──夜、それは腹が空く時間帯である。
護衛たちは夜も交代して番をするわけだが、夜の方が色々な意味で危険性が上がる。
盗賊などは人間なので夜目がモンスターほどには効かず、それこそ厳しい訓練を課して鍛えた者でなれけば、歩き回ることは難しい。
なんでかって、明かりを付けたら周囲からバレバレだからだ。
このバレバレというのは、けして誇張ではない。器機を使用したり状況によっては数km~数十kmまで離れていても発見されるぐらい、夜間の明かりというのは目立つ。
戦場において夜間の明かり(ライターの明かりでも)は細心の注意を払わなければならないという言葉があったりするのは、それだけ周囲に位置を知らせてしまうからだ。
もちろん、異世界とはいえ戦場ではないから、そこまで厳密に光を隠そうとはしない。
ただ、火を焚いたり明かりを増やすのはその分だけ燃料とかを消費するし、中には引かれて寄ってくるモンスターがいるので、火を点ける場所はけっこう厳密に決められるのが普通であった。
だが、しかし──今だけは違う!
下手なモンスターより夜目が効く彼女が放つ矢によって、モンスターを3体ほど仕留めたおかげか、周囲からはモンスターの気配が途絶えていた。
それに合わせて、ギュッ!! と事前に絞殺したモンスター(魔法にて洗浄済み)をアイテムボックスより取り出し……彼女は、スッと魔法コンロを取り出して調理を始める。
魔法コンロとは、その名のとおり、魔法のコンロ。
魔力を込めればあら不思議、ガスコンロと同じ機能を発揮する。それを、彼女は5つ取り出して……すべてのフライパンに火をかける。
とても便利なのだけど、壊れやすいという難点がある。
街中ならともかく、不測の事態や激しい動きでヒビが入ったりすると動かなくなるので、取り扱いに注意が必要。
なお、サイズ的には機械の簡易ガスコンロとそこまで違いがないので、持ち運びが不便だから持ってくる人はまずいなかったりする。
彼女のように『アイテムボックス』を持っている人が居たら話は別だが……まあ、そんな能力を持っていたとしても、魔法コンロを入れてくる時点で稀ではあるけど。
いちおうシステムキッチン(バーベキュー用としても流用可能)レベルの大きさと機能を備えた魔法コンロもあるけど、さすがに目立ちすぎるのでやめた。
とりあえず、肉だ、肉を焼く。いや、もう肉は焼かれている、肉は良い、あらゆる疲労を和らげてくれるめでてぇ飯である。
焼いている肉は、『フレイアバード』と呼ばれる、鳥系モンスター。蓋を閉めて、蒸し焼きにするのを忘れない。
非常に良質な肉であり、この世界にて彼女が気にいっている食材の上位に入る、最高級の鶏肉である。
なお、この『フレイアバード』、まともに対策出来ない小さな村や町だと、暴れたら文字通りすべてが壊滅してしまう強さなので、『死の鳥』という二つ名で呼ばれたりしている。
それを、事前に付け込んだタレを入れた壺より取り出して……フライパンにてジュージューと音を立てて焼く。
立ちのぼる香り、香ばしい匂い、匂い立つ食欲。
フラフラと、依頼主、護衛者、関係なく視線が集まって来るのを感じながら……彼女は、フッと笑みを浮かべた。
──さすがは、現代調味料。シェアナンバー1なだけのことはある。
存分に虎の威を借りる狐の心地良さを堪能した彼女は、十分に芯まで火が通り、皮に焦げ目が付いているのを確認し……覗いている子どもへ手招きする。
すると、子どもたちはパッと表情を明るくして……しかし、今度は子供だけでなく、その両親も降りてきた。
──良かった、呼ぶ手間が省けた。
なにやら恐縮した様子の家族へ、木の皿に載せた鶏肉を……もちろん、調理費用は取る。
材料費に関しては値段が付けられないし、『フレイアバード』の肉なんて金貨を積まないと買えないぐらい高いから……今回は運が良かったねというやつだ。
もちろん&もちろん、この家族だけではない。他の依頼主たちも手招きして呼びつける。
彼ら彼女らにも、えこひいきはしない。
肉とは分かち合うモノ、幸せは分かち合うモノ。
原作の原作エルフではない、ジャパニーズ魔改造エルフである彼女は、ちゃんと分け与える事ができるエルフなのだ。
それが終われば、次は護衛の人たちにも。
このためにどデカいフライパンにギュウギュウに詰めて焼いたから、彼ら彼女らの分もちゃんと残っていた。
まあ、さすがに腹いっぱいの量を用意するには時間もフライパンもコンロの数も足りなかったので、そこは我慢してもらうけど。
それでも、誰もが美味しそうに食べてくれたのが嬉しくて、彼女としては大満足なのであった。
(ふっふっふ……日本のごはんで私スゲーを一度やってみたかったんだよなあ……)
その笑みの下に潜む、なんとも肩の力を抜ける下心を隠しながら。
……。
……。
…………それゆえに、彼女は気付いていなかった。
すっかりこの世界に感覚が慣れてきたとはいえ、彼女は失念していた……この世界において、肉はご馳走だということを。
もちろん、肉の種類によっては庶民でも普通に買えるけれども……それでも、日常的に買えるわけではない。
そんな中で、だ。
この世界の基準では非常に美味な料理を庶民価格で振舞ってくれたとなれば、それだけでも『エルフさんは心優しい』と思われる理由になる。
そのうえ、蓋を開けてみたらめちゃんこ強いときたもんだ。
護衛仲間として見れば非常に頼りになるだけでなく、見た目も美人でスタイル良しな目に保養。
儲けにならない値段で料理を振舞ってくれて、しかも、その料理があまりにも美味いときたものだから……そりゃあ、評価が高まって当たり前で。
目的地である『ログローンの街』へと到着した頃にはもう、すっかり人気者のエルフみたいな感じになっていた。
おかげで、ここでお別れになるって事を思い出した子ども……特に弟の方は幼いだけあって、ぐずぐずと涙を滲ませていた。
そこで泣きわめかないあたり、別れには慣れているのか……商人の子どもは、そういうものなのだろう。
「──では、次の方」
まあ、そんな事よりも、だ。
「こちらに──うわぁぁ!! エルフだ!?!」
「こんにちは、エルフです」
「も、もしかして、『ベルターナ』で噂になっている、あのエルフさんですか!?」
「どのような噂になっているかは知りませんが、エルフですよ」
街が変われば人も変わる、前世の世界のようにインターネットなど無いから、情報の伝達も不確実。
事前に噂という形で彼女の事は伝わっていたのだけれども、それでも実物を見るのは初めてなので……反応は実に劇的であった。
なお、例によって例のごとく、きっちり裸に剥かれて検査──されることはなかったけど、簡単なボディチェックはされた。
その際、思いっきり豊満なバストを揉み揉みされたのだけど……相手が同性で、目の色が怪しかったけど、彼女はあえて気付かないフリをして……護衛任務を終了させたのであった。
……さて、ここで読者が誤解しているかもしれない情報を一つ訂正しておく。
以前の話にて彼女は城に呼び出されてロイヤルファミリーと対面したが、それは『ベルターナ』に住まう王ではない。
『ベルターナ』はあくまでも辺境の街であり、領主(王族ではあるけど)がそこを統治しているので、本来は国王がそこに居るわけがない。
しかし、『ベルターナ』で彼女は国王たちと対面した。
それはエルフに会いたい一心でロイヤルファミリーが辺境まで押しかけてきたからである。
そんな馬鹿な話があるかと思われるかもしれないが、実際にやっちゃったのだから笑えない。
おそらく、後世の歴史書に記されるぐらいの珍事である。
これには本来の主である領主も頭が真っ白になって白目を剥いてしまったほどで……ん?
じゃあ、彼女にアドバイスしたアレは間違っていたのかって?
それは単純に、アドバイスを求めた彼女の聞き方が悪かったのと、一般の庶民からしたら王族も国王も領主も貴族もみんな殿上人であり、区別なんて付いていないせいだ。
まさか、王都から国王が辺境まで出張って来るだなんて夢にも……いや、それに関しては彼女も大して区別が付いていないので、誰が悪いかと言われたら国王が悪いのだけど。
ちなみに、石鹸も国王直属のアレやらソレやらが動いていたりする。
なので、使いの者に納品した後、どのような形で出回っているのかまでは彼女も把握していなかったりする。
さて、話を戻そう。
辺境の街より王都に近付いているけれども、街の広さは少しばかり小さい……が、人の行き交いは『ベルターナ』以上であった。
それもまあ、当然だろう。
言うなれば、『ベルターナ』は終点。
『ログローンの街』の街は中継の街でありながら、『ベルターナ』への交流がある一番規模が大きい街である。
『ベルターナ』へ向かう商人などは『ログローンの街』にて準備を整え、あるいは、『ログローンの街』にて商売をしてから『ベルターナ』へ戻る。
『ログローンの街』はまた王都へと向かう別の街への交流もあるから、街の広さこそ『ベルターナ』よりはないけど、賑わいはそれ以上であった。
……で、だ。
そんな街でも、やっぱり『エルフ』というやつはたいへん注目が集まる。『ベルターナ』より噂が広まっていた分、その勢いはすごかった。
「うわぁぁ!! エルフだ!??!」
「なんでエルフ!? なんで!?」
「あれはよくないのだ、エッチ過ぎるのだ」
「なにあれ、歩くエッチじゃん、えちちちち……」
「俺には分かる、歩くとちょっとおっぱいが揺れる」
「違うのだ、お尻もエッチなのだ」
「バカね、時代は尻よ、尻」
中には、ちょっと反応が異なる者もいたけど、おおむねエルフに対して好意的であった。
何時の時代も、美人やおっぱいやお尻の大きな人には優しくあるものだ。
彼女の場合はその三つが最高ランクで備わっているから、余計に人々からの評価は好意的になっていた。
そんな中で、彼女は何をするかというと……とりあえず、宿を取って石鹸作りである。
対外的には『エルフにしか作れない、魅惑の美容品』ということになっているので、供給源は今のところ彼女以外には無い。
実際は作っているのではなく、『通販』にて仕入れた石鹸をパッケージから取り出し、所定の箱へと移し替えるだけなのだけれども。
ご丁寧に先回りしていた使者が宿に顔を見せたので、今日の分ということで納品した。
さすがに護衛任務中は話しかけては来なかったようだ。
まあ、いくら王族貴族連中が関わっているとしても、そんな事をしたら反感待った無しだし、さすがにソレで評判を下げるのはあほらしいと思ったのか。
(冷静に考えたら、先回りしている使者さんたちも大変だよな。下手したら何日も待ちぼうけになるわけだし)
どちらにしろ、我慢できずに先回りさせる時点で大した違いはないのだけど……とりあえず、何をしようか?
このままとんぼ返りするのは簡単だが、せっかく辺境からいくらか王都へと近づいたのだ。
なにかこう、ここでしか出来ないようなことをしてから戻りたいなあ……と。
あるいは、このままこちらから王都に行ってみようかしら……意外と、それが良いかもしれない。
辺境の街は居心地が良かったけど、それはそれ、これはこれ。
言うなれば旅行みたいなもので……リシェルにはお土産の一つや二つを持って帰ればいいかもしれない。
しかし……そうなると、ただまっすぐ行くのは味気ない。
行こうと思えば明日にでも到着することは可能だが、どこでもドアでパッと到着というのは、いささかの面白みもない。
旅というのは、そこへ向かう事を含めて、旅なのだ。
仕事で向かうならまだしも、魔法を使って1,2,3で到着では、近所のコンビニに行くのと何も変わらないわけだ。
──とりあえず、路銀に余裕はあるけど……軽く仕事をしてから行くべきかな?
なので、冒険者の正攻法らしく、到着した街のギルドよりいくらか仕事を受けてから向かおう……と、思ったわけだ。
路銀に余裕はあるけど、ここしばらくは石鹸ばかり作っていて本来の業務を行っていない……おかげで、護衛任務は新鮮な驚きがいっぱいであった。
せっかく異世界ファンタジーなのだ……異世界ファンタジーらしい仕事をしなければ……と、彼女は思い立ち、ギルドへと向かった。
「──運が悪かったですね、今のところご希望ランクの仕事が出払っておりまして……」
「おや、残念」
そしたら、なんか運悪く彼女の適正ランクの仕事が売り切れごめんみたいな状態になっていた。
人口が多ければ多いほど、街の規模が大きければ大きいほど、自然と生まれるのが仕事なのだけれども、それはけして無限ではない。
様々な要因が重なって『とにかく人手が欲しい!』という時もあれば、『今日は朝からゆるゆるね~』みたいな時もある。
今日は比較的穏やかというか、そういう日であった。
そういう日に冒険者がやることは、二つに一つ。
一つは、いっそのこと完全な休みにしてしまう。
そのまま十数日もまとめて休んで私用を入れる者もいれば、相応に時間をかけてリフレッシュに費やす人もいるだろう。
そして、二つ目は……ギルドなどに発注が掛けられている、『恒常依頼』というもの。
これは基本的に低ランク向けの仕事で構成されているが、その中でも、『特に割に合わない仕事だけれども誰かがやらなくてはならない仕事』が、ソレに当たる。
具体的には、『下水路の掃除』である。
この世界は世知辛い異世界ファンタジー、たいていの街の下水関係には魔法の道具が設置されていて、それによって処理がなされているが……完全ではない。
処理能力を超えればその分だけ溢れるし、定期的にメンテナンスなどを行わなければ、もっと世知辛い中世ファンタジー世界が生まれてしまう。
しかし、いくら必要とはいえ、インフラ維持には多額のお金を必要とし、その費用を捻出するのは何時の時代も悩みの種。
報酬はある、しかし、けして高くはない、むしろ安い方。
なので、この世界ではある種のボランティア的な役付けとして認知されており、助け合い的なニュアンスで常に募集が掛けられていた。
──ゆえに、彼女の行動は既に決まっていた。
具体的には、その『恒常依頼』を受けた。
目的は、金銭ではない。だが、タダでやるほどの篤志家ではなく、私を捨てて公に身を捧げるほどの善人ではない。
そんな彼女にとって、少額ながら報酬が出るうえにボランティア的な意味で誰かを助ける、誰かがやらなければならない仕事というのはうってつけであった。
「──えっ!? あ、あの、受けるんですか!?」
「ええ、そうですが……ダメなのですか?」
「いや、ダメってわけでは……で、ですが、本当に良いんですか? 誇張抜きに大変ですよ?」
「かまいませんよ、これも人助けみたいなものですから」
「おお、エルフミズカラ、サスガダァ……」
そこまで驚かれると逆に申し訳なくなってくる……まあ、気にしたところで意味がないので、彼女はさっさと指定された待ち合わせ場所へと向かう。
基本的に、『下水路の掃除』は複数人で行う。
下水路の広さ=街の広さなので、一人では1年掛けても綺麗にはならない。ネズミが出るし、場所によってはスライムも出るし。
ちなみに、『スライム』とは、ファンタジー世界ではお馴染みの粘液状のモンスターである。
汚物でも何でも消化してしまう大自然の掃除屋みたいな存在で、水気のある場所を好んで生息するが……いかんせん、数はそれほど多くはない。
そりゃあ、そうだ。
スライムが増えれば何でも汚物は解決なんて話だったら、わざわざ『下水路の掃除』なんて仕事は生まれない。
あくまでも自然界の中ではの話であり、一か所に何千人も住んでいる場所から発生する汚物汚水の処理なんて、キャパオーバーして当たり前。
だから、別に掃除をする必要があるわけで……で、だ。
「こんにちは、下水路の掃除に来たエルフです。今日はよろしくお願いします」
「うわ──!? エルフだ!?!」
「魔法の衣服でガッチリ防ぎます。魔法で洗浄も行いますのでよろしく」
「おお、なんて物々しい……すごいエルフだ」
現地にて挨拶をしたら、なんかめっちゃ驚かれたのであった。