死体回収屋が、無窮迷宮の最深部を目指す   作:氷見崇瑞月

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※8/22 一部軽微ながら文章を修正いたしました。


鉱人族の工房にて

 あの一件から数日が経った。

 手続きと荷物の整理は驚くほど速やかに進み、ヴァシリアとグレイスのふたりは、貴族街にある彼女等自身の住まいから、スラムと境界を接するシドウのクランハウスへと引っ越しを完了させていた。

 《黎明》の構成員たちから向けられていた冷ややかな視線と、息が詰まるような重苦しい空気から逃れられた安堵感はあるのだろう。だが、ふたりの表情には依然として緊張と戸惑いが色濃く残っている。

 美しい貴族街から、埃っぽくやや薄汚れた場所へと住環境が劇的に変動したのだ。元貴族であるガブリエラにもわかるが、その落差に対する心労も少なからずあったはずだ。

 

 引っ越しの荷解きがひと段落するや否や、シドウはガブリエラとふたり――つまりは現在進行形で面倒を見ている()()()を伴い、迷宮都市の西部地区へと向かった。

 そこは鍛造のための巨大な水車が何基も川沿いに並び、無数の煙突からモクモクと黒煙が立ち上る職人街である。

 立ちこめる煤の匂いと肌を焼くような熱気、そして絶え間なく響き渡る重厚な鉄の打撃音が、訪れる者の鼓膜を震わせる。武具を求める冒険者か商人でなければ、まず好んで近寄らない場所だ。

 

「――まあ、かくかくしかじかでまとまった金が入る予定だから頼む、バンガンの旦那。

 一人分のしっかりした鎧一式――胸鎧と肩鎧と、三人分の鎖帷子を用意してくれ。

 あと、いい盾か剣があったらくれ。まとめて買わせて貰う」

「要求が多いわ、スラム上がりが!!

 それに鎖帷子も鎧もそんな簡単には作れんわっ!

 ジェイクもお前も、少しは遠慮というものを知らんかっ!」

「いやはや、流石に俺とジェイクを同列にしないでくれよ」

(ワシ)にとっては、永遠にオマエとあいつは同じクソガキだっ、ボケぇ!!」

 

 シドウの鬼畜極まる注文に対し、まさに雷鳴のような怒声を上げたのは、頑丈な金床の前に腕を組んで立つ鉱人(ドヴェルグ)――バンガンであった。

 その岩のように頑強な肉体には、無数の火の粉の跡が刻まれている。瞳も猛禽のように鋭く、疵だらけの顔面も相まって幼子なら泣きそうな風貌であった。

 熱気が渦巻く巨大な工房の片隅で、強面な職人の剣幕に圧されていた少女三人は、思わず身を寄せ合って顔を見合わせた。

 

「……なんか、ふたりとも仲よさそうですね」

「うん、会話の仕方が親子みたい……」

「……まあ、それはそれとして、ここに置かれている武具の出来は確かなようですわね。刃の輝きが違いますわ」

 

 ガブリエラの囁き声に対し、ヴァシリアとグレイスは戸惑いつつも困ったように笑う。

 最初はどこかぎこちなかった三人だが、同じ迷宮で死線を潜り抜けた仲であり、同年代の少女たちであることも手伝ってか、次第に打ち解けつつあった。

 

 シドウはバンガンの怒声など涼しい顔で受け流し、金貨がぎっしりと詰まった重い革袋を近くの作業台にドンと置いた。

 

「まあ、手間がかかるのは流石にわかるさ、バンガンの旦那。

 一から全部作るなら余裕で数ヶ月以上はかかるんだろ。

 その製作期間中の追加の加工費用も含めて、きっちり出す。

 これで文句はないだろう」

「チッ……! オイ、ベティ!

 この嬢ちゃんたちの寸法を測れ! 採寸もなしに鎧なんぞ打てるか!」

 

 バンガンが工房の奥に向かって怒鳴ると、「はいはい、聞こえてるっすよ」と威勢の良い声とともに、短い髪を後ろで無造作に結んだ助手の女――ベティが、巻尺と羊皮紙を片手に姿を現した。

 

「あー、シドウのアニキ、お久っすね。

 その革鎧、いつまで使い続ける気なんすか。

 もう何年も前に買ったやつっすよね?」

「修繕は欠かしていないからな。あと数年は持たせるつもりだ」

「相変わらずの貧乏性っすね……」

 

 呆れたようにカラカラと笑ったベティは三人の前に立ち、上から下へと品定めするように視線を走らせた。

 

「女性用の更衣室を用意してるんで、そっちに移動してほしいっす。

 その間、シドウのアニキは親方と適当に駄弁っててほしいっすよ」

 

 とっさにガブリエラはシドウを見るが、彼は肩を竦めるだけだった。

 お前たちだけでさっさと行ってこい、ということらしい。

 

「わ、わかりました……よろしくお願いします」

 

 三人娘は連れ立って工房の奥にある更衣室へと向かった。

 ベティが三人全員の名前を羊皮紙に記載した後――採寸のために三人全員が服を脱ぎ、鎧下(ギャンベゾン)だけの状態になったのだが、それを見たベティは「こりゃ駄目っすね」と大きく首を振った。

 なんでも、鎖帷子作成において採寸の基準となる鎧下(ギャンベゾン)の布地の縫合や詰め物の状態が、職人の目から見て思った以上に悪く――まさかの鎧下(ギャンベゾン)からすべて新調し直す必要があるとのことだった。

 渋々、三人は薄手の亜麻布の服(リネンシャツ)と下穿きだけの、ほとんど下着に近い無防備な姿となった。

 

 まずはヴァシリアが、恥ずかしそうに身をすくめながら前に出た。

 武具作りのために体格、骨格、筋肉の付き方を観察しているにしては――心なしか鼻息が荒いように見えるベティは、手際よく巻尺を滑らせ、ヴァシリアの胸囲を計測した瞬間にカッと目を見開いた。

 

「うわっ……一目見た時から思ってたすけど、すごいおっぱいっすねえ!

 何食ったらこんな細身でそうなるんすか!?

 これじゃ、その辺の吊るしの胸鎧なんか着たら、絶対つっかえて息できなくなるっすよ!」

「ひゃあっ!? あ、あまり触らないでください……っ!」

「すっごいっすわ。この圧倒的な弾力と、程よい柔らかさ。

 まさにおっぱいの大魔獣っすよ。もしくは伝説の爆乳王の申し子!

 いやはや、その若さでこのおっぱいはほんとにありえないっすよ」

 

 ばるんばるん、と存在を主張するように揺れる暴力的な双球。

 かの大聖堂で見た《大聖女》も相当立派なものをお持ちだったが、こちらのヴァシリアも全く負けていなかった。

 うすうすガブリエラも気が付いていたが、ヴァシリアはなんと『僕っ娘爆乳剣士』という反則的な属性を隠し持っていたのである。

 というか、客に対してその言動と対応は大丈夫なのか。

 完全に公私混同をしているのではないか、とガブリエラは内心で首を傾げざるを得なかった。

 

「……じゅるり、素晴らしい体躯(スタイル)っすね。いけないいけない思わず涎が」

 

 骨盤にかけてのくびれや膨らみまで、隅々まで堪能するような採寸が終わり、羊皮紙に情報を記載し終えたベティは満足げに額の汗を拭った。

 なお、完全に羞恥心で戦闘不能になったヴァシリアは、顔を真っ赤にしてその辺の床に倒れ伏している。合掌。

 

「終わったっす。次にグレイスさん、頼むっすよ」

「……承知しましたわ。ですが、妙な真似をしたら殴りますわよ」

「まあまあそういわず」

 

 悪意(?)は無いながらも、欲望を丸出しにした採寸――それもパーティメンバーであるヴァシリアへの対応に憤りを抱いているのだろうか。

 片眉を上げるグレイスに、ベティが薄笑いを浮かべながら躊躇なく巻尺を巻き付けていく。

 案の定、ベティの容赦ないおっぱい批評が始まった。

 

「ふむ、グレイスさん。

 いいっすねぇ。

 ヴァシリアさんが比較対象だから尺度的におかしくなりそうっすけど、普通に文句なしで巨乳っすよ。

 つーか美巨乳。張りのある理想的なお椀型っすわ」

「胸を揉む必要はあるのかしら」

「いやー、長乳や規格外の爆乳より、アタシはこっちの造形のほうが好みっすね。

 芸術的というか装飾美とでもいうべきか」

「胸を揉む必要はあるのかしら」

 

 額にピキリと青筋を立て、グレイスが聖なる気を帯びた拳を振り上げる。

 恐れをなしたのか渋々といった表情で、ベティはその他の部位の採寸へと移った。

 結局、ベティはどこか欲求不満な顔でグレイスの採寸を終えたようだった。

 

「さあーて、最後はお待ちかねの主菜(メインディッシュ)――じゃなかった、ガブリエラさんっすよ」

 

 爛々と目を光らせて迫るベティに対し、ガブリエラは静かに、すべてを諦めたように瞳を閉じた。

 ――採寸後、なにか女としてのとても大事なものを失ったような虚無感に襲われたのは、彼女だけの秘密である。

 

 

 

 

「……んで、シドウ。野暮な詮索をする気はないんだが。

 あの新米(ヌーブ)たちを、本気で育てる気なのか」

「ああ、勿論だ。三人ともそれなりの才能の原石だと思っている。

 磨けば光るはずだ――俺とジェイクすら超えるほどにな」

「いや、あの様子だと()()()()()()()()()

 あのお嬢ちゃんたちには、明らかに才気そのものが根幹から欠落している。

 オマエも内心、そう思ってんだろ。シドウ」

 

 鉱人(ドヴェルグ)は鼻を鳴らす。

 熟練の職人ならではの冷酷な批評だった。

 

(ワシ)だって百年以上生きとる。冒険者を見る目利きはあるつもりだ。

 歴史に名を残せる真の強者と、そうでない有象無象との差がな。

 ……わかるぜ。あの魔術師のお嬢ちゃんが持ってた杖、トゥバンとこの代物のはずだ。

 つまり今の段階で、あの領域の品質の杖がなければ、戦力としてはほぼ成り立たない。

 あのお嬢ちゃんたちは全員そういう位階(レベル)なんだろ」

「流石に、旦那の目は誤魔化せないか。雑な嘘は見抜かれるな」

 

 シドウは小さく息を吐き、肩を竦めた。

 

「だが、だからといって育てることを放棄する理由にはならない。

 もしかしたら、ある時俺たちの想像をはるかに超える、とんでもない飛躍を見せるかもしれない――そう、思わないか?」

「ふん、それこそてめえの勝手だろうよ。物好きめ」

 

 バンガンが呆れたように頬肉を吊り上げる。

 

 ――その後もとりとめのない雑談を彼らは行い、半刻程経って工房奥の更衣室の扉が開かれた。

 

 ベティに連れられて、疲れたような顔のガブリエラたちが戻ってくる。

 何故かベティだけが艶々としている。

 

「――遅すぎるわい」

「いやいや、親方。

 万が一にも間違いがないように万全を期してやったっす。

 時間がかかるのは当然っすよ」

「本当に本当か?」

 

 バンガンはベティからひったくるように羊皮紙を受け取ると、記載された寸法を見て短く舌を鳴らした。

 

「鎧下から作り直しときたか――なら、鎖帷子の仕上がりは仮合わせも兼ねて六週間後だ。

 胸鎧等は二ヶ月以内にきっちり仕上げてやる。

 命を預ける道具だ、手抜きは絶対にせん。金もしっかり分捕ってやるから覚悟しとけ!」

「頼んだぜ、バンガンの旦那」

 

 もう早速作業に取り掛かり始めたのか、バンガンが手だけを上げて、シドウの言葉に応える。

 

 ――鎖帷子、どんな風になるんだろ。

 

 少し精神的に回復したガブリエラは、未だ見ぬ自分だけの防具に期待で胸を膨らませる。

 いずれにせよ、完成するまでにやはりそれなりの時間があるようだ。

 その間は、やはり容赦のない鍛錬と――命懸けの迷宮探索が続くのだろう。

 重厚な鉄の匂いと熱気が渦巻く職人街を背に、魔術師の少女は確かな前進を感じながら師と仲間たちとともにクランハウスに戻るのであった。

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