あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「私の、選択は――」
卓は、スカートの上で握りしめていた両拳にさらに少しだけ力を込め、九条社長の鋭い視線を真っ直ぐに見返した。
「この姿のまま、新しい人生を生きたいと思います。……第三の選択肢、一人の十五歳の少女として生き直す道を選ばせてください」
それは、四十八年間生きてきた『佐藤卓』という男の人生に、自らの意志で幕を下ろすことを決めた瞬間であった。
静まり返った社長室に、卓の澄んだ、しかし芯のある声が響く。
「ふむ」
九条は組んだ手の上に顔を乗せたまま、微かに目を細めた。
「なぜその決定となったのか、教えてくれるかね?」
「はい」
卓は一つ深呼吸をして、あらかじめ頭の中で整理していた理由を口にした。
「まず、第一の選択肢である『もう一度魔導具を使う』という道ですが……これはあまりにリスクが高すぎました。運良く元の男に戻れたとしても、記憶を失った赤ん坊になってしまっては死んだも同然です。特に、私には田舎に七十代の両親がいます。今から私が赤子に戻るなど、彼らにとって残酷すぎて、到底選択することはできませんでした」
「……だろうな」
「そして、第二の選択肢についてですが……」
卓はそこで、少しだけバツが悪そうに視線を泳がせた。
「正直に言って、この一ヶ月間のセーフハウスでの生活で、私は『自分が長期間、家でじっとしていられるタチではない』ということに気が付きました。最初は夢の隠居生活だと思ったんですが……毎日やることがなく、ただ時間が過ぎるのを待つだけの生活は、想像以上に精神をすり減らします。数年間もあそこで潜伏し続けるというのは、根っからの貧乏性で労働が染み付いている私には、厳しいものがあります」
それを聞いた九条の口元が、フッと緩んだ。
「なるほど。長年我が社の総務を支えてきた君らしい理由だ」
「ですから、第三の選択肢は、それらすべての問題を解決してくれます。……と言うと、まるで消去法で選んだように聞こえるかもしれませんが、実は、もっと前向きな理由があります」
「ふむ、理由とは?」
九条の問いに、卓の脳裏に浮かんだのは、二週間前、薄暗いカラオケルームで目をキラキラと輝かせていた、一人のギャルの少女の顔だった。
「この一ヶ月の間に、私にはある友人ができました。……と言っても、中身の私ではなく、今のこの身体と同年代の女の子です。彼女は将来プロの歌手になりたいという夢を持ち、その実現に向けて、一人でひたむきに努力している、とてもいい子でした」
「ほう。この一ヶ月の間に、そんな出会いが」
「はい。彼女が全力で夢に臨む姿を見ていて……私は、気づかされたんです」
卓は、自嘲するような、けれどどこか晴れやかな笑みを浮かべた。
「『若い』ということは、それだけで『挑戦できる』ということなんだ、と。私は四十八年の人生で、それなりに勉強して、それなりの努力をして、それなりの進路を取り、それなりに生きてきました。波風を立てず、失敗しないように。……思い返せば、今まで何かに向かって、本気で死に物狂いで頑張ったことがないような気がします」
だからこそ、ユアの放つ若々しいエネルギーが、ひどく眩しかった。
「でも、今のこの身体なら……今からなら、私も頑張れる気がしたんです。これまで諦めていたことや、見ようともしなかった新しい世界。新しい夢を見つけて、もう一度、全力で挑戦することができると思ったんです。だから、私は……この若さを無駄にせず、新しい人生を歩みたいと思いました」
熱を帯びた卓の言葉が、社長室の空気を震わせた。四十八歳の酸いも甘いも噛み分けた後悔と、十五歳の未来への希望が入り混じった、彼にしか出せない真実の言葉だった。
九条はしばらく沈黙し、やがて深く、満足そうに頷いた。
「なるほど。……とてもいい友人に恵まれたようだな。君の選択を、尊重しよう」
その温かい言葉に、卓は顔を真っ赤にして照れてしまった。おっさんの自我が「ちょっと熱く語りすぎた!」と猛烈な羞恥心を呼び起こしたのだ。
照れ隠しのために、卓はわざとおどけたように付け加えた。
「ま、まあ! これまでの資産がそのまま引き継げるということなので、もし新しい夢に挑戦して大失敗したとしても、一生遊んで暮らせる保険があってラッキー! とは思ってますけどね!」
「はははっ」
九条は声を上げて笑った。あの冷徹なカリスマ社長が、腹の底から楽しそうに笑っている。
「そう卑下することはない。君が我が社に貢献してきた正当な対価だ。保険でもなんでも、存分に使うといい。……では、方向性が決まったところで、これからどうするかを具体的に詰めていこうか」
「はい、よろしくお願いします!」
卓は背筋を伸ばし、真剣な表情に戻った。
「まず戸籍だ。君の身分を証明するものがなければ、社会生活は送れんからな。以前話した通り、『佐藤卓の娘』ということで問題ないかな?」
「……はい」
返事をしつつも、卓の心の中では冷や汗が流れていた。
(結婚はおろか、まともな交際経験すらないこの俺に、いきなり十五歳の隠し子がいたことになるのか……。俺の戸籍、急にファンキーになりすぎじゃないか?)
とはいえ、両親に孫として接するためには、それが一番自然な形だ。
「問題ありません。ただ、戸籍の手続きを進める前に、事前に私の両親には真実を伝えてもよいでしょうか? 急に『俺の娘だ』と紹介しても、絶対にパニックになると思うので……」
「もちろん構わんよ。新しい人生を歩むのだ、ご両親には真実を話し、君の『新しい名前』もご両親に考えてもらうといい。……その説明には、私もついていこう」
「えっ?」
卓は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「しゃ、社長が、ですか!?」
「ああ。私が立ち会った方がいいだろう。ただでさえ信じがたい異世界や魔導具の話だ。顔が売れている私が直接説明に出た方が、ご両親も信用しやすいし、納得も早いだろう?」
「――っ!」
世界最大の企業のトップが、一介の社員の個人的な事情のために、わざわざ地方の田舎まで出向いて両親への説明に付き合ってくれるというのだ。
「あ、ありがとうございます……! そこまでしていただけるなんて……っ」
卓は感動のあまり、危うく泣きそうになってしまった。
「気にするな。そもそもの原因を作ったのは我が社だからな。……それから、住居についてだが」
九条はデスクの引き出しから、分厚いファイルを取り出して卓の前に置いた。
「君が今住んでいる青山のセーフハウス。あの部屋と中の家財一式は、そのまま君の新しい名義にしておこう。管理費や修繕積立金などは、すでに二十年分前払いしてある。我が社からの迷惑料だと思って、受け取ってくれ」
「…………は?」
卓の思考が、完全に停止した。
青山の超高級タワーマンション。最新の家電と、海外製の高級家具一式。コンシェルジュ付き。
控えめに、どんなに安く見積もっても……数億円は下らない代物である。
「む、無理です!! 無理無理無理!!」
おっさんの貧乏性が限界突破し、卓はガクガクブルブルと全身を震わせて激しく首を横に振った。
「あ、あんな億ション、もらうなんて恐れ多すぎます! 固定資産税とかどうなるんですか!? ていうか、迷惑料の額がバグってます! 固辞します、全力で固辞させていただきます!!」
「固定資産税の分は、その都度君の口座に振り込んでおく手はずになっているから安心したまえ」
「そういう問題じゃなくて!!」
「いいから受け取りなさい。私が一度口にした決定を覆すと思うか?」
「うぐっ……!」
九条の有無を言わさぬ絶対的なプレッシャーの前に、卓はあえなく白旗を上げた。
「……ありがたく、いただきます……」
「うむ、それでいい。さて、あとは学校などだが、これは戸籍を作ってから詰めていくことにしよう。どちらにせよ、今の時期に中途半端に入るよりも、二学期のはじめから高校へ編入する形を取るのが都合がよかろう。それまでゆっくりと新しい人生の準備をしたまえ」
「はい……っ、何から何まで、本当にありがとうございます」
生活の基盤から、法的な手続き、そして編入のタイミングまで。あまりにも完璧で、細かいところにまで行き届いた配慮の数々に、卓はただただ圧倒されていた。
(社長というのは……やはり、根本的に見えている世界が違う、すごい人なんだな)
こうして、二人は細々とした今後のスケジュールを詰め、卓の人生を決定づける面談は終了した。
ハイヤーで青山のタワーマンション――今日から正式に『自分の家』となった億ション――に帰宅した卓は、玄関で靴を脱ぐなり、リビングへと直行した。
「ふぅ―――っ……」
車が一台買える値段のカッシーナのソファにゴロンと横たわり、天井を見上げる。
今日一日、あまりにも濃密な時間を過ごした。男としての人生を捨て、十五歳の少女として生きる決断。社長の底知れない器の大きさ。そして、突然の億ションのオーナー化。
「……信じられないことばかりだけど、でも、決めたんだ」
卓は胸の前で両手を組み、ふと、田舎で暮らす老いた両親の顔を思い浮かべた。
自分はこれから、彼らの『息子』ではなく『孫娘』として、新しい関係を築いていくことになる。真実を知れば、二人はどれほど驚き、混乱するだろうか。
「次は……一番の難関、両親への説明に行かなきゃな」
あの長閑な田舎の風景の中に、この姿の卓と、そして……九条社長が並び立つ。想像しただけで胃が痛い光景だ。だが、卓はソファの上でギュッと目を閉じ、決意を新たにした。
佐藤卓としての最後の仕事であり、新しい『少女』としての最初の試練。世界企業の社長を連れての、前代未聞の帰省ミッションが、今まさに始まろうとしていた。
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