□ 綾小路清隆
「股を開け」
「えっ……」
真鍋たちが立ち去り、一人で泣いている軽井沢に詰め寄ったオレは、軽井沢の過去を全て知っていること、平田に助けを求めても無駄なことを告げた。
いつでも虐められていた過去を暴露することができることを悟った軽井沢が、諦めたように足を開いた。
だが、その態度に、オレはもっと決定的な何かを隠しているのではないかと考えた。
左の脇腹を庇うようにしていた不自然な動き。そこに何かある。
「いや、やめて……っ」
軽井沢の着ている服をめくり、確かめようとしたその時、背後で気配を感じた。
「――軽井沢さんに何をしている、綾小路」
晴柀……?
どうしてここにいるんだ。
「た、助けて! こいつが無理やり……!!」
晴柀の姿を見た軽井沢が息を吹き返す。折角ここまで軽井沢の心を破壊できたのに、もう立て直そうとしてる。……ここから止めを刺すのは無理か。
「無理やり? どういうことだ。綾小路、説明をしろ」
晴柀がゆっくりとオレを警戒しながら近づいてくる。
その動きに武の心得が見られる。オレには劣るが、きちんとした武術を何年も鍛錬を積んできた重みがある。
「……これには事情があるんだ」
「嘘よ! こいつが私の体目当てに無理やり襲ってきたの!!」
「……詳しい話は後で聞く。俺は軽井沢さんを医務室に連れていくから、綾小路は自室で待機していろ」
「わかった」
晴柀の隣を通り抜けて自室に向かう。ビデオカメラを回収するのも忘れない。
「晴柀くん、私は被害者なんだよ!? あいつをやっつけてよ!! 先生に突き出して!!!」
「落ち着いて、軽井沢さん。頬が真っ赤に腫れている。すぐに氷を貰って冷やした方がいいよ」
こうなってしまっては軽井沢をオレの手駒にするのは厳しい。
それに軽井沢が晴柀にいろいろと話すだろうから、それをどうやって誤魔化すか考えないといけない。
思いがけないアクシデントによって計画の中断を迫られたオレは、部屋に戻って晴柀がやってくるのを待った。
□晴柀渉
偶然Cクラスの女子たちが『関係者以外立ち入り禁止』のドアから出てくるのを見かけた。
酷く楽しそうな様子で「軽井沢ったらボロボロ泣いていい気味~!」と盛り上がっているのを見て、嫌な予感がした俺は彼女たちが出てきたドアの中に入って軽井沢さんを探した。
職員用通路のような場所を進むと、奥で争い合うような気配がした。
現場に辿り着いた俺が見たのは、床に座り込んだ軽井沢さんに向かって「股を開け」と命令している綾小路の姿だった。
軽井沢さんがいるのは予想通りだったが、どうして綾小路がこんな場所にいるのか分からない。もしかしてさっきの女子たちとグルになって軽井沢さんを虐めているのか?
――許せない。
頭に血が上るのを感じながら、努めて冷静であろうとする。
綾小路の向こう側に座り込む軽井沢さんは、何度も頬を叩かれたようで真っ赤に腫れてとても痛々しかった。
綾小路がなにか言い訳をしていたが、まずは軽井沢さんを保護して治療を受けさせるのが先だ。
「晴柀くん……。私のこと、守ってくれるの?」
「もちろんだよ。俺が守るから安心してね」
「うう……。あ、ありがとう……」
涙をこぼす軽井沢さんを抱きかかえて船内にある医務室に向かった。
「一つだけ教えてほしいんだけど、軽井沢さんに暴力を振るったのは綾小路がやったのか?」
「……違う。Cクラスの子たちが私を取り囲んで、頬を叩いたり、髪を引っ張って突飛ばしたりしてきて……。その子たちがいなくなった後に、突然綾小路がやってきたの」
「またCクラスか……」
あの龍園のクラスだ。
グループ試験でやり込められた仕返しにまたうちのクラスの生徒を狙ったのかもしれない。あの不良、どうにかして退学にできないものだろうか。
「綾小路の後にCクラスの子たちとも話をしてくる。軽井沢さんは休んでいて。ここならお医者さんたちもいるから安全だと思うよ」
「……うん」
まずは綾小路の部屋に向かおうとしたところで、軽井沢さんが俺の服の裾を掴んでいることに気がついた。
「どうかした?」
「……本当に助けてくれるの?」
「もちろんだよ。しっかり話をつけてくるつもりから」
「でも! あいつら、こんなことをして……! 話し合いなんて言っても、次は何をされるかわからないじゃない!」
「大丈夫」
不安に揺れる軽井沢さんの瞳を見つめて、俺は強く言い切った。
「あいつらに次はないから大丈夫だ。俺に任せて」
「……うん。……ありがとう、晴柀くん。本当に、ありがとう――」
俺の言葉に安心した軽井沢さんが再び泣き出してしまった。
そのままベッドの上で眠ってしまった軽井沢さんを残して、俺は綾小路の向かう。
詳しいことは綾小路たちの話を聞いてから考えるが、もしも綾小路たちがグダグダ言うようなら俺があいつらを退学させる。そう決めた。
□綾小路清隆
オレの部屋にやってきた晴柀に事情を説明した。
元々軽井沢は真鍋たちのグループの標的として狙われていて、嫌がらせを受けていた。
軽井沢は平田に相談したが平田にもどうにもならなかった。
そこで平田から話を聞き、真鍋たちの虐めを止めるためにわざと軽井沢と真鍋を呼び出して動画を撮影した。
「これがその証拠の映像だ」
真鍋たちのグループが軽井沢を逃がさないように囲む、笑いながら一方的に暴力を振るっている映像が映っている。
この映像があれば真鍋たちの虐めを辞めさせることも退学に追い込むこともできる。軽井沢の問題も全て解決だ。
「綾小路は軽井沢さんと平田のために動いたというわけか?」
「そうだ」
「嘘をつくな」
晴柀の手が伸びてきて、オレの胸元を掴んだ。
「ぐっ……!」
避けようと思えば避けれたが、あえて受けたのは失敗だったかもしれない。
晴柀の右手一本で釣り上げられ、息が苦しくなる。
とんでもない力だ。
「あの時、軽井沢さんに『股を開け』と言っていたのを俺は聞いたぞ。軽井沢さんの服を脱がそうとしていたのも見ている」
「……っ」
やはり無理か。
先ほどの説明で誤魔化せたら楽だったが、晴柀に決定的な場面を目撃されてしまった以上、方向を変えるしかない。
「実は……オレは軽井沢が好きだったんだ。平田と付き合っているから諦めていたが、二人は偽の恋人関係だと平田が言った」
軽井沢を手駒にしようとしたことを誤魔化すために、軽井沢に惚れていたという設定を作ることにした。
「真鍋を利用すれば軽井沢と接近するチャンスだと思ったんだ。ほんの出来心だったんだ。もう軽井沢には何もしない。だから頼むから今回だけは見逃してくれないか?」
軽井沢に惚れているというのは嘘だが、手駒にするのを諦めるというのは本当だ。
それにオレが退学になればクラスポイントが減少してAクラス昇格が遠のく。晴柀にとっても退学にはしたくないはずだ。
衝撃が全身を襲う。一瞬息に詰まる。
(これは、あの時の……!)
五月の夜、男子寮の裏で堀北と生徒会長が会っていた時に
晴柀が時折発揮する常軌を逸した腕力。WRで様々な武術を学び、大きな力を発揮する方法を知っているオレでも抗えない力。
その正体は『火事場の馬鹿力』と呼ばれる現象、脳のリミッターを解除し人間が持つ筋力を100%発揮している状態だとオレは推測している。
技術ではない。恐らく晴柀は火事場の馬鹿力を発揮しやすい『体質』なのだろう。だからオレもこれは学習することができない。
足が宙を浮いたまま壁に押し付けられ、胸を圧迫されて呼吸が阻害される。
腕力に勝る晴柀に安易に掴ませたのは完全に失敗だった。数年ぶりにオレの背筋を冷たいものが走る。
「綾小路。俺は言ったはずだぞ」
言った? 何のことだ?
「今のお前は娘を海外の金持ちに売り飛ばそうとしていたクソ親のような――他人をただの道具としか見ていない。そういう目をしていると」
「……ッ!?」
「軽井沢さんが好き? 出来心だった? そう言えば俺程度なら簡単に騙せると思っていたんだろう。なあ、綾小路」
「……ああ。気づかれるとは……思わなかった……」
そうだ。晴柀には無人島試験の時にも同じことを言われていた。ならば、あの時のように今回も気づかれてもおかしくない。
どうやらこれ以上の誤魔化しは無意味の用だ。
そして、観念したオレは今度こそ正直に――茶柱に脅迫をされている状況と、軽井沢を手駒にしてAクラスを目指そうとしていたことを打ち明けたのだった。