誓って食い逃げはしません   作:タカリ

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この兄にしてこの妹あり

 例えば『DV加害者の前に出ると委縮してしまう』とか。

 『他者と良好な人間関係を作れず孤立しやすい』とか。

 『自分はダメな人間だと自己否定しがち』とか。

 『責任感が強すぎて一人でも何でも抱え込みやすい』とか。

 『他人に対して本当はいい人なんじゃないかと信じ込んでしまう』とか。

 

 俺も精神科医ではないので正確な診断はできないが、DV被害者によく見られる特徴というのは知っている。

 

「俺の……せいなのか……」

 

 いくつか例をあげたところ、DV男には心当たりしかなかったらしい。

 もしかしたら堀北さんの『自分よりも劣っていると思った相手を平気で罵倒する攻撃性』もこのDV男の影響かもしれない。

 DV被害者が大人になって新たなDV加害者になるという事例も多くある。子供は大人の態度を見て学ぶ。良くも悪くも、身近な人間の影響というのは非常に大きいんだ。

 

「すまなかった、鈴音……」

 

 さて。DV男が開き直って堀北さんのせいにするようなら、俺が念入りに叩きのめしてやるつもりだったが、どうやらそこまで腐ってはいなかったらしい。

 ただ、今は二人ともショックが大きすぎて正気ではないので、改めて明日話し合いをすることに決めた。ちょうど土曜日で学校も休みだからちょうどいい。

 

「俺は堀北さんが落ち着いたら部屋まで送るから、綾小路は先輩を部屋まで送ってくれ」

「わかった。……なあ、晴柀」

「なんだ?」

「子供に教育と称して暴力を振るうことは悪いことなのか?」

「そりゃそうだろ」

 

 綾小路が変なことを聞いていたが、そんなの考えるまでもなく当然のことだ。

 

「もちろん、全部が全部ダメってわけじゃない。何度注意しても言って聞かない子供に体罰を与えることもあるし、一度も叩かれたことのない子供は痛みを知らずに成長してしまう。それも歪なことだと思う」

 

 俺は体罰を推奨しているわけではないが、野生の猿みたいな連中がいるのも事実だし、そういう奴らはいくら注意しても聞かないと考えている。

 

「ただ、日常的に何度も何度も暴力を振るって、言うことを聞かせようとするのは間違っている。ただの虐待だし、それは教育ではなく大人による子供への支配だと思うな」

「そうか……」

 

 ……なんか綾小路の反応が本当に気になってきたな。

 

「もしかして綾小路もそういう経験があるのか?」

「……いや、ただ少し気になっただけだ」

「ならいいけど。何か悩みとかあったら言えよ。友達なんだからさ」

「ともだち……」

 

 あれ? もしかして俺、綾小路から友達だと思われていない? まさかそんなわけないよな?

 

 □

 

 友情とは何なのか考えさせられることはあったが、堀北兄のことを綾小路に任せて部屋に戻った。

 

「ココアをいれたけど大丈夫? 紅茶とかコーヒーの方が良かった?」

「……ううん、大丈夫。ありがとう」

 

 ベッドに腰かけてぼんやりしていた堀北さんにココアの入ったカップを渡すと、ちびちびと飲み始めた。少し温めにしたから火傷はしないだろう。

 

「……DV被害者だって言われても実感がないのだけど、どうしたらいいのかしら」

 

 そのまましばらく待っていると、ぽつりと呟くように言った。

 

「普通だったらご両親や児童相談所に連絡して、病院で医師と話し合って今後を決めた方がいいと思うけどこの学校だからね」

「……あまり大事にはしたくないの。……私はやっぱり、兄さんに迷惑をかけたくない」

「そうだね。俺もそれでいいと思うよ」

「……本当に?」

「もちろん」

 

 堀北さんは被害者だからあのDV男のことを庇う必要なんかない。今すぐに警察に突き出すべきだ。そう告げるのは簡単だが、それで実の兄がこの学校を退学になれば悲しむのは堀北さんだ。

 自分のせいで兄の将来を潰してしまったと悔やみ続けるだろう。実の家族なのだから、そうなって当然だ。

 

「明日だけど、俺がお兄さんと二人で話をするから堀北さんは話し合いが待っててくれるかな」

「それは、でも、私が当事者なのに……。それに部外者の晴柀くんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないわ」

「いいんだよ。俺がやりたいからやってるだけだし。……それに俺、完全に部外者ってわけじゃなくて、お兄さんにいきなり殴られそうになった被害者だからね?」

「それは……! そうよね、そんな大事なことをすっかり忘れていたわ。兄さんがいきなり襲い掛かって、本当にごめんなさい……」

「堀北さんは気にしないでね。悪いのはお兄さんだから」

 

 完全に。100%。非があるのがあの暴力男だけで、堀北さんには何一つ責任はない。

 ただ、俺は部外者ではないよ、という話だ。暴行の責任はちゃんと本人に取ってもらうつもりだ。

 

「俺もこの件が大事にならないように気をつけるから。あとは俺に任せてくれる?」

「……ありがとう。晴柀くんに全部任せるわ」

 

 普段と違ってどこか儚げな様子の堀北さんがやっと笑ってくれた。

 俺に対して心を開いてくれているように思えるその姿の破壊力は素晴らしく、俺の鉄の自制心がなかったらそのままベッドに押し倒していたかもしれない。

 

 堀北さんが弱っているところにつけこむなんて、そんな卑怯な真似はシナイヨ?

 

 □

 

「お休み、鈴音。また明日」

「お休みなさい、渉くん。またね」

 

 かなり長い時間、鈴音と話をした。

 話の内容のほとんどは鈴音の兄・堀北学のことだった。

 小さい頃から優秀で勉強もスポーツも常に一番。高育でもAクラスに入りずっとAクラスの地位を維持したまま生徒会長として生徒全員を導く、まさに絵に描いたような成功者だ。

 

 そんな兄を鈴音も小さい頃から尊敬していて、兄のようになりたいと努力し、この高育に入学したらしい。Aクラスに上がりたかったのも兄の後を追いかけていたから、というのが理由だったようだ。

 

 だからこそ今回のDVの件はショックが大きかったのだが、俺がきちんと堀北兄と話し合うから大丈夫だと安心させることで落ち着きを取り戻した。

 それと、堀北さんだと紛らわしいのでこれからは鈴音と呼ぶことにした。入学してからの一か月が嘘だったかのように距離が縮んだな。

 あとは明日の堀北兄との話し合いの結果次第だけど、鈴音とはこれからも仲良くやれそうだ。

 

 □

 

「……一晩考えたのだが、鈴音を傷つけた俺が近くにいれば鈴音が苦しむことになるだろう。だからこの学校を退学しようと思うんだ」

 

 お前、妹の気持ちとか考えたことないんか?

 

 □

 

 人間の屑の堀北兄を正座させ、鈴音の気持ちを伝え、退学になったらむしろ鈴音が苦しむだけだと説得をした。鈴音の兄なのにどうしてこんな簡単なことが理解できないんだ……。

 

 その後も堀北兄の弁明なのか愚痴なのか妹自慢なのかわからない話を聞いたところ、堀北兄は妹のことが大好きなシスコンだったことが判明した。

 

「鈴音には俺以上の才能がある。だが俺の真似をしているだけではただの劣化コピーにしかならないと気がついてしまったんだ。だから俺は鈴音を遠ざけようとした」

 

 その結果がDVだと。

 なんかもうさあ……。

 

「鈴音のコミュ障の元凶、お前だろ!!」

 

 お前の気持ちは鈴音にこれっぽっちも伝わってないんだよ!!!

 暴力を振るう前に、まず口で説明しろ!!!

 

 会話を、しろ!!!




『DV加害者の前に出ると委縮してしまう』→兄との対面
『他者と良好な人間関係を作れず孤立しやすい』→まさにそのとおり
『自分はダメな人間だと自己否定しがち』→兄との会話の内容
『責任感が強すぎて一人でも何でも抱え込みやすい』→できるだけ自分だけでなんとかしようとする
『他人に対して本当はいい人なんじゃないかと信じ込んでしまう』→満場一致試験の櫛田

 ただの一例です。
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