そりゃあ、植え付けられた最低限の知識とか、感覚とか、言葉には出来ないセンスみたいなものはある。
でも、実時間で考えると、エルフになってから昨日今日みたいなもので……正直、彼女は眼前の彼らの反応に面食らった。
兵士あるいは衛兵、どちらの表記が正しいのかは、この際どうでもいい。あ、でも、ややこしいから、衛兵で。
彼らの視線がまるで、おとぎ話に出てきた妖精を見るかのような……いや、いちおうこの世界の常識だと『エルフ』はおとぎ話の存在ではあるのだけど。
「…………」
「あの~?」
「…………」
「あの~、もう行っていいんですか?」
とりあえず、呆けたまま止まってしまった衛兵に声を掛けるけど、どうにも動きが鈍いというか。
これで勝手に行ってしまったらぜったいに後で大事になるだろうし、かといって、引っぱたいて正気にさせるのも、だ。
せめて他の人の目が届いているなら誰かが声を掛けただろうが、検問は密室というか、街を囲う壁に合わせて作られた小屋の中で行われる。
馬車などの大きなモノは小屋の外で衛兵たちがくまなく確認し、人は小屋の中を通り抜ける形で調べられ、OKならそのまま通って外へ……といった感じだ。
この検問所の出入り口は垂れ幕というか、スムーズに出入りできるようになっていて、扉は付いていない。
でも、許可なく検問所の中に入るのは禁止されているし、なんなら垂れ幕をめくって中を覗くことも禁止されている。
中にはわざと大声を出して騒ぎを起こし、その隙に仲間がこっそり街中へ……というのも珍しいわけではないらしく。
実際、『仲間の悲鳴が聞こえたから』という名目で検問所に押し入って言い合っているうちにこっそり……という事件が過去にあったのだとか。
なので、うっかり入っちゃったとしても厳罰に処され、場合によっては街へと入れないなんてのも珍しくはないらしい。
なんで知っているのかって、ここに入るまでに色々と通行人たちから教えられたから。
だから、どうしたものか、どうするべきかと彼女は困っていて、最悪は本当に叩いてでも……と、思っていると。
「……あ~、おまえたち、いくら実在するエルフに会えたからといって、職務放棄はいかんな」
奥の方から、のっそりと髭面の男が姿を見せた。
口調と雰囲気から、一目でわかった。
この人、たぶんこの場における責任者というか、お偉いさんというか、係長とか部長とか、そういう役職の人だって。
その証拠に、呆けていた人たちが一斉に我に返り、彼女の背後……というか、外から聞こえてくる業務を急かす声に、誰もが頬を引きつらせた。
職務においてかなり強い権限を有しているとはいえ、彼らより強い権限(あるいは、権力)を有している者は大勢いる。
そんな者たちに、『検問所の動きが悪く、商人などの出入りが滞っている』だなんて話が通れば……そりゃあ、顔色も悪くなって当たり前だ。
慌てた様子で衛兵たちが……その中でも少数の女性の衛兵が衝立(ついたて)を部屋の隅から運んできて、手慣れた様子で目隠しを用意した。
「あの、申し訳ありませんが、服を全て脱いでいただけますか?」
その中へと案内されてすぐ、そう指示をされた。
話に聞いていたより厳しいぞと思ったし、聞いていた話とも違うぞと尋ねたら、すぐに理由を説明してくれた。
なんでもつい先日、膣や尻に禁制の薬物を隠し入れて中へ入ろうとした者が摘発されたらしい。
それをやったのが、なんと12歳の女の子だという。
騙されてやったのか脅されてやったのか、あるいは金目的か、理由は定かではないが、かなり問題視されたようで。
これまでは、不審な点が見当たらなかったり、初めて街に来る者ではない限り、だ。
スカートを撒くって中を確認したり、手を服の中へ入れて内側のどこかに縫い付けていないかといった程度の確認だったけど、改められた。
その結果、未婚や未成年の女性であっても以前より検査が厳しくなり、特に身体検査が厳しくなった。
とくに言葉に聞き慣れない訛りがあったり、質問に対して不審な返答が確認された者は、よほどの例外を除いて全裸にして確認する、というものとなったらしい。
(はえぇ~……異世界でも麻薬摘発はマジでいたちごっこなのか、世知辛いなぁ……)
事情が分かった以上は、特に拒否する理由も無くなったので……指示に従うままに脱がされる。
自分で脱げるけれども、自分で脱ごうとした際にこっそり隠されたり飲み込まれたりといった事が別件であったらしく、指示が無い限りはひたすらおとなしく、とのことだ。
「わぁ……すっごい……」
「……あ、あの?」
「──す、すみません、えっと、確認します」
「お願いします」
そうして、裸になったわけだけど、服を脱がした女衛兵は見惚れた様子で……それでも声を掛けたら我に返り、慌てた様子で作業を再開させた。
通常、検査は三人掛かりでやるらしい。
一人は脱いだ衣服に異常が無いかを入念に確認し、一人は身体に隠し持っていないかを確認し、一人は少し離れたところから全身を見る。
最後のは、不審な手足の動きなどで第三者に情報を送っていないか、場合によっては……まあ、予備要員みたいなものだろう。
「頭を下げて」
指示されて、屈む。
途端、髪へと櫛が通され、けっこう乱雑にとかされていく。たぶん、髪の中に紛れ込ませているかを確認しているのだろう。
たんたん、と指や櫛で頭を軽く叩かれる。カツラの有無を確認しているのだろう……どう見ても地毛だろうに。
「口を開けて」
言われたとおり開いたら、棒を突っ込まれた。そのままジロジロと口の中を見られる。
「腕を上げて」
両腕を上げれば、脇の下をジッと見つめられる。意外と、こういう場所に隠す人もいるのだろうか?
そのまま、女衛兵の手が全身を這い回る。いや、這い回るというか、そんな生易しいモノじゃない。
普通に胸を揉まれるし、なんなら普通に叩かれるし、背中も尻も太ももだって、バチバチ叩かれる。
聞けば、乳の中に袋(麻薬入り)を詰めて突破しようとした者が居たとかで、それから叩いて確認しろって話になったのだとか。
まあ、当たり前だけど傷跡とか見た目とか、揉んだ時の感触が特に違っていたので、すぐにバレたらしい。
ていうか、それ以前にその時は女性の顔色が非常に悪く、発覚してすぐに意識を失い、そのまま死んでしまったのだとか。
原因は、乳の中に無理やり異物を入れたせいで傷が膿んでしまい、そこから高熱を出してショック死……なんだとか。
正直、麻薬って恐ろしいなという感想が一つ。
文明が発達した現代ですら体内に異物を外科的手法で入れるのは様々なリスクがあって入念な準備が必要だというのに、それをファンタジー世界でやるとは。
「足を広げて立って、前屈みに」
ここはダークファンタジーの世界かと意気消沈している彼女をしり目に、今度の検査は膣と尻だ。
これはもう、同性だからなのか遠慮が全くない。痛みを覚えるぐらいにグイっと両手で引っ張られ、奥まで確認される。
当然ながら、尻の穴も、膣の穴も、引っ張られて露わになる。
さすがにこれは恥ずかしい……が、向こうとて興味半分で行っているわけではなくガチで調べているので、我慢する。
ここで紐などが膣口や尻穴から伸びていたり、異物(うん〇じゃないよ)らしきモノが見え隠れしたら、下剤などを投入して再検査らしい。
その際の費用は検査を受けた側が支払うのだとか……まあ、このファンタジー世界にはタンポンなんてものはないらしい。
聞いたら、『たん、ぽん?』と首を傾げられたから。
まあ、怪しい動きをしたら女だろうと棍棒などで滅多打ちにされるから、それが嫌なら変な事はするなよ……って話なんだとか。
……で、だ。
当たり前だけど、結果は白。無実、清廉潔白、何一つ疑われる余地のない清い存在であることが確認された。
「ど、どうだった?」
「すっごい柔らかい。おっぱいもお尻もふわふわ、さすがはエルフね」
「いいなあ、アタイもそっちやりたかったよ」
その際、女衛兵たちがそんな事を囁き合っていたけど。
まあ、逆の立場だったらもっと時間を掛けて揉んでいたかもしれないし、彼女はあえてその事に振れようとはしなかった。
(やれやれ、約3000文字も掛けてようやく身の潔白か、こういうのはサラっと済ませてほしいものだな)
そうして、ようやく検問所を出た彼女は……その足で、初めてこの世界の……そう、異文化コミュニケーションをするのであった。
とはいえ、異文化コミュニケーションというやつは、必ずしも穏やかに行われるモノではない。
「うわー!! 本物のエルフ!?」
「すっげえ、エルフって初めて見たよ」
「読んだことあるけど、本当にすっごい美人じゃん」
特に、片方が空想上の存在だと一部で思われている状況では、異文化以前に、存在しているということすら騒ぎの一つになるわけで。
当人たちに悪気が無いのは事実だけど、ただ立って歩いているだけでも、彼ら彼女らからしたら『じ、実在していたのか!?』と驚かれてしまうのは致し方ない事であった。
「うわぁぁ──!! エルフだ──!!!」
実際、まるで化け物と鉢合わせしたかのように驚いている人も居たし……あまりにリアクションが大げさすぎて怒る気にもならない。
これがふざけた感じならともかく、ガチで驚いているのが分かるから……で、だ。
彼女はさっそく宿屋……ではなく、『ギルド』なる施設へと向かった。
なんでかって?
それは、単純に彼女がこの世界の通貨を所持していないからだ。
お金を持っていなくても何年も何十年も暮らしていけるけど、無限にあるわけでは……どうなんだろう?
もしかしたら減らない可能性が……とにかく、お金が無いと不便な事が起こる可能性は0ではない。
有ると困る事が起こるのがお金というやつだけど、無いと命を捨てざるを得ない選択肢を強制されるのが、お金というものだ。
それに、何かしらの仕事をして信用を得るのは大事だし、常識を身体で覚えることにも……ちなみに。
ファンタジー系作品ではお馴染みの施設&組織、その名を『ギルド』
色々と定義やら何やら違うところがあったりするけど、この世界においては、職業安定所と仲介業が合体した組織だと思ってくれたらいい。
特に明確に定められているわけではないが、ギルドより直接雇用されている職員を『ギルド職員』と呼び。
そのギルドから仲介されて仕事を受ける人を総じて『冒険者』と呼ぶのだとか……なお、その名の由来は何処にでも行ってしまうという意味合いから定着したんだとか。
正直、検問所でそれを教えてもらったとき。
ぶっちゃけ、『それってすっげぇ恨みのこもった皮肉では?』と彼女は思ったりしたけど、あえて口には出さなかった。
「──たのもう」
まあ、そんな話は置いといて、教えてもらったので特に迷うことなくギルドへと到着した彼女だが……まあ、うん。
室内に入った瞬間、ざわっと空気が揺れて、それなりにあった雑談が一気に静まって沈黙が生まれた。
これもまあ、致し方ない事だ。
ここに来る途中で十二分に察していたけど、ギルド内だけ例外なんて事はないわけで……そりゃあ、思わず口を閉じてしまっても責められないだろう。
強面の人相のやつがチラホラいるし、なんか足とか引っかけていちゃもん付けてきそうな気配のやつもいるけど、さすがに相手がエルフとなれば戸惑ってしまう……といった感じか。
そんな彼らを無視して一直線に受付へ……なにやら硬直している受付のお姉さんへと声を掛ける。
ちなみに、お姉さんはふわっと髪を後ろでまとめている、ほんわか美女といった感じで……服を押し上げる胸元は豊満で、さぞ男からモテるだろうなあ……と。
「冒険者登録というのは、ここでするのですか?」
「は、はい……」
普通に声を掛けただけなのに、めちゃくちゃ緊張していらっしゃる。
ここまで来ると、なんだか自分が珍獣にでもなったかのような気分だなと彼女は思った。
でもまあ、そこは相手もプロだ。
最初はビックリして動きが硬かったけれども、少しばかり応対を繰り返せば緊張も解れ、手続きはとてもスムーズに運んだ。
「ではこちら、ランクGのライセンスとなります」
そして、支給されたのは免許証サイズのカードであった。金属製で、うっすらとGのマークがデカデカと刻まれていた。
お姉さん曰く、『最初は基本的に誰でもGからです』とのこと。
ランクを上げる条件は色々とあるらしいけど、Aが一番高くて、そこからB、C、D、E、F、Gという格付け。
このランクは、実力だけでなく信用その他もろもろを加味したモノ。
基本的に同ランクの仕事を受けることが推奨され、かといってあまりにも低ランクの仕事を受け続けるのは評価が下がる。
なので、可能ならば同ランクを受けてほしいとのこと。まあ、今は最低ランクの仕事しか受けられないけど。
ちなみに、貴族などの推薦状があれば最低でもEランクからスタートできるらしい。
Eまで上げること自体は特別難しいわけではなく、最初は下積み期間みたいなもので、真面目に腐らずやっていたらそのうちEまでは上がる……とのことらしい。
「──それでは、こちらが初回Gランクの仕事になります」
で、まあ、そうして差し出された紙は3枚、それぞれに別の仕事が書かれていた。
『どぶさらい(G)』
『薬草集め(G)』
『公道掃除(G)』
どれも最低ランク……というか、再登録やコネ枠でない限りは誰でも最初に受けるようになっている仕事とのことだ。
なんでこの三つなのか……それはひとえに、ちゃんと最後まで受けた仕事をやれるか、それを確認するためだとか。
(これ、アレだな……途中でサボったり誤魔化したりする人を陰からこっそり審査しているやつだな)
内心、彼女はそう察した。
実際、『どぶさらい』も『薬草集め』も『公道掃除』も、ノルマらしきモノはない。せいぜい、何時までやるようにと指定があるぐらい。
どれを選んでも良いし、最初にやり方を教えてもらえる。薬草集めの場合は見本の絵も渡してくれるけど、ギルド報告の際には返却要。
言い換えれば、すぐに自己流にアレンジして手を抜いたり、返却するための見本を破損させたりしたら……といった感じだろう。
とりあえず『どぶさらい』は嫌だし、『公道掃除』も人目が集まりそうだし……あれ、これって『薬草集め』がねらい目では?
「それでは、見本の絵です。出来る限り見本に近しいモノを集めてください」
「分かりました」
「それと、初回時に限りギルド職員が付き添います。彼の指示に従って行動してください」
「あ、はい」
そう思って薬草集めを指定すれば、にっこり笑顔で……あ、これアレだ。
(ちゃんと見本の絵を見て選別したかとか手を抜いて雑にやったとか、こっそり確認されるやつだ)
その証拠に、スッと姿を見せたギルド職員のお爺さんは朗らかな雰囲気だけど、目が真剣で……うむ。
──働くとは、どこの世界でも大変なんだな。
そう、彼女は覚悟したのであった。