学園黙示録 HYPER-BURST   作:ランディー55

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これバトルってより一方的な殺戮なのでは?(名推理)


5限目

 傑と冴子は女子寮の玄関へ駆け込んだ。

 扉は半開きになっている。

 中は薄暗く、非常灯が廊下を照らしていた。

 

 入った瞬間だった。

 唸り声を上げながら、一体のゾンビが玄関ホールの扉の陰から飛び出してくる。

 

「邪魔だ」

 

 冴子の村雨が閃いた。

 銀色の軌跡が空気を裂く。

 

 ゾンビの身体は肩口から脇腹まで斜めに切り裂かれ、そのまま上下に分かれて床へ崩れ落ちた。

 断面から血液と臓物が飛び散る。

 

 同時に、廊下の奥で別のゾンビが二人へ気付いた。

 振り向きかけた瞬間――

 

 パンッ!

 

 7.62x39mm特有の乾いた発砲音が響く。

 傑のAN-94から放たれた弾丸が、ゾンビの額を正確に撃ち抜いた。

 

「次」

 

「ん」

 

 二人は歩みを止めない。

 近距離は冴子。中距離は傑。

 役割分担は自然と出来上がっていた。

 

 現れるゾンビを切り伏せ、撃ち倒しながら奥へ進む。

 その時だった。先程冴子が切り捨てたゾンビの上半身が、床を這うように動き出した。

 血に濡れた腕が伸びる。傑の足首を掴もうとした。

 

 傑は即座に腰のホルスターからCz75オートを引き抜いた。

 銃口を真下へ向ける。

 

 パンッ!

 

 至近距離から放たれた弾丸が頭部を砕いた。

 上半身はその場で動きを止める。

 

「上半身だけでも動くんか…」

 

「成る程。やはり頭部か首を切り落とすか、か。

 そこを破壊すれば完全に活動を停止するらしい」

 

「せやな。頭狙って正解やった――」

 

 そこで傑は言葉を止めた。

 先程撃ち倒したゾンビの身体が、ゆっくりと崩れ始めたのだ。

 皮膚が灰色に変色する。そして肉が風化するように崩れ落ちる。

 やがて全身が細かな灰色の塵となり、衣服だけを残して消滅した。

 

「……殺すとこうなんのけ?」

 

「思えば、今までは急いでいて観察する余裕など無かったな」

 

「個体差はあるみたいやな。ほれ、前のがようやく塵になった」

 

 傑は顎で突入時に撃ち抜いたゾンビの残骸を指した。

 

「頭撃たれてすぐ消える奴もおれば、数分残る奴もおる」

 

 そう言いながらも傑は周囲へ視線を巡らせた。

 

「まあええ。後片付けが楽なんは助かる。

 死んだフリも出来へんし、死体に足取られる心配も少ない」

 

「確かにな」

 

 軽口を交わしながらも警戒は解かない。

 女子寮の一階は静まり返っていた。

 だが、その静けさが安全を意味しない事を二人は知っている。

 どこかの部屋で何かが倒れる音がした。

 

 生存者か。それとも――

 

 二人は無言で視線を交わす。

 

「多分、生存者は皆上に避難しとるな。

 俺らに対してやろな、声が聞こえる」

 

 傑はそう呟きながらマガジンを確認した。

 そしてAN-94の銃口横へ銃剣を取り付ける。

 カチリ、と金属音が鳴った。

 

「行くのか?」

 

「ん。いくら下のゾンビ殺しても、上が無事になる訳やない。

 まずは行って確認や」

 

「そうだな」

 

 冴子は村雨を握り直した。

 

「なら私は先頭を維持しよう」

 

「頼むわ」

 

 二人は再び歩き出した。階段へ足を掛ける。

 その瞬間だった。

 

 上階から一体のゾンビが飛び掛かってきた。

 だが冴子は一歩も退かない。

 村雨が真っ直ぐ突き出される。

 ゾンビの頭蓋を貫通した。

 

「うわぁ…」

 

 傑が思わず呟く。

 冴子はそのまま駆け上がった。

 二段飛ばし。三段飛ばし。

 常人離れした速度で階段を駆け抜ける。

 

 二階へ到達した瞬間、村雨が横薙ぎに閃いた。

 突き刺したゾンビの残骸が切り捨てられると同時に、別のゾンビの首が宙を舞い、廊下の壁に叩きつけられた。

 

 続けて白露が放たれる。

 銀色の短刀は一直線に飛び、二階と三階の間の踊り場にいたゾンビの額へ突き刺さる。

 

 その動きに一切の淀みはない。

 冴子はそのまま駆け上がり、白露を引き抜く。

 

 そして三階まで上り、文字通り返す刀でさらに一体。

 胴が斜めに切り裂かれた。血飛沫が廊下の壁を赤く染める。

 

 そこでようやく三階にいたゾンビ達が反応した。

 唸り声を上げながら冴子へ殺到する。

 

 さすがに数が多く、冴子でも捌ききれない。

 そこに傑による文字通りの援護射撃が飛んでくる。

 冴子の後ろに回り込んでいたゾンビを撃ち抜いた。

 冴子は振り返りもしない。完全に傑の援護を信頼していた。

 

 数十秒後、階段付近に動くゾンビはいなくなっていた。

 

「クリア。……銃剣意味なかったな」

 

 女子寮三階に静寂が戻る。反対の男子寮には孝達の銃声が鳴り響いていた。

 二人はそのまま四階へ続く階段へ視線を向けた。

 

 四階へ続く階段は完全に塞がれていた。

 机。ロッカー。棚。ベッドのフレーム。

 ありとあらゆる家具が積み上げられ、簡易要塞のようなバリケードになっている。

 

 しかも雑に積んだ物ではない。

 下には重量物。上には軽い家具。

 崩れないよう工夫されていた。

 

「……生存者やな、確実に」

 

「ああ」

 

 冴子も頷く。

 その時だった。

 

「……誰だ!」

 

 バリケードの向こうから緊張した声が響く。姿は見えない。

 

「……有村(ありむら)寮長け? 俺や! 金剛傑!」

 

 一瞬の沈黙。

 バリケードの向こうで誰かが息を呑んだ。

 

「きっ、君か!?」

 

 驚いたような声が返ってくる。

 

「覚えとるんやな」

 

「忘れる訳ないだろう!?」

 

 声に少し安堵が混じった。

 隣で冴子が小さく首を傾げる。

 

「知り合いなのか?」

 

「ん。寮までの道聞いた事あるだけやけど」

 

「それだけか」

 

「それだけや」

 

 するとバリケードの向こうで何やら相談する声が聞こえた。

 しばらくして有村の声が戻ってくる。

 

「本当に金剛君なんだな?」

 

「他に誰が名乗るねん」

 

「一人じゃないのか?」

 

「毒島と一緒」

 

「毒島…剣道部の毒島冴子か?」

 

「ああ」

 

 冴子が短く答えた。

 再び短い沈黙。

 

 やがて家具が擦れる音が響いた。ガタガタ、と何かが動かされる。

 数秒後、バリケードの上から折り畳み式の梯子が降ろされた。

 

「上がって来てくれ!」

 

「邪魔すんでー」

 

 傑が先に梯子へ手を掛ける。

 冴子も続いた。

 

 二人が上へ登ると、そこには十数人ほどの生存者が集まっていた。

 男子生徒も女子生徒もいる。全員が疲れ切った顔をしていた。中には泣き腫らした者もいる。

 

 だが二人が現れた瞬間、その場の空気が張り詰めた。

 AN-94を背負った男子生徒。二振りの刀を帯びた女子生徒。

 どう見ても普通ではない。

 

 警戒されるのも当然だった。

 

「大丈夫だ」

 

 その空気を察した有村が前へ出る。

 そして彼女が手にしていたSIG556を下げた。

 

「少なくとも僕は二人を知っている。

 それに、この状況でここまで来られる人間が敵ならとっくに僕達は終わっているさ」

 

 誰も反論しなかった。

 有村は改めて二人を見る。

 その目には安堵と疲労、そして期待が混ざっていた。

 

「……上でゆっくり話を聞こうじゃないか。ここじゃ落ち着いて話せない」

 

「ん」

 

 傑は頷く。

 有村は二人を先導し四階に上がり、廊下の奥へ向かう。

 

 途中、生存者達は道を空けた。

 好奇心。警戒。不安。

 様々な感情を含んだ視線が二人へ向けられる。

 

 やがて有村は一室の前で立ち止まった。

 女子寮の寮長室だった。

 扉を開ける。

 

「入ってくれ」

 

 二人が中へ入ると、有村は周囲の生徒達へ視線を向けた。

 

「悪いが少し席を外してくれ」

 

 生徒達は素直に従う。

 最後の一人が出て行ったのを確認すると、有村は扉を閉めた。

 部屋の中に残ったのは三人だけ。

 そこでようやく有村は大きく息を吐いた。

 

 有村はSIG556から弾とマガジンを抜いてを机へ立て掛ける。

 傑もAN-94とCz75オートの弾とマガジンを抜いた。銃剣も外す。

 

「さて…、まずは状況説明から頼めるか?」

 

 そして椅子に座り、机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持ってくる。

 桃色の瞳が対面する席に座る傑を見つめた。

 表情こそ隠れていたが、その目は寮長としてではなく、一人の生存者として助けを求めるものだった。

 

「……高城。女子寮四階に到着した。生存者おるぞ。説明してくれ。ダルい」

 

 傑は胸元の無線機を取り出して机に置いた。

 

『えっ、早!?』

 

 無線の向こうで沙耶が素っ頓狂な声を上げた。

 

『ちょっと待ちなさいよ! 男子寮は今、孝達が手こずってる所なんだけど!? 平野が狙撃で援護してるのよ!?』

 

「小室。早よ四階まで上がってこい」

 

『それが出来ねぇんだよ!』

 

 即座に怒鳴り返された。

 その直後だった。

 向こう側の通信が騒がしくなる。

 

『孝! 来るぞ! 麗! 後ろ頼む!』

 

『言われなくてもやってるわよ!』

 

 銃声。怒号。何かが倒れる音。

 そして平野の焦った声が割り込んだ。

 

『小室! 三階からまだ降りて来てるよ! 数が多すぎる!

 一階まで下がった方がいい!』

 

『チッ――』

 

 孝が舌打ちする。

 

『一旦車まで戻る! 走れ!』

 

 さらに何発もの銃声。

 

『通信切るぞ! 喋ってる暇がねぇ!』

 

 ブツッ。

 

 そこで通信は途絶えた。

 部屋の中に沈黙が落ちる。

 

「……援護はいるか?」

 

 冴子が静かに尋ねた。

 だが沙耶は即座に否定した。

 

『止めなさい、アンタ達でも流石に死ぬわよ。

 孝の支援に注力するから一旦切るわ。終わったら連絡する』

 

「そうか」

 

 冴子も無理には言わない。

 傑は小さく息を吐いた。

 

「どうも、俺らは運が良かったらしいな。

 四階へ引きこもってたんはこれが原因け?」

 

 有村は苦笑し、短く頷いた。

 

「ああ、最初は二階まで確保していたんだ。

 でも――増え続けた。倒しても倒しても来る。階段を封鎖しても突破される。

 確かに銃はあるが、体をいくら撃っても大した効果がない。

 そもそも正確な射撃が出来る人間がいない。その上、あの量だ。

 射撃部の子が言ってたけど、本当に当たらないんだね。

 だから三階を放棄して、四階へ退いた。

 非常階段から外に出られるけど……行き場がない」

 

 そして一泊置いた。

 

「……正直、もう限界なんだ」

 

 そう言って有村は額を組んだ手に当て、下を向いた。

 ショートヘアーの桃色の髪が垂れ下がった。

 

 その言葉に冴子は黙っていた。

 有村の目を見れば分かる。

 これは誇張でも何でもない。本当に追い詰められていたのだ。

 

「……やろうな」

 

 傑は静かに頷いた。

 そして窓際へ歩く。

 女子寮の敷地。男子寮。渡り廊下。

 周辺の配置を一通り確認した。

 頭の中で地図を組み立てる。

 

 数秒後。

 振り返った。

 

「安心せえ」

 

 気怠そうな声だった。

 だが不思議と自信が滲んでいる。

 

「日が落ちる前に、ここを安全地帯にする」

 

 有村が顔を上げた。

 部屋の外で聞き耳を立てていた生存者達の声も止まる。

 誰もが傑の言葉を注力して聞いていた。

 

「俺らが来た理由はそれや」

 

 傑は淡々と言った。

 まるで当たり前の事を話すように。

 しかし、その言葉は絶望しかけていた生存者達にとって、何より力強く響いた。

 

「……ありがとう」

 

 有村の表情には僅かな希望が戻っていた。

 

「でも…具体的な作戦はあるのか?」

 

「中の奴ら全部殺す。以上や」

 

 有村が固まる。

 冴子も流石に眉を上げた。

 

「随分と豪快だな」

 

「しゃあないやろ。あいつら、動く物に反応するクセして角曲がるだけで見失うアホや。

 せやから誘導も思ったより効かへん」

 

 窓の外を指差す。

 

「仮に外へ釣り出せたとしても、敷地そのものが安全になる訳やない。

 車の出入りも命懸け。生存者の移送も出来ん。なら最初から寮の中掃除した方が早い」

 

『孝達の撤退が終わったわ。被害なし』

 

「タイミングええな」

 

『そっちは今どういう状況?』

 

「寮長と寮のゾンビ全部ぶっ殺そーぜ作戦の会議中」

 

『無茶苦茶ね…』

 

「ほな撤退するか?」

 

『いい訳ないでしょ、続けなさい』

 

「ん。で、平野」

 

『はい?』

 

「デリカに7.62x51mm、どれぐらい積んどる?」

 

『えっと…狙撃用の弾薬以外なので、結構残ってますけど?』

 

 一瞬の沈黙。

 そして平野の声色が変わる。

 

『――まさか、まさかアレ出すんですか!?』

 

「ん」

 

 傑は口元を歪めた。

 

「赤ずきん喰い殺したるわ」

 

『マジですか!? 本当に!?』

 

『ちょっと待ちなさい。何の話よ』

 

「すぐ分かる」

 

『説明になってないわよ!』

 

 傑は無視した。

 

 有村はその表情を見ていた。

 先程までの気怠そうな顔ではない。

 何か勝算を見付けた人間の顔だった。

 

「……何をするつもりなんだ?」

 

「大した事やない、ちょっと火力を足すだけや」

 

 傑は立ち上がる。

 

「有村寮長。それ(SIG556)使っとるんなら、武器庫既に見た事あるやろ」

 

「ああ、そうだが?」

 

「7.62x51mmって書いた弾なかったか?」

 

「え? ああー…。確かにあったと思うけど、量はそんなに多くなかったと思うが……」

 

「十分や」

 

 傑は頷いた。

 そしてチェストリグのバックルを外した。

 マガジンポーチ。無線機。予備弾。

 次々と机へ置いていく。

 やがて残ったのは普段の制服姿だけだった。

 

「ちょっと物取りに戻るわ」

 

「その格好でかい?」

 

「アレ運ぶなら両手空けとかんと無理や。何せ重たい。

 非常階段から降りるわ。開けといて、上る時も使うから。

 ほんで毒島、援護頼む」

 

 そう言って傑は扉へ向かう。

 冴子は何も聞かず、ただ静かに立ち上がる。

 傑が何を持って来るのかは分からない。

 だが少なくとも一つだけ確かな事があった。

 彼はもう、勝つ前提で動いていた。

 

 二人は非常階段を使い、一度女子寮を後にした。

 幸い、途中で新たなゾンビと遭遇する事はなかった。

 

 敷地を横切りデリカの元へ戻る。

 車内では孝達が水を飲みながら息を整えていた。

 男子寮からの撤退戦は想像以上に激しかったらしい。

 

 永は額の汗を拭い、麗は椅子にもたれている。

 孝も疲れた顔をしていた。

 

「おつかれー。

 休憩中悪いけど皆で上行くで、女子寮の非常階段な。荷物纏めろ。

 ほんで静香先生、ちょっと来て」

 

「どうしたの?」

 

「ん、ちょっとな」

 

 傑は短く返事をする。

 そして迷う事なくデリカのリアゲートを開いた。

 荷台の奥へ身体を突っ込む。

 ガチャガチャと金属音が響いた。

 

「何探してんだ?」

 

 孝が聞く。

 傑は答えない。

 数秒後。

 

「よい…しょっ!」

 

 鈍い金属音と共に、長大な銃が姿を現した。

 

「うわ」

 

 永が思わず声を漏らす。

 どう見てもアサルトライフルの類いではない、重量感のある大型の銃が姿を表した。

 

 太い銃身。巨大な機関部。弾帯給弾式の構造。

 戦場でしか見ないような異様な存在感があった。

 

「何だそれ…」

 

 孝が目を丸くする。

 

 傑は機関銃を肩へ担いだ。

 さらに弾薬箱を二つ。

 予備の弾帯もまとめて抱える。

 

「静香先生、これ持って」

 

「は~い」

 

 静香はそう言って軽々と弾薬箱を軽々持ち上げた。

 そのまま一行は再び女子寮へ向い、非常階段を登った。

 

 四階、寮長室前の廊下。

 傑達の周りには人だかりができていた。

 有村や生存者達が待つ中、傑は抱えていた機関銃をの床に置いた。

 

 ドンッ!

 

 重い音が廊下に響く。

 

「で、何するつもりなんだよ?」

 

 孝は腕を組み、体を伸ばす傑を見上げる。

 

「簡単や、俺がこれぶっ放して纏めて一掃する。

 ほんで残った奴をお前らで片付ける。以上」

 

 傑の口調はまるで晩飯の話でもするような感じだった。

 

 一同が固まる。

 しばしの沈黙。

 そして……

 

「いや以上じゃねぇよ。てかその銃なんなんだよ。

 それに聞いてんだろ? 男子寮の惨状」

 

 真っ先に突っ込んだのは孝だった。

 有村も廊下へ顔を出す。

 寮の生存者達は自然と道を開けて有村を通した。

 

「僕も聞きたいな。なんだい? それ?」

 

「マシンガン。MG3」

 

『ぶふっ!?』

 

 無線の向こうで平野がむせ、コーラを吹き出す音がした。

 

『マジで持って行ったんですか!?』

 

「そらそうやろ、使うから持ってきたんや」

 

「何がそんなにすごいんだ?」

 

 有村が首を傾げる。

 

「端的に言うと連射速度が速い機関銃や」

 

「具体的には?」

 

「毎分1200発。アサルトライフルより強力な弾が一秒で20発飛んでく」

 

 一瞬の沈黙。

 

「……は?」

 

 孝が聞き返す。

 

「だから毎分1200発、一秒で20発のアサルトライフルより強い弾丸が飛んでくんや」

 

「いや意味分かんねぇよ!?」

 

「アサルトライフルが700~900RPM、一秒に11~15発ぐらいや。

 ちょっと多いだけやんけ、弾デカなっただけや」

 

「それがおかしいって言ってんだろ!?」

 

 傑は肩を竦めた。

 

「せやからゾンビ相手には丁度ええんやんけ。

 それで…静香先生は銃身と弾運んで。後、水。俺一人じゃ銃身交換出来へん」

 

「そう言うと思って用意してあるわ。ほら!」

 

 そう言って静香は耐熱性の手袋をはめた手を胸元で降った。

 手を動かす度に胸が揺れ、その存在感をさらに主張した。

 周囲の視線が集まる。しかし静香は特に気にしなかった。

 気づいているのかいないのか、それとも慣れているのか。

 それは本人にしか分からない。

 

「よし。そんじゃ後は……」

 

 傑は周囲を見回した。

 

「有村寮長、耳栓配っとけ」

 

「耳栓?」

 

「ん。かなりうるさい」

 

「いや、これでも戦ってたんだ。皆分かるさ。

 それにもう配ってある。一般的な物だけど、ないよりマシさ」

 

「銃声用のちゃんとしたのあるやろ、それ配れ。

 それが無理なら上から耳栓着けて手で耳塞げ」

 

「そ、そんなにか…?」

 

「そんなにや。SIG556の倍はうるさいと思え。最悪、鼓膜破れるやもしれん。

 ……冗談やないぞ。撃った瞬間に分かるわ」

 

 その言葉に、生存者達は後退さりした。

 

「ほんでー、や。

 俺と毒島、静香先生がまず行ってくる。戻って来た後にお前らは下行ってこい。

 さっさと男子寮掃除すんで。平野、援護してくれ」

 

『了解です!』

 

「……まとめて行かなくていいのか?」

 

 有村が不安そうに尋ねた。

 傑はMG3のトップカバーを開きながら答える。

 

「人が固まったら詰まるだけや。それに――」

 

 ガチャリ、と金属音が響く。

 弾帯を送り込み、トップカバーを閉じる。

 

「これ撃っとる最中に前出たら、体文字通り引き裂かれて死ぬで」

 

 さらりと言われ、有村の表情が引きつった。

 

「ほな行ってくる」

 

「じゃぁね~」

 

 傑は有村を気にする事なくMG3を肩に担いで立ち上がった。

 重量のある機関銃が金属音を立てる。

 冴子は無言で村雨を手に続き、静香は背中と両手に弾薬箱と銃身、水を抱えて軽く挨拶をした。

 

 そして女子寮四階の安全圏を後にし、階段へ向かう。

 

 一歩。また一歩。

 重い足音が静かな廊下に響く。

 三階からは既に、低い唸り声が聞こえていた。

 まるで獲物を待つ獣の群れのように。

 

 まず冴子がバリケードを越えた。

 着地と同時に村雨が閃く。

 

 目の前にいたゾンビの首が宙を舞った。

 さらに返す刀で二体目の頭蓋を断ち割る。

 

「安全だ」

 

 短く告げる。

 そこへ傑と静香が続いた。

 MG3と弾薬箱を抱えたまま二人は三階の廊下へ降り立つ。

 

 既に奥からは唸り声が聞こえていた。

 ゾンビ達もこちらの存在に気付き始めている。

 

 傑は無線機を耳元へ寄せた。

 

「平野」

 

『はい?』

 

「今女子寮三階や。渡り廊下から男子寮に行きたいんやけど空いとるか?」

 

『はしっこですよね?』

 

「当然」

 

『一番少ないのは正面から見て右端か…

 んー結構いるけど……俺が片付けときますよ!』

 

「ん」

 

 傑は短く返事をした。

 そして冴子を先頭に、傑はMG3を肩に担ぎながら廊下を進んだ。

 約10kgの鉄の重量が肩にへ食い込む。マガジンも含めれば13kgはあった。

 

 冴子がゾンビを切り捨てながら三人は女子寮を抜け、目的の男子寮の渡り廊下まで到着する。

 渡り廊下の真ん中で傑は止まった。それに合わせて冴子と静香も止まる。

 

「平野、見えるか?」

 

『はい! バッチリ見えますよ!』

 

 傑はMG3を下ろし、給弾状態を確認する。

 弾帯良し。装填良し。安全装置良し。

 そしてMG3を腰に構え、深く息を吐く。

 そして安全装置を解除した。

 

 カチリ――

 

 小さな金属音が渡り廊下に響く。

 

「…行ってええか?」

 

『ええ勿論! 角から飛び出しちゃって下さい! 近づくなら俺が撃ちますよ!』

 

「毒島と静香先生は角付近で待機な」

 

 二人は頷いて傑についていく。

 男子寮に近づく。

 

 廊下の向こうからは無数の足音が聞こえる。

 それだけではない。引きずるような音。壁に身体をぶつける音。そして耳障りな唸り声。

 まるで廊下そのものが生き物のように蠢いていた。

 

「――っ!」

 

 そして傑は角を飛び出した。

 向こう側は――地獄だった。

 

 ゾンビが二体。三体。四体。

 その後ろにも、さらに何体もいる。

 まるで廊下を埋め尽くす灰色の濁流だった。

 

 傑は口元を僅かに歪める。

 

「掃除の時間や」

 

 そして引き金を引いた。

 瞬間――

 

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!

 

 

 爆音が男子寮全体を揺らした。

 火花のようなマズルフラッシュが連続して閃く。

 

 一秒間に20発、7.62x51mm弾が暴風雨のように吐き出された。

 

 先頭のゾンビが吹き飛ぶ。その後ろのゾンビも。さらに後ろも。

 弾丸は肉を裂き、骨を砕き、壁へ血飛沫を叩き付けながら一直線に貫いていく。

 もはや射撃ではない。

 

 破壊だった。

 

 狭い廊下そのものが巨大なミキサーへ変わったかのようだった。

 ゾンビ達は近付く事すら許されない。前へ出た瞬間に粉砕されていく。

 角から顔を出してその様子を見た冴子ですら思わず目を見開いた。

 

『えっ…、えげつな…!?』

 

 弾切れで撃ち終わり、平野が漏らした。僅か6秒の時間だった。

 しかし平野が漏らすのも無理はなかった。

 6秒間に放たれた120発の弾丸によって廊下は血の海だった。

 

 傑は引き金を話す。

 しかし静寂は訪れなかった。

 

 薬莢が床へ降り注ぐ音。銃身から立ち上る白煙。

 そして、あちこちから聞こえる肉塊の落下音。

 

 先程までゾンビで埋め尽くされていた廊下は、もはや原形を留めていなかった。

 壁も床も天井も血で染まっている。

 立っているゾンビは一体もいない。

 残っているのは、胴体を失って這い回るものや、脚を吹き飛ばされて動けなくなったものばかりだった。

 

 あるゾンビは胴体から千切れ。

 あるゾンビは胸部が抉り取られ。

 あるゾンビは肩口ごと腕を吹き飛ばされ。

 あるゾンビは頭が消滅して既に塵になり初めていた。

 

「静香先生!」

 

「ええ!」

 

 傑は静香から新しく弾薬箱を受け取り、リロードした。

 そして、床のゾンビに掃射しながら廊下の奥へと進んで行った。

 

 冴子は寮の部屋から飛び出してくるゾンビを切り伏せている。

 平野の援護射撃も相まって男子寮三階のゾンビは殲滅されていった。

 

「ほな第二ラウンドや。下行くぞ」

 

 傑は空になった弾帯を引き抜き、新しい弾帯を装填した。

 ガチャリ、とトップカバーを閉じる。

 

 そのまま階段を下り、二階へ突入する。

 二階の廊下にいたゾンビは、咆哮を上げる暇もなく薙ぎ倒された。

 7.62x51mm弾が一直線に廊下を貫き、前へ出た個体から次々と砕け散る。

 

 一階も同じだった。

 残っていたゾンビは階段や部屋から飛び出してきたが、MG3の制圧射撃の前では数など意味を成さない。

 冴子と平野が部屋から飛び出した個体だけを確実に仕留め、静香は弾薬箱を運び、銃身、交換し続ける。

 

 十分も掛からなかった。

 男子寮の廊下から唸り声は消え、残ったゾンビも次々と灰色の塵となって崩れ去っていく。

 

 傑は安全装置を掛けると、大きく息を吐いた。

 

「後は小室に任せるか。

 高城。小室に言っといて、部屋ん中の掃除は任せたって」

 

『了解。伝えとくわ』

 

「俺は…休む。ゲームじゃねぇんだ、MG3撃つのは流石に疲れる」

 

 傑はその場へ腰を下ろした。

 MG3の銃身からはまだ陽炎のような熱気が立ち上っていた。

 

『わかったわ。好きなだけ休みなさい。

 しかし凄い音だったわね。私の耳まで痛いんだけど……』

 

「そう言うモンや、だから耳栓しろ言うたんや。

 ほんで……静香先生は俺の護衛頼むわ。毒島はどうする?」

 

「私は小室君達と合流して寮の制圧を続けよう。

 まだ各部屋の確認と女子寮の掃討が残っている」

 

「そ。俺らは撃たれてもかなわんし、一旦デリカに戻るわ」

 

「わかった。

 ……それは車に戻さなくていいのか?」

 

「無理や。これ10kg以上あるんやぞ。弾薬箱まで抱えて往復する気力は残っとらん。

 どうせ後でデリカを敷地に入れる。その時にまとめて回収すればええ」

 

「なるほど」

 

 冴子は静かに頷いた。

 

「では私は行こう」

 

 そう言うと村雨を握り直し、外の非常階段を駆け上がっていった。

 

 傑は静香とデリカへ向かう。

 既に男子寮から銃声が聞こえ始めていた。

 今度は孝達による各部屋の掃討が始まったのだ。

 

 ゾンビの大半を失った寮では、先程までの激戦が嘘のように制圧は順調に進んでいく。

 やがて寮内の安全が確認されると、デリカは寮の敷地へ乗り入れ、生存者達も下の階に誘導されていった。

 

 気付けば夕方になっていた。

 主要メンバーは女子寮四階の会議室へ集まり、ようやく一息つくことになる。

 

 会議室に集まったのは四人だった。

 金剛傑、小室孝、有村寮長、そして無線機越しの高城沙耶。

 

 冴子達は各部屋の最終確認。

 静香は負傷者の手当てを手伝っている。

 永と麗も生存者への食料や水の配給で手が離せなかった。

 

 窓の外では、夕日に照らされた校舎が静まり返っている。

 昼間まで響いていた銃声も、今はもう止んでいた。

 

「――で、よ。これからどうすんの?」

 

 傑が乾パンを齧りながら口を開く。

 対面では孝がペットボトルの水を飲み干し、小さく息を吐いた。

 

「決まってる。学校中の生存者をここへ集める」

 

「……今日は流石に無理だけどね」

 

 有村が苦笑する。

 

「夜中に動くのは危険すぎる。暗くなれば視界は悪くなるし、どこに奴らが潜んでいるかも分からない」

 

「ああ。気に食わねぇけど…その通りだ」

 

 孝は腕を組む。

 

「暗視装置でもあれば話は別なんだけどな」

 

「あるにはあるで」

 

 傑が何気なく答える。

 

「それでも夜戦は勧めへんけど。

 暗視装置は万能ちゃう。視野も狭いし、素人多数は危ないだけよ」

 

「……だよな」

 

 孝は諦めたように肩を竦めた。

 しばらく沈黙が流れる。

 やがて有村が思い出したように口を開いた。

 

「それで、金剛君が使っていた、あの……」

 

「MG3?」

 

「ああ、それだ。あれがあれば校舎の掃討も随分楽になりそうだけど」

 

 傑は首を横へ振った。

 

「無理やな」

 

「え?」

 

「銃身全部潰したし、弾薬も使い切った。

 もう撃てへん。今はただの重たい鉄の塊や」

 

 そう言って机に肘を付き、乾パンを一枚口へ放り込む。

 有村は思わず目を丸くした。

 

「そんなに消耗するものなのか?」

 

「そら機関銃やし。

 毎分1200発やで? トリガー引いとるだけで弾が溶ける勢いや。

 そら弾も銃身も保たへん」

 

「銃身まで交換しなきゃいけないのか……」

 

「連続で撃っとると真っ赤になる。

 放っといたら命中率落ちるし、最悪銃身が破裂する。せやから予備銃身に交換する。

 軍隊でもそうやって運用しとる」

 

 傑は肩を竦める。

 

「仮に弾がまだ残っとったとしてもや。

 本体だけで約10キロ。弾薬箱と予備銃身まで持ったら、それだけで結構な重量や。

 しかも熱くなった銃身は耐熱手袋ないと触れん。一人で全部やるんは現実的やない」

 

「つまり、さっきみたいにアンタが撃って、静香先生が弾と銃身を持って、毒島先輩が護衛して……それでようやくまともに運用できるって事か」

 

「そ。火力だけ見れば最強クラスやけど、その分だけ手間も人手も食う。

 ゾンビ相手にはよう効くけど、毎回あれを担いで歩くんは勘弁や」

 

 孝は苦笑した。

 

「ゲームみたいに無限に撃てる訳じゃねぇんだな」

 

「当たり前やろ。

 ゲームなら数百発撃っても肩も腰も平気やけど、現実は6秒撃っただけで腕パンパンや。

 俺、もう今日は持ちたない」

 

 その一言に、有村も思わず苦笑した。

 

「……あれだけ派手に暴れておいて、その感想なんだね」

 

「撃つだけなら気持ちええけどな」

 

 乾パンを食べ終えた傑は、机を軽く叩く。

 

「んで、警備室はどうや? 何か異常は?」

 

『特になし。強いて言うなら見張りをどうするかね』

 

「二人じゃ厳しいか。いっそ二人揃って寝ればいいんじゃね? もう安全地帯ではあるだろ」

 

 孝がそう言うと、沙耶は即座に否定した。

 

『監視カメラは誰かが見ておいた方がいいでしょ。

 それに、カメラ目当てでスナイパー、もしくは紫藤派が仕掛けてくる可能性だってあるのよ』

 

「あー……そうだな」

 

 孝は腕を組んで考え込む。

 

「それなら…金剛先輩と毒島先輩が警備室に戻るのはどうだ?

 二人ともバイクだから個別に動ける」

 

『そうね。それが一番いいと思うわ。

 孝も見たでしょ? 二人の戦闘力。

 正直、校内を移動するなら現状この二人が一番安全なのよ』

 

「だな」

 

『静香先生はそこに残って車と治療を担当。

 金剛先輩と毒島先輩は二人でバイクに乗って斥候、偵察、緊急対応ってところかしらね』

 

 傑は最後の乾パンを口へ放り込み、水で流し込んだ。

 そして、机に肘を突いたまま無線機へ視線を向ける。

 

「……俺の意思は?」

 

『ない』

 

 間髪入れない返答だった。

 

「はぁ…面倒な……」

 

 傑は深いため息を吐いて天井を仰ぐ。

 

『アンタだってこんな所、早く出たいでしょ? だったら働きなさい』

 

「……否定はせぇへん」

 

 その時だった。

 コンコン、と軽く扉が叩かれる。

 

「失礼する」

 

 扉が開き、冴子が会議室へ入ってきた。

 制服の袖口にはまだ乾ききっていない血痕が残っているが、本人はまるで気にした様子もない。

 

「部屋の最終確認、完了した」

 

「ちょうどええ」

 

 傑は立ち上がると、沙耶が決めた今後の役割を冴子へ簡潔に説明した。

 冴子は一通り聞き終えると、小さく頷く。

 

「分かった。私は構わない」

 

「ほな決まりやな」

 

 傑は気怠そうに肩を回しながら立ち上がる。

 

「警備室、戻るか」

 

「ああ」

 

 二人は会議室を後にし、夕暮れに染まり始めた寮の廊下を歩く。

 そして駐車場にあるデリカの側に停められたDR-Zに跨がり、警備室へ向かって走り出した。

 

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