□佐倉愛里
あの事件の翌日、私と晴柀くんの二人は生徒会に呼び出された。
何を言われるのかと不安で倒れそうだったけど、生徒会長さん――堀北さんのお兄さんらしい。言われてみると顔や雰囲気がそっくり――から学校の管理不十分を謝罪されて、私に慰謝料として100万ポイントを、そして晴柀くんには暴漢を止めた報奨金として50万ポイントを支払うと言われた。
100万ポイントなんて大金に驚いたけど、私の仕事――グラビアアイドルという立場――を考えると100万ポイントでも安いらしい。本当に受け取っていいのか悩んだけれど、晴柀くんから言われたのでそのまま受け取ることにした。
「佐倉さん。ブログの撮影をする時、俺にも手伝わせてもらえるかな?」
生徒会からの呼び出しも終わって、このまま解散、という時に晴柀くんがそう提案してくれた。
嬉しかった。
私がグラビアアイドルの『雫』だって知っていたのに触れずにいてくれたことも、あの店員の人から私を守るために庇ってくれたことも、今こうして撮影の手伝いを言い出してくれたことも。
(晴柀くんの目、とっても安心する……)
気持ち悪い目、怖い目をする人が多い中で、晴柀くんの目はとても優しい。
最初は
ブログに載せる写真を撮るためにいつも一人で校内を散策している私のことを心配して、撮影の手伝いを申し出てくれたんだ。
「……ありがとう、晴柀くん。お願いしていいかな?」
ずっと他人が怖くて、私の仮面に気がつかれるのが怖くて、ひとりぼっちでいたいと思っていたのに。今は晴柀くんと一緒に居たいと思っている。
だから、私は少しだけ勇気を出して、晴柀くんにお手伝いをお願いしてみた。
……でも、晴柀くんは堀北さんのお兄さんと仲が良さそうだったし、堀北さんとよく話しているけど、どういう関係なんだろう……。
□坂柳有栖
「今回のお茶菓子は私が用意しました。どうぞ召し上がってください」
すっかり恒例となったお茶会です。初めの頃は晴柀くんのお部屋にお邪魔していましたが、最近は私の部屋で開催することが多くなりました。原因は私の足です。同じ寮内ですしエレベーターもあるので大した負担ではないですが、それでも私の部屋の方が楽なのは事実です。
……そういう気遣い、傷病者・弱者という扱いはあまり好きではないのですが、まあたまにはいいでしょう。
それはともかく、今は目の前のお菓子――生まれて初めて作ったクッキーです。
「いかがですか?」
お二人に問いかけますが、返事は既に分かっています。
――ゴリ、ガリ、ボリボリ……。
なんとも言えない表情でクッキーを頬張る二人の口元から異音が聞こえてきます。
どうしてあんなに硬くなってしまったのでしょう……。不思議ですね。
それに生焼けを食べさせるわけにはいかないと思ってしっかり焼いたところ、かなりのクッキーが焦げてしまいました。一応あまり焦げていなかったものを厳選して提供したのですが、それでもかなり香ばしい一品になってしまいました。
「……坂柳さん。今までお菓子作りをした経験はある?」
「いえ、生まれて初めて料理をしました。意外と楽しい経験でしたね」
「……坂柳。これ、味見した?」
「もちろんです。ちゃんと味見をして厳選に厳選を重ねた自信の品ですよ」
これならギリギリ食べられるという意味での自信ですが。炭の塊を食べさせるような真似はしません。
「……これ、絶対狙ってやってるでしょ」
「いやでも、初めての料理だったらしいし、初心者らしい失敗と思えば……」
お二人が小声で話していても聞こえていますよ。
「二人ともお気に召していただけました? それなら次回のお茶菓子も私がご用意しましょう。楽しみにしていてくださいね」
「やめて!!」
ふふふ。卑怯な手段で私から勝利をかすめ取ったことを後悔しているみたいですね、神室さん。このお茶会は大成功だったようです。
「……坂柳さん、一緒にクッキー作りの練習しよっか」
「……はい」
後日、三人で一緒に作った焼きたてのクッキーはとても美味しく作れました。
□堀北鈴音
「佐倉さんも今日から参加するね」
「あ、はい……。よ、よろしくお願いします……」
私の目を見ずにおずおずと挨拶をする佐倉さんだけど……なるほど。
男子がいる水泳の授業で常に見学に回る理由を一目で理解したわ。
「いろいろと大変そうね」
「……はい」
「まあ、男子はいないから気楽に楽しむといいわ」
「はい……!」
今まで見学していた長谷部さんもいるし、他の子たちもほとんどこの補習に参加している。いないのは軽井沢さんのグループくらいだ。
残念ながら私では彼女たちを連れてくることはできなかったし、櫛田さんもそう。クラスでも運動が苦手で体力が少ない子たちが多いグループだから是非とも参加してほしかったのだけど……。夏の特別試験が終わった後に改めて誘うことにしましょう。
「あ、あの、堀北さん」
「なにかしら?」
「この補習を受けるためのポイントを、晴柀くんが払っているって本当ですか?」
「ええ、本当よ」
彼よりも私の方がポイントは多いから私が払うと言ったのに、頑として聞かなかったのよね。
最初の自己紹介で好感度が下がった分を取り戻す、クラスの支持を得るために必要なんだ、と言っていたけど……結局、女子からの人気が欲しいだけじゃない。
ただ、今後、私と彼が一緒にこのクラスを導いていくために必要なんだと言われたら断れなかった。
「そうですか、晴柀くんが……。やっぱり凄いなぁ、晴柀くん……」
……やっぱり断ればよかったかしら。
最近は他の……王さんとかも、晴柀くんのことを優しいって言ってるし。
あと、篠原さんがポイントが足りないからお願いしたら少し援助してくれないかな?と友達と話しているのをこの前聞いてしまった。
……兄さんがこの学校で必死に貯めたポイント、このクラスをAクラスに導くための大事な軍資金は、篠原さんが遊びのために使っていいポイントじゃない。晴柀くんには今度厳しく注意しておきましょう。
「佐倉さん、こっちこっちー! 一緒に水球やろうよ!」
「あ、櫛田さん……。は、はい……」
「気軽にやって大丈夫だよ。まずは水に慣れるところからだから、安心してね!」
恐る恐るプールに入った佐倉さんを櫛田さんが水球に誘い、一緒に遊び始めた。
佐倉さんだけじゃなく、クラスに数人いた泳げない子たちも混ざって水の中を動き回り、ボールを追いかけている。ああやって水中で動くことに慣らしながら、プールの楽しさを実感してもらうらしい。
……櫛田さんは本気で晴柀くんに協力しているのかしら。
晴柀くんのことが好きなのは本当だと思う。あの夜に見せたあの感情は、嘘偽りなんかではなかった。
だからこそなぜ櫛田さんが晴柀くんに進んで協力をするのかわからない。
彼の目標『総理大臣になって日本を一夫多妻制にする』というのは、有体に言ってしまえば、ハーレムを作るという宣言に他ならない。
櫛田さんをハーレムの一員にする……他にも女を作るという『浮気宣言』。それなのに、どうして彼女は……。
……やはり私には、櫛田さんという親しい女性がいるのに、他の女性にも声をかける晴柀くんの行いを認める気になれない。
たった一人だけを真摯に愛してくれる、そんな人がいい……。
晴柀「もしもし。クラスメイトが学校の敷地内(ケヤキモール)で変質者に襲われたんですけど、この学校の警備状況はどうなっているんですか?」
堀北兄「大変遺憾な事態である。被害に遭った生徒には学校から慰謝料を支払うように掛け合おう」
晴柀「よろしくお願いします」
打ち出の小づち堀北兄。