思ったより説明長かった。本当に申し訳ない(無能AI並感)
「なんで保健室にAN-94があんねん…!?」
傑は呆然と呟きながらゆっくりと銃を持ち上げる。ずしりとした重量が腕に掛かった。
模型でもエアガンでもない、本物だ。海外の射撃場で何度か触れた事があるから分かる。
銃身の冷たい金属の感触、内部に詰まった機構の重み。
間違いなく実銃だった。
傑は思わず額を押さえた。
「なんで保健室からバチバチの軍用アサルトライフル出てくるねん…。
しかも百歩譲ってAK系ならまだ分かるが――AN-94ってなんやねん!? どっから持ってきた!?
このカスタム具合スペツナズの物か?
「それはねぇ…説明すると長くなるんだけど……」
静香が困ったように笑う。
「なるやろなぁ!?」
傑の反応も当然だった。
ゾンビが現れただけでも意味が分からないのに、その直後に保健室の隠し金庫から実銃が出てきたのだ。
もはや意味が分からないを通り越していた。
「鞠川校医」
冴子が静かに口を開く。
「貴女は何者なんだ?」
「校医よ?」
「今更それで誤魔化せると思うか?」
静香は露骨に視線を逸らした。
「……思ってないわ」
「だろうな」
冴子はため息を吐く。
その時だった。
「ん?」
冴子の視線がケースの内側で止まった。
ケースの蓋。ネット部分に黒いファイルが固定されている。
銃に気を取られていたが、最初からそこに入っていたらしい。
冴子はファイルを引き抜く。
「何だそれ」
傑は冴子に身を寄せて覗き込む。
冊子は『持ち出し厳禁』とだけ書いてあった。
冴子はページを開くが、数字が大きい。どうも裏面のようだ。
一旦ページを閉じて、冊子をひっくり返して表にした。
「――は?」
表紙の文字を見た傑が間抜けな声を漏らした。
冴子もそれを見た途端、表情が固まった。
表紙には以下の白い文字が印刷されていた。
『非常事態用藤美学園管理マニュアル - 感染者発生時対応手順』
保健室が静まり返る。
「…………」
「…………」
傑と冴子はゆっくりと静香を見る。
静香は視線を逸らした。
「先生?」
「はい」
「これ何?」
「マニュアル」
「見たら分かるわ」
即座に傑のツッコミが飛ぶ。
冴子は傑をよそ目に静かにページを開いた。
そして数ページ読み進め、手を止めた。
「…金剛君、どうやら我々は…とんでもない学校に入学していたらしい」
「見てたから分かるわ」
「そうじゃない」
冴子は冊子を閉じず、そのまま傑へ向けた。
ページには目次が書かれている。
第一章 災害時避難計画
第二章 武装警備隊運用規定
第三章 感染症災害対策
第四章 学園地下シェルター運用要綱
第五章 封鎖区域管理規定
第六章 対生物災害行動マニュアル
「…………」
傑は無言になった。
目を擦ってもう一度見た。
やはり変わらない、何度見ても同じだった。
地下シェルター。武装警備隊。封鎖区域。対生物災害。
どれも学校とは思えない単語ばかりだ。
「いやいやいやいや!? なんやねんこれ!?」
傑は思わず頭を抱えた。
「私が聞きたい」
「学園やぞ?」
「そのはずだ」
「高校やぞ?」
「少なくとも私はそう認識していた」
「軍事基地とちゃうんやぞ?」
「今のところ反論材料がないな」
冴子は真顔だった。全く笑っていない。
だからこそ余計に笑えなかった。
傑は再び目次を見る。
そしてある項目で指が止まった。
第六章 対生物災害行動マニュアル
嫌な予感がした。
もの凄く嫌な予感がした。
「なぁ」
「何だ」
「生物災害って何やと思う?」
「今この状況で聞くのか?」
「聞くしかないやろ」
「ゾンビだろうな」
「やめえや…」
「現実から目を背けるな」
「背けたなるわ!」
思わず叫んだ。
保健室の窓の向こうでは、ついさっきまで生徒だった何かが校庭を徘徊している。
その状況で『対生物災害』などという項目を見せられて平静でいられる人間は少ない。
「……静香先生」
傑はゆっくりと振り返った。
それに対して静香は視線を逸らした。
「静香先生?」
「えへへ……」
「笑ろて誤魔化すなや」
「だって機密事項だったんだもん!」
「知っとったんかい!」
保健室に傑の悲鳴が響いた。
どうやら紫藤派だの地下施設だの武器庫だの、今まで噂だと思っていたものは全て本当だったらしい。
「どこまで知っている」
冴子が静かに問い掛けた。
だが、その声には明確な圧力が込められていた。
先程までの穏やかな空気は消えている。
全国大会優勝者。
藤美学園剣道部主将。
その肩書きに恥じない鋭い気迫が静香へ向けられていた。
実際に剣を向けられている訳ではない。
それでも、刃を突き付けられているような錯覚を覚える。
静香の肩がびくりと震えた。
「ひっ!?」
「答えろ」
冴子の紫色の瞳が細くなる。
「だっ、大学から派遣される時にそれとは別のマニュアル渡されたのよ!!!
誰かに言ったら消すぞって脅し付きで渡されたの!!!」
半泣きだった。
今にも「帰りたい」と言い出しそうな顔である。
「ほう?」
冴子の殺気が僅かに薄れる。
少なくとも嘘を吐いているようには見えなかった。
「毒島、その辺にしとけ」
傑が口を挟んだ。
AN-94をケースへ戻しながらため息を吐く。
「この人、嘘吐くタイプちゃうやろ」
「…そうだな」
冴子も渋々引き下がった。
静香はあからさまに安堵の息を漏らす。
「た、助かったぁ……」
「助かってへんやろ。保健室に
「私だって知らなかったのよ!?」
「じゃあ何で暗証番号知っとったん?」
「説明書に書いてあったから」
「ガバガバやないか」
思わず頭を抱える。
この人に機密を預けて大丈夫なのか本気で不安になった。
「それで」
冴子が冊子を机に置く。
「大学とは何だ」
「え?」
「今、大学と言ったな」
「あ……」
静香の顔が固まった。
言ってしまった、そんな顔だった。
傑と冴子が同時に静香を見る。
静香は視線を泳がせた。
右を見て、左を見て、天井を見た。
現実逃避である。
「言え」
冴子が言った。
「…言わないと駄目?」
「駄目だ」
即答だった。
静香は観念したように肩を落とす。
そして机の上に置かれた冊子へ視線を向けた。
「えっと…ね? まず、藤美学園ってね――高校じゃないのよ」
「いや高校やろ」
「表向きはね」
「表向き?」
「うん」
静香は困ったように笑った。
「正確には、高校に研究施設と実験施設がくっついた物なの」
沈黙、数秒。
誰も言葉を発しなかった。
「……は?」
最初に反応したのは傑だった。
「いや待てや」
「うん」
「情報量が多い」
「私もそう思うわ」
「なんやその感想」
傑は頭を抱えた。
どうやら、ゾンビより先に自分達が通っていた学校の正体の方が意味不明らしかった。
「……なあ、静香先生」
「うん?」
「これは個人の何の根拠もないただの妄想やねんけどな?」
「うん」
「実はこの学園は世界を牛耳る闇の組織が建設したゾンビウイルスの実験場でした。
……とかないよな?」
「凄い! よく分かったわね! 花丸よ!」
「――糞が!」
傑は吐き捨てた。
思わず机を叩きそうになる。
ゾンビ。武器庫。地下施設。
全部ただの噂だと思っていた。
なのに蓋を開けてみれば、噂の方が現実に追い付いていなかった。
傑は額を押さえた。
「つまり何や。この学園、最初からこうなる予定やったと?」
「そこまでは知らないわよ!?」
静香は慌てて首を振った。
「私だって来たのは去年だし! 機密資料も最低限しか見せてもらってないの!
そこだって初めて開けたのよ!?」
「まずその金庫を疑えよ…」
「私もそう思う!」
「そこは同意するんやな……」
頭が痛くなってきた。
傑は再び冊子へ視線を落とす。
危機管理要綱。武装警備隊。対生物災害。
どれもこれも冗談にしか見えない。
だが、今や校庭には本物のゾンビがいる。
笑い話では済まされなかった。
「……静香先生」
「な、何?」
「このウイルス作ったん誰や」
保健室の空気が一瞬で重くなった。
静香の表情が固まる。冴子も無言になった。
「……そこまでは知らないわ」
静香は小さく首を振った。
「でも、研究棟の地下で何かやっていたのは本当よ」
「旧研究棟か」
冴子が呟く。
つい先程まで話していた噂話。
夜中に人影が出る立入禁止区域。存在しない地下施設。
全部が一本の線で繋がり始めていた。
「地下には研究員しか入れないって聞いた事があるわ」
静香は続ける。
「私達校医も基本的には立入禁止だった」
「基本的には?」
傑が反応する。
静香はしまったという顔をした。
「あ」
「…聞かせてもらおうか、鞠川校医」
「……あそこ、今は倉庫になっててね? それで入った事があるの。
そして…何回か、運び込まれた人を見た事があるの。教師や生徒よ。
後から確認したら、彼らは体調不良や転校って形で学園から除籍されてた。
それに…運んでた人達は皆、軍人みたいな人達だったの」
「軍人?」
「遠目だから詳細は分からないわ。でも、そうにしか見えなかったの。
……だから、私は今日校庭でアレを見た時――」
そこで言葉が止まる。
代わりに小さく呟いた。
「とうとう来たんだって思ったの」
傑は何も言えなかった。冴子も同じだった。
ゾンビ発生は事故ではない。少なくとも静香の話を信じるなら。
半年以上前から何かは始まっていた。
未だに学園の各地から悲鳴と怒号が聞こえてくる。
ガラスの割れる音。誰かの叫び声。遠くで鳴り続ける非常ベル。
だが今の三人には、それらがどこか遠い世界の出来事のように感じられていた。
目の前に積み上がった情報の方が遥かに衝撃的だったからだ。
「……結局、紫藤先生は何なんなんやろな」
「黒幕だったりしてな」
冴子は静かに視線を傑に向ける。
だが傑は首を横に振った。
「いや、それはないと思う」
「ほう、根拠は?」
「多分やけど、紫藤先生は“これ”に備えとった側や」
傑は机の上のマニュアルを指で叩いた。
「俺が転入してきた頃からやったか…紫藤派の連中が妙に非常食とか保存水とか集めとるって噂が流れとったんや」
「備蓄か」
「せや。それも個人レベルちゃう。
去年から学園祭の余りを回収したり、寄付だ何だ言うて倉庫に運び込んどったらしい」
その話は何度も耳にした。
当時はボランティア活動の一環だと思っていた。
だが今となっては見方が変わる。
「それに黒幕やったらわざわざ校内放送なんかせんやろ」
傑は窓の外へ目を向けた。
「自分だけ逃げれば済む話や。体育館に人集める意味がない」
「……確かにな」
冴子と静香は頷いた。
紫藤が信用できるかどうかは別問題だ。
だが少なくとも、今の行動は人を生かそうとしているように見える。
「つまり、紫藤は知ってて備えていた…という事か」
「結局目的は分からんけどな。紫藤先生のコネならどうとでも出来るやろうに…」
その時だった。
パンッ!
乾いた破裂音が響いた。
三人の視線が同時に窓へ向く。
傑は反射的に窓際へ歩み寄った。
続けて
パンッ!
パンッ!
と同じ音が聞こえる。
銃声ではない。だが似ている。
「…釘打ち機か?」
傑は裏庭を見下ろした。
保健室裏の植え込み。その向こうを必死に走る二つの人影が見える。
一人はピンク色のツインテールの女子生徒。もう一人は肥満の眼鏡の男子生徒だ。
男子生徒は釘打ち機を乱射しながらゾンビを牽制している。
まるで誰かを探しているような動きだった。
「おお、平野やないか」
「知り合いか?」
隣に冴子が並ぶ。
「ん」
傑は短く返事をすると窓を開け、息を吸った。
冷たい風が保健室へ吹き込む。
「――平野ォ!!!」
腹の底から声を張り上げる。
突然響いた怒鳴り声に、裏庭を走っていた二人が同時に顔を上げた。
「こっち来い!!! そこの非常階段から上がってこい!!! 話はそれからや!!!」
男子生徒の目が大きく見開かれる。
「金剛先輩!?」
だが傑はそれ以上何も言わず、窓を閉めた。
「……大胆だな」
冴子が呆れたように呟く。
「説明しとる暇ないやろ」
傑はそう言いながら保健室の入口へ向かった。
扉を塞いでいた棚へ手を掛ける。
「手伝おう」
冴子も反対側へ回り込んだ。
二人がかりで棚を押し退ける。
ガガガッ――
重い音が保健室へ響いた。
静香は不安そうに扉を見つめている。
「大丈夫なの?」
「あいつらは信用できる」
傑は即答した。
その数十秒後、廊下の向こうから激しい足音が聞こえてきた。
タタタタタッ――!!
誰かが全力で階段を駆け上がってくる。
「開けるで」
傑はドアノブへ手を掛けた。
そして扉を開く。
「はぁっ……はぁっ……!」
「し、死ぬかと思いましたぁ……!」
二人はほとんど転がり込むように保健室へ飛び込んできた。
傑は即座に扉を閉め、鍵を掛けて棚を元の位置まで押し戻した。
ようやく一息だった。
「おつかれさん」
男子生徒は壁にもたれながら荒い呼吸を繰り返している。
制服には血が飛び散っていた。もっとも本人の血ではないらしい。
肩には工具用のバッグ、手には釘打ち機。
見るからに死線を潜り抜けてきた格好だった。
「静香センセー、二人に水入れたって」
「ちょっと待ってね~。確か予備の紙コップがこの辺に……」
静香は散乱した棚を漁り始める。
その様子を横目に、傑は二人へ視線を向けた。
「ほんで、お前ら何しとってんって、聞くまでもないか」
「それで、誰なんだ?」
冴子が二人へ視線を向ける。
「こいつが射撃部の後輩、
「ど、どうも…」
平野は緊張した様子で頭を下げた。
全国大会優勝者として有名な毒島冴子を前にしているのだから無理もない。
「で、そっちのチビピンクツインテールは……知らん」
「……
即座に反論が飛んできた。
胸まで伸びたピンク色のツインテールに気の強そうな黄色い瞳。
見るからに負けん気の強い少女だった。
「高城…?」
傑は少し考えた後、ぽんと手を打った。
「あぁ、高城グループの令嬢か」
「なんだ、知ってるの?」
「噂程度にはな」
学園中を歩き回る傑にとって、高城家の名前ぐらいは聞いた事がある。
政治家の息子。大企業の令嬢。有名スポーツ選手の子供。
元より藤美学園にはそういう人間が珍しくなかった。
「あったぁ~」
静香が紙コップを見つけ、水を注いで二人へ差し出した。
「あ、ありがとうございます…」
平野は一気に飲み干した。
沙耶も負けじと水を口へ運ぶ。
どうやら本当に限界まで走ってきたらしい。
「……で、や」
傑が改めて口を開く。
「お前ら、わざわざ2年の校舎から逃げて来たんけ?」
「そうよ。このデブオタが会いたいって言うから」
「金剛先輩がいればどうにかなるかなって…はぁ…思いまして……」
「……俺そんな期待される人間か?」
傑は本気で不思議そうな顔をした。
「少なくとも私は信用しているぞ」
冴子が横から口を挟む。
「地震直後の判断。避難経路の選択。保健室への誘導。
あの状況で迷いなく動ける人間はそう多くない」
「逃げただけやないけ」
「それが出来ない人間の方が多い」
「紫藤先生と同じ事言いおって」
傑はため息を吐いて、椅子に座る。
そして静香から渡された紙コップの水を飲み干した。
「ほんで…逃げて来た所悪いけどな、ここなんもないぞ。
これからどうするかも決まってへん。
最終目標は学園脱出やけど……まぁ、言うまでもないか」
「あ、あの…それが…」
平野が遠慮がちに口を開く。
「なんやねん? 言いたい事あるなら言えや」
「私が説明する」
高城が口を挟んだ。
「いや、見せた方が早いわね」
そう言うとポケットからスマートフォンを取り出す。
画面を数回操作し、一つの動画を再生した。
「見なさい」
傑、冴子、静香の三人は自然と画面へ顔を寄せた。
動画は校門付近を映していた。大勢の生徒達が学園から脱出しようとしている。
泣きながら走る者。叫びながら友人を引っ張る者。車に乗ろうとしている教師。
誰もが必死だった。しかし大半は無情にも追い付かれ、ゾンビに喰われていた。
その時、ゾンビを振り切って画面の端を走っていた男子生徒が突然崩れ落ちた。
「……あ?」
傑の眉が動く。
男子生徒は何かに躓いた訳でもなければ、誰かに襲われた訳でもない。
まるで糸が切れた人形のように、その場へ倒れ込んでいた。
そしてカメラが大きく揺れ、男子生徒にズームされて頭部が映った。
頭部に小さい穴が空き、そこから大量の血が流れていた。地面には血溜まり。
それだけだった。
だが十分だった。
動画はそこで終わらない。
画面が校門方向へ向く。
学園の正門、その前には大型バスが列なってなっていた。
意図的に塞がれたようにしか見えなかった。
しかし詰めが甘い、人が通れる程度の隙間は残されている。
が、車が通れないのは確実だった。
動画が終わり、保健室が静まり返った。
「……なるほどな」
傑は短く呟いた。
「射撃部のエースで、平野の先輩のあんたなら分かるでしょ? これがどういう事か」
傑は数秒黙った。
そして、静かに答えた。
「――狙撃、やな」
傑はスマートフォンの画面を見つめたまま呟いた。
「しかも走っとる人間を正確に撃ち抜いとる。偶然当たったとかやない。
相当腕ええぞ、こいつ」
保健室の空気が重くなる。
動画の中で倒れた生徒の姿が脳裏に焼き付いて離れない。
「銃声は聞こえませんでした」
平野が真剣な表情で言った。
「恐らくサプレッサー付きです。
それに…何人か同時に撃たれてました」
「同時?」
冴子が眉をひそめる。
「はい。動画には映ってませんでしたけど、校門の近くで別の生徒も倒れてました。
正確な人数は分かりません。でも、一人じゃないのは確実です」
「やろうな」
傑は頷いた。
「この距離、この精度で複数人を監視しながら狙撃とか、一人で出来る芸当ちゃう」
「……紫藤が逃げない理由はこれか」
冴子が低く呟く。
「ん」
傑は短く返した。
「出られへんから引きこもっとるんやろな」
大きく息を吐く。
校内にはゾンビ、校外には正体不明の狙撃手。
最悪だった。
「この様子やと裏門や非常口も押さえられとるやろな」
「断言するんだな」
「俺ならそうするからや」
傑は肩を竦める。
「わざわざ校門だけ封鎖する意味がない。逃がしたくないなら全部塞ぐ」
「文字通り八方塞がり…か」
冴子は腕を組んだ。
「金剛君のアバカンだったか? あれで反撃しようにも、別の狙撃手に撃たれて終わりそうだな」
「アバカン?」
平野が反応した。
その瞬間、傑は「あ」と声を漏らした。
そういえば二人は保健室へ飛び込んで来てから一度も室内を見回していない。
「それや」
傑は顎で机を指した。
「ん?」
平野と沙耶が同時に視線を向ける。
そして固まった。
「……は?」
「え?」
机の上には黒いケース。その横に冊子。
そしてケースの中にはAN-94が収まっている。
数秒の沈黙。
「はぁ!?」
最初に叫んだのは沙耶だった。
「何これ!?」
思わずAN-94を持ち上げる。
「えっ…重っ!?」
予想以上の重量に腕が沈んだ。
エアガンとは比べ物にならない。
金属の塊そのものだった。
「ええええええっ!?」
今度は平野が絶叫した。
「本物ですか!? 本物ですよねこれ!?」
目を輝かせながら飛び付く。
「貸して下さい!!」
「ちょ、引っ張るな!!」
半ば奪うようにAN-94を受け取ると、平野は食い入るように観察し始めた。
「本物だ……!」
震える声だった。
「本当にAN-94だ…!? しかも何これ!?
アッパーレシーバーがレール付きのカスタム品で、グリップもストックもFABディフェンスだ!
ラトニク計画で近代化されたアバカンがあるって本当だったんだ!
しかもマガジン! ケースの物見るに、これまさか7.62x39mm弾仕様!? アバカンにもあったんだ!!」
「…目ぇ輝いとるぞ」
「だって本物ですよ!?」
「知っとるわ」
傑は呆れたように返した。
一方で沙耶は銃より別の事が気になっていたらしい。
机の上の冊子を掴み、パラパラとページを捲る。
「いや待ちなさいよ…、何でこんな物があるのよ!?」
当然の疑問だった。
保健室の隠し金庫。実銃。感染者対応マニュアル。
どう考えても普通の学校のマニュアルではない。
「えー……」
傑は頭を掻いた。
「何から話せばええんやろな」
「全部よ!!」
「やろうな」
そうして傑は、ここまで判明した事を順番に説明した。
地下研究施設。感染者対応マニュアル。そしてゾンビ発生を前提にした学園の存在。
話が進むにつれて沙耶の表情は引き攣り、平野は段々と青ざめていった。
そして説明が終わった頃には――。
「……は?」
沙耶が呆然と呟いた。
「何それ……」
理解を拒絶するように首を振る。
「つまり私達――」
数秒の沈黙。そして。
「実験のモルモットって訳!?」
保健室が静まり返った。
平野はAN-94を抱えたまま固まっている。
「言い方よ」
傑が即座に突っ込む。
「でも間違ってないでしょ!?」
「まぁ、否定材料は今んとこ無いな」
「ないの!?」
沙耶が頭を抱えた。
無理もない、つい一時間前まで普通の高校生活を送っていたのだ。
それが突然ゾンビだの研究施設だの生物災害だのと言われている。
理解できる方がおかしかった。
「いやぁ…」
静香も困ったように頬を掻く。
「私も最初は冗談だと思ったのよ?」
「冗談で済む内容ちゃうやろ」
「そうなんだけどねぇ」
「先生、それで済ませるのやめてもらえます?」
沙耶が本気で疲れた顔をした。
すると、それまで黙っていた平野が恐る恐る手を上げる。
「あの…」
「ん?」
「一つだけ確認したいんですけど」
平野は抱えていたAN-94を見下ろした。
「このマニュアルが本物なら…学園のどこかに他の武器もあるんじゃないですか?」
その場の全員が止まった。
「あー…確かに。そこまで頭回ってなかったわ」
平野の目が輝き始める。
完全に銃オタクの顔だった。
「普通に考えてAN-94一丁だけ配備する訳ありません!
予備弾薬、拳銃、ショットガン、場合によっては防弾装備まで――」
「落ち着け」
傑が額を押さえた。
「お前テンション上がっとるやろ」
「ちょっとだけです!」
「めっちゃ上がっとるやないか」
「でも可能性はあるな」
冴子が冊子へ視線を落とした。
「武装警備隊運用規定と書いてある以上、装備保管庫が存在する可能性は高い」
「噂の武器庫か」
傑も冊子を見る。
そしてゆっくりとページをめくった。
「もしあるなら…欲しいな」
「珍しいな、金剛君」
冴子は少し意外そうな顔をする。
「君がそこまで積極的な顔をするとは」
「そらするやろ」
傑は窓の外を見た。
校庭を徘徊するゾンビ達。遠くから響く悲鳴。
未だ終わらない地獄だ。
「学園から出るにしても、武器無しは流石に無理や」
そう言って冊子のページを捲る。
すると――
「……ん?」
あるページで手が止まった。
そこには学園全体の簡易見取り図が印刷されていた。
武道館地下区画。その一角に、小さな文字が記されている。
『第三装備保管室』
保健室の空気が変わった。
傑の口元が僅かに吊り上がる。
「次の目的地、決まったみたいやな。準備しろ、行くで」
死んだような黄色の瞳が細くなり、口角がさらにつり上がった。
そんな傑を冴子は驚いた表情で見た。
「……笑えたんだな、金剛君」
「だから俺の事なんやと思っとるん?
…まぁええわ、それより」
傑は平野の腕に抱えられたAN-94へ視線を落とした。
「行くにしても武器どうする? アバカンは俺が使いたいんやけど、ええ?」
「あ、はい。そもそもアバカンなんて金剛先輩でもなければ無理ですよ。
構造も特殊ですし、僕じゃフィールドストリッピングも出来ません。
射撃の腕も先輩の方がいいですし…」
平野は名残惜しそうにAN-94を差し出した。
「ん、あんがと」
傑はそれを受け取った。重量を確かめるように握り直す。
続いてボルトを引いて構えた。そして壁に向かって空撃ち。
そしてセレクターを操作して感覚を確かめる。
金属同士が噛み合う音が静かな保健室に響いた。
「……ふーん、こんな感じね」
小さく呟く。
「使えそうか?」
「ん」
傑は短く返事をし、AN-94を一旦机に置いた。
「撃ち合いなんかサバゲーでしかした事ないけどな」
冴子も立ち上がった。
「私は武道館まで持てばいい」
そう言って近くの金属製ケースを持ち上げる。
「武道館には真剣が保管されている。そこまで辿り着ければ何とかなるだろう」
「頼もしぃな。なら俺と毒島が前衛、静香先生と高城は真ん中。
平野、お前はトリや。異論は?」
全員、頷いた。
そして平野が口を開く。
「了解です」
「…後ろから噛まれるなよ?」
「縁起でもない事言わないで下さい!」
そして各自それぞれ準備を始めた。
傑はケースの中をもう一度確認した。
ライフルの横にはサプレッサー、マガジンと紙の弾薬箱が並んでいた。
合計で6マガジンぐらいの両だ。
「サプレッサー付きとか至れり尽くせりやな…」
小さく声を漏らす。そしてサプレッサーを銃口へ取り付けた。
続いてロシア語で書かれたパッケージの紙の弾薬箱を開いた。
暗い灰色の薬莢に、銅の弾丸の弾薬が整然と並んでいる。
傑は一発ずつマガジンへ押し込んでいく。
カチッ。
カチッ。
静かな音だけが保健室へ響いた。
傑は装填しながら静香に尋ねた。
「静香先生、これなんて書いてあるか分かる?」
「ん?」
「これ」
弾薬箱の側面を顎で差す。
「えっと…亜音速弾? って書いてあるわね」
一瞬の沈黙。
そして沙耶が呟いた。
「サプレッサー用ね」
「やな。相性バッチリって訳や。
……そういや、あいつら叫んでも反応せんかったな」
「ええ、ゾンビは動く物に反応するわ。耳は聞こえてない。
でも銃声で耳が死ぬなんて後免よ、サプレッサーは着けてなさい」
「分かっとるわい」
傑は装填が終わったマガジンをAN-94に装着した。
そしてボルトを引いて薬室に弾薬を送り込み、安全装置を掛けた。
重い音が保健室に響く。
そしてAN-94がしまってあったケースにマニュアルを入れ直して、ケースを背負った。
「んで、後なんも…ないな?」
保健室にいた全員が立ち上がった。
武道館地下、第三装備保管室。
そこに何があるのかは分からない。
だが少なくとも、ここで立ち止まっていても何も変わらない。
「ほな行こか」