「やっぱりこれは俺の手には負えそうにないか...」
「うぅっ...」
リーゼは苦しそうに呻き声を上げる
首元まで届きそうな黒い紋様
首を捻り、アルドは深く溜息を吐く
さらっとした額の銀髪をよけ額に手を当てる
「熱は無いが...」
確実に体を蝕んでいる呪印
玉粒の汗を拭きながらアルドはとある人物を思い出していた
悪魔"ゴッドハンド"の異名を持つ名医
ヴィクトル・レヴァイン
「金さえ払えば王だろうが魔王だろうが治してやる」
それが口癖だった師匠とも呼べる悪魔
羊皮紙とペンを手にしたアルドは髪をくしゃっと掴みながら机に向かった
「できれば頼りたくなかったけど...」
エルフであるリーゼに対しても同じ態度だろう
「貸しは必ず返してもらう」
「金が無いなら身体で払え」
そんな言葉を平然と口にする男である。
アルドは思わず眉間を押さえた。
「相変わらず最低な師匠だよ……」
視線をリーゼへ向ける。
苦しげな呼吸。
白い肌を侵食する黒い紋様。
進行は想像以上に速い。
猶予は長くないだろう。
「……選んでる場合じゃないか」
羊皮紙を広げ、素早くペンを走らせる。
そこへ使い魔の黒猫が姿を現した
「さっそく来てくれたか、ありがとう。ミダス」
「にゃあ」
彼は返事を可愛らしくしてくれた
羊皮紙を渡す
魔法陣が展開し、黒猫は姿を消した
「これで後は――」
言いかけたアルドの耳に、苦しげな呻き声が届く。
「ぁ……うっ……」
リーゼだった。
黒い紋様はさらに広がり、鎖のように首筋へ絡みついている。
アルドの表情が険しくなる。
「まずいな……」
予想よりも侵食が速い。
ヴィクトルがどれほど早く来られるか分からない。
それまで何としても持ちこたえさせなければならない。
アルドはベッドの傍らに膝をつくと、リーゼの額にそっと手を当てた。
「大丈夫だ」
それが自分自身に言い聞かせる言葉であることを、アルドは理解していた。
「絶対に助ける」
その誓いだけは、迷いなく口にしていた
「ふうん。こいつがエルフのお嬢さんかい?」
天から声が降ってきた
ヴィクトルだ
「ああ、早く直してやってくれないか?」
「んー、見た感じだけど。呪印があるから命が繋がってるようなもんだぞ?」
「え?」
黒い外套を羽織った男が窓枠に腰掛けていた。
長い黒髪を後ろへ流し、アルドと同じ血のように赤い瞳でリーゼを見下ろしている。
「助からないのか?」
「そこまでは言ってない」
「ただ、あまり見たことのない...特殊なヤツだ。面白い」
ふっ、ふっ、ふっと不気味な笑いをするヴィクトル
「患者を、オモチャにするなよ?」
片眉を吊り上げアルドは睨む
「コイツがお気に入りか、アルド。エルフは長命なだけにめんどくさいぞ?」
「お前だって長命だろう」
「そうだな、エルフよりも」
くつくつと不気味な笑いをしながら立ち上がる
「何するんだ?」
リーゼの隣に立ち、掌を黒い紋様に近づけた
呪印がヴィクトルの腕に伸びていく
「俺がその呪印をもらうだけだ」
「呪印をもらう?」
「ああ、久しぶりに楽しませてもらうぞ」
「呪印を楽しむな」
「お前は引き続き、面倒見てやれ。死なないように細心の注意を払ってな」
「...本当に大丈夫なんだろうな?」
ヴィクトルの腕にはくっきりと呪印が蠢いていた
自らの命もなんとも思わないこのやり口にアルドは何度も遭遇してきた
「さあな」
アルドは確認する
リーゼの首元まで伸びていた呪印が引いていた
「よし、これで大丈夫そうだな?」
「呪印がなくなったせいで不安定になるだろう、かなり」
「かなり?!」
「ふふ、目を覚ましたらまた来る」
そう言ってヴィクトルは姿を消した
リーゼは呼吸を落ち着かせ、深い眠りについたようだった
アルドはその日から休むことなく観察を続けた