死体回収屋が、無窮迷宮の最深部を目指す   作:氷見崇瑞月

20 / 21
投稿が遅くなり、大変申し訳ございません。

マジでなんとか執筆速度上げていこうと思います。


才無き者たちの抗い

「……っ、つよ、すぎる」

 

 ヴァシリアは柄頭(ポンメル)を強く握りしめ、木剣を必死の形相で構える。

 隣には、長年の相棒であるグレイスが同様に肩で荒い息をしながら、前方へ木製のメイス――を突きつけていた。

 二人の全身は滝のような汗に塗れ、手足は限界を超えた酷使によって微かに痙攣している。

 少女たちが見据える先。そこには剣士の男、シドウが立っている。

 いつもの黒い革鎧に、安物の木剣をだらりと下げた無造作な佇まい。

 だが、その立ち姿には、付け入るべき隙というものが寸毫(すんごう)たりとも存在しなかった。

 ただ自然体でそこに在るだけだというのに、見えない薄刃を喉元にぴたりと突きつけられているような錯覚すら覚える。

 深い闇を湛えた黒い瞳が、泥濘で足掻く小動物を値踏みするようにこちらを静かに見つめていた。

 

 ヴァシリアは、水色の髪から額に滴る大量の汗を手の甲で乱暴に拭い、熱を孕んだ重い息を吐き出した。

 昂った感情と恐怖をどうにか抑え込み、丹田に力を込めて集中を深める。

 

 ――本当に怪物だ。怪物以外の言葉が見つからない。

 

『俺をこの場から一歩でも動かしてみろ』

 少女たちの戦技の訓練として彼がそう宣言してから、すでに半日以上がゆうに経過していた。

 どこか自分たちを侮っているようなシドウの言葉に、最初は反発心や屈辱を覚えたのも事実だ。

 同年代の少女であるガブリエラには傍目からも相当目をかけているくせに、と内心で毒づきもした。

 だが、いざ打ち合ってみて、その思い上がりは粉々に打ち砕かれた。

 以前の迷宮探索で同行したときからもうかがえた圧倒的な技量、神速のごとき反応速度、そしてまるで数秒先の未来を視ているかのような先読み。

 ありとあらゆる攻撃のすべてを息をするように容易く受け流され、ヴァシリアとグレイスという前衛二人がかりで死に物狂いの猛攻を仕掛けてなお、半歩すらもシドウの立ち位置をずらすことができなかったのだ。

 

 果たして、迷宮都市でも有数の規模を誇る自分たちのクラン《黎明》に、これほどの剣技の遣い手は存在していただろうか、とヴァシリアは熱に浮かされた頭で思考を巡らせる。

 否、百戦錬磨のベテラン冒険者たちの中ですら、ここまで絶望的な力の差を感じさせる存在はいなかったはずだ。

 

「うおおおおっ!」

 

 自らの内に巣食い始めた怯懦(きょうだ)を振り払うように、ヴァシリアは枯れかけた喉から雄叫びを上げる。

 声を出さなければ、得体の知れない圧力に心がへし折られ、武器を握れなくなってしまいそうな気がしたからだ。

 眼前の規格外の戦士へと挑むように、大地を蹴って走る。

 泥を跳ね上げ、残された気力のすべてを振り絞り、勢いのままに剣先で刺突を放つ。

 だが、その刺突は、まるで最初からそこに置かれていたかのように差し出されたシドウの木剣の剣身によって、極めて容易く、滑るように弾き落とされた。

 しかし、それは想定内だ。

 連動して、体勢を崩したヴァシリアをカバーするように、グレイスが側方から強烈な踏み込みと共にメイスを横凪に薙ぎ払う。まともに当たれば骨をも砕くであろう、体重の乗った重い一撃。

 

「雑だな」

 

 二人の連携としては悪くないように見えるタイミングで繰り出された、メイスの打撃だった。

 しかし、寸前でシドウが軽く差し出した左の手の平によって、ピタリと、文字通り音もなく抑え込まれてしまった。

 

「なっ……!?」

 

 グレイスが驚愕に目を見開く。どんなに両腕に力を込めて押し込もうとしても、シドウの掌に吸い付いたようにメイスは完全に固定され、一寸たりとも動かすことができない。。

 戦慄に固まるグレイスに対し、シドウは無造作に、がら空きになった彼女の胸元へと掌底を放つ。

 内臓を直接揺さぶるような衝撃に、グレイスが「がはっ」とくぐもった痛みの声を漏らし、糸が切れた人形のようにその場へくずおちた。

 すかさず体勢を立て直したヴァシリアが、下段からシドウの足を狙って斬り上げる。

 だが、シドウは己の木剣の刃の部分を左手で無造作に握りしめ、手首を返すようにして木剣を反転させた。

 そして、刃ではなく、重量のある硬い柄頭(ポンメル)の部分を、ヴァシリアの首筋へと正確無比に叩き込んだ。

 脳髄を直接揺らす鈍い衝撃。

 視界が白く明滅し、平衡感覚が狂う。ヴァシリアはたまらず膝をつき、胃液を吐き出しそうになりながら激しく咳き込んだ。

 

「ああ、流石にモルトシュラークの概念は知らないか……。まあ、実戦における泥臭い殺し合いの技法だからな。綺麗な剣術の型しか習ってこなかったお嬢様方には縁遠い代物だろう」

 

 首の激痛に耐えながらヴァシリアが見上げれば、シドウは激しい打ち合いをした後だというのに、額に汗ひとつかかないまま、涼しい顔で地面に這いつくばる少女たちを見下ろしていた。

 

「――前提として君たちに何が足りないか、教えてやろうか」

 

 思った以上に戦士としての練度の低さ――あるいは、少女たちがこれまで受けてきたであろう基礎教育の無さに、どこか呆れたようにシドウは眉を上げた。

 

「まず攻防の組み立てに一切の捻りがない。視線が正直すぎる。足運びの癖、目線の動き、武器を振る際の肩と腰の入り方。何が狙いか、敵手に数瞬でわかってしまう。それでは『ここを攻撃してください』と自ら敵に宣言しているのと同じだ」

 

 シドウは木剣を肩に担ぎ、淡々と事実を述べる。

 

「おまけに戦技自体が粗雑すぎる。

 攻撃と攻撃の間に致命的な間隙がある上に、いくら意外性のある動きを見せたとしても、大振りすぎて見てから余裕で対応ができる。総括すると、すべてが下級冒険者の域を出ない。

 君たちの身体能力や素質はそれほどに悪くないと個人的に思うが、技術があまりにもお粗末だ。

 それでは、迷宮の中層以降では一瞬とも持たずに魔物の餌になるだけだ」

 

 とんとんと、シドウは木剣の鍔で己のこめかみを叩いた。

 

「身体を動かす前に、頭を動かせ。相手がどう動くか、どう動かせるのか。常に盤面全体を俯瞰しろ」

「……わかりました」

 

 完膚なきまでに叩きのめされてなお、戦士としての矜持(プライド)を激しく擽られ、ヴァシリアは震える足に鞭打って立ち上がる。

 隣では、グレイスも痛む腹を押さえながら、再びメイスを構えていた。

 付き合いは長い。言葉を交わさずとも、互いに考えていることは痛いほどわかる。

 二人は、ほんのわずかな視線の交錯――簡単なアイコンタクトを交わした。

 ヴァシリアは木剣を構え、再度シドウへと突っ込む。

 剣術における、いわゆる屋根の構えからの大上段。気合いと共に振り下ろす《怒りの斬撃》と見せかけて、寸前で手首を返し、横薙ぎへと軌道を変えるフェイント。

 同時に、グレイスも再びメイスで強襲する。今度は単調な踏み込みではなく、左右への細かなステップを交えて的を絞らせず、狙いがわからないように工夫している。

 

 ――今度こそ!

 

 確かな手応えはあった。しかし。

 シドウは微かに口角を上げると、剣先を僅かに動かし、器用にヴァシリアの木剣の力を化かした。

 受け止めるのではなく、力をそらす。

 合気にも似たその絶妙な技術により、木剣の勢いをあらぬ方向に流され、ヴァシリアはたたらを踏んで無様に転倒した。

 さらにシドウは、そのまま反転した木剣の鍔の部分でグレイスのメイスを器用に弾き落とし、彼女の腕を掴むと、体捌きだけで背負うように軽く投げ飛ばした。

 宙を舞ったグレイスが、背中から地面に叩きつけられ、肺から空気を吐き出して悶絶する。

 

「まったくわかってねえなぁ……頭を使えと言った端から、小手先の技に頼りやがって。

 まあいい、今日のところはここまでだ。あとは筋力と体力向上の訓練に入ってくれ」

 

 冷淡な言葉をふたりに投げ捨て、シドウは興味を失ったように背を向け、裏庭の隅で愚直に腕立て伏せを続けているガブリエラの方へ向っていく。

 

 ――あまりにも、差がありすぎる……。

 

 背中を見せて歩き去るシドウの姿に対し、ヴァシリアはただ黙って地面にうつむき、泥に塗れた拳を固く握りしめて震わせることしかできなかった。

 己の無力さが、ただただ悔しかった。

 

 

 

 

 迷宮都市の南部地区、スラム街に境を接するシドウのクランハウスに夜が帳を下ろした。

 日中の喧騒や熱気は嘘のように引いていき、遠くで野犬の吠える声や、酔っ払いたちの怒声が微かに聞こえるだけの静寂が建物を包み込んでいた。

 スラムの饐えた匂いと暴力の気配は外壁によって遮られている。それでも夜の空気はどこか重く、冷たく肌を刺した。

 

「……いや、参ったね。正直僕は、心が折れそうだよ、グレイス」

「わたくしもですわ。全身の骨が軋んで、悲鳴を上げておりますの。夜の食事もまともに喉を通りませんでしたわ」

 

 ヴァシリアとグレイスは、同じ寝台の上にいた。

 元々はシドウの配慮でそれぞれに個別の部屋が用意されていたのだが、《黎明》のクランマスターであるダリルに引き取られる前――孤児院で過ごした幼少期の習慣で、こうして夜はふたりで一緒に寝るのが、彼女たちの当たり前になっていたのだ。

 飢えと寒さ、そして明日への恐怖を紛らわせるための、幼い頃からの防衛本能のようなものだった。

 乾いた友情とでも家族愛とでもいうべきか――結局、風呂で汗と泥を流した後に、ヴァシリアの部屋に訪れたグレイスと他愛のない歓談をし、疲れ果ててそのまま同じ毛布に包まっていた。

 

「それにしても……ガブリエラさんはすごいよね」

 

 天井の木目をぼんやりと見つめながら、ヴァシリアがぽつりと呟いた。

 昼間、命じられるままにクランハウスの裏庭で、不恰好ながらも必死に腕立て伏せや背筋等を続けていた少女魔術師の姿が脳裏に浮かぶ。

 

「ええ、そうですわね。シドウさんの直弟子というだけはありますわ」

 

 グレイスが相槌を打つ。さらに彼女は、あの過酷な訓練を終えた夜中には、シドウとマンツーマンで迷宮の地図の精査作業や情報整理を行っていることも知っている。

 同年代とは思えないほどの勤勉さ、そして優秀さだった。

 シドウが彼女を傍に置く理由が、嫌でも理解できてしまう。

 

「僕たち、オックスさんたちに報いられるような、立派な冒険者になれるのかな」

「……頑張るしかないですわ。立ち止まることは、許されませんもの」

 

 グレイスの静かな言葉に、ヴァシリアは毛布を強く握りしめた。

 シドウの指導は厳しいものだが、言っている理屈は的確であり、自分たちの弱点を正確に抉り出しているように思えた。

 思えば、クラン《黎明》では、ここまで親身になって、泥に塗れながら実戦的な技術を教えてもらえる機会は皆無だった。

 それはひとえに、クランマスターであるダリルの養子である自分たちに対する、周囲の冒険者たちの遠慮や忖度があったのだろう。

 あるいは、いくら教えても無駄だという『才能の無さ』を、熟練の冒険者たちからとうの昔に見抜かれていたのかもしれなかった。

 蝶よ花よと大切に育てられ、安全な場所で綺麗な剣術や打撃術の型だけを学ばされていた、自分たちの浅はかさと無知。

 

 そして、その未熟さが最悪の形で露呈したのが、あの迷宮での惨劇だった。

 優秀なクランのなかで『落ちこぼれ』として扱われていた自分たちの面倒をいつも見て、歳の離れた兄のように温かく支えてくれた先輩冒険者にして戦士のオックス。

 シドウの手を借りて迷宮から死体を運び出し、大聖堂で莫大な対価を支払い、なんとか死からの蘇生には成功したものの、彼は今までの記憶を完全に失い――右も左もわからない幼子同然の人物になってしまった。

 文字通りの金貨大枚を叩いてこの結果なのか――と《大聖女》レティシアを責めることなどできようはずもない。

 彼女は紛れもなく、神への嘆願により現出した奇跡のすべてを注ぎ込み、肉体の修復と魂を戻す為に最善を尽くしてくれたのだ。

 ただ、《運命(フェイト)》と《偶然(チャンス)》の骰子(ダイス)が、ひどく悪い方へと転がっただけ。

 ズマだってそうだ。

 《黎明》に対して具体的な成果を上げ、自分たちの実力を認めてもらうために『見つけたこの宝箱を開けたい』と言い出したのは斥候(スカウト)である彼だった。

 だが、最終的にそれを許可したのは、他でもない一党(パーティ)頭目(リーダー)であるヴァシリアと、補佐のグレイスだった。功名心と焦りに駆られ、冷静な判断を下せなかったのだ。

 仕掛けられていた爆弾罠による耐え難い苦痛によって心身を破壊され、廃人となったズマ。

 そして、パーティメンバーのキースもビルンも、彼らの惨状と迷宮探索に心が折れ、冒険者業を辞めてしまった。

 その取り返しのつかない責任は、ある意味で少女たち自身にある。

 

 ――そうだ。僕たちはくじけてなんかいられない。

 

 彼らの犠牲に報いることができなければ、自分たちは何のために生き残ったというのか。

 クランマスターである養父ダリルに頭を下げ、他の団員たちの冷たい視線――『お前たちのせいでオックスさんは』という無言の非難――を背に浴びながらこのスラムの境界までやってきて、死体回収屋シドウの元に身を預けた意味がない。

 養父は安くない報酬契約をシドウと結び、自分たちを彼に託した。

 それは、才能のない義娘たちへの最後の情け、あるいは餞別だったのかは、今もわからない。

 だが、おんぶにだっこで何の成果も上げられず、泣き言を言って逃げ帰るような真似だけは絶対にできなかった。

 いずれ、力をつけて自立し、誰の目からも認められる実力を身につけて、堂々と自分たちは《黎明》に戻るのだ。。

 その確かな未来を掴み取らなければならないのだから、今日のような敗北にいつまでも打ちひしがれている暇はなかった。

 

「……そういえば、オックスさん。グレイスのことが好きだったんだよ」

 

 暗闇の中で、ふと思いついたようにヴァシリアが呟いた。

 

「え……?」

 

 突然の予期せぬ言葉に、グレイスは困惑の声を漏らす。月明かりに照らされた彼女の横顔を見れば、微塵も気づいていなかったことが窺えた。

 まあ、この様子だとほぼ――というか完全に脈なしだったのだろうが。

 それでも、一種の弔いとして――過去の彼が確かに抱いていた、ささやかで温かい感情の証として、伝えるべきことは伝えておこうとヴァシリアは思ったのだ。ただの『壊れた冒険者』としてではなく、不器用な恋心を抱く一人の優しい男としてのオックスを、誰かの記憶に留めておきたかった。

 養父から聞いた話だが、彼は指輪も既に用意していたらしい。

 つまりは、あの探索が何事もなく無事に成功していれば、彼はこの街へ帰還した後に、意を決してグレイスにそれを渡すつもりだったのだろう。

 

「そうですのね」

 

 哀しげにグレイスは長い睫毛を伏せた。

 もしかしたら、生還したオックスからの不器用な告白に絆され、オックスとグレイスが結ばれる未来の可能性はあったかもしれない。

 だが、所詮すべては永遠に失われた、終わった話に過ぎない。

 そして、ここで潰えた可能性に関して議論をすることに何の意味もない。

 残されたのは、やり場のない喪失感と、背負い続けなければならない重い十字架だけだ。

 

「……明日も、ボロボロになるまでしごかれるのかな」

「ええ。でも、今日よりは少しでも、あの方を動かしてみせますわ。

 わたくしたちが前を向かなければ、彼らの犠牲は本当に無駄になってしまいますから」

「うん。やろう、グレイス」

 

 静かな、けれど決して折れることのない強固な決意の言葉が、夜の冷たい空気に溶けていく。

 灯りが消され、窓の隙間から柔らかな月明かりだけが差し込む薄暗い部屋。

 過酷な明日に備え、互いの体温で冷えた心を温め合い、明日への活力を分け合うように。

 ヴァシリアとグレイスは互いを抱くようにして、意識を手放した。




Q:こんな可愛いおんにゃのこたちに対して、主人公の指導ちょっとパワハラ気味すぎへん?
A:主人公の戦技の師匠がハイパーパワハラ野郎(剣匠)だったのですが、彼から受けた指導を希釈しつつ大分甘口にしたのが今の感じになります……。なにせ、毎日死の寸前までボコボコにされていたので……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。