学園黙示録 HYPER-BURST   作:ランディー55

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またも説明パート。こいついっつも説明してんな…
本格的♂バトルは次回です(ネタバレ)


4限目

 デリカはルート変更を余儀なくされ、校舎の陰で停車していた。

 傑、沙耶、静香の三人は外へ出ている。

 地図を広げ、警備室へ向かう別ルートを検討している最中だ。

 

 車内に残った冴子は、ふと思い出したように口を開いた。

 

「平野君」

 

「はい?」

 

「部活での金剛君はどんな感じなんだ?」

 

「どんな感じ…ですか?」

 

 平野は自分用に確保したHK433を眺めながら苦笑する。

 

「まあ、一言で言うと変な人ですね」

 

「変な人か」

 

「普段はあんな感じですよ。死んだ魚みたいな目ぇしてますし」

 

「否定出来んな」

 

「でも一回スイッチ入ると別人です。妙にテンション上がるし、急に喋るし」

 

「ほう」

 

「だから余計に分からないんですよね。どっちが素なのか」

 

 平野は肩を竦めた。

 

「勉強も運動もそこそこ出来ますし、要領も良いんですよ。なのに面倒臭がって全然やらない」

 

「確かにそんな印象だな」

 

「多分ですけど、本来はクラスの中心で騒いでるタイプだったんじゃないですかね」

 

「だった?」

 

「今は全然そんな感じしないじゃないですか」

 

 平野は少しだけ声を落とした。

 

「大阪から来た理由とか、何があったとか、僕は聞いてません」

 

「聞いていないのか」

 

「ええ」

 

 平野は苦笑した。

 

「何というか…聞いちゃいけない気がするんですよ」

 

「ほう?」

 

「目が怖いんです」

 

 即答だった。

 

「普段は無表情なんですけど、たまに遠く見るみたいな顔するんですよ。

 その時だけは本当に何考えてるか分からなくて」

 

「成る程な」

 

 冴子は小さく頷いた。

 だからこそ先程の傑の反応が面白かったのだろう。

 驚き、呆れ、ツッコミを入れ、妙に騒がしい。

 あれは普段の金剛傑からは想像出来ない姿だった。

 

「通りで授業中にあんな事が出来る訳だ」

 

「あんな事?」

 

「先生に当てられる直前まで机の下でスマホでゲームをしていた」

 

「……え?」

 

「しかも普通に正解していた。完璧な答えだった」

 

「いや、注意してくださいよ」

 

「あまりにも自然だったのでな。驚愕の方が勝った」

 

「えぇ……」

 

 冴子は真顔で答えた。

 

「道決まった、行くで」

 

 三人が車へ戻ってきた。

 助手席へ腰を下ろしながら、傑が後部座席へ視線を向ける。

 

「寮の近く通る。平野、鍵持っとんな?」

 

「はい?」

 

 平野はきょとんと目を瞬かせた。

 

「バイク出すで」

 

 一瞬、車内が静まり返る。

 沙耶が真っ先に反応した。

 

「いや…ちょっと待ちなさいよ、何で今さらバイクなのよ。

 てかアンタらバイク持ってたの?」

 

「ん。しかも結構ええやつや。静香先生に買ってもろてん」

 

「何それ…」

 

 沙耶は頭を抱えた。

 

「そもそもこんな学園徒歩で回れるかいな」

 

 藤美学園は広い。

 校舎だけでなく研究棟や体育施設まで存在し、端から端まで歩けばそれなりの時間が掛かる。

 その為、生徒会や風紀委員、一部の部活動には学園内でのバイクの使用が許可されていた。

 

 傑達もその例外ではない。

 射撃部での荷物運搬兼移動用として申請していた。

 もっとも、傑は荷物運搬よりも散歩に使う方が圧倒的に多かったのだが。

 

「それは分かったけど、今さらバイクに乗る意味あるの?」

 

「あるに決まっとるやろ。車より燃費ええし、狭い場所でも走れる。最悪押して移動も出来る。

 それにデリカにさらに荷物積める様になる」

 

「いや、理屈は分かるけど…」

 

 沙耶は眉をひそめる。

 

「なんや? 何か文句でもあるんか?」

 

「ないわよ。ただ隣のデブオタが乗れるのが意外だっただけよ。

 運動神経悪そうなのに」

 

「酷い…事実だけど…」

 

 平野は肩を落とした。

 

 そしてデリカは再び走り出した。

 窓の外には見慣れた校舎が流れていくが、その光景はもう以前のものではない。

 割れた窓ガラス。校庭を彷徨うゾンビ達。

 誰も口を開かなかった。

 

 やがて車は男子寮近くへ到達し、速度を落としながら裏手へ回り込んだ。

 寮の方角から怒号が聞こえる。悲鳴も混じっていた。

 

「押さえろ!」

 

「来るなぁぁぁ!!」

 

 どうやらまだ生存者はいるらしい。

 だが助けに行く余裕はない。自分達は五人だけだ。

 いくら銃があるといえど、全員を守りながら寮へ突入するなど自殺行為だった。

 

「先生、止めて」

 

 傑が小さく言う。

 デリカは駐輪場近くの日陰で停車した。

 

「すぐ戻る」

 

「気を付けなさいよ」

 

 沙耶の言葉に手だけ振り、傑と平野は車を降りた。

 二人は身を低くして駐輪場へ向かう。

 銃は邪魔になるから持ってきていない。見つかれば逃げ切れる保証はなかった。

 幸い、この辺りにゾンビはいない。寮の入口付近へ集まっているのだろう。

 

 駐輪場へ辿り着くと、傑は自分のバイクへ歩み寄った。

 地震の影響か壁に寄りかかっていたが、倒れてはいなかった。

 埃除けのカバーを掴み、一気に引き剥がす。

 見慣れたヘッドライトが姿を現す。

 

 現れたのは黄色いDR-Z4Sだった。

 

「無事やな」

 

 傑は思わず頬を緩めた。

 地震で倒れているかもしれないと思っていたが、愛車はちゃんとそこにあった。

 

 一方の平野も自分のバイクへ向かい、カバーを外した。

 茶色のKLX230 DF。自衛隊風にカスタムされている。

 こちらは完全に倒れていたが、元々オフロードバイクは転けてもダメージが少なく済む構造になっている。大した問題はなさそうだ。

 

 平野は車体を起こし、押しながら傑の元へ戻ってきた。

 

「乗って行きます?」

 

「いや、押して戻る。めんどいけど、人やゾンビにバレるよりええやろ。

 道の安全は確実やし、わざわざ不安要素増やす理由がない」

 

 そう言って傑はDR-Zを押して歩きだした。平野はその後ろをついていく。

 DR-ZもKLXも、いくら軽く作られているオフロードバイクだといえど、100kgを超える重量がある。

 自転車を押して歩くのとは訳が違った。それでも何とかデリカの元まで戻る。

 

「遅い!」

 

 開口一番、沙耶が怒鳴った。

 

「うるさいな」

 

 傑はそう返しながらDR-Zのスタンドを立てる。

 

「重いんやぞ、これ」

 

 そう言って傑はリアボックスから黄色いヘルメットを取り出して被った。

 平野も同様にヘルメットを被る。

 

 二人ともオフロードバイク用のシステムヘルメットだ。

 顎部分を跳ね上げられるため使い勝手が良い。

 

「俺らは後ろ走る。静香先生、先導して」

 

 傑はヘルメットのチンガードを跳ね上げて言った。

 静香は頷き、二人はバイクへ跨った。

 セルモーターの音が響く。

 

 キュルル――ドドドドドドッ!

 

 DR-Zの単気筒エンジンが力強く目を覚ました。

 続いてKLXも低い排気音を響かせる。

 

「おお……」

 

 平野が少し感動したような声を漏らす。

 

「久しぶりですね」

 

「昨日も乗ったやろ」

 

「こういう状況だと久しぶりに感じるんですよ」

 

 一方、デリカのエンジンも静かに唸りを上げる。

 

「それじゃあ行くわよ!」

 

 沙耶が窓から身を乗り出して叫んだ。

 それを見た傑は軽く手を上げる。

 

 デリカが動き出した。

 それに続き、二台のバイクも走り出す。

 

 先頭を走るのはデリカ。

 その後ろにDR-Z。

 最後尾にKLX。

 

 奇妙な隊列だった。

 

 途中で何体かのゾンビを見かけた。

 だが車列の音に気付く前に通り過ぎる。

 

 やがて、小高い丘の上に立つ電波塔が見えてきた。

 空へ向かって伸びる鉄骨の塔。

 その麓にはフェンスに囲まれた三階建ての警備室が建っている。

 建物の周囲にゾンビの姿はない。門も固く閉ざされていた。

 

 デリカは速度を落とし、警備室の隣の駐車場で停車する。

 傑と平野も続いてバイクを止めた。

 

 エンジンを切る。

 途端に周囲は静寂へ包まれた。

 

 傑と平野がヘルメットを脱いでいる間に、沙耶は門柱のインターホンへ手を伸ばした。

 

『……誰だ』

 

 低く、疑り深い声が返ってきた。

 

「私よ! 高城沙耶! アンタ、小室(こむろ) (たかし)の幼馴染みよ! いいから中に入れなさい!」

 

 一瞬の沈黙。

 

『――は?』

 

 明らかに困惑した声だった。

 

『……びっくりさせんなよ、お前かよ。ちょっと待て、開けに行く』

 

 そこで通話は切れた。

 しばらくして警備室の扉が開く。

 中から現れたのは三人だった。

 

 一人は茶髪の男子生徒。崩れた学ランの下から赤いTシャツが覗いている。

 その後ろには黒髪の男子生徒が警戒するように周囲へ視線を巡らせていた。

 そして茶髪のポニーテールを揺らす女子生徒が、半身だけ扉から顔を覗かせている。

 

 三人とも疲労の色は濃い。

 だが目は死んでいなかった。

 

 先頭の男子生徒――小室孝は門の前まで来ると、一行を順番に見回した。

 

「……何か増えてね?」

 

 開口一番、それだった。

 

 沙耶だけではない。

 友人の平野コータ。

 保健医の鞠川静香。

 刀を携えた剣道部主将の毒島冴子。

 そして長身の黄色く長い髪を後ろで束ねた男子生徒。

 

 予想していた人数を明らかに超えていた。

 

「文句あんのけ?」

 

 傑が気怠そうに言う。

 小室は思わず傑を見る。

 

「いや…」

 

 少し言葉を探す。

 

「沙耶と一緒なら信用は出来るけどさ、アンタ確か三年の……」

 

「…金剛傑」

 

「あー、それだ」

 

 孝は頷いた。

 

「実在したんですね。藤美学園の情報屋って」

 

「俺はツチノコか?」

 

 真顔で返される。

 一瞬の沈黙。

 そして孝は思わず吹き出した。

 

「いや、何か噂だけ一人歩きしてたからさ」

 

「失礼な話やな」

 

 傑は肩を竦める。

 少なくとも敵ではなさそうだった。

 

「雑談してないでさっさと入るわよ」

 

 沙耶が苛立ったように言う。

 

「中で全部話すから」

 

「それもそうだな」

 

 小室は門のロックを解除した。

 ガチャリ、と金属音が響く。

 フェンスの門がゆっくりと開いた。

 

 一行は警備室へと入る。

 そして孝を先頭に階段を上がり、二階の会議室へ移動した。

 

 全員が椅子へ腰を下ろす。

 中央のテーブルを囲むように座るが、誰も完全には気を抜いていない。

 窓の外では今も時折、遠くから悲鳴が聞こえていた。

 

「それで…だ、何から話す?」

 

 話を切り出したのは孝だった。

 それに返事を返したのは傑だった。

 

「……話す事が多すぎる。正直、何から話したらええんか分からへん」

 

「だな…」

 

 孝は苦笑しながら天井を見上げた。

 

 数時間前まで普通の高校生だった。

 それが今ではゾンビに囲まれた学園で生き残りを相談している。

 現実味など最初からなかった。

 

「……さっきマニュアル見つけたんだよ」

 

 孝が言う。

 

「ゾンビが発生した時用のやつ」

 

「奇遇やな。俺らも見たで」

 

 傑は冴子に目線を向けた。冴子は頷いた。

 

「校門のスナイパーも高城に教えてもろた」

 

「はぁ……」

 

 孝は深く息を吐いた。

 

「なら話は早いな」

 

 そして全員を見回す。

 

「――俺達はこれから学園から脱出する方法を探す。異論は?」

 

 誰も異論を唱えなかった。

 沈黙が落ちる。

 やがて傑が口を開いた。

 

「…具体的な作戦はあるんけ?」

 

「はっきり言う。ない」

 

 即答だった。

 傑も苦笑する。

 

「やろうな」

 

 そして肘をテーブルへ置いた。

 

「マニュアルには耐える方法しか載っとらへん。

 ほんで今、一番力があるであろう紫藤先生は体育館に引きこもっとる。

 それが答えやろ。脱出口があるなら、とっくの昔に使われとる。

 

 はぁ…いっそ本人に直接聞きに行くか? 俺なら行けるやろ。

 素直に教える人やないと思うけど、行く価値はあると思うで」

 

「いや、それは無しだ。あいつは信用ならん」

 

 孝は首を横に振った。

 

「直接聞きには行かない。代わりに生存者から話を聞く。

 生存者はなるべく助けたいしな。俺も(ひさし)(れい)も、助けたい人が山ほどいる。

 

 それに、人が集まれば噂も集まる。

 教師でも生徒でもいい。誰かが何かを知ってるかもしれない。

 学園の地理や噂はアンタが一番詳しいんだろ? それに顔も広い」

 

 そこで孝は傑を見る。

 

「……まぁな」

 

 傑は肩を竦めた。

 

「人の口に戸は立てられん。教師が知っとる情報を、生徒が偶然聞いとる可能性もある。

 もしかしたらその中に脱出口もあるやもしれん…って訳ね」

 

「それだ」

 

 孝は頷いた。

 

「だからまずは情報集めだ。

 情報集めなら、ここは結構便利だぞ。

 何せ、監視カメラはまだ生きてる」

 

 一同の視線が孝に集まった。

 

「全部じゃないけどな。

 校門、校舎周辺、グラウンド、研究棟付近……結構な範囲が見れる」

 

「つまり…学園全体の偵察が出来る訳やな。無線もあるから司令塔に出来ると」

 

「ああ。だから俺達もここを拠点にしようとしてここまで来たんだ」

 

「なるほどね」

 

 傑は大きくため息を吐いた。

 

「で、いつ動く…って、言うまでもないな。

 時間経てば経つほど死人が増える。動くなら早い方がええ」

 

「それはそうだな」

 

 孝は頷いた。

 

「となると、問題は班分けか」

 

 冴子が呟いた。

 

「せやな。誰か一人はここに残った方がええやろ。監視カメラも無線もある。

 やからここは静香先生が残って無線で伝えて、後はそれを俺が警備すれば――」

 

「却下よ!」

 

 沙耶が即座に遮った。

 

「アンタが最前線で戦わなくてどうするのよ!? この中で一番強いのアンタと毒島先輩じゃないの!?」

 

「いや……でも、俺のアバカンの弾は平野が揃えたのとは全然違うやん?

 そもそもあそこに置いてあったんNATO系の物ばっかで、WTO系の装備は一切なかったで。

 積極的に使ったらアバカンの弾切れてまうやろ」

 

 平野がおずおずと手を上げる。

 

「あの…金剛先輩用にHK416確保してます」

 

「それは小室にでも渡せ。ここまで己の足で逃げて来てたんや。そこの三人、十分戦えるやろ」

 

「お、おう」

 

 孝が若干引きながら答える。

 そこで永がふと思い出したように口を開いた。

 

「孝、地下室にAK-47みたいなの無かったか?」

 

 一同の視線が永へ向く。

 

「あの黒いやつか?」

 

「……それじゃ分からんわ。番号とか書いてなかったか?」

 

「確かAK-103って書いてあったな」

 

 孝も麗も頷く。

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、平野が勢いよく立ち上がった。

 

「え!?」

 

 目が輝いている。

 

「マジですか!? それ金剛先輩のアバカンと同じ7.62×39mmですよ!!

 しかもAK系ならマガジンの互換性あります!!」

 

「チッ――」

 

 傑は露骨に舌打ちした。

 

「けっ!!!」

 

 さらに吐き捨てる。

 

「はぁぁぁ……」

 

 そして大きく息を吐いた。

 

 会議室が静まり返る。

 

「……何で舌打ちしたのよ」

 

 沙耶が呆れたように言う。

 いや、呆れていた。

 

「いや……」

 

 傑は窓の外へ視線を向けた。

 

「これで前線行かなアカン理由が出来たやん」

 

「最初から行くのよ」

 

「理不尽や…」

 

「全然理不尽じゃないわ」

 

「そうね…これは流石に…」

 

 静香まで同意した。

 

「静香先生…!?」

 

「なら、金剛君は私と組もう。バイクなら二人乗れるだろう?」

 

「決まりね」

 

「俺の意思は?」

 

「そんなの最初からない」

 

「ひでぇや」

 

 傑は項垂れた。

 だが反対する気力ももう残っていない。

 

「俺はいいとして…いや良くないけど。他はどうする? 誰残るん? 静香先生?」

 

「車の運転誰がするのよ」

 

「平野。お前PMCの訓練で車乗った言うとったやろ」

 

「却下。戦闘と運転を兼任させるのは負担が大きすぎるわ。

 それにコイツは銃の扱いが一番上手いんだから前線要員でしょ」

 

「気にかけてくれるんですね」

 

「そんな訳じゃない!」

 

 沙耶は即座に否定した。

 平野はしゅんとする。

 

「それに鞠川先生なら医療担当も出来る。

 他の生存者と接触した時だって役に立つでしょ」

 

「私は別にいいわよ~」

 

 静香がのんびり頷く。

 傑は腕を組んでため息を吐いた。

 

「となると、残るんは小室か…ええと、そこの二人か?」

 

「いや、俺と永と麗は行く。

 俺は何もしないまま待つ気はない。永は空手、麗は槍術だ。俺は何もないけど…」

 

「つまり…残るんは高城け」

 

「何、不満なの?」

 

「いや。頭は回る方やろうけど、いざという時どうする?

 自分、そんな強くないやろ」

 

「失礼ね。否定出来ないのが腹立つけど…」

 

 沙耶は眉を吊り上げた。

 

「なら俺が残ります」

 

 平野が言った。

 

「皆が戻って来た時はベランダから狙撃で援護出来ます。

 今は少なくても、時間が経てばゾンビは増えるだろうし、帰り道の確保は誰か必要だと思います。

 いざと言う時は高城さん乗せてKLXで逃げればいいし」

 

 その意見に反対する者はいなかった。

 自然と役割が決まっていく。

 探索に出る者。拠点を守る者。負傷者を治療する者。

 誰も口には出さなかったが、全員が理解していた。

 

 これはもう避難ではない、生き残るための戦いなのだ、と。

 

「改めて整理するわよ」

 

 沙耶が席を立ち、会議室のホワイトボードの前へ向かった。

 備え付けのペンを手に取る。

 

「私と平野はここに残る。私はオペレーター、平野は護衛兼狙撃支援。

 孝、永、麗は鞠川先生と車で移動。金剛先輩と毒島先輩はバイクで移動する」

 

 さらさらとホワイトボードに図が描かれていく。

 それぞれの顔。車が一台。バイクが二台。そして警備室。

 簡略化された可愛らしい絵だったが、内容は真面目そのものだった。

 

「ここまではええわ、いやようないけど。

 問題は行き先よ。まず何処行くねん?

 それに助けた生存者、どこに置くんや? この警備室、今でも結構ギリギリやろ」

 

 警備室はこの事態を想定された物だとはいえど、本来は警備員が休むための施設だ。

 長期間、大人数が生活する事は想定されていない。

 食料も水もあるが、三階建てとは言え物理的なスペースの問題がある。

 

「ああ、だから寮を確保しようと思ってる」

 

 答えたのは孝だった。

 

「寮?」

 

「ああ」

 

 傑が聞き返し、孝は頷いた。

 

「男子寮か女子寮かはまだ決めてない。

 でも個室があるし、水も電気も生きてるだろ。これを想定してるなら。

 何より収容人数が全然違う」

 

「そこへ生存者を集めるんか」

 

「そういう事だ」

 

 傑は少し考える。

 

 確かに理屈は通っている。

 警備室より防御力は落ちる。

 だが収容能力は圧倒的だ。

 

「紫藤派はどうせ体育館に向かってるだろうしな。

 少なくとも体育館に行く連中はそっちでまとまる。

 なら俺達は俺達で拠点を作った方がいい」

 

「悪ない案や」

 

 傑は素直に頷いた。

 

「問題は何処の寮を取るかね。

 寮って団地みたいに並んでるし、やるなら全部確保しなきゃ駄目よ」

 

 沙耶の疑問も最もだった。

 五千人を超える生徒を抱える藤美学園の寮は広い。

 建物も一つや二つではない。

 

「――第四寮棟はどうや?」

 

「第四寮棟?」

 

「四階建ての男子寮と女子寮が一棟ずつ、それが渡り廊下で繋がっとる場所や。

 敷地の入口も一ヶ所だけ、後はフェンスで囲まれとる。簡単に防衛出来るわ。

 こっからやと丁度狙撃できる位置にある。ちょっと遠いけどな…」

 

 傑は空中に指で簡単な見取り図を描く。

 

「少人数でも守りやすい。今の俺らには丁度ええやろ」

 

「候補は第四寮棟ね」

 

 沙耶はホワイトボードへ書き加えた。

 傑は続ける。

 

「でも寮を確保するにしても、まず中の状況を知らなアカン。

 生存者は何人いるのか。ゾンビはどれだけいるのか。入口は塞がれとるのか。

 そもそも生存者は協力的なんか? 何も分からん状態で突っ込むんは危険やぞ」

 

「だから、出来る限り車に物資を積んで一気に制圧するのよ」

 

 沙耶が即座に答える。

 

「いちいち警備室へ戻ってる余裕なんてないわ。

 偵察して、そのまま確保する。日が落ちるまでにね。

 敵対するならさっさと帰る。それでいいでしょ」

 

「ハードやな…。でも代案も思い付かん」

 

 傑は苦笑した。

 

「なら決まりね」

 

 ホワイトボードに大きな文字が書かれる。

 沙耶は最後に大きく丸を付け、下に二重の線を引いた。

 ホワイトボードに書かれた文字を全員が見つめる。

 

『第四寮棟奪還作戦』

 

 それが彼らにとって最初の本格的な作戦となった。

 

「なら装備整えるで。平野、ちゃんと教えろよ?」

 

「分かってますよ!」

 

 平野は勢いよく立ち上がり、孝、永、麗の3人を連れて会議室を出て行く。静香もそれに続いた。

 窓の外では平野が早速デリカのリアゲートを開けて装備を取り出し始めていた。

 

 傑は弾薬確保の為に地下室に向かう。

 そこには沙耶が当然のように付いてきた。

 

「何でついてくんねん」

 

「何があるか把握する為よ」

 

「それもそうか」

 

 二人は警備室の地下へ続く階段を降り、重い鉄扉の前で立ち止まった。

 傑は扉を押し開き、室内の照明を点灯させた。

 白い蛍光灯が点滅しながら灯る。

 

 狭い部屋だった。

 だが壁際には銃架が並び、木箱や弾薬箱が積み上がっている。間違いなく武器庫だった。

 傑はライフルラックへ向かい、並んだ銃を間近で見て確かめる。

 

「AK-103、AK-15、それにRPK-203…か。

 AK祭りやな。ロシアの基地かよ」

 

 傑は思わず笑った。

 

「置いてるのはそれだけ?」

 

「ん。AKと7.62×39mmだけや。後は耳栓とかだけやな」

 

 傑は弾薬箱の表示を確認した。

 箱を軽く叩く。金属音が返ってきた。

 

「これなら当分弾切れは気にせんでええか」

 

 傑と沙耶は弾薬箱をいくつか抱え、地上へ戻る。

 一階に戻ると、冴子が既に待っていた。

 

「君のだ」

 

 そう言ってガンケースとイヤホン型のイヤーマフを机の上へ置く。

 冴子はすでに耳を塞いでいた。

 

「ん、ありがとさん」

 

 傑はガンケースのロックを外した。

 蓋を開く。中から姿を現したのは間違いないくAN-94だった。

 その特徴的な外見は見間違えようがない。

 

 傑はそれを静かに持ち上げる。

 そして銃口に取り付けられていたサプレッサーを外した。

 

 カチャリ、と金属音が鳴る。

 その時だった。

 外から乾いた発砲音が響いてきた。

 

 パンッ!

 

 パンッ!

 

 パンパンッ!

 

 続けて数発。

 窓ガラスが微かに震える。

 

 沙耶が露骨に眉をひそめた。

 

「うっさいわね…」

 

「しゃーない」

 

 傑はサプレッサーを机へ置く。

 

「サプレッサー付けたままやと取り回し悪なるし、慣れん奴が使うと逆に扱いにくい。

 それに撃ちすぎて破裂する事も考えられる」

 

 さらに発砲音が続く。

 どうやら平野が熱心に講習しているらしい。

 

「というかアイツ、絶対楽しんでるでしょ」

 

「百パー楽しんどるな」

 

 そう言いながら傑はマガジンに弾を込める。

 そしてチェストリグを着て、マガジンと沙耶から受け取った無線機を納めた。

 

 準備を終えると、傑は外へ出てデリカのリアゲートにいる平野の元へ向かった。

 冴子は待ちきれないとでも言わんばかりに、駐車場の隅で村雨を振っている。

 風を切る音が一定のリズムで響いていた。

 

「どうや? 調子は」

 

「はい、バッチリですよ。三人とも飲み込みが早いです」

 

 射撃訓練は既に終わっていた。

 小室達はそれぞれデリカの車内で装備を整えている最中だ。

 二列目の座席から話し声が聞こえてくる。

 

「それぞれ何持っとる?」

 

「小室はベネリM4です」

 

「定番やな」

 

「永井は金剛先輩用に確保してたHK416。

 アンダーバレルにショットガンのSIX12付けてます」

 

「お前、俺に何やらせるつもりやってん」

 

「金剛先輩なら使いこなせるかなって思いまして!」

 

 屈託のない笑顔で平野は悪びれもせず答えた。

 

「それで宮本はM16A4。銃剣付きです。

 長いし、固定ストックは頑丈ですから槍にもなりますよ!」

 

「ん。静香先生は?」

 

「MP9持ってますけど…あの人本当に大丈夫なんですか?

 本人は撃った事あるから平気って言ってましたけど」

 

「静香先生はあれでも射撃の腕あるで」

 

「え?」

 

 平野が目を丸くする。

 

「昔ハワイに連れてかれた時な。

 ツレの警察官がおって、そのSAT隊員と撃ち比べしてたんや」

 

「は?」

 

「しかも結構良い勝負しとった」

 

「何ですかそのエピソード…」

 

「精度だけならそこらの素人より上や。あれ戦おうと思えば普通に戦えるんちゃうかな。

 体力もある身長2mの人間が全力で蹴り飛ばして来たら大抵終わるとは思うが…」

 

「怖っ」

 

「色んな意味でやらせん方がええわ。あの人やし」

 

「ですね…」

 

 平野は苦笑した。

 

「いつも思いますけど、金剛先輩さらっと凄い事言いますよね」

 

「PMCにガチモンの射撃訓練受けたお前に言われたないんやが」

 

 傑は肩を竦める。

 

「――そうや。忘れる所やった」

 

「何です?」

 

「サイドアーム欲しいねん。拳銃ないか?」

 

「あー…普通の拳銃は持って来てないですね」

 

「何でや」

 

「初心者に渡すなら拳銃よりサブマシンガンの方が扱いやすいですし。

 命中率も全然違います。拳銃って映画みたいに当たりませんから」

 

「まあ、せやな」

 

 傑が腕を組む。

 すると平野が何かを思い出したようにリアゲートの奥を漁り始めた。

 

「あ、一つだけありました」

 

 そう言って差し出したのは黒い拳銃だった。

 傑は受け取り、じっと眺める。

 

「Cz75…?」

 

 数秒見つめた後、眉をひそめた。

 

「……いやちゃうな。バレルが長いし、セーフティがセレクターになっとる」

 

 スライド横の刻印とセレクターを見る。

 

「――フルオートか」

 

「Cz75オートです! 幻のマシンピストルですよ!」

 

「何でこんなもん持って来とんねん……」

 

「珍しかったのでつい!」

 

 平野は満面の笑みだった。

 傑は数秒無言になる。

 

「お前なぁ……」

 

 呆れながらもマガジンを抜き、装填状態を確認する。

 金属音が小さく鳴った。

 

「近距離なら使えるやろうが……」

 

「ですよね!」

 

「……平野」

 

「はい」

 

「お前、確かグロック18撃った事あったよな?」

 

「ありますよ」

 

「そん時どう思った?」

 

「まともに使えた物じゃないって思いました」

 

 即答だった。

 

「あれが活躍するのは映画ぐらいですよ。

 人間が片手で制御なんてとても出来ません」

 

「じゃあ何でこれを持って来た!?」

 

「ロマンですよ!!」

 

 平野は胸を張った。

 傑は天を仰ぐ。

 

「お前ホンマに反省せんな…」

 

「後悔もしてません!」

 

「聞いてへん」

 

 大きくため息を吐きながらも、傑はセレクターを確認する。

 

「……まあええわ。単発でも撃てるし。最悪の事態になったらフルオート使ったるか…」

 

 そう言って平野からホルスターを受け取り、Cz75オートとマガジンを腰に収めた。

 

「こっちの準備終わったぞ。そっちは?」

 

 デリカの二列目から孝が振り返る。

 

「俺は問題なし。毒島もやる気満々で待機しとる。いつでも出られるで」

 

 傑はそう答えると隣の平野を見る。

 

「平野は?」

 

「俺用の銃は下ろしました。G28で援護射撃しますよ!」

 

「高城は」

 

 傑は無線機のスイッチを押した。

 

『問題なし。平野、さっさと帰って来なさい』

 

 スピーカーから沙耶の苛立った声が聞こえる。

 

「は~い!」

 

 平野は気にせず、巨大なリュックサックを背負った。

 

『あと無線は常に入れておきなさいよ、孝。金剛先輩もだからね』

 

「ああ」

 

「分かっとる」

 

 通信が切れる。

 

 平野は一度全員へ手を振ると、警備室へ向かって駆けて行った。

 それを見送った傑は冴子へ視線を向ける。

 

「行くで、毒島」

 

「ああ」

 

 冴子は静かに頷いた。

 傑はヘルメットを被り、DR-Zへ跨る。

 そこでふと気付いた。

 

「そういやヘルメットないな」

 

 当然ながら予備など持って来ていない。

 冴子は少し考えた後、小さく肩を竦めた。

 

「本来なら好ましくないが、この状況だ。贅沢は言っていられんだろう」

 

「…せやな」

 

 傑はエンジンを始動する。

 

 ドドドドドドッ――!

 

 単気筒特有の振動が車体を揺らした。

 冴子は後部座席へ跨る。

 腰の村雨と白露を邪魔にならない位置へ調整し、自然な動作で傑の腰へ手を添えた。

 二人の体が密着して冴子の胸が潰れる。

 冴子の顔は赤くなっていたが、傑は特に気にしていなかった。

 

「ええな?」

 

「あ、ああ…」

 

 短いやり取り。

 その直後、前方でデリカがゆっくりと動き出した。

 

「ほな、行くか」

 

 傑はクラッチを繋ぐ。

 DR-Zは軽やかに発進した。

 

 そして傑考案の裏道を進み、第四寮棟の付近にたどり着いた。

 ゾンビと出会す事はなかった。

 

 傑と冴子はDR-Zを降り、傑はヘルメットを脱いだ。

 

『全員ついたわね?』

 

「ああ、いるぞ」

 

 沙耶の確認に孝が答えた。

 そして平野に続ける。

 

「平野、中の様子は?」

 

『男子寮側が見えます。中にまだ人いますよ!』

 

 平野の声には緊張と興奮が混じっていた。

 

「なら男子寮から行くか?」

 

『いや、孝達は男子寮に行きなさい。金剛先輩と毒島先輩は女子寮へ。

 鞠川先生は車で待機。周囲は監視カメラで見えるから何かあったら連絡する』

 

「一緒に行った方がいいんじゃないの?」

 

 麗が聞き返す。

 

『いくらアンタと永でも、あの二人からすればお荷物よ。

 それに、人数が増えれば動きづらくなるだけ』

 

「そんなにか…」

 

 永が苦笑する。

 

『事実なのよ。はぁ…』

 

 無線の向こうで沙耶が吐き捨てた。

 

 傑は女子寮を見上げる。

 四階建て。窓のいくつかは割れている。カーテンが風に揺れていた。

 人の気配はある。だが、生者なのか死者なのかまでは分からない。

 

 隣では冴子が村雨の柄へ静かに手を添えていた。

 永はズボンのベルトを締め直し、麗は銃剣付きのM16を握り直す。

 孝はショットガンの装填を確認した。

 

 誰も喋らない。

 これから先に何が待っているのか分からないからだ。

 生存者がいるかもしれない。

 既に手遅れかもしれない。

 

 あるいは――

 

『いいわね?』

 

 沙耶の声が無線から響く。

 

『全員、生きて帰って来なさい。勝手に死ぬんじゃないわよ』

 

 一瞬の沈黙。

 

『――作戦開始』

 

 無線が切れる。

 一瞬だけ誰も動かなかった。

 それぞれが武器を握る。

 

 ショットガン。アサルトライフル。日本刀。

 

 数時間前まで日常の中にあった物とは思えない。

 だが、もう躊躇している時間はなかった。

 

 その瞬間――孝が駆け出した。

 

 第四寮棟奪還作戦。

 警備室を拠点とした彼ら最初の本格作戦が、ついに始まった。

 

 生存者を救うための戦いであり、同時に自分達が生き残るための戦いでもあった。

 

 そして誰もまだ知らない。

 この作戦が、後に藤美学園の勢力図そのものを変える事になるのを。

 

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