図書館を後にして鈴音を部屋に招いた。これからは作戦会議の時間だ。
どこか落ち着かない様子の鈴音を観察しながら待っていると、もう一人の会議参加者が到着した。
「渉くん、お待たせ! ……堀北さんも待たせてごめんね」
「……いいえ、全然待ってないわ」
部屋に入ってきた桔梗と鈴音の視線がぶつかった瞬間に火花が散ったような気がしたが気のせいだな、うん。
桔梗は迷うことなく俺の隣に座ったが、距離が近い。俺の腕の抱え込むようにしている。
「……渉くん、櫛田さんと随分仲良くなったみたいね」
「堀北さんは渉くんと距離があるんだね!」
「……っ」
桔梗に煽られて臍を噛んだ鈴音が、一度立ち上がると俺の隣に座り直す。こちらも近い。対抗意識バチバチである。いいぞもっとやってくれ。
二人の腰に腕を回すと、桔梗は嬉しそうに身を寄せて、鈴音は緊張した様子で身を固くした。鈴音の初々しい反応に対して、桔梗の適応力には驚くばかりだ。これで今まで彼氏の一人もいなかったのか……。
「それで渉くん。今日の作戦会議の内容はなんなのかしら」
「うん、まず夏に向けてなんだけどね。女子の体力アップを目指したいんだ」
「女子の体力アップを?」
「みんなで運動しようってこと?」
「鈴音、学さんからもらって資料を桔梗にも見せてくれる?」
「……信用していいのね?」
「うん、もう大丈夫」
「安心してね、堀北さん。私は
「……はぁ。わかったわ。一応言っておくけど、他のクラスにはもちろん、Dクラスの生徒たちにも秘密にしてちょうだい」
俺たちがAクラスを目指すうえでの命綱に等しい情報。堀北兄から入手した特別試験の過去のデータを桔梗にも見せた。過去数年分データを素早く確認して驚きの表情を浮かべる。
「……なるほどね。このデータの重要性は理解したよ。絶対に口外しないって約束するね」
「お願いするわ。それで、渉くんは『無人島でのサバイバル』に向けて女子の体力アップを目指そうということでいいのかしら?」
「確かに過去のデータを見ると毎年無人島での試験が行われているみたいだね……。何週間もテントで暮らすなんて体調を崩す子も出てきそう……」
やっぱり二人とも頭がいい。俺が言いたいことをすぐに理解してクラスの問題点を把握してくれる。
「今までのサバイバル試験は『体調不良=リタイア』だから、試験に向けて今から体を鍛えておく必要がある。二人に女子たちの面倒を見てもらいたいんだけど、できるかな?」
「……無人島サバイバルのことを隠したままでは説得は難しいんじゃないかしら」
「うん、私もそう思うな。体育の授業を見学している子たちも多いし、ただ運動しようってだけだと参加してくれる人は少ないと思うよ」
だよね……。正直俺もそう思う。
「一番の問題は軽井沢さんだね。私と仲のいい子たちだけなら誘えるけど、軽井沢さんのグループは無理だよ」
桔梗と軽井沢さんは女子の二大トップとして勢力争いしているからなぁ。彼氏の平田から話を通せるかも微妙そうな感じ。平田と軽井沢の関係はどうも普通の関係じゃなそうなんだ。
「私は……」
「鈴音は集まった子たちに指導をしてもらう仕事があるから、そっちに集中してね」
「そう? 渉くんがそう言うならわかったわ」
人を集めようという時に鈴音は無力だ。正論しか言えないし相手を怒らせて余計に話を拗らせる予感しかない。指導する時もオブラートに包んだ言葉を期待したい。
「無人島に行くし水泳もできた方がいいと思うんだけど、プールの授業を女子の半分以上が見学しているのも痛いな」
「正直、男子からの視線が鬱陶しすぎて私も見学したくなる時があるわね」
「だよねえ。その点、渉くんは紳士的だし、あの三人組が騒いでいる時にしっかり止めてくれるから助かっちゃう! ありがとう!」
「どういたしまして。……でも男子たちのせいで本当にごめん」
三バカが筆頭というだけで他の男子も大差ないのがいるんだよな。外村――ござる口調であだ名が博士の男子――も、プールに携帯を持ち込んで女子の水着姿を盗撮しようとしていたことがあったし、同性の俺の目から見てもやり過ぎだ。
「あいつらがいるからプールに入れないって女子は多いんだろうな……ん? そういえば、ポイントで施設を貸し切ることもできたよね。俺のポイントを使ってもいいから貸し切りで練習してみるのはどうかな?」
閃いた。男子のせいで入れないなら、女子だけでプールを貸し切って男子を追い出せばいいじゃないか。
「ううん、発想はいいと思うけど一度や二度の特訓では効果は薄いと思うわ。でも何度もプールを貸し切ったりなんてしたら、すぐにポイントがなくなってしまうんじゃないかしら」
「そうか、確かにな。どうにかして節約できないかな……」
堀北兄から譲ってもらったポイントは俺たちの大事な軍資金だ。
しっかりと使い道を考えなければすぐに枯渇してしまう。プール貸し切りは厳しいか。
「二人がポイントを出してくれるなら、こういうのはどうかな? 体育の先生にお願いして女子たちの『補習』をしてもらうの」
「補習って、プールの授業の補習?」
「うん! 先生に確認しないといくらかかるか分からないけど、補習だったら参加者以外は入れないから男子の視線を気にしないですむし、プールを貸し切りにするより使うポイントは少なくてすむんじゃないかな? それに、プールの授業をずっと見学している子たちの成績も少しはカバーできるかも!」
「なるほどね……。私も櫛田さんの提案はいい案だと思うわ。じゃあまずは補習に必要なポイントを確認しましょう」
「うん! 明日先生に聞いてみるね!」
その後、補習を行える場合に何人くらいの参加者が集まりそうかという話や、今回の勉強会は今後も継続的に開催してクラス全体の学力アップを図ろうという話をした。
□堀北鈴音
話し合いを終えた後、渉くんが夕食をご馳走してくれるというので櫛田さんと一緒に待っている。
「渉くんの手料理、楽しみだね!」
「……そうね」
この子、一晩で変わりすぎじゃないかしら。
昨日までは笑顔の裏に何かを隠しているような作り物めいた表情をしていたのに、今は本当に楽しそうにして生き生きとしている。
一体、渉くんと何が……。
「気になるの? 堀北さん」
「っ、な、何のこと?」
「私と渉くんの間に何があったか知りたいんでしょう?」
今まで見たこともないような意地の悪い顔。
きっとこれが――私の知らなかった櫛田さんの本性。
「渉くんとね、セックスしたの。……すごかったなぁ♥」
その顔が一瞬で崩れて――蕩けた。
「初めては痛いって聞いていたけど、渉くんが優しくしてくれたから嬉しさと気持ち良さの方がすごくって……はぁ……♥」
ため息をつく動作一つがとても艶めかしく、色気が漂っている。
「渉くんに褒められて、触れられて、キスをされて、繋がって――あんなに凄いなんて、今まで知らなかった。……ううん、渉くんだからあんなに気持ち良かったんだよね♥ 初めてを渉くんにあげられてよかったぁ♥」
陶然とした瞳が虚空を見上げていて、櫛田さんだけにしか見えない何かを見つめている。
「――だからね、堀北さん。私、あなたを退学にするのは止めにしたの」
「……退学?」
そんな夢現だった櫛田さんが、くすくすと笑う。
「だってもう、他の人なんかどうでもいい。他の人にどう思われても……賞賛されても、あんなに
くすくす、くすくす、と。私の知らない何かを、櫛田さんと渉くんの二人の間でしか通じない言葉を続ける。
「本当は渉くんを一人占めするために排除したいけど――渉くんに嫌われたくないから、やめておくね!」
たった一晩ですっかり変わってしまった彼女は、「これからよろしく! 一緒にがんばろうね!」と、天使のような笑顔で私に言った。
夜の話し合い(意味深)。