櫛田さんは鈴音のことを嫌っている。
俺がそう告げると、鈴音も同じことを感じていたようだ。何かきっかけとなる出来事があったわけではなく、ただの勘でしかないが、櫛田さんからの敵意のようなものを感じると鈴音は言っていた。
『櫛田さん。あなた本当は何をしに来たの。私の邪魔をするために来たの?』
図書館での鈴音の言葉も『櫛田さんからの敵意』が理由だった、というわけだ。
まあそれでも、もっと他に言い方はあったのではないかと思うけど。
だが、鈴音には櫛田さんから嫌われるような心当たりがなかった。鈴音はこの学校に入学してから初めて櫛田さんに会ったと言っていた。
けれど初対面にしては櫛田さんから鈴音に向けられる負の感情が強すぎる。俺や綾小路に接触して鈴音の動向を聞き出そうとする動きもあったし、入学前に二人の間に何かの因縁があったのではないかと思う。
「……渉くんの方こそ、どうしてそこまで櫛田さんのことに詳しいのかしら? もしかしてずっと監視していたの?」
「え? このくらいなら見てたら分かるよね」
なんでと言われても、女の子が誰に気があるとか、誰を嫌っているとか、
だから軽井沢さんと平田が付き合いだしたって聞いた時は驚いたな。
二人が付き合いだして二か月近く経つけど全く進展していないのも気になるけど……。さすがに人の彼女にそこまで深入りするのも悪い気がするので自重している。
「それで、櫛田さんのことだけど。中学や小学校で鈴音の身の回りでなにか起きたりしなかった?」
「――そういえば、私の通っていた中学でクラス崩壊があったという話を聞いたことがあるわ。私は詳しく知らないけど、女子生徒が一人でクラス全員を――」
鈴音の話を聞いて直感した。
これが櫛田さんが鈴音を排除したかった理由。櫛田さんが隠しておきたかった過去なのだ、と。
□櫛田桔梗
悔しいが晴柀の淹れた紅茶はとても美味しかった。私はこんなに美味しいお茶を淹れられない。そう考えるだけでイライラする。
「それで? この部屋に連れ込んで何をするつもりかな?」
正直、このまま押し倒されるんじゃないかという不安がある。そうなったら私はいつでも『レイプ被害者』として晴柀を退学にすることができる。けど、できればそんな手段は使いたくない。当たり前だ。でも、晴柀に私の秘密を知られてしまった以上、拒みたくても拒めない。
不安で揺れる私の心を知ってか知らずか、晴柀は軽い口調で言った。
「櫛田さんの話を聞きたいんだ。実際に何をしたのか。なぜやったのか。何を考えていたのか。櫛田さんのことを知りたい」
「私の話を……?」
……なんで今更。
堀北から全てを聞いているはずなのに、改めて私の話を聞いて何したいのか。
私の行いがいかに愚かな行為だったか、嘲笑うつもりなのか。
晴柀の狙いがわからないけれど、彼の言葉に従うしかない。
「いいよ。……私はね、小さい頃はとても優秀な子供だったんだ――」
□
それは一人の少女の話。
成長するにつれて自分の限界を悟り、一番になれないことに絶望し、それでも必死に一番になろうと足掻き続けた少女の物語。
自分が一番でないと我慢できないコンプレックスの塊。承認欲求の怪物と呼ばれた異常性。
彼女の物語は善人の皮を被った悪人の末路であり、自分で自分をボロボロになるまで追い込んだがストレス発散のために迂闊な行動を取り、ついに全てが露見して破綻するという最悪のバッドエンドを迎えた。
一つのクラスの全員を巻き込んで不幸にし、誰一人として幸せになれない。
それが少女の過去のだった。
□櫛田桔梗
(彼は私になんて言うのかな?)
私を異常者だと言った人がいた。私の行いと許せないと怒る人がいた。理解できないと遠ざかっていく人がいた。
そんなことはわかっている。私の気持ちを誰かに理解してもらえるなんて考えていない。
親にも、教師にも、仮初の友人にも、誰も私を止めることはできなかった。
私が私であるために、この承認欲求を満たすために、これからも私は――
「……頑張ったんだね」
「はぁ?」
「ストレスで体調を崩すくらい、一生懸命に善人であろうとしたんでしょう? 凄いことだよね」
なにを言っているの?
「他の生徒からたくさんの相談を寄せられるくらい、櫛田さんは頑張ったんだよね。きっといくつもの相談事を解決して、周りから『頼りになる』『凄い』と思われていたんだ」
だってそれが気持ち良かったから。
「『承認欲求』。櫛田さんはみんなの困りごとを解決する度に周りから褒められて、承認欲求を満たされていた。もっともっとみんなの悩みを解決しようとしていた」
「――けれど、櫛田さんには解決できない悩みが来てしまった」
教師と生徒の恋愛の悩み。
子供を妊娠してしまったがどうしたらいいか。
他にもいろいろな問題が、様々な相談が、私にはどうしようもない、いろんなことが……。
「問題を解決できなければ賞賛されない――『承認欲求は満たされない』」
「……ッ!」
「櫛田さんは一生懸命考えたはずだよ。自分の承認欲求を満たすために。善人として在り続けるために、自分の持てる全力で問題解決にあたったはずだ。……でも」
私は、私には――。
「どれだけ悩んでも、考えても『問題を解決できなかった』。当然だ、ただの女子中学生が解決しようにもあまりに問題が大きすぎた。そして、解決できないことが櫛田さんのストレスの『最大の原因』となって心身を苛んだんじゃないかな」
……。
「問題が大きすぎて気軽に愚痴も言えない。誰にも相談できない。匿名のブログにすら全てを書き込むことは憚られた」
……。
「そんな状態で、櫛田さんはずっと一人で頑張っていた」
……やめて。
「本当に、よく頑張ったね」
やめてよ……。
「わたしに、そんな……優しい言葉を、かけないで……」
私は善人なんかじゃない。『いい人』なんかじゃない。
ただ自分が気持ち良くなりたくて、自分のためにずっと演技をしていただけで。
「他の人たちの分まで俺が褒めるよ。誰が否定しても、櫛田さん自身が否定しても。俺は君を否定しない」
でも、本当は苦しかった。ずっと苦しかったということに、彼の言葉で気がついてしまった――。
怪物を生み出したのは誰なのか。