴りつけることほど面白いことはない

これは原初の悦びとでも言うものである

 

無論、美代ちゃんが和人君をぶちのめした理由は

それだけではない、と言うより、”理由”の中で

”人を殴る悦び”は全体の7.61パーセントを占めるにすぎなかった

 

美代ちゃんは怒っていた、心の底から怒っていた

 

第一に美代ちゃんは捨てられたのだ

何より捨てられたくない場面で捨てられたのだ

 

第二にはそれはもう一人の女であった

その部屋の隅で突き飛ばされた恰好のまま

口を金魚のようにパクパクしている女である

無論、美代ちゃんはその女に怒りなどあるはずもなかった

彼女もまた日和見和人に都合よく利用され

今、切り捨てられたに違いない

 

そう思うと美代ちゃんは火にかけられたようになってきた

その心は暴風雨に吹き散らされるトタン屋根のバラツクのそれであった

 

美代ちゃんは両の手で以って和人君を持ち上げると

その剛力を以ってその体の半ばまでを畳にめり込ませた

 

そして彼女は何処かへ去っていったのだ

 

後に残されたのは畳にめり込んだ小男と

部屋の隅ですすり泣く女であった

 

和人君はその心中で叫んでいた

世界の理不尽に対する叫びであった

普段、信仰心のまるでない和人君であっても

この時ばかりは神を呪わずにはいられなかった

「嗚呼、何故に神は我を見捨てたもうたか」

 

このささやかな願い、すなわち本物の母を得て

そして慰めてもらうことすら叶わないのか

 

しかし、いくら嘆いてみても此れは、結句どうにもならぬ事なのだ

やはり芳恵で我慢するより他はないのだ

 

和人君はどうにか畳より這い出すと

芳恵に近づいて行った

 

「お母さあああああああん」

 

其処に降ってきたものがあった

ぬか漬けであった

 

大根に人参、牛蒡に茄子、丁度食べごろの芳醇なそれであった

その向こうに壺を振り上げた芳恵の姿があった

その表情は先程の美代ちゃんと同様のそれであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和人君は外を歩いていた、ぬか漬けの香りを漂わせ歩いていた

その心は嵐のようだった、このような時こそ”母”に

縋りつきたかった、しかし、それはもはや叶わぬ事であって

新たな母を見繕うあての一つもありはしないのだ

 

しかし和人君には、もう一つ自らを慰める術があった

それは何かを殴ったり蹴りつけたりして鬱憤を発散させる事である

しかして心根の優しい優しい和人君は決して生き物(人を含む)

を傷つけることはしない

 

彼が傷つけるのは始め道路であり岩石であった

しかし、面白くないのである

当然ながら岩を殴りつけたところで先方より何か反応が

返ってくるはずもない、只、自身の手が痛むだけである

 

其処で和人君が目に付ける事となったのが

自動販売機である、それを殴りつけ蹴りつけしていると

何やら中でガシャガシャ言うのである

そして時にはライトが消える事もあるし

取り出し口に落ちてくるジュースと言う景品が貰える事もあるものだ

 

こうして和人君は気に入らない事がある時には

ひたすらに町内の自動販売機を殴りつけ蹴りつけてきたのである

 

余談ではあるが此の田根盛町(たねもりちょう)においては

十数年前より自動販売機が殴打され破壊される事例が頻発していた

此れに対し自販機メーカーは此処が売り上げの少ない地域

ということもあり、長らく放置してきたのであるが

この度ようやくに重い腰を上げ、ある抜本的な対策を施した

しかして、当然ながら和人君はこのことを知る由も無かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドゥアアアアアアアアアアアアアアッーーーー」

 

和人君が絶叫しながら走ってくる

そして右足を突き出し、ふわっと飛び上がったかと思うと

眼前の自販機に飛び蹴りを食らわせた

それは大きく傾ぎ、二度三度と前後に揺れた

 

「コノヤロッ!、コノヤロッ!」

 

和人君は右手を左手をぶんぶん振り回し

右足で右足で左足で蹴り蹴り蹴り付けると

 

「ヤアアアアアアアアアーーーー」

 

と左の掌底を打ち込んだ

その時である、その自販機がすっくと立ち上がった

 

「ファッ?」

 

和人君は呆けたような声を上げ、それを見上げた

見間違えではない、自販機が立っている

その底部より頑強そうな二本の足が生えている

巨体であった、横幅は和人君の三倍を超え

背丈は3メートル近くに達していた

それは只の自動販売機ではなかった

それはVendingExterminatorVE01(自動販売害虫駆除機VE01)であった

 

「ギィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイーーー」

 

機械音と共にその両側より何かが飛び出した

腕であった、無骨な鉄の塊であった

下部に一つの関節があって、それが展張されると

その本体を軸としてW字型のシルエットが描きだされた

 

「ひょ、ひゃ」

 

和人君は妙な声を上げて、後ずさった

すると、自販機(?)も一歩前に出る

その巨大な影が和人君に被さった、巨大な前面であった

黄色い声がした

 

「\\何時もお仕事、お疲れ様です//」

 

同時に自販機(?)の右腕が大きく真横に広げられた

見た目からは想像も出来ない可動範囲を誇るそれが

自販機(?)の前半分180度を右から左へ文字通り薙ぎ払った

 

「バッキーーーン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドスッ」

 

マンションの影の狭小なゴミ置きに何かが着弾した

暫くして粉塵が収まると、泣き声と思しきが聞こえてきた

 

「びぃぃぃぃぃーーーーーん」

 

和人君は泣いていた、この日、何度目になるかわからぬ

泣き声を上げていた

 

この様をニタニタしながら眺めている者がいた

 

わかめ男である

 

何といっても此の世に他人の不幸ほど面白いものはない

その不幸な奴が和人君ともなれば尚更である

そして、わかめ男にとり此の出来事の意味はそれだけではなかった

此れは最初の勝利であるのだ

”わかめ男にとって”だけではない

仁くんにとっても此れは最初の勝利であるのだ

 

思い返してみれば仁くんが誰かに勝ったことは

只の一度としてなかった、それどころか

自身の生まれ持った怠惰と僻み根性と投げ出し癖と

他者に責任を押し付ける思考様式に一時的にでも打ち勝った事は無い

生まれて此の方、負けて負けて負け続けてきた仁くんにとり

此れこそが最初の勝利であったのだ

 

わかめ男が、或いは肝井仁が、個人的に嫌っている奴が

ゴミに塗れて泣きはらしているというのは勝利に違いない

 

それは、かつて経験したこともない悦びであった

心の深奥より迸る痺れるような悦びであった

 

わかめ男は踊っていた、全く無意識のうちに踊っていた

それは、パラパラとハカと太極拳とブレイクダンスの

混じった奇怪な踊りであった

勝利の喜びの踊りであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜中の海岸を屍が走っている、ホラー映画そのものと言ってよい光景である

走りながら屍はピコピコ跳ねている

その心中は、これからへの期待でウキウキ浮きたっているのである

今度は田島清(たじまきよし)、給食のみかんを横から

つまみ食いしたそいつをやっつけてやるのだ

 

そして、その次は安田康介(やすだこうすけ)をぶちのめすのだ

 

いけ!いけ!わかめ男!、人類文明をぶっつぶせ!


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