──エルフに関することわざというやつが、実はこの世界にはいくつかある。
たとえば、『酒はエルフに聞け』というもの。
これは、長い時を生きるエルフは、それだけ様々な酒を嗜んできていて、古今東西の酒を知っているという意味で。
それが転じて、『本当に美味い酒はエルフに聞け』という流れから、『分からない事は素直に専門家に聞け』という意味合いに転じたとされている。
つまり、餅は餅屋、という意味合いだ。
他には、『エルフと精霊は気まぐれ』というもの。
これは、おとぎ話の存在として認知されているエルフと精霊の意思を人の短慮では計り知れないという過去の戒めから転じて。
そこから『国が違えば、街が違えば、常識が変わることを常に考慮すべし』という流れへと進み、そこから『物事は何事も思い通りにはいかない』という意味になったとされ。
今では、些細なキッカケで思いが変わる事はある──といった感じで、女心の詩的な言い回しという感じで……で、だ。
そんな感じで色々とことわざがあるのだけども、実はエルフの名が付いた固有名詞みたいなモノもいくつか存在する。
そのうちの一つが──『エルフの妙薬』だ。
それは、古くより知られている、精霊の力を借りたエルフのみが作れるとされている薬である。
その効果はまさしく万能薬という他なく、呪いすらも時に跳ね除けるという……神の奇跡に次ぐ、エルフの奇跡とされている。
ゆえに、その存在は当初より疑問視されていた。
どうしてかって、エルフですら本当に実在している姿を見た者が数少ない(しかも、真偽不明)からだ。
ぶっちゃけ、絵本の存在としか思われていないエルフが作る、絵本の中にしかない妙薬の存在を、いったい誰が実在すると信じるだろうか。
ほとんどの者は絵本やおとぎ話の中の存在としてでしか認知せず、極々一部が心からエルフの実在を信じ、妙薬もあるのだと信じ込んでいる……というぐらいであった。
……が、しかし、だ。
それは、あくまでも伝説と思われているからこそ、エルフなんて結局は実在しないんでしょという了解があったからこその話であり。
もしも……実際にエルフが居ると知れば、人々はどう思うか。
大半は、以前と変わらない。しかし、いくらかは、興味を引かれて『エルフ』の事を調べ始め……そして、行きつく。
そう、『エルフの妙薬』と呼ばれる、おとぎ話の秘薬の存在に。
もちろん、真正面から聞くような者は居ない。だって、それが失礼な行いに当たるかどうか分からないからだ。
下手に機嫌を損ねて、人々の世界から離れてしまえば、どうなるか。
答えは、誰がそんな馬鹿な事をしたのか……という、犯人捜しだ。それも、ただ犯人捜しをされるだけではない。
王族まで出張って来るようなVIPに対して行った事だから、どう足掻いても国賊扱い、ほとんどの場合は一発死刑という、とんでもねえ重罪である。
それは同じ王族とて例外ではなく、名のある貴族たちですらも『君ら……分かっているよね(ニコッ)』という感じで王様から微笑まれて、ガチビビり。
さすがに、そんなつまらない事(口に出したら村八分)で王家とガチ戦争を始めるとなれば、まともな貴族は愛想笑いで見て見ぬふりをするだけである。
ちなみに、その貴族たちの間にも、『君ら……分かっているよね(ニコッ)』系の派閥があるので、余計にエルフに対してはアンタッチャブルになっているのが現状になっていた。
──で、話を戻すが、エルフの妙薬だ。
改めて言うことではないが、彼女はそんなモノなど作った覚えはない。古来とか以前に、そもそも彼女はまだこの世界ビギナーである。
ぶっちゃけ、『え、なにそれ、知らんそんなの……』みたいな話であって。
妙薬に限らず、様々な場面で当たり前のようにその手の話を振られてしまうと、色々と困ってしまうのだ。
だって、話を振ってくる人たち……だいたい、目がキラキラしているから。
彼女としては、素直にそんなものはありませんよって言いたかったのだけど……あまりにも、目がキラキラしていたから。
『……すべてが真実ではありませんが、一部は本当ですよ』
といった感じで誤魔化していた。
あと、そこらへんはエルフたちの間でも秘匿するモノだから、不用意に聞くのは失礼に当たるって説明はしておいた。
おかげで、根掘り葉掘り聞いてくる者がいなくなり、平穏が戻って来たのだけど……少々、その平穏を崩さなければならない場面に直面していた。
というのも……メイドさんたちの手を借りて素早く着替え終えた王女がベッドに入って、すぐ。
煎じた薬草より抽出した薬液は、解熱剤の他に鎮痛作用を始めとして、全身の倦怠感を軽減する効能もある。
独特の苦みはあるが、それをゆっくり飲ませたことで精神的な緊張が緩んだのか、少し顔色が赤く……ようなのだけど、ここで問題が一つ。
(……王女さん、解熱剤を飲んでもぜんぜん熱が下がらないなあ)
そう、第3王女のリーンネイヤの容体がまったく改善しない、ということだ。
事情を知らない者からしたら、いくらなんでも気が早過ぎと思われるだろうけど、そうではない。
彼女が用意した薬液は、そんじゃそこらの薬ではない。『魔法』を用いて精製した、特別製な薬液である。
当然ながら、その効果は一般的な薬よりもはるかに高い。
副作用もないうえに吸収率も高いので、よほどの異常が起こっていない限りは速やかに効いてくる……はずなのだけど。
(……やっぱり、熱が下がっていない。いちおう、体温が上がり過ぎるのも危険だからと手足は出させているし、首筋に冷やしたタオルを時々当てるよう進言はしたけど)
エルフアイでも、熱が下がっていないのを改めて確認し……続いて、エルフイヤーにて、呼吸音を確認。
エルフイヤーは、とっても耳が良い。
普段は一般人と同じ程度の感度だが、集中すれば遠く離れた人々の会話を聞き取ることも可能で……そして、今回は王女の具合を知るには丁度良かった。
(……これ、もしかして肺炎を起こしてないか? なんか、パチパチとマジックテープを剥がすみたいな変な音がするんだけど……?)
そうして分かったのが、リーンネイヤ王女の身に起こっている異変の一つだ。
残念ながら医学の知識がない彼女には分からなかったけれども、それでも、常人とは異なる異常な呼吸音になっている……というのは分かる。
ていうか、さっき顔色が赤くなったのは楽になったからじゃなくて、抑えていた症状が表に出てきたからなのかもしれない。
実際、最初の時よりも徐々に症状が出始めているように思えてならない。
熱が一向に下がらず、それどころか高温を維持し、強い倦怠感に加え、よく見ると全身がわずかに震えている。
どこか息苦しそうな感じからして、肺炎なのかもという疑いがどんどん強くなっていき、むしろ肺炎以外に考えられるか……という気持ちにさえなってきていた。
メイドさんたちも王女の容体が悪化して行っているのを感じ取っているのか、手を摩ったり声を掛けたりしている。
安静にしてやれと思われるかもしれないが、この世知辛いファンタジー世界では、これが普通の反応だ。
高熱を出して返事も出来ないまま意識を失う=死。
悲しいかな、こういう流れで本当に死んでしまう事例が後を絶たないので、これが普通の反応なのである。
……まあ、それはそれとして、だ。
もしも風邪を通り越して肺炎まで起こしているのなら、ただの解熱鎮痛剤では効果が薄い……ていうか、実際に効果が出ていない。
肺炎に効果がある薬でなければ……まあ、それ自体は『魔法』でそれっぽく作れるし用意出来るから、問題ないのだけど。
(薬の出どころとか聞かれても困るしなあ……)
ちょっとばかり考えたけど、まあ、命には代えられない。それに、せっかく美女に生まれたのが、こんな形で命を落とすのも思うところがある。
なので……そっと部屋を出た彼女は……他の者たちの視線が無い事を確認してから自室に入り、魔法にて薬を生成する。
本当に、魔法というのは便利だ……で、だ。
その薬を……なんかこう、くっそ高そうな……駄目だ、貧困な彼女の想像力ではお高い瓶のイメージが湧かない!
なので、とあるメーカーのウイスキー瓶をそのまま小さくしたかのようなそれに、トポトポッと入れて……おお、見た目は完全にウイスキーのアレだ。
……ハイボール飲みてえ。
そんな思いが脳裏を過ったが、そんな事を考えているうちに王女様の容体が悪化したら駄目なので、急いで王女の下へ。
「もし、メイドさん」
「──っ、エルフ様、申し訳ありません、何か御用でしょうか?」
王女の最後かもしれない……そんな空気の中だから、誰も彼もが悲痛な顔をしていた中で、一番気丈にふるまっているメイドさんに、彼女はそっとウイスキー瓶(薬液入り)を差し出した。
「エルフに伝わる秘薬です。もしかすれば、これならば効くかもしれません」
「それは……まさか、エルフの妙薬!?」
ざわっ、と。
それまで涙をこらえていた者たちが、一斉に顔をあげてこちらを見て来た──のを、内心ではビビリながらも持ちこたえた彼女は、無言のままに瓶を差し出した。
現代人の視点から見たら、だ。
なんか緊迫した場面でウイスキーボトルを差し出す意味不明ギャグシーンだけど……現地の人たちからしたら、そうではない。
そう、メイドたちからしたら、王都でもそうそう見かけない見事な芸術品に収められた、おとぎ話に出てくる伝説の秘薬でしかないわけで。
「──この御恩、必ずお伝えいたしまする」
彼女からしたら、もうちょっとそれっぽい入れ物が無かったのかって思いだけど……そんな事など知る由もないメイドたちは、急いでソレを……ゆっくりと、意識がもうろうとし始めていた王女へ飲ませた。
すると……効果はすぐに表れた。さすがは、魔法で作った薬だ。
真っ赤になっていた頬もそうだが、体温がみるみるうちに下がってゆき、かすれていた呼吸音も落ち着き、ゆっくりになってゆく。
身体の震えも治まり、全身の倦怠感も治まっているのか、同じように脱力していても、今はリラックスして身体の力が抜けているような……ふむ。
(さすがは魔法だ……思っていた以上に聞き過ぎて作ったこっちがビビるわ……まあ、それはそれとして)
静かに目を開け、メイドさんと穏やかに話し始める王女の姿を見やった彼女は。
(さっきは気を使って見れなかったけど……この王女さん、やばいぐらいエッチじゃん! おっぱいマジでけぇ、谷間が深いわぁ……)
身体を締め付けないよう、前開きの緩めな寝間着を着ていたおかげで、それはそれは見事な、エベレストを思わせる深い谷間と膨らみが見られて……しばしの間、こっそり凝視するのであった。
……女だから、おっぱいなんて気に留めないのではなかったのかって?
それは、短慮というものだ。
女であろうとも、あまりにも形の良い巨乳を前に思わず見てしまうのは同じこと。
男で例えるなら、ビッグな息子を見て『で、でけぇ!』と思うようなもの。
そこにあるのは性欲ではなく、『す、すげぇ……天然記念物の素晴らしさよ』という話である。