「――これが私の罪。妹のためだって言い訳して、万引きをして、お母さんや皆を悲しませた。私は、晴柀くんが思っているような人間じゃないの」
帆波の過去。彼女が去年犯した罪を俺は聞いた。
そして、身を離そうとする彼女の肩を抱きしめた。
「離して……、私は……」
「――そうやって、自分の殻に閉じこもるのか?」
「えっ?」
万引きは犯罪とか、どんな事情があろうとやってはいけないとか、そんなありきたりの話をするつもりはない。
事情があったから仕方ない、妹を喜ばせようと必死だったから仕方ないなんて、そんな擁護をするつもりもない。
「帆波は悪いことをした。それは決して変えることのできない過去で、帆波自身がそのことをよく理解していると思う」
「……うん。だから――」
「でも、どうして帆波が罪を犯してしまったのかを考えたことがあるか?」
「どうして罪を犯してしまったのか……?」
「貧乏だったから? お母さんが倒れてしまったから? 中学生でバイトができれなかったから? どうして帆波は万引きをしてしまったんだ?」
「それは……。――わ、私が考えなしだったから! 万引きをしたらどうなるか考えていなかったらだよっ!」
帆波の性格だと『家族のせい』とは言えないだろう。お金があれば解決した問題だが、『うちが貧乏だったせいで万引きをした』なんて言える性格ではない。
誰かのせいにするのではなく、自分のせいだと考える責任感の強さ。それが帆波の良い所であり、欠点でもある。
「そうだな、一番悪いのは帆波だ」
「……うん」
「でも、それは『考えなしだった』からじゃない。『誰にも相談できなかった』のが悪いところだと思うよ」
「誰にも……相談できなかった……?」
母子家庭に育ち、年の離れた妹がいてお姉さんとしてずっと頑張ってきたんだろう。
そんな環境で育った帆波は『責任感』と『自己犠牲』の精神がとても強い。強すぎた。
「学校の友達に相談したか? お小遣いを貸してとか。いいバイト知っていたら紹介してとか。お金に困っているって悩みを打ち明けたことは?」
「な、ないよっ! 私の事情なのに友達を巻き込むなんて、そんなことできないよ!」
「大人に助けを求めたことは? 学校の先生に事情を説明してみたり、お店の人に取り置きをしてもらえないかとお願いしたことは?」
「――それも、ないよ。でも、妹の誕生日プレゼントのためだから、私がなんとかしないとって。他の人に迷惑をかけるわけにはいかないって、あの時はそれで一杯一杯だったから……」
「そうだね。帆波は『自分がなんとかしないといけない』と考えてしまう」
「――今回の試験で、坂柳さんと取引した時もそうだ。『クラスの皆で集めた大切なポイント』を払うのではなく、『自分の秘密』を教える方を選んだ。今回も自分一人でなんとかしようとしたね」
「え……。で、でも、あれは……」
「一緒だよ。困難が起きた時、問題が発生した時、帆波は自分だけでどうにかしようとして自分を犠牲にする。万引きをした時から何も変わっていない」
「……ッ!!」
俺の言葉が胸に突き刺さったようで、帆波の瞳から涙が溢れてきた。
でも、だからこそ今の彼女に言わないといけない。
「だから、壁を作るをやめよう」
「…………かべ?」
「自分の殻に引き籠るんじゃない。人から距離を取るんじゃない」
「なんでも自分一人で抱え込むんじゃない。自分が犠牲になればいいと考えるんじゃない」
「困っている時には困っていると、助けてほしい時に助けてほしいと言っていいんだ」
「友達を、クラスの皆を、そして俺を頼ってほしい」
「帆波が困った時には俺が助けるから、もう一人で悩まなくていいんだ」
□一之瀬帆波
『帆波が困った時には俺が助けるから、もう一人で悩まなくていいんだ』
昨夜からずっと、晴柀くんの言葉がずっと私の中で響いている。
私は自分を不幸だと思ったことはない。お父さんはいないけど大好きなお母さんと妹という家族に恵まれ、中学校でもこの学校でも素敵な友達に囲まれ、毎日が充実した幸せな日々を送っている。
――でも、本当の私は『一人』だと感じていたのかもしれない。
お母さんが大好きだから迷惑をかけたくない。心配させたくない。いい子でいないといけない。
妹が大好きだから悲しませたくない。尊敬されるお姉ちゃんでいたい。私が妹を守らないといけない。
友達が大好きだからみんなで仲良くしたい。このクラスでAクラスになりたい。リーダーとして責任を果たさないといけない。
――頼りになる『お姉ちゃん』で『リーダー』であるために、私は自分の悩みを誰にも打ち明けられなかった。
知らず知らずのうちに心の中に壁を作っていたんだ。
『みんなから頼りにされる自分』を守るための殻を作って、その中に引きこもって誰も近づけさせないで自分を守っていた。
「でも晴柀くんは、その壁を壊してくれた」
私は自分の過去を打ち明けて、必死に彼から距離を取ろうとしていたのに。
私の壁を打ち壊して、ズケズケと心の中に入り込んできて居座ってしまった。
『帆波が困った時には俺が助けるから、もう一人で悩まなくていいんだ』
私が辛い時、苦しい時、悲しい時、いつだって晴柀くんがいてくれる。
そう考えるだけで胸の奥が温かくなって、力が湧いてくるような気がする。
「……晴柀くんはDクラスだからクラス違うんだけどなぁ」
私たちのクラスと晴柀くんのクラスが戦うことになったらどうするんだろう? それでも晴柀くんは私を助けてくれるのかな? さすがにそれは無理だよね?
うん、Dクラスのみんなにも悪いし、その時は正々堂々と戦おう。
……晴柀くんが助けてくれたら嬉しいけど、私からお願いするのはやめる。それは甘え過ぎだよね。
でも、本当に私が困った時は晴柀くんに助けを求めよう。
もう一人で悩むのはやめにする。……って。
『帆波が困った時には俺が助けるから、もう一人で悩まなくていいんだ』
「晴柀くんの言葉が頭から離れないよぅ……」
うう、試験中なのにぃ……。
千尋ちゃんやクラスの子たちからも「具合が悪いの?」「大丈夫?」って心配されちゃったけど、こんなことみんなに打ち明けられないよぉ……。
『帆波が困った時には俺が助けるから、もう一人で悩まなくていいんだ』
一番の悩みが晴柀くんのことなんだけどっ! こんなこと恥ずかしくて言えるわけないよ~!!