──ノックをしたのは、冒険者というよりは騎士といった感じの甲冑を身にまとった男であった。
歳はまあ、おじさんといった感じだろうか。
時刻は夜、辺りは真っ暗なうえに、バシャバシャと飛沫があがる雨水のせいで、顔色までは分からない。
ただ、かなり身体を冷やしているだろうなあ……というのは分かる。
この世知辛い世界にも雨の日に切る恰好、鎧の上から身にまとう雨除けのマントとかローブみたいなモノがあるのだけど……正直、機能性は雨合羽(あまがっぱ)のそれよりだいぶ低い。
なんかこう、雨を通しにくいよう色々と塗られたり加工されたり細工が施されたりして、頑張っているのだけど……やっぱり、限度がある。
小雨程度ならば防げるけど、今日みたいな大雨の日ともなれば、どう気を付けても時間経過と共に雨水を吸ってしまうわけで……まあ、うん。
……現代の雨合羽、あれが既に完成形なんだと思う。
なんでかって、アレって構造的にはシンプルなのだ。手を加えるポイントが使用する素材や軽量化、ぐらいだろうか。
パソコンに30万40万出せる人は居ても、雨合羽に同じ金額を出せる人がどれほどいるか……つまりは、そういうこと。
この世界の人たちにとって、雨の日はよほどの理由が無い限りは屋内に避難するか、そもそも出ないかの2択である。
最初から客足が遠ざかるのは分かっているし、商品が濡れてダメになってしまったら目も当て──話が逸れたので戻そう。
眼前の男は、雰囲気というか、気配からして、敵意は感じてはいなかった。
しかし、感じ取れる気配の質が一般人とは少し異なっていた。
なんと言えば良いのか、こう、軍人というのか、あるいは確立された訓練を受けたかのような、ある種の規則正しさを感じ取れた。
「……失礼、ここはエルフ様の住宅ですかな?」
その証拠に、男は彼女を見て一瞬ばかり目を見開いたけど、これまでの人々のような反応は見せなかった。
それを見て、彼女はピーンと来た。
この人、たぶん兵士か騎士だ。
それも、そこらの一般兵士のレベルじゃない。おそらく、けっこう位が高いというか、エリート系では……と、彼女は思った。
「そんなところですが……無知で申しわけない、あなたの名は何というのですか?」
とりあえず、目に欲望の気配を感じなかったので素直に尋ねたら、「これは、失礼」男は軽く頭を下げてから、名乗った。
「私はインスタール王国第3王女近衛隊長のアルズバット・ヒル……こほん、アルズバットとお呼びください」
「インスタール……」
──その名は、ここら一帯を治めている王国の名であり、少し前に辺境まで押しかけてきた国王たちの名と同じ。
ということは、この人はこの国の第3王女の近衛兵たちの隊長というわけだ……ん?
本来ならば王女の身辺を警護する者たちが、どうしてこんな場所に……それも、この人だけではない。
豪雨といっても差し支えない雨量によって分かりにくいうえに、巧妙に出入口から見えない位置に止めているが……人数は10人を超えている。
あくまでも、アルズバットと名乗ったこの男が代表して顔を見せただけで、他の者たちは隠れているようだ。
これで敵意や害意を感じ取れたら問答無用の先手必勝だが、この男からも、隠れている馬車の方からも感じ取れないあたり……う~ん、本当に本当の事しか話していないっぽい。
──と、なれば、どうして王女がこんな夜更けに、こんな場所に居るのかって事だけど。
「実は、王女は慰問を兼ねた政務を行っておりまして、急いで帰路についていたのですが……その途中、この家を見つけまして」
「はあ、なるほど」
「この雨です。急な事で申しわけないのですが、何か身体が温まる物を用意出来ないでしょうか? 後日、お礼を渡しますので」
「はあ、なるほど……」
率直に尋ねたら、ちょっと普通に教えてくれた。まあ、かなりぼかしていたが、嘘を付いているようには思えない。
言い換えるならば、『所用で外交に出ていて、急いで家に戻ろうとしていたのだけど、不運にも豪雨に遭ってしまった』といった感じか。
王女が外交……いや、まあ、外交って別に代表者同士が顔を会わせるばかりではない。
協力関係にある者同士、その関係者が顔を会わせて交流するのは大事な仕事であり、書面には載らない些細な情報を把握するのも大事である。
将来的に身を立てていくのか、どこかへ嫁いで縁を繋ぐのか、それは分からないけれども、様々な方面に顔を売っておくのも王女の仕事というわけか。
……気になるのは、急いで家に戻ろうとしたというところだが……まあ、王族だ。
訪問した先が夫婦だったならばともかく、高い身分の独身男性が居たとかならば、外聞を気にしたのかも……いかんいかん、無駄話を考えすぎだな。
(この雨だ……馬車に乗っているのは、件の第3王女と、お付きのメイドさんが数名ぐらいか?)
馬車の大きさは不明だが、王族が使う馬車なのだ。
街などでは荷車としても使われる、広いけど乗り心地は二の次三の次みたいなモノではないのは確実。
つまり、騎士を追加で乗せられても1人か2人……いや、いくら騎士とはいえ、緊急時でも無いのに同席させられないだろうけど。
……ふ~む、致し方ない。
さすがに、いくら鍛えているとはいえ濡れネズミのまま一晩では体調を崩す者が出てくるだろう。
相手が悪人ならともかく、少なくとも、彼女のセンサーには反応しなかったので……なので、彼女は手助けすることに決めた。
少しだけ開いていた扉を、さらに開く。相手が反応する前に、彼女は……アイテムボックスより取り出した『杖』を、『家』の外へと向けて──魔法を使った。
それは、樹木を生やす魔法である。
さすがに森林を作り出すような事をしたら、彼女とて動けなくなるぐらいに疲弊してしまうが……雨風を防ぐ程度ならば、問題ない。
「なっ!?」
「すぐに終わるから」
突然の事に驚くアルズバットをしり目に、変化はあっという間に起こり、あっという間に終わった。
先ほどまで何もなかったそこには、スペースを開けて立ち並ぶ樹木が枝葉を咬み合わせるようにして、U字型の簡易なドームが形成されていた。
その大きさと広さは、ちょうど大きい馬車が二台は並んで止めていられるぐらいで。
がっちりと枝葉が絡み合ったことで互いが互いを支える形になり、また、魔法的に強化されているので、暴風雨レベルが叩きつけなければ、下に入れば雨風は防げるようにした。
「闇夜に隠れている馬車と兵士をそこへ。屈強な近衛とはいえ、この雨の中を耐え忍ぶのは骨身に染みたでしょうから」
「……ありがとうございます。確認してまいりますので、少し離れますがよろしいでしょうか?」
「構わないわ」
一つ頭を下げたアルズバットは、小走りに雨の中を走って行った。彼女は戻り、魔法にてクソでか鍋に熱いお湯を沸かす。
何をするのかって?
そんなの、暖かい飯を作るに決まっている。
この世知辛いファンタジー世界では街から街、村から村への移動中に暖かい飯が食えるなんてのは、とても贅沢である。
むしろ、食えるだけありがたい、というのも珍しくはない。
温い水に保存食を入れて腹に流し込む、そういうのだって珍しくない。まあ、大半は体力気力を維持するために味気の無いスープぐらいは作るけど。
そして、今は雨が降っている。
対策していても、その身体は冷え切っているだろうし、この雨の中ではまともに食事も取れていないのは明白だ。
だから、暖かいモノを食べて身体を温めてもらわないと、というわけだ。
さて、『通販魔法』にて足りない具材を購入……肉を切ったり野菜を切ったり煮込んだり、魔法を使って全てを同時並行にて作業しつつ、最後はシチューのルーを投入。
困った時は、シチューに限る。具材を焼いて煮て最後にルーを投入すれば、ひとまず美味しいモノが出来上がるのだから。
これぞ、現代日本のお手軽料理だ。世知辛いファンタジー世界の基準で考えたら、これ自体が魔法の領域である。
なにせ、現代ではお手軽に作れるコンソメスープだって、自作しようと思ったらめちゃくちゃ手間暇が掛かる。
お手軽料理代表格なカレーだって、アレは食品会社が頑張って頑張って頑張りぬいてくれたおかげ。
香辛料一つ、かつては砂金と同価格で取り扱われていたのも……普通に煮込むと時間が掛かり過ぎるから、魔法的な圧力をかけて時短&時短。
それと……予感を覚えた彼女は、パンパンと手を叩く。
途端、『家』の内装が変化する。
先ほどのアルズバットの位置と、その注意は外の木々に向けられていたので、細部までは見ていないだろうが……現在の『家』の内装は、この世界においてはあまりにも異質。
無用な警戒心とか色々出てきたら困るので、ある程度は偽装しておこうと思ったわけである。
……。
……。
…………しばしの間を置いてから、扉がノックされる。開けたら、アルズバットより深々と頭を下げられた。
「エルフ様、重ね重ね申しわけないのですが、一晩だけ王女様を泊めさせてはもらえないでしょうか?」
そのお願いに、彼女は首を傾げた。
「それは構わないのですが……見てのとおり、私は怪しいエルフ。どこに漏れるか分かりませんが、それでも泊まるのですか?」
それを聞いて、アルズバットはしばし視線をさ迷わせた後で、そっと彼女へ顔を近づけた。
「……ここだけの話として、胸に秘めておいてくれますか?」
「エルフは口が固いと、精霊たちの間では評判ですよ」
そう言えば、アルズバットはフッと笑みをこぼしてから、声を潜めた。
「実は、第3王女様……リーンネイヤ様が体調を崩されている。原因が分からないが、回復の兆しを見せない」
「それは……」
「体調を崩した場所が悪かった。王家と古くから懇意にしている家へ訪問している最中に起こった」
「それは……よろしくないですね」
「所詮は不運なめぐり合わせだが、いくらでも噂を広めることが出来る。それを防ぐために、リーンネイヤ様はお身体の不調をお隠しになって帰路についていた」
「……なるほど」
そこでようやく、彼女は納得した。
夜間の移動なんてリスクを犯してまで帰宅を強行したのは、リーンネイヤ王女とやらが、余計な騒動を引き起こさないため。
病に罹るタイミングなど誰だって選べないけれども、『〇〇家にお邪魔している最中に』ともなれば、無い事&無い事を、さも有るかのように語る者が出てきても不思議ではない。
これが一般庶民ならともかく、王族の、それも第3王女ともなれば、あの手この手で利用しようとする輩が出てきても、不思議ではない。
それを防ぐために……う~む、さすがは王族というやつか。
とはいえ、気力だけで病が治るのであれば医者はいらない。
風邪だって、そうだ。
現代ではよほど免疫力が低下しているとか、何かしらの不運が重なって別の病が出てしまった……とかでない限り、医者に掛からなくても治癒する軽い病と誤解されがちだが、とんでもない。
彼女の前世の世界ですらも、だ。
人類史で考えたら、風邪で死ななくなったのはつい最近のことで、それまでは風邪を引いて死ぬなんてことがそう珍しくはなかった。
それを考えたら、このせちがらファンタジー世界においての病は……そこまで考えたあたりで、彼女はパシッと思考を切り替えた。
「事情は分かりました。では、どうぞ」
そう告げれば、アルズバットは一礼して、小走りに闇夜の向こうへ。
それを見てから、彼女は魔法にて室内の抗菌&除菌機能を最大化にさせて、感染確率を限界まで軽減させる。
本当はマスクをしたいけど、この世界って病気=マスクって認識が無いし、異端審問とかされたら嫌だし……で、だ。
騎士やメイドに雨風を庇われる形でローブやマントを頭から被った女性が、家の中へやって来た。
そうして、顔を露わにした第3王女のリーンネイヤとやらは……エルフである彼女も太鼓判を押すほどの、見事な美女であった。
「エルフ様のご厚意に、感謝を──」
ただ、今はそんな事よりも、だ。
「礼はいいですよ。立っているのも辛いでしょ? 奥にベッドがあるから、そこに横になって」
「……お心遣いに、感謝を」
「あ、横になる時は濡れた衣服は脱いだ方が良いですよ。濡れているだけでも、身体をどんどん冷やしていきますから」
挨拶を遮るようにして部屋の奥を指差す。合わせて、魔法にて途中の扉を開けたりして、道を教える。
王女は真っ白な顔で微笑み……一礼してから、王女はメイドを伴って部屋の奥にある、私の寝室へと──あ、その前に。
「もし、お付きのメイドさん」
「はい、なんでしょうか?」
振り返ったメイドさんも、疲労の色はあるが美人である。
「お食事はもう済まされましたか? シチューを作りましたので、食べられるようであれば王女様も、皆様も……」
「──、ありがとうございます」
「それと、解熱の薬草も煎じてお持ちします。今は食べられなくても、熱が下がれば少しはお腹に入れられるでしょうから」
「本当に、何から何まで……」
パッと、メイドさんの顔色が良くなって、笑みが生まれた。その目じりには、涙が滲んでいた。
おそらく、王女の体調が少しでも悪化しないうちに動いただろうから、まともに食事も取れていないと思っていたが、正解のようだ。
「──もちろん、騎士様たちの分もございます。さすがに全員のお腹いっぱいとまではいきませんが、何かお腹に入れなければ明日までもちませんよ」
「なんと……」
「それと、木々の下で火を焚いてもアレらは燃えません。後で薪と火種をお持ちしますので、少しは身体を乾かせられるかと」
「……感謝します、エルフ様」
そして、それは近衛たちも同じだ。
いや、むしろ、警護のために雨風に当たりながら移動しているから、その疲労はメイドたちの比では……まあ、そんな中で、だ。
(あの王女様……39℃越えの高熱が出て、酷い倦怠感も出ているのに、まったく不調を表に出さない……王族ってすげぇ……)
エルフアイは、相手のステータスを看破することも可能である。
あえて言葉にはしなかったけれども、彼女は王女としての矜持を体感し、感服していたのであった。