鈴音と桔梗が動いてくれた結果、無事に女子の補習が始まった。
費用は一人1万ポイントだったが、10人以上なら10万ポイント。それで一学期の間は補習を行ってくれるという条件になった。一学期の分は俺が支払っておいた。
男子がいないならプールに入りたいという女子も多かったらしく、軽井沢さんのグループと佐倉さん以外は補習に参加しているらしい。
そして、女子だけでは片手落ちなので俺もクラスの男子に声をかけて朝晩のランニングをしようと誘っているがこちらは成果は皆無だった。
元から運動系の部活に入っている、バスケ部の須藤やサッカー部の平田が部活を優先するのは仕方ない。部活でクタクタになるまで運動しているのに追加で走れなんて言わない。
だが、運動が苦手な池や山内、外村や幸村といった運動ができない連中はもちろん、他の男子も参加を嫌がったので実現はしなかった。
とりあえずこのまま様子見。夏に行われるだろう無人島での特別試験の後に改めて声をかけよう。
更に、男女問わず、期末試験へ向けた勉強会を開催した。
須藤は部活に参加する時間が減ると文句を言っていたが、赤点を取ったら退学という現実の前に仕方なく屈した。
池や山内らも参加したが、それ以外のメンバーの集まりは悪かった。赤点を取らない自信があるか、一人で勉強したい人が多いのだろう。
「人を集めるのって大変だなぁ……」
俺も桔梗みたいにクラスのみんなを集められるだけの人望があればいいのだが、そう簡単に真似できたら苦労はしない。
今はコツコツとやるべきことをやって、クラスメイトからの信頼を勝ち取ろう。
□
6月のとある日。今日は天気がいいので最近お気に入りの公園までランニングをした。海が一望できる絶景のスポットなのだが学校や寮から少し離れているので人気もない隠れ家的スポットである。
今度鈴音や桔梗を誘って散歩に来ようかなと考えていると、珍しいことに今日は先客がいた。
「佐倉さん、こんにちは。奇遇だね」
「――ッ!?」
海を背景に自撮り写真を撮っていた佐倉さんだ。教室にいる時と違い、伊達眼鏡を外し髪型も変えている。
――ガシャン。
挨拶しただけなのに、佐倉さんが手に持っていたカメラを落としてしまった。
俺に挨拶されるのがそんなにショックだった……? むしろ俺がショックだ……。
「あ、か、カメラが……!」
「ごめん! 俺が急に話しかけたからだよね」
「つ、つかない、そんな……」
佐倉さんが慌てて落としたカメラを拾い上げたが、落とした衝撃で壊れたようだ。電源ボタンを押しても画面がつかなくなってしまった。
「ごめんね。俺のせいで壊れたから修理代を出すよ」
「い、いえ……大丈夫です……」
「でも佐倉さんもポイント厳しいでしょ? 俺は余裕あるし、お詫びってことで」
「いえ……」
俺が思っていた以上に佐倉さんに嫌われていたのかと思い、せめてカメラの修理代は出そうとしたのだが、保証期間内だからと断られてしまった。
ただ、カメラの修理を依頼する時に一緒に付き添ってほしいと頼まれたから快諾した。
「あ、あの……。どうして、私だって、気がついたんですか?」
話がまとまったところで佐倉さんに質問された。
「普段と違う格好していること?」
「そ、そうです! なんでわかったんですか?」
確かに教室にいる時とは雰囲気が違うが……。
「髪型や小物を変えただけだし、一目見て気がついたよ。佐倉さんの綺麗な顔立ちもそのままだしね」
あとは体格やスタイルなど。特に高校生離れしたスタイルの良さはこ群を抜いているが、セクハラになりそうなので言わない。
「そ、そうなんです、ね……。……あの」
「もしかして『雫』のこと?」
「そ、それも、気がついていたんですか?」
「うん。初めて会った時から気がついていたよ。全国紙の表紙に載った時に見たことあったし。ただ佐倉さんは騒がれるのが好きじゃなさそうだったから誰にも言ってない」
「……あ、ありがとう、ございます……」
池とか山内とか、佐倉さんが『雫』だって知ったら絶対に大騒ぎしていただろう。本人の水着写真とかクラスに持って男子で回し読みしそう。俺はあいつらならやりかねないと思っている。
まだ不安そうな顔をしていた佐倉さんに、絶対に口外しないと約束して寮まで送った。
□
翌日。佐倉さんと一緒にケヤキモールの家電量販店に入ったが、対応した店員が気持ち悪かった。こんな店員がいるなら佐倉さんも一人で来るのは嫌だろう。
「俺が話聞いておくから店内見ていていいよ」
「え、でも……」
「いいからいいから、俺に任せて。ね?」
「う、うん……わかった。ありがとう」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 困りますよ、そういうの!」
佐倉さんが嫌がっていたので離れるように促すと気持ち悪い店員が喚きだしたが、何が困るというのかわからないね。
「俺が対応するんだから問題ないでしょう。それとも何か問題があるんですか?」
「いや、だって君はこのカメラの購入者ではないし……」
「保証書があれば俺が購入者かどうかなんて関係ないでしょう? それとも保証書に何か書いてあるんですか? どこですか? どの文章か教えてください」
「そ、それは……、でも常識的に考えてだね……」
「『常識的に考えた場合』、購入者と使用者が別人なんてこともよくありますよね?」
「……ちっ」
この店員、完全にアウトだな。
「……修理が終わった後に連絡をするので、彼女の氏名、住所、そして連絡先を記入してもらいたいんだけど」
「俺の連絡先を記入するので終わったら連絡ください」
「……彼女のカメラなんだろう? どうして君が……」
「俺の彼女だからですよ。見たら分かるでしょう」
「……は?」
「はい、記入しました。これでいいですか? このカメラを使って彼女の写真を撮っているのも俺だし、この用事が終わったら彼女とショッピングデートする予定なんですよね。さっさと処理してくれませんか」
「……嘘だ」
「嘘だ嘘だ嘘だ。そんなわけがない、彼女の運命の相手は僕なんだ、僕がここで働いているから彼女が会いに来てくれたんだ他の男なんているわけがないこいつは嘘をついている嘘だ嘘だ嘘だ――」
様子がおかしくなった店員が携帯を取り出した。そして、猛烈な勢いで何かを書き始めた。
――ピロン。
同時に、俺の後方で通知音が響いた。振り向くと佐倉さんの持っている携帯端末だった。それが間を置かずに何度もピロン、ピロン、ピロンと鳴っている。
その端末を見た佐倉さんが怯えた様子で床に投げ捨てた。
「ひっ……ぁ……っ……」
「大丈夫?」
「あ、は、晴柀、くん……」
慌てて佐倉さんに駆け寄ると、彼女が床に落とした携帯からうるさいくらいに鳴っていた通知音が止まった。
「……やっぱりぃ、きみが雫ちゃんだったんだねぇ……」
あの気持ちの悪い店員の声。
怯える佐倉さんを背後に庇い振り向くと、焦点のあっていない瞳が俺を見た。
「僕と雫ちゃんは運命の出会いなんだ……。今日だって久しぶりに彼女と二人きりになれたはずだったのに……」
カウンターを乗り越えて、店員が迫ってくる。
「どうしてお前みたいな邪魔者がいるんだ! 雫ちゃんは僕の恋人なんだぞ! 僕の雫ちゃんに汚い手で触れやがって!! 退けよ邪魔者――!!!」
狂ったような叫び声をあげて突っ込んできた店員に対して。
「ふっ」
「――ぺぎょっ」
カウンターでハイキック一閃。隙だらけだった側頭部を横から綺麗に蹴り抜いた。あまりに気持ち悪すぎて触れたくなかったから仕方ない。
「佐倉さん、落ち着いて。もう大丈夫だから」
「え……。こ、これ……、晴柀くんが……?」
震えていた佐倉さんを落ち着かせた。
奇声を上げて襲い掛かってきた店員は俺の蹴りであっさりと気絶し床に伸びている。
落ちていた佐倉さんの端末を拾って確認すると通知が10件。どうやらブログのコメントのようだ。
「佐倉さん。君のブログに気持ちの悪いコメントを書き込んでいる奴がいたよね」
「な、なんでそれを……」
「この学校、外部との連絡は取れないけどブログを見るだけなら制限ないんだよ? で、こいつがそのブログに書き込んでいた男だったみたいだ。新着のコメントを確かめてくれる?」
「は、はい……。――ひぃ……」
「うん、やっぱりアウトだ」
狂ったような長文で自分が恋人だ、今から分からせてやる、二人は運命の糸で結ばれている、なんて妄想が大量に書き連ねてあった。
男が『雫』の熱狂的なファンで、仕事にかこつけて佐倉さんの個人情報を得ようとしていたことも、佐倉さんに襲い掛かろうとしたこともしっかりと証明できるだろう。
「今警備員に連絡するから、もう少しだけ我慢してね」
「はい……」
それから五分ほどして警備員が二名やってきて伸びていた店員を確保、連れて行った。
あの店員の代わりにこの店の店長だという男が俺たちに謝罪をしてきたので、連絡先だけ教えて帰宅した。いろいろあって佐倉さんが疲れていた様子だったので、今日はもう部屋に戻って休んでもらった方がいいだろう。
カメラの修理依頼はちゃんと引き受けてもらえたし、あとは全部後日。佐倉さんに怪我がなくて本当によかった。
グラドルはいいけどストーカーのいる学校は嫌だな……。