ぼくが神様に攫われるまでの物語   作:マガマガ

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201◼︎/08/01 09:27 ◼︎岡県 稲裏山 


1章 邂逅編
1話 社にて


 

 

身を焦がすような暑さがあった。天井に空いた穴から太陽の光が優しく、しかし、たしかな暑さを持ちながら差し込んでいる。それに呼応するかのように蝉達がけたたましい鳴き声を上げていた。

 

季節は夏。

 

「…ワンちゃん?」

 

誰も来ないような山中にある、廃墟のような社で1人の少年は、目の前でぐったりと横たわる弱り果てた謎の生き物を見下ろしていた。

 

 

少年の名は魅常(みつね)。

 

九州地方にある山々に囲まれた小さな町に住む少年だ。今は夏休みの時期であり、町にある山の近くに住む祖父の家に身を置いて楽しい夏休みを満喫している。遊び盛りな少年は今日も蝉やカブトムシを獲りに、祖父の家の裏手にある山の中を散策していた。

 

少年はこの山が好きだ。息を鼻から思いっきり吸った時の爽快感が、風に揺られてサワサワと音を奏でる木々が、綺麗な音をたてながら流れる川が、稀に自身の視界に入り込む獣達が。その全てが好きだった。

 

少年はおもむろに背負っていたリュックサックから紙を取り出して広げる。少年は山に虫を捕りに行く際、多く虫が集まる木や場所を記す地図を制作していたのだ。子供の描く拙い絵と線で描かれた地図。恐らく大人が見ても何が何だかわからないような地図だ。

 

「昨日はこの辺りまで来たから…今日はもう少し先まで行ってみよう!」

 

少年の黒い瞳が光を灯す。まるで未開の土地を探索する冒険家のような心意気で少年はズンズンと山の奥へ奥へ進んでいく。

自身の背丈ほどもある草木をかき分ける。時折り肌に触れる感触がくすぐったい。草や葉が目に入らないよう少し目を細めながら迷いなく進む。

 

だが、好奇心は時に猫も殺すもの。

好奇心と幼心から迷いなく進んでいたことで、少年の注意は疎かになっていた。

突如として感じる少しの浮遊感。少年の足がそこにない地面を探すように下へと進む。

 

「うわっ!?」

 

少年は、足元の草木に隠れていた斜面に気づかず、そのまま玉のように斜面を転がり落ちて行った。

ぐるぐると目まぐるしく変わる景色、全身のあらゆるところから襲いかかる痛み。口に入る泥の味。

 

少年は一瞬で歩いていた道から消えた。

 

この時、運命はすでに廻り始めていた。もしくは、それ以前からか。

 

これは、人ならざるものに見初められた少年の始まりの物語。

 

同時に。

 

これより数年後、多くの死傷者を出す大事件の、その始まりとなった話である。

 

 

「いたた…」

 

転落してからおよそ1時間が経過した頃、少年はのそりと体を起こす。体の節々の痛みに顔を歪めながら段々と鮮明になっていく景色に目を慣れさせる。

 

「ぼく…落っこちちゃったのかな…」

 

自身の黒髪についた土や枯れ葉を払い除けながら思考を整理する。この年齢の子供ならパニックになったり泣き喚くものだが、山での遊びを常日頃から行っていた少年は恐ろしいほど平静としていた。幼さ故に状況を完全に飲み込めていないが故でもあったのであろうが。

 

「あ。手のひら…」

 

左手を見ると人差し指の付け根から手の平にかけて線状の傷ができていた。流れる血に少年は息を飲む。おそらく転がり落ちている時に反射的になにかを掴もうとしてそのまま切ってしまったのだろう。傷口から今もなおタラリと真っ赤な血が流れ出ている。

ふと少年は自分の持っていたリュックサックに簡単な救急セットが入っていたことを思い出す。

キョロキョロと辺りを見渡すと、すぐ近くの木に自身のリュックサックが落ちているのが見えた。

まだ痛む体を動かしてリュックサックの中の救急セットを取り出そうと近づく。

だが、リュックを手にとるより先に、少年はリュックの落ちていた木の、さらに奥にあるモノを見つけピタリと動きを止める。

 

「…おてら?」

 

少年の目の先には廃屋があった。

 

使われた木材は黒く変色し、本来あったであろう鮮やかな色の面影は見る影もない。支えとなる柱が折れたのか、建物全体が少し傾いている。廃屋の前には鳥居らしきものがあり、アーチのように折れ曲がった柱が入り口のように鎮座している。建物の上部にあるしめ縄はボロボロになり、力無くダラリと垂れ下がっている。

鳥居らしきものがあることから元は神社か祠だったであろう建物に少年は吸い寄せられるように近づいていく。

 

少年が崩れた鳥居の前に立つ。柱には文字のようなものが刻んであったが損壊が激しく読むことすらできない。もっとも、歳が10にも満たない少年が読めるような文字などでは到底ないのだが。

 

少年が視線を少し下に下げると本殿に上がるための階段が目につく。少年が足をかけるとギギギと鈍い音を立て、やがて止まる。

少年は、ゴクリと唾を飲み込みながら今にも割れそうな階段を慎重に上がっていく。時折りピシリと亀裂が走るので肝を冷やす。

 

階段を登り本殿を見るとこれまた朽ち果てた引き戸があった。障子かなにかであったのであろう戸はボロボロになり、障子紙が一切貼られていない。にも関わらず、その先にある建物の中はまるで夜中のように真っ暗でその内部を伺うことができない。

 

少年は段々と好奇心が湧いてきていた。まるでゲームにあるダンジョンを見つけたような、まだ誰も見つけてない秘密の場所を発見したかのような感覚。もしかしたらこの先にとてつもないお宝かなにかがあるのではないかと考え始める。

 

中に入ろうと戸の引き手を探すも見当たらない。少年は仕方なく朽ちて空いた穴に手をかけて横に引く。

倒壊により立て付けが悪くなり、開かないはずの扉はなぜかスルスルと円滑に開いた。

 

中を見るとタイミングを見計らったかのように建物の天井に空いた穴から木漏れ日のように陽光が差し込む。暗かった室内がだんだんと照らされていく。

 

建物の中には物がほとんどなかった。

 

ただそこにあったのは、

 

「…ワンちゃん?」

 

真ん中に横たわる犬のようなナニカだった。

 

 

 

少年はその場で立ち尽くして目の前で横たわる生き物を観察する。

見た目は犬に近い。前方に伸びる長い口からは犬歯のような鋭い歯がチラチラと見え隠れし、三角形の耳は力無く伏せられている。元はフサフサしていたであろう体毛はところどころ抜け落ちて灰色がかった肌のようなものが見える。

痩せ細っているからか、脇腹からはあばら骨のようなものが浮き上がっている。

 

だが少年がもっとも驚いたのはその生き物の尾だった。

 

その生き物は尾が2本あった。付け根から2本に分かれている尾は体と同じでところどころ毛が抜け落ちている。

出血でもしたのだろうか。生き物の周辺は薄汚い室内で一際黒ずみ、汚れ、異臭を放っている。もはや生き物の死体というよりはミイラが近いだろうか。

 

少年はそろりと横たわる生き物に近づく。大型犬よりほんの少し小さいくらいの大きさだ。おそらく立ち上がれば少年の腰ほどはあるだろう。

 

顔を覗き込むとぐったりと目を閉じている。死んでいるのかと少年が結論づける前に、その生き物はうっすらと目を開けた。

 

「生きてる…!」

 

少年は目を見開く。幼い少年から見てもこの生き物は明らかに弱ってから長い月日が経っていることがなんとなく分かっていたからだ。目を開けてしっかりとこちらを見るその生き物の生命力の強さに少年は驚きを隠せない。

 

少年はすぐ立ち上がり踵を返して駆け出す。慌てて階段を駆け降りた結果、ばきりと板を踏み割ってしまい、少年は顔面から地面を滑り落ちる。顔が泥に汚れ、強く鼻を打ったからか鼻から血がタラリと流れた。

だが少年はバッと顔を上げるとすぐさま駆け出す。少年の感情の昂りが痛みを忘れさせた。

 

少年は落ちていたリュックサックから水筒とラップに包まれた潰れたおにぎりを手に取ると、再度生き物がいた建物に向かう。

階段が割れたことで横にあった手すりのようなものをよじ登りながら必死に這い上がる。肩にかけた水筒が揺れて少年の体にぶつかる音が響く。だが少年はそんな些細な痛みなど気にもしない。

 

少年は生き物の顔の近くにしゃがみ込むと水筒のキャップを外して中に入っていたお茶を注ぐ。生き物の鼻の前に持っていくが視線を動かすだけで微動だにしない。

 

「飲めないのかな。」

 

少年はキャップに入れていたお茶を自身の手に注ぐ。利き腕ではない怪我をした手にお茶を注いだことで傷口が濡れてズキリと痛みが走る。

少年はそこで自分が手のひらを怪我したことを思い出したが、構わず生き物の口に手からお茶をこぼれ落とすように流した。

ピクリと生き物の口が動く。少し口が開いて中にある舌が少し動いた気がした。

 

少年は次にラップに包まれたおにぎりを手に取る。おにぎりは生き物の口より少し大きかったので、食べやすい大きさに少しもぎ取って生き物の口の隙間に入れる。

流れ出た血に染まり、赤くなった米の塊を口に入れると生き物は口を閉じた。

喉を見るとコクリと、確かに動いた。それは生き物が食べ物を飲み込んだ証だ。

 

「良かった…」

 

少年は安堵する。このよくわからない弱った生き物がなんとか食べ物を口にした。それが嬉しかった。

 

それから少年は落ちていた自身のリュックサックを建物内に持ち込んだ。中には先ほど入っていたおにぎりや水筒の他に救急セットや自作の地図、夜にカブトムシを獲るために用意した懐中電灯なども入っている。少年はタオルを取り出すと自分の顔を拭いたり、付着した泥を落とす。

時折り生き物の口にお茶とおにぎりを運ぶ。生き物はもそもそとおにぎりを咀嚼する。

 

そうして少しの間、少年と生き物は共に過ごした。

 

手のひらの手当てをしながらふと外を見ると、周囲が暗くなり始めていることがわかる。山の天気は変わりやすいと同時に、この時期は陽が落ちるのが早かった。

チラリと生き物を見る。生き物は目を開けてジッと少年を見つめていた。金色の目としばらくの間、見つめ合う。

 

「ぼく、帰らないと。」

 

暗くなる前に家に帰らなければ祖父達が心配するだろう。しかし、この生き物も放って置けない。少年は少し悩むと顔を拭いたタオルを生き物の体に被せた。生き物はタオルと少年を交互に見やる。

 

「ぼく、帰らないといけないからもう行くね。明日またここに来るからね!」

 

野生動物に人間の言葉がわかるはずもない。だが少年はたしかに、その生き物が頷いた気がした。

少年は地図にこの場所へ行く大まかな道を急いで書くとリュックを背負って建物を後にする。

 

落ちてきた斜面を、木や土の出っ張りを利用して登る。かなり長かったが角度自体はそれほどでもなかったのか、少年はスルスルと登っていく。

 

頂上まで登った少年は、一瞬振り返って坂の下にある建物を眺め、それからすぐ帰路へついた。

 

それから少年が祖父の家に着いたのは日が暮れた頃だった。帰りが遅くなった孫が泥まみれの怪我まみれで帰ってきたことで祖父母は大慌てだった。

 

 

 

日が落ちた頃。虫達の声が響く山中にある朽ち果てた社。そこに横たわった生き物、否。忘れられた神はボーッと天井に空いた穴から月を見ていた。胸中にうずまく感情はその顔から窺い知ることはできない。神は視線を自身の鼻先に向ける。迷い込んできた人間がお茶を滴り落としたその場所には薄らと赤いシミがある。少年の血だ。

 

神はその血をペロリと舐めとる。

 

『明日またここに来るからね!』

 

神の頭蓋にあの時の言葉がこだまする。数巡の思考の後、神はニヤリ口の形を変える。その恐ろしい口から覗く牙が、月の光に照らされて、ぬらぬらと怪しく輝いていた。




みつね→主人公、本名は雲津田 魅常(くもつだ みつね)。山の近くにある町に住む8歳の少年。夏休みの間に祖父の家に泊まりがけで遊びに来る。困ってる人をほっとけない優しい性格。祖父の家の近くにある山で衰弱した変な生き物に会う。

二又の尾を持つ獣→山中の社にて衰弱していた尾が2つある獣。迷い込んできた少年から食べ物を分け与えられる。常に少年を見つめている。おにぎりは美味しかったが水筒に入ってた安物の烏龍茶はあまりお気に召さなかった様子。

少年の祖父母→孫の帰りが遅いので心配していたら泥まみれの怪我まみれで帰ってきてひっくり返る。以後山に行くのを禁止にしようとしたが泣き落としにより陥落。


補足
・少年は見つけた建物をお寺といっているが正確には小祠のようなもの。
・少年は獣を犬と勘違いしているが正体は狐。
・8歳が1人で山に入っている状況は教育上どうかと思うが、この山はみつねが小さい時からずっと行ってる山であり、危険な獣などの目撃例もないのでまぁ大丈夫だろうと祖父母も特に気にしてなかった。
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