死体回収屋が、無窮迷宮の最深部を目指す   作:氷見崇瑞月

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投稿が遅くなり、大変申し訳ございません。熱中症で死線をさまよっていました。


迷宮探索は道連れ世は情け

 

(わ、わからない。ど、どう答えれば……)

 

 あまりの惨状と、血を吐くような悲痛な懇願に、ガブリエラは返事に窮していた。

 そも、自分一人の感情で安易に決められるような話ではない。

 この死地において、見ず知らずの彼らを助けるか否か。

 その最終的な決定権と責任は、あくまで指導者であるシドウにあるのだ。

 震える瞳で背後を振り返る彼女の様子を見かねたのか。ガブリエラの肩に重い手を置き、シドウが無言で歩み出た。

 その陰鬱な眼差しが、ガブリエラの足元にすがりつく水色の髪の少女を静かに見下ろしている。

 

「この状況下での三人分の『治癒の貴石』の譲渡、および二人分の死体の運搬――最終的な地下五階層の昇降機までの護衛、すべて込みで金貨二〇〇枚だ。分割払いでもいい。払えるか」

 

 金貨二百枚。それは駆け出しの冒険者にとっては、大聖堂で正規の蘇生費用を払うよりは遥かに安上がりとはいえ、それでも気軽に頷ける金額ではない。

 

「……は、払います。必ず……っ」

 

 だが、命には代えられない。

 差し出された羊皮紙の契約書に、少女は一瞬だけ顔を歪めながらも、生き残るためと割り切ったのか。震える手で尖筆(せんぴつ)を握り、自らのサインを刻み込んだ。

 

「……ヴァシリアだな。よし、契約成立だ」

 

 書かれた名前を確かめると、シドウは背嚢の奥から分厚い包帯と、小さな木箱を取り出した。

 箱の中から現れたのは、神秘的な紫色の燐光を放つ親指大の結晶だった。

 《輝龍教》の司祭級に位置する神官が、神の祝福を直接込めた貴石。

 かつてガブリエラ自身が死にかけた際に治療で使われたそれである。

 対象者の造血機能を強制的に活性化させ、神経組織の再生を引き起こし、肉体修復に関する奇跡を瞬時に顕現させることができる。

 一粒を入手するだけでも金貨二〇枚の寄付を大聖堂に納めなければならない、極めて高額かつ希少な使い捨ての治療手段であった。

 シドウは一切の躊躇なく、その一粒を腸をこぼして瀕死の態にある魔術師の少年の元へ持っていくと、ガブリエラへ短く、しかし絶対の命令を下した。

 

「……これも君のいい訓練だ。ガブリエラ、手伝ってくれ。そいつの四肢を全力で押さえつけろ」

「は、はいっ!」

 

 ガブリエラは咄嗟に愛杖である《玲瓏の月》を傍らの床に置き、膝をついた。

 血と泥、そして撒き散らされた臓物の生臭い悪臭が立ち込める石畳にローブの裾が汚れることなど、もはや気にも留めない。

 白目を剥いて痙攣している少年の両肩に全体重を乗せ、華奢な腕に限界まで力を込めて押さえ込んだ。

 

「いいか、治癒中に暴れられてずれると、内臓が捻れたまま癒着する。絶対に動かすなよ」

 

 シドウはそう吐き捨てるや否や、素手で少年の生温かい臓腑を強引に腹腔へと押し戻し、その上から容赦なく治癒の貴石を押し当てた。

 

「ぎ、ぎぎぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!?」

 

 ジュウウウッ、と肉が焼けるような不気味な音と共に、魔術師の少年が喉が裂けんばかりの絶叫を上げる。

 貴石から溢れ出した紫色の光が傷口に浸透していく。

 千切れた血管や筋肉、裂けた皮膚が、まるで無数の赤いミミズのようにそれぞれが意志を持って蠢き、急速に絡み合い、癒着していく。

 すさまじい激痛に狂乱し、のたうち回ろうとする少年の身体を、ガブリエラは歯を食いしばり、自らの腕が軋むほどの力で必死に押さえ込んだ。

 やがて眩い光が収まると、少年の腹部には赤黒いケロイド状の痛々しい傷痕が残ったものの、致命的な出血は完全に止まっていた。

 正気も取り戻したのか、『ああ……っ』と安堵したような呻き声を漏らし、少年は意識を手放した。

 微かな寝息を立てる少年に対して、呆れたようにシドウは鼻を鳴らした。

 

「次。ガブリエラ、君は荷物持ち(ポーター)の腹に刺さった破片を抜け。全て抜き終わったら、俺が貴石で傷口を塞ぐ」

「分かりました!」

 

 流れるようなシドウの指示に、ガブリエラは即座に動く。

 彼女は腰の解体用ナイフを抜き、荷物持ち(ポーター)の青年の腹部に深々と突き刺さった宝箱の木片や金属片を、時に肉を切り裂きながら器用に取り除いていく。

 破片が抜けるたびにドクン、ドクンと赤黒い血が間欠泉のように噴き出すが、シドウがすぐさま傷口に貴石を当て、強制的に肉を塞いでいった。

 

「――ひとまずはこれでよし。あとは、君だな」

「あ、ありがとうございます……」

 

 重傷の程度に従って処置を終えたシドウは、最後に水色の髪の少女――ヴァシリアを見つめた。

 シドウがヴァシリアの焼け爛れた右腕と腹部に最後の貴石を押し当てる。

 欠損し、炭化した指が元通りに生えてくるわけではないものの、ひとまずは傷口の完全な止血と肉の再生が完了したことで、彼女から失血死の危険は去った。

 その間、現実逃避してうわ言を繰り返すばかりだった神官の少女は、絶望の淵に僅かな希望の光明が見えてきたことでようやく正気を取り戻したのか、輝龍神(アモン)の名をすがりつくように呟きながら、大粒の涙をボロボロと流していた。

 

「さて。次は死体回収をやるぞ、ガブリエラ。袋に納めてくれ」

 

 シドウは背嚢の奥から、分厚い帆布でできた防水仕様の大きな袋を二つ取り出した。

 そして、爆発をまともに受けて頭部を吹き飛ばされた全身鎧の男と、完全に炭化して人間の形すら保っていない斥候の遺体の元へ歩み寄る。

 

「いいか、慎重に入れてくれ。乱暴に扱ってこれ以上欠損が広がれば、蘇生の難易度が大きく変わってくる」

 

 迷宮内で命を落としたとしても、冒険者にはまだ一縷の望みが残されている。

 大聖堂の高位神官による『蘇生の嘆願』だ。

 神官による蘇生魔術とは、死体の損壊や腐敗の度合いが小さければ小さい程、成功率が上がるという絶対の法則がある。

 なお、今回の全身鎧の男のように頭部を完全に失った場合は比較的蘇生の難易度が大きく跳ね上がるとのことだったが、それでも肉片一つでも多く地上へ持ち帰ることに意味があるのだ。

 ガブリエラは込み上げてくる強烈な死臭と吐き気を必死に飲み込み、変わり果てた肉塊となった見知らぬ冒険者の遺体を、シドウと共に可能な限り丁寧に袋へと収めていった。

 

 やがて、治療を受けた荷物持ち(ポーター)の青年が青白い顔ながらも立ち上がり、まだ意識の戻らない魔術師の少年を背負い上げる。

 それを見届けたシドウは短く宣言した。

 

「ではいくぞ。隊列を組む」

 

 ずしりと重い死体袋を二つ背負ったシドウと、杖を構えたガブリエラは、魔術師を背負う荷物持ち(ポーター)や、ヴァシリアたち生存者を中央に挟み込む陣形を取り、四層の奥へと足を踏み出した。

 負傷者と死体を抱えての行軍は、ガブリエラが想像していた以上に過酷なものだった。

 生存者たちが撒き散らす濃厚な血の匂いに惹かれ、次から次へと暗闇から魔物たちが姿を現す。だが、ガブリエラは前衛として立ち塞がり、一歩も引くことなく次々と魔術で迎撃していく。

 以前の彼女であれば、到底処理できなかったであろう局面だ。

 しかし、今の彼女は冷徹なまでに正確な魔力制御で、迫り来る敵を瞬時に氷漬けにし、無力化していった。

 その華奢でありながらも圧倒的に頼もしい背中を見つめるヴァシリアの瞳には、同年代の少女に対する驚愕と、深い敬意が入り混じっていた。

 

 玄室に巣食う魔物をある程度処理したところで、シドウが短く休息を宣言した。

 

「ここで食事休憩をとる。半々刻だけだ」

 

 ガブリエラは手早く聖印を置き、聖水を撒いて簡易的な結界を構築する。

 そして背嚢から干し肉と固い黒パン、乾燥葡萄と無花果、革袋に入った水を取り出した。

 シドウが火打石で持参した薪に火を熾し、小さな鍋で温かいスープを作り、疲弊しきった冒険者たちに振る舞っていく。

 

「……あの、本当にありがとうございます」

 

 温かい木の杯を受け取り、ヴァシリアが震える両手でそれを包み込みながら礼を言った。

 温かいスープが冷え切った胃の腑に落ちたことで、極度の緊張状態にあった彼女たちの顔に、ようやく僅かながら生きた血の気が戻る。

 

「僕たちは……自分の力を完全に過信していました。こんな浅い階層で、あんなことになるなんて……」

「迷宮の罠は、常に冒険者の欲と慢心につけ込むものさ。無知はここでは死と同義だ」

 

 シドウの冷淡で容赦のない言葉に、ヴァシリアは唇を強く噛み締め、静かに悔し涙を零した。

 ガブリエラは無言で干し肉を齧りながら、まさにかつての自分の愚かな姿をヴァシリアに重ねていた。

 

(私はもう、あんな風にはならない。自分の足で立ち、絶対に生き抜いてみせる)

 

 ガブリエラは杖の柄をきつく握りしめ、揺れる焚き火の炎を見つめながら静かに決意を新たにした。

 

 短い休息を終え、慎重にガブリエラたち一行は第四階層の探索を再開していく。

 度重なる魔物との交戦を潜り抜け、やがて彼らの視界に、開けた広間と、そこから地下五階層へと繋がる巨大な螺旋階段の入り口が姿を現した。

 

 だが、階段前の広場に足を踏み入れた瞬間――ガブリエラの研ぎ澄まされた感覚が、肌を粟立たせるような強烈な『違和感』を捉えた。

 

「……待ってください」

 

 ガブリエラが鋭い声で制止し、杖を水平に構える。

 異常なまでの静寂。

 鼻腔を突くのは、真新しい鉄錆のような――大量の濃厚な血の匂いと、ねっとりとした瘴気の淀みだ。

 それに加えて、微かだが火の魔術により何かが焦げたような残滓と、暗がりから複数のもったりとした荒い呼吸音が感じ取れる。

 

(これは、小鬼(ゴブリン)の気配。でも、なにかが決定的に違う……!)

 

「GIAッ、GIAHAHAHAHAッ……!」

 

 嘲笑ともつかぬ耳障りな声とともに、暗闇の中から《澄光(リュミア)》に照らされて複数の影が姿を現す。

 現れたのは、通常の小鬼の倍近い巨躯を持つ小鬼精鋭種(ホブ・ゴブリン)たちだった。

 だが、異常なのはその体格ではない。

 彼らは皆、返り血で黒く染まった『人間用の鎧』を身に纏い、歪な刃こぼれをした鋼の剣や槍を引きずっていたのだ。

 それは間違いなく、かつてこの場所で彼らの獲物となった、他の冒険者たちから奪い取った装備であった。

 彼らの濁りきった瞳は、狂気と異常なまでの愉悦、そして底知れぬ悪意に満ち満ちている。

 

 そして、それら武装した精鋭種たちを従えるようにして、頭目(リーダー)と思わしき一体が前に進み出た。

 

 長身痩躯のその小鬼精鋭種(ホブ・ゴブリン)は、不気味なことに『司祭服』を身に纏い、手には禍々しい魔力を放つ杖を握っていた。

 

「上物ガオリマスナ、コレハコレハ。我等ガ主モ大イニ喜バレルコトデショウ」

 

 人間の言葉を、歪な発音で紡ぐ異形の魔物。

 迷宮で冒険者を狩り続け、進化してしまった存在。

 

 ガブリエラたちを待っていたのは、人間以上に卑しい笑みを浮かべた魔物の集団だった。




このゴブリンは、『ゴブスレ』世界にいる全員『渡り』のクソ強いゴブリンのイメージでお願いいたします。
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