さて、宿を取って一泊した彼女だが、けっこう寝心地が良かったので、とりあえず7日分を前払いを済ませると。
さっそく、部屋に尋ねて来た使いの者に……王都だからなのか、今日やってきたのは、かなりご年配の男性であった。
なんとなく、セバスチャンって名前が似合いそうな、紳士的な雰囲気を醸し出している老人だ。
いわゆる、燕尾服っぽい感じの……この世界に燕尾服なんてあるかは知らないけど、とにかく、そんな恰好をした老人であった。
正直それを見て、ありゃ、次回に回した方が良いかなと彼女は思った。
いったいどういう事なのかって、『石鹸』を始めとした洗剤を渡し、ついでに、『美容3点セット』も売り込んでみる予定だったからだ。
まあ、よく見たらけっこう肩幅もあるし、まだまだ若い者には負けませんぞってな感じの老人なので、予定は変えず渡すつもりだけど。
で、それはいったい何なのか……ぶっちゃけてしまえば、『化粧水』、『保湿液』、『美容液』の三つである。
混同されがちなこの三つだが、実は役割がそれぞれにある。
化粧水は、『肌全体の土台作り』。
美容液は、『シミ・シワ・乾燥・ニキビなど、個別に集中ケア』
保湿液は、『水分や美容成分が肌から蒸発しないよう油分の膜で蓋をする』、というものだ。
順番としては、洗顔→化粧水→美容液→保湿液である。
なんかこう、ずっと前にテレビで見たクイズ番組で得た知識から作ったのだけど……正直、効果があるのかは分からない。
いや、たぶんだけど、効果はあるとは思うのだ。魔法的な手応えが、効果があるよって教えてくれるから。
でも、皮肉なことに、エルフの肌はいつも艶々ぷるるんお肌。スキンケアしても、しなくても、いつもすべすべだから違いが分からないのである。
まあ、宣伝を兼ねて毎日頑張って……あ、いや、やり方なんて分からないから付ける量とか適当で、雑だけど。
「び、美容!? エルフ様の、エルフの……!!」
「そんなに驚く?」
「これが驚かずにいられますか……せ、戦争が起きますぞ!!」
「大げさだなあ、たかが美容道具じゃん」
正直、彼女にとってはそれが本音であった。
そりゃあ、美に対する女性の情熱の度合いは、前世が男な彼女も知っている。
ネットニュースなどで、整形やらダイエットやらで精神を病んだり自殺したりといった話を何度も目にしていた。
ぶっちゃけ、今でも『ダイエットのために命を落とすって……その、カウンセリングを受けた方が……』といった感想しかない。
でも、『女』としてこの世界で活動を始めてから半年以上の月日を得たおかげで、まったく気持ちが分からないわけではない。
それは、『美女』というのはもう、それだけで周囲の扱いが違うということ。
いや、正確には、美女ではなく美人……いや、それでもなお、男として生きてきた月日があるからこそ、それをめちゃくちゃ痛感する。
本当に、男だった時からは考えられないぐらい、ちょっとした事でちやほやされる。
明らかに、周囲からの態度が違う。
これはエルフだからという点もあるけど、それを抜きにしても、そう実感してしまうぐらいに……とにかく、扱いが良かった。
……そりゃあ、まあ、うん。
今の私みたいな扱いを受けている横で、男だった時の私みたいな扱いされていたら……色々とクルものがあるよなあ……と、思える程度には理解が進んだ。
いや、だって、実際にけっこうあるんだよ。
なんか私に対して紳士的にふるまって来る人が、別の場所では同じ女に対してかなり粗雑な扱いをしていたり。
なんかちょっと常識的な違いが分からず困惑していたら、スーッと近寄って優しく声を掛けてきた人が。
別の場所で同じように困っている女性を前にしても、まるで存在していないかのように素知らぬ顔で通り過ぎて行ったり。
そこまで極端じゃなくても、それに近しい場面を何度か目にしているわけで……いや、いいんだよ、別に。
私だって前世は男だ、下心ってのは分かる。
無視したり粗雑な扱いをした女性が、あんまり美形じゃなかったり、オバサンってな感じの年齢だったり、分かるよ、うん。
でもさあ、こう、ちょっと思うところはあるわけで。
私の場合は期間が短いし前世の記憶があるから、なあなあで見て見ぬ振りが出来るけど。
これが、前世の記憶無しで生まれてから女だったら……たぶん、私も『美容』に対してもっと真剣になっていただろうなあ……と。
そう思える程度には、気持ちを理解出来ていた。
「とりあえず、人によっては合う合わないってのがあるから、合わないと思ったらすぐに使用中止ね」
「万能ってわけじゃないから。あくまでも、現状維持程度の代物だから、あまり期待しないようにね」
「それと、たくさん使ったからって効果が良くなるわけじゃないから。塗る順番も守るように」
「あと、追加で注文されても、そんなに作れないから。個別にお願いされても私は一切対応しないから」
ゆえに、あまりこの話を深く掘り下げるようなことはせず、注意事項だけを伝えた彼女は、それで使いの者を追い出したのであった。
……。
……。
…………さて、それが終われば、本命である『ギルド』へと向かう。
目的は、仕事探しである。
別に、お金に困っているわけではない。むしろ、石鹸とかの売り上げで、普通に10年とか20年とかのんびりダラダラ過ごせるだけの金を持っている。
でもさ、お金に困っていないけど、何もしていないと腐っていくし、緩く働いていこうぜってな感じのやつ、あるじゃん?
つまり、一番精神的に気楽だから、その気楽を維持するためにも仕事探しに向かうわけである。
「たのも~」
幸いなことに、王都の『ギルド』はけっこうすぐに見つかった。
建物は違うけど、取り付けてある看板が大きくて、遠くからでも目立っていたからだ。
中もまた違いはなく、だいたい似たり寄ったり。
これはまあ、『ギルド』に限らず、この世界の建物はだいたい似たり寄ったりだ。
現代のように多種多様な建築素材があるわけではないし、重機や生産工場なんてのも無いから、必然的にそうなってしまうのだ。
……で、話を戻すけど、中に入った彼女を見た者たちの反応は、二つに分かれた。
一つはまあ、これまで幾度となく経験してきた、『うわぁぁ!? エルフだ!!』である。
これがまあ、一番分かりやすい。
やはり、王都だとしても実在するエルフを見た者は皆無のようで、ほとんどの人は突如室内に入って来た鳥を見るかのように、彼女へと視線を向けていた。
その気持ち、分かる。
もしも彼女が反対の立場だったら、同じようにエルフだって声をあげていただろうし……むしろ、見るだけに留める分マシだなというのが彼女の正直な気持ちである。
なので、ジロジロ見られる程度は致し方ない事として諦めつつ、女性受付の下へ……そこで、彼女はギルドカードを提示した。
「今日着いたばかりなので、街中で出来る仕事などはありますか? 根気よく黙々と取り組めるので、そういった仕事があればな、と……」
「少々、お待ちください」
さすがは、プロだ。
最初は他の人たちと同じくビシバシ視線を向けていたけど、彼女が受付へと向かったらすぐさま素知らぬ顔で対応してきた。
ここらへんは、さすがは王都である。
これまでの確率としては6割ぐらい、受付のひとたちは動揺を隠せれなかったし……そうして、受付の人が持ってきた本が、彼女の眼前にて広げられる。
ペラペラとめくり……その細い指先が、とあるページをピタリと止めた。
(あ、セミじゃん)
それを見て、彼女は思わず目を見開いた。
この世界にも、前世の世界に似た形の虫やら昆虫はいる。だが、これまでセミを見たことはなかった。
時期が悪いからなのか、それとも存在していないのかは不明だが、なんだか懐かしい気持ちに……っと。
「今なら、この『バイバイゼミ』という昆虫の駆除と回収の依頼が出ております。報酬は低いですが、とにかくできる限り仕留めて回収してください」
「できる限り? このセミって、そんなにいっぱいいるの?」
「いますよ。今はまだ鳴きませんが、ひとたび鳴き始めますと、それはもう酷いモノで……あまりにうるさくて、中には気が狂って暴れ出す者が現れるぐらいでして」
「へえ、そうなんだ……セミって3年ぐらい土の下に居るって聞いたけど、やっぱり出てくるとうるさいんだね」
「……? バイバイゼミは、半年ごとに地上へ出てきますよ? とにかくあっという間に増えるので、定期的に駆除しておかないと大変なんです」
「あ、そうなの?」
「エルフ様は人間とは時間の感覚が違うと小耳に挟みましたが、本当にそうだったんですね」
いや、それは私が年数を勘違い……まあ、いいか。
「この仕事、受けさせてください」
「了解致しました。それでは、依頼書を用意しますので、紙に記されている所定の建物へ向かってください。必要な道具や、回収した死骸の処理をそこで行いますので」
「ありがとうございます」
──なんだか、子供の頃のセミ取りを思い出すかも。
そう思った彼女は、来た時と同じく、出る時も颯爽とした様子で……目的地へと向かったのであった。
……。
……。
…………そうしてやってきたのは、王都の外れにある、古めかしい建物というか、おんぼろな感じの建物が密集している区画だった。
その区画にある建物は、さっきまでいた場所にある歴史ある建物……いや、ここらの建物もそうだけど、さっきのそれらよりは……こう、雑な印象を覚えた。
別に、粗末に扱われているわけではない。
ただ、あちらが入念に手入れをされて注意が払われているといった感じなら、こちらにあるのは、壊れてないしまだ手入れは金が掛かるから後回し……みたいな感じだろうか。
うっすらと、鉄っぽい臭いがする。これは、製鉄所……というよりは薄い。
あと、動物特有の臭いも……あ、なんか鶏っぽいやつが十数は無しほど檻に入れられて……まあいいか。
「たのもう、ギルドの依頼を受けてやってきました」
とりあえず、紙に書かれている住所……目印となる看板がある建物はすぐに見つかったので、扉を叩く。
時間帯がお昼ぐらいだからなのか、辺りには人の気配が無い。室内よりかすかに声が聞こえるから、居留守を使われるとは思わないが……っと、思ったら、扉が開かれた。
「すまねえなあ、今は昼飯時で──おっ?」
中から出て来たのは、ずんぐりむっくりな……ドワーフじゃねえのって思うぐらい雰囲気がそれっぽい、背は低いけど体格の良いオジサンであった。
「ギルドの依頼を受けてきた、ただのエルフです。バイバイゼミとやらの駆除に必要な道具を借りれると聞いたが、合っていますか?」
「……あ、ああ」
しばし、目を瞬かせたオジサンは……彼女の問いかけに、小さく頷くと。
──かあちゃん! エルフだ! 本物のエルフが家に来たぞ!!
どたどたと足音を立てて……室内へと戻って行ったのであった。
「あの、仕事を……」
肝心の彼女を、その場に残したまま。