□坂柳有栖
「テスト結果はDクラスが一位。しかも最下位の生徒ですら80点以上を取っていると。ふふっ、晴柀くんたちは随分と頑張ったみたいですね」
「Dクラスが頑張ったからっていきなりこんな高得点を取れる? クラス全員でカンニングしたって言われた方が納得できるわ」
中間試験の結果が発表されました。学力で最も秀でいているAクラスが当然一位を取ると思いましたが、結果はなんとDクラスが一位。クラスの半数近くが500点満点を獲得し、平均点は90点以上。一番成績の悪い須藤くん生徒も全教科80点を越え余裕で赤点を回避です。
この点数は明らかに異常。神室さんがカンニングを疑うのも当然でしょう。
「カンニングではなく学校公認で事前に試験問題と解答を得る方法があり、それを晴柀くんが見つけたというのはどうでしょう?」
「晴柀の奴が? そんな優秀には見えなかったし、坂柳の買いかぶりじゃないかしら?」
神室さんはなにかとつけては晴柀くんを貶そうとしますね。よほど最初の出会いの印象が強かったのでしょう。
かくいう私も彼の淹れるお茶が美味しかったので評価が甘めになっている可能性は否めません。最近は彼の手作りのお茶菓子も出てくるようになりましたが、それもお店で売っているのと遜色がない味でした。私と神室さんの好みに合わせて微調整してくれているのも評価のポイントですね。
「橋本くんに動いてもらっているのですぐに確認できると思いますが、どうでしょうか神室さん。私と一つ賭けをしませんか?」
「……どんな賭けよ」
「今回のDクラスの逆転劇に晴柀くんが関与しているかどうかです。負けた方はそうですね……。次のお茶会に手作りのお菓子を持参してくるというのはいかがです? 晴柀くんにばかり負担を強いるのもよくありませんから」
「……いいわよ。その賭けに乗ってあげる」
「そうですか。次のお茶会が楽しみです」
神室さんの手料理を食べたことはありませんが、お菓子作りはどうなのでしょう。バレンタインなどのイベントでお菓子を手作りする子もいるようですし、意外と上手だったりするのかもしれません。
「――ただし私は晴柀が関わっている方に賭けるわ」
「えっ?」
ちょっと待ってください。それは話が違いますよ、神室さん。
「神室さん、あなたは先ほど私に買いかぶりじゃないかと言いましたよね」
「それはそれ、これはこれよ。賭けを持ち掛けてきたのは坂柳なんだから、どちらに賭けるか決める権利は私が貰うわ」
「そんなの卑怯ですよ!」
「嫌なら賭けはなしね。今なら素直に降参すれば許してあげるわ」
「くっ……」
私の勘がこのままでは賭けに負けると囁いています。ですが、素直に降参するのも悔しいです。
神室さん、入学当初と比べて少々手強くなったような気がしますね。何故なのでしょう……。
「ふふん。坂柳、あなたの手作りのお菓子、楽しみにしているわ」
「後悔することになりますよ……!!!」
この私に屈辱を与えたこと、絶対に忘れませんからね。神室さん、そして晴柀くん……!!
□堀北鈴音
「こんな点数を取ったの生まれて初めてだよ! ありがとう、総理!!」
「私からもありがとう! 総理くんってすごかったんだね!」
テストの結果発表の後、渉くんがクラスメイトたちに囲まれて口々にお礼を言われている。
渉くんが先輩と交渉して過去問を手に入れたと説明してあるので当然だ。
「堀北、勉強会助かったぜ。……ありがとな」
「堀北さん、本当にありがとう! よかったらみんなで勉強会の打ち上げしない?」
「どういたしまして。ただ、今回の成果はあなたたちがちゃんと勉強したからよ。……打ち上げはもちろん参加させてもらうわ」
「おお、やった! 堀北さんも参加だ!」
「よっしゃ! あとは櫛田さんにも声をかけないとな!」
私の周りに須藤くんたちがやって、勉強会のお礼を言ってくれた。……最初の勉強会ではあんなに険悪だった相手なのに不思議に思う。打ち上げも以前の私だったら断っていたに違いない。
「打ち上げなんて時間の無駄よ。あなたたちは次の期末試験に向けて今日からすぐに勉強するべきだと理解できないのかしら」などと言って須藤くんたちを怒らせたことだろう。
端末が音を立ててメールの受信を伝えた。
送り主は――『堀北学』。
心臓の音が跳ね上がるのを自覚しながらメールを開くと『1年のクラス別最高得点の獲得、よくやった。おめでとう』の一文だけ。
あの夜から全てが変わった気がする。兄さんも私も、間違った道に進んでいたのがやっと正しい道に戻れたような気がした。
『ありがとうございます』。
今はこれだけ。本当は兄さんにもっともっと話したいことがたくさんあるけど、今はまだうまく話せる気がしないから。その時が来るまで、そっと胸の中にしまっておく。
「――みんな聞いてほしい! 実は今回の過去問なんだけど――」
メールの返事を送り終わると、突然渉くんが声を張り上げた。
「この過去問の入手、堀北さんにも手伝ってもらったんだ! 堀北さんは恥ずかしいから秘密にしてくれって言っていたんだけど、本当は堀北さんも今回の功労者なんだよ!!」
渉くんの突然のカミングアウトに、クラス中の視線が私に集まった。一瞬の静寂。渉くんが話したことを噛み砕くように、少しだけ時間が流れる。
「マジかよ堀北!! お前、すげーな!!!」
静寂を打ち砕いたのは――須藤くんの言葉だった。
「お前が過去問を手に入れてくれなかったら俺、退学だったかもしれねえよ!! サンキューな!!」
「俺も俺も! 堀北さんってばマジで女神様だよ!!」
快活で声の大きな須藤くんと、周囲の空気を明るくするような池くんの言葉に空気が変わる。
渉くんの周りを囲っていた人たちの一部が私に対して「ありがとう!」「堀北さん、すごいね!」と口々に感謝と称賛の言葉を送ってくれた。
彼らに対してできる限り笑顔で受け答えながら、しっかりと胸に刻む。
これは全て渉くんと兄さんがお膳立てしてくれたことだ。
私の力で手に入れたものなんて何一つないのだと。
二人の好意に応えるために、私は自分の実力で
私の本当の戦いは、ここから始まる。
□櫛田桔梗
ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく!!!
どうして堀北があんなにみんなから賞賛されているの!?
中学時代の堀北さんの噂を知っているけど、そういうことをする子じゃなかったはずだ。勉強会だって私が手助けしなかったら三バカたちと喧嘩したまま失敗に終わっていた。
クラスで孤立しているお高く止まった嫌な奴! みんながそう思うように堀北の印象を誘導しようとしていたのに、今回の功績で全部ひっくり返ってしまった!!
「ウザい、マジでウザい! 死ね死ね死ね!! 堀北!! 死んでよ消えてよなんでなのよウザいウザいウザい!!!」
勉強会の打ち上げに参加したけど本当に最悪だった。
堀北のことをべた褒めする三バカに、いつの間にか堀北と名前で呼び合うようになった晴柀のクズ! 最初に自己紹介でもバカなことを言って女子たちから引かれていたのに、いつの間にかその評価を逆転させた! なんでよ! なんで私が一番になれないのに、あんなクズがみんなから評価されているのよ!!
「晴柀も消えろ! 私の前から全員消えろ!! 晴柀も堀北も――」
「俺のことを呼んだ? 櫛田さん」
「――――ッ!!」
夜の公園。誰もいないと思っていたのに、いつの間にか背後に晴柀のクズが立っていた。手には……携帯端末? もしかして、今の発言を全て録音された?
「はいこれ。櫛田さん、綾小路の部屋に忘れ物したよね」
違った。晴柀が持っていた端末は私が忘れたものだったようで、録音や通話などはしていなかったみたいだ。
「……見たよね?」
「櫛田さん、ストレスがたまってるみたいだね」
「誰のせいだと思って……ッ!!」
一旦落ち着け。相手のペースに飲まれるな。今の醜態をバラされたらまた中学の二の舞に……なんとかしてこいつの口を封じて、堀北と一緒に退学に「安心してよ、バラスつもりはないから」なにが安心してだ、何一つ安心する要素が「今夜見たことも、櫛田さんの中学時代のことも、ね」
――こいつ、私の過去を、知っている!!
「……堀北? 堀北がバラしたんだ? そうでしょ?」
「櫛田さん、最初から鈴音のことが嫌いだったよね。勉強会で堀北さんが言っていたこともあながち的外れではなかった」
「……」
「俺が過去問を手に入れたとクラスで説明したのもそう。鈴音が手に入れたものだと知ったら櫛田さんは邪魔していたんじゃないかな」
「……」
「そして今日。俺が鈴音の功績だと説明したことで櫛田さんは我慢ができなくなった。さっきの打ち上げの時もずっとイライラしていたのがわかったよ」
「……それで、私が一人でストレスをぶちまけている場面を抑えた、ってわけ」
「そういうこと」
……なんだ、こいつ。
私の印象とこいつの能力に差があり過ぎる。こんなに頭の回転の速い人間じゃなかったはずだ。愚鈍とは言わないが、普通。お人好しだが平田の方がまだ使える。そういう印象。
それなのに、私が堀北を嫌っていたことに気がついていて、私の妨害を回避した上でこの場に姿を見せた?
「ちょっと冷えてきたかな。櫛田さん、よかったら俺の部屋に場所を移そうか。飲み物は何がいい?」
「……それじゃあ、紅茶をいただこうかな。お邪魔させてもらうね!」
私の秘密を知っている以上、晴柀を放置するわけにはいかない。そして堀北の付属品なのか、それとも堀北以上に厄介な存在なのか見極めなければならない。
晴柀を確実に退学に追い込むために、私は彼の誘いから逃げずに部屋までついていくしかなかった。