ポンコツコミュ障お兄様との話し合いをしたが、堀北兄の一番の希望は『クラス内での鈴音の地位上昇と友人関係の構築』だった。
俺もクラスの中で孤立していて一人も友人がいない鈴音の状況は良くないと思っていたが、堀北兄はその原因が自分だったと理解してしまった。
「今まで俺が手を出しては鈴音のためにならないと思っていた! だが、俺が犯した罪が鈴音が苦しめていたというのなら! その償いとして全力を出させてもらおう!!!」
つまり自重をなくしたシスコンの本気である。コワイ。
まず手始めに堀北兄が持っていた600万PPを譲渡された。そのうち500万は鈴音に渡し、100万は俺への謝罪と謝礼だという。
「ポイントそのものはまだ端末に入っているのだが、それはクラス全員から集めたポイントで
俺の一存では動かせないんだ。すまない。代わりにポイントで購入できるものや権利についてのデータを渡しておこう」
「あ、はい。ありがとうございます……」
600万なんて大金をポンと渡してきただけでもすごいのにまだあるらしい。
え、2000万で『好きなクラスに移動できる権利』が買えるのか? 『退学を取り消す権利』も2000万で買えるみたいだし、クラスポイントだけでなくプライベートポイントも重要なのか。
「次は定期試験の過去問と解答だ。特に次に中間試験では毎年同じ問題が使いまわされている。この問題用紙と解答があれば満点を取るのも簡単だろう」
「更にとんでもない情報が出てきた……」
須藤たちの赤点回避のために必死に駆け回っていたのに、思わぬところからチートアイテムを手に入れてしまった。
「期末試験から先は違う問題が出る。きちんと勉強をしておくようにな」
「わかりました」
「そして次はこれだ。俺が調べたこれまでの特別試験のルールと試験結果、そして各クラスの動きをまとめたものだ」
「『特別試験』……?」
堀北兄曰く、この学校は年に4~5回の頻度で『特別試験』と呼ばれる特殊な試験が実施されるらしい。
クラスポイントが大きく変動する重要な試験で、早ければ一学期中に、遅くとも夏休み中に無人島でサバイバル試験を行うのが通例となっているらしい。
この情報だけでも非常に重要なのだが、堀北兄は自分たちの学年だけでなく他学年に実施された特別試験の情報も調べていたようで、それらのデータも全て渡してもらえた。
間違いなく貴重な情報であり、譲られた600万PPよりこれらの情報の方が価値があるかもしれないと思った。
「俺があいつのためにしてやれることはこれだけだ。鈴音のことを頼むぞ……」
「はい……。がんばります……」
堀北兄は鈴音の心理的負担を避けるために校内での接触を控えるという。
今後の試験も、俺たちが助言を求めれば答えるが、堀北兄の卒業後のことを考えてできるだけ自分たちの力で戦ってみろと言われた。
俺たちのクラスは不良品の集まり、Dクラス。たった一か月で全ての
だが、ここまで大きな助力を受けることができたんだ。あとは俺と鈴音の頑張り次第だろう。
感謝の気持ちを込めて深々と頭を下げると、堀北兄の部屋から退出した。
□
午前中に堀北兄との話し合いを終え、午後から鈴音を部屋に招いた。一晩経ったお陰か昨夜の弱々し気な様子はなかったが、俺を見た時に小さく微笑んでくれた。可愛い。
「兄さんがこれを……。そう……。ありがとう、渉くん。少し考えさせてちょうだい」
堀北兄から預かったポイントや各データを渡すと、いくつものデータを見比べながら考え込む。
「兄さんが言っていたのはそういうこと……。学力だけではない、クラスの総合力が……。団結……裏切者の対処……ペアやグループでの試験も……」
真剣にデータを見つめている鈴音の横顔が美しい。
俺は彼女の邪魔にならないようにそっと距離を取った。
堀北兄は鈴音との接し方を間違えてしまったのかもしれない。
だが、鈴音の為を思って用意された贈り物が今後の鈴音の成長の糧になる。
そんな予感がしたのだ。
□
30分後。
「渉君」
「うん」
ようやく端末の画面から顔を上げた鈴音が、強い光を宿した目で俺を見つめる。
「これから先の戦い、まずクラスを一つにまとめる強力なリーダーの存在が不可欠になるわ」
「なるほど、確かにそうだろうね」
リーダーのいない集団などただの烏合の衆。他のクラスからしたらいいカモだろう。
「そしてクラス全員の協力と団結が必要不可欠。……私も、一人では勝つことができないと思うの」
「それも当然だね」
俺が確認した特別試験にもペアやグループでの課題があった。鈴音一人だけがどれだけ優秀でやる気があっても、相手の協力がなければ試験に勝つことはできない。
「他にも課題は山積みで、今の私には足りていないものばかりだけど……」
俺は鈴音の隣に座り、彼女の手を握った。不安に揺れる赤い瞳が向けられる。
「渉くんは、私とAクラスを目指してくれる……?」
「もちろんだよ。一緒にAクラスで卒業しよう。約束だ」
「……ええ、約束よ」
鈴音は俺の返事を聞いて安心したように柔らかく微笑んだ。
「そういえば、鈴音が俺に無理やりスペシャル定食を奢ろうとしなくなったのは大きな成長だね」
「……奢らなくても協力してくれるって言ったのはあなたじゃない」
「それだけ俺のことを信頼してくれているんだなって実感した」
あのスペシャル定食は『自分が協力を頼んでも断られるのではないか』という鈴音の不安の表れだったんだろう。だから先に対価を用意し、頼みを断れないようにしてからじゃないと動けない。
自己評価の低さと他者への不信。
鈴音の心の底に刻み込まれたものがほんの少しでも取り除けたのなら、これ以上に嬉しいことはない。
□
翌週、鈴音は自分の今までの態度が悪かったと須藤たちに謝り、一緒に勉強会をしようと改めて誘った。
最初は意固地になりそうだった須藤も、女子である鈴音に頭を下げたことが罰が悪かったようで、勉強会に参加することを承諾した。
勉強を教えている間、時々つい罵倒の言葉が漏れそうになる鈴音だったが、それを改めようとしている姿に須藤たちの態度の軟化し、お互いに軽口を言い合えるくらいになったのは大きな進歩だろう。
その一方で、綾小路も呼んで一緒に作戦会議をして、試験の一週間前になったら勉強会で過去問を使おうと相談した。
「一週間前は早すぎないか? テスト前日の方がいいだろ。そうしたらみんな一生懸命暗記すると思うぞ」
「何言っているんだよ、綾小路。前日に渡しただけじゃ答えを覚える時間もないだろ。五教科だけとはいえ高得点を狙うなら一週間前からの方がいいだろ」
「……そうなのか?」
「そうだよ」
綾小路はテスト前日に配ろうとか言っていたが、それで暗記できるのは元々頭のいい人間だけだ。須藤や池は無理に決まっている。
「こういうのは同じテスト用紙を何枚もコピーして、試験当日まで毎日同じ問題を繰り返し解いて、全部の問題を解けるようになるまで復習を繰り返すのが一番覚えやすいんだ。受験の時も過去問を繰り返し解いたりしただろ?」
「あー……。言われてみれば、そうだったかなー……」
「お前隠す気ゼロだな」
「なにも隠してないぞ」
「私でもそれが嘘だとわかるわよ、綾小路くん」
「な、なにも隠してないぞ……」
綾小路はやはり本当ならかなり勉強ができるんだろう。それを隠すのがお粗末すぎるけどな。
本当は綾小路にも本気でテストを受けてほしいのだが、本気で目立ちたくないようなので無理強いはできないな。
仕方ないので平均点以上の点数は絶対に取るように言った。クラス平均を下げるような真似はさすがに認められない。
□
こうして一週間前から過去問を繰り返し使った勉強が功を奏し、須郷たちは全教科で80点台。平均点はなんと90点を超え、クラスの半分近くが100点を取るというとんでもない好成績を取ることができた。
他のクラスは過去問の存在に気がつかなかったのか、一年で最も平均が高かったのはDクラスだったらしい。これも全部鈴音と堀北兄のお陰だろう。やったぜ!