あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
より物語を楽しんでいただけるよう、あらすじに「今後の成り上がりロードマップ」を追記し、さらに目次の先頭にドームライブの熱狂を描いた「第0話(プロローグ)」を追加しました!
すでにお読みいただいている方も、ぜひ第0話を覗いてみてください。
ここから一気に面白くなっていく……はず!
「よし、これでいいか」
窓から差し込む日差しに初夏の気配が混じり、少し暑くなってきた頃のある日のこと。青山の超高級タワーマンションの一室で、卓はボストンバッグのジッパーを閉じながら小さく呟いた。
今日は、いよいよ大きな試練の日だ。女性としてのスパルタレクチャーを終え、新しい人生を歩むと決断した卓は、今まさに『実家への報告』のための旅支度を整えていたのである。
卓の故郷は、北関東にある地方都市だ。偶然にも、九条社長の出身地とも近隣であるらしい。すでに会社側から、実家の両親には「息子さんの件で、直接お会いして説明したい重要な話がある」と連絡がいっているとのことだった。
卓にとっては、正月に顔を見せて以来、半年ぶりの帰郷となる。今の自分の姿は四十八歳のハゲ散らかした小太りおっさんではなく、十五歳の超絶美少女なのだ。緊張で心臓が早鐘のように鳴り続けていた。
指定された新幹線のホームへと向かうと、そこにはすでに仕立てのいいスーツに身を包んだ九条社長と、見上げるほど大柄なケーリー・グレイン本部長が待っていた。
「あ、おはようございます……って、えっ? 本部長も一緒なんですか?」
社長だけが同行してくれると思っていた卓は、思わず目を丸くした。
「ああ。佐藤の警護と、荷物持ち兼雑用係だ。それに、世界的に顔の知られた社長が若い女性と二人きりでいるところを見られでもしたら、要らぬ詮索を受けるからな。カモフラージュの役目もある。気にするな」
ケーリーはニヤリと笑い、卓のボストンバッグを軽々と持ち上げた。
三人で乗り込んだのは、新幹線の最上位クラスである『グランクラス』だった。飛行機のファーストクラスのような(乗ったことはないが)広々とした本革のシートに案内され、卓は身の縮む思いでふかふかの座席に腰を下ろした。
「どうした? やはり、緊張するかね?」
向かいの席に座る九条社長が、優雅に足を組みながら尋ねてくる。
「はっ、はいぃ……っ」
極度のプレッシャーから、卓の声は見事なまでに上ずってしまった。鈴を転がすような美少女の裏返った声が、静かな車内に響く。
「おいおい、今からその調子では本番まで持たんぞ。気を楽にしろ」
隣の席からケーリー本部長が苦笑交じりに忠告してくれた。卓は言われた通りに「すぅ、はぁー……」と深呼吸を繰り返し、どうにかバクバクと暴れる心臓を落ち着かせた。
「実はな、ある程度の事情は、すでにうちのエージェントを通じてご両親に説明してあるのだよ」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ。いきなり我々が乗り込んで『息子さんが美少女になりました』と言っても、パニックになるだけだろう。魔導具の事故に巻き込まれたこと、命に別状はないが姿が激変してしまったことなどは、あらかじめ伝えてある」
なんという根回しの良さだろうか。卓は、社長の完璧な配慮に内心で感謝しきりだった。
「ありがとうございます……。でも、こうして直接事情を説明する必要があるのが、両親だけで本当に良かったですよ。私、仕事関係以外では、友人もほとんどいなかったですからね! あはは、は、はぁ……」
緊張を誤魔化そうと、卓は自虐的におどけて笑ってみせた。しかし、言葉に出した途端、「俺の四十八年の人生、親以外に個人的な繋がりが一つもなかったのか……」という悲しすぎる事実に直面し、美少女の顔にサァッと暗い影が落ちた。自分で言っておきながら、猛烈に落ち込んでしまったのだ。
「……気にするな、君はまだ(肉体的には)十五歳だ。これからいくらでも、そんな機会はあるだろう」
「そうだぞ。新しい人生で、友達百人でも作ればいいじゃないか」
気まずい空気を感じ取ったのか、社長と本部長が慌ててフォローを入れて励ましてくれた。
その後は、グランクラスで提供される上品な軽食やドリンクをつまみながら、卓が休業(行方不明扱い)となってからの総務部の様子などを報告し合い、和やかな時間を過ごした。
やがて新幹線は、目的地の北関東のターミナル駅へと滑り込んだ。駅のホームに降り立つと、初夏の日差しがアスファルトを照りつけていた。
「ここが君の故郷か。私も何度か来たことがあるよ。実は、三十代の頃まで一駅前の駅前にあるワンルームマンションに住んでいたんだ」
九条社長が、その街のある方角を指差して懐かしそうに目を細めた。
「へえ、あんな狭いところにですか? アメリカ育ちの私からすれば、日本のワンルームなんてウサギ小屋……いや、そもそも『家』だと思えないサイズ感ですよ」
ケーリー本部長が肩をすくめてよくあるジョークを飛ばし、話が弾む。
しかし、タクシーを捕まえて実家へと向かう道すがら、見慣れた田舎の風景が窓の外に広がるにつれ、卓の胸にはやはり強烈な緊張がぶり返してきていた。
そして、タクシーはあっという間に、卓が生まれ育った実家の前に到着してしまった。あらかじめ到着時間が告げられていたのだろう。車の音を聞きつけて、玄関から二人の老人が慌てて飛び出してきた。
半年前、正月に会った時のままだ。小太りの自分の未来の姿をそのまま映したような、少し頭頂部が寂しい父と、小柄で銀縁の眼鏡をかけた母。
二人はこちらに向かって小走りで駆け寄ってくる。
「……おまえ、卓か?」
車から降りた絶世の美少女を前に、父は信じられないものを見るような、すがるような震える声で尋ねた。
卓は声が出なかった。ただ、大きな瞳に涙をためながら、何度も、何度も強く頷いた。
「まあ……外は暑いでしょ。とにかく、家の中にどうぞ」
母がハンカチで目元を押さえながら、九条社長とケーリー本部長を含めた三人を家の中へと案内してくれた。
クーラーの効いた居間に通され、母を除く全員が座卓の周りに腰を下ろす。すぐに母が、冷たい麦茶を持ってきてくれた。
九条社長が居住まいを正し、事前にエージェントが伝えていた『魔導具による事故と若返り・性転換』の事情を、改めて丁寧に、誠実に説明した。
「……というわけなのです。しかし、いくら我々が説明しても、ご両親からすればにわかには信じがたいでしょう。ですから、ここにいる彼女が本当に息子さんであるという確認を、卓くんにしかわからない質問をして、取っていただきたいのです」
社長の促しに、母がコクリと頷き、卓の真正面に座り直した。そして、眼鏡の奥の目を光らせ、とんでもない尋問を開始したのである。
「それじゃあ聞くわよ。あんたが中学二年生の時、初めて告白して見事に振られた、隣のクラスの女の子の名前は?」
「えっ!? な、なんでそんなこと……いや、鈴木……鈴木真由美ちゃん、だけど……」
「正解。じゃあ次。小学校五年生の時の、町内ドッジボール大会の順位は?」
「よ、四位! 最後、俺が顔面にボール当てられて負けたから。でも、あれはローカルルールのせいで……」
「正解」
母の容赦ない黒歴史の掘り起こしに、卓の顔は茹でダコのように真っ赤になっていく。しかし、母の追及はそこで終わらなかった。
「じゃあ、最後の質問。あんたが高校生の時……自分の部屋で一人で『致して』いたところを、お母さんがうっかりドアを開けて目撃しちゃったのは、いつだったかしら?」
「――っっっ!?」
卓は絶叫しそうになるのを必死で堪えた。
十五歳の美少女の顔から火が出そうなほどの羞恥心。いや、中身が四十八歳のおっさんであるからこそ、自分の尊敬する社長と本部長の目の前で、母親から自慰行為の現場を見られた過去を暴露されるのは、まさに公開処刑、社会的な死であった。
「い、言えない! それは言えないって母さん!!」
「言いなさい! じゃないと信じないわよ!」
「ううぅぅ……こ、高校二年の、夏の……全国模試の日の、夜……エロ本をベッドの下から出して……」
「はい、大正解」
涙目で白状した卓を見て、父と母は顔を見合わせ、深く、安堵の息を吐き出した。
「社長さん。……この子は、卓です。間違いありません」
父が深々と頭を下げた。その言葉を聞いた瞬間、卓の中で張り詰めていた糸がプツリと切れた。
「母さんっ……! 父さん……っ!」
卓はわあっと声を上げて泣き出し、たまらず母の胸に飛び込んで力強く抱きついた。四十八歳の男のプライドも何もかも捨てて、ただの子供のように泣きじゃくっていた。
「ごめん、ごめんなさい……こんな姿になっちゃって……親不孝ばっかりで、本当にごめん……!」
「いいの、いいのよ卓。あんたが、無事ならそれで……」
母もボロボロと涙をこぼしながら、十五歳の少女の華奢な背中を優しく撫でた。そして、少しだけ泣き笑いの顔になって、おどけるように言った。
「それにね……お母さん、本当は女の子も欲しかったから。ちょっと、嬉しいのよ」
「母さん……っ」
ひとしきり泣いて感情が落ち着いた後、九条社長の主導で、今後の戸籍や社会的な手続きについての具体的な話が進められた。
性転換前の『佐藤卓(四十八歳)』は、アメリカへの出張中に行方不明になったという扱いにし、目の前の少女は新しく『佐藤卓の娘』として正式に戸籍を作ること。
両親もその提案を快く了承してくれた。それどころか、話が進むにつれて「こんな可愛らしい孫ができるなんて!」と、悲しみから一転、打って変わって大喜びし始めたのだった。
「いやあ、こんな可愛い孫娘ができたなんて、ご近所の連中に自慢して回るのが今から楽しみだな!」
「あなた、気が早いわよ。でも、一緒に買い物に行くのが楽しみねえ」
正式な戸籍上の孫となるため、ご近所に隠す必要もない。すっかり孫娘にデレデレになった両親を見て、卓もようやく心からの笑顔を取り戻すことができた。
九条社長とケーリー本部長は「あとは水入らずで過ごしたまえ」と気を利かせ、一足先に帰っていった。卓はそのまま、半年ぶりの実家で一泊していくこととなった。
その日の夜。
就寝前、居間で三人でお茶を飲んでいると、父が少し改まった顔で口を開いた。
「実はな、お前の『新しい名前』のことなんだが。さっき、母さんと二人で話し合って、決めたんだ」
「私の、新しい名前……」
卓は居住まいを正し、両親の顔を真っ直ぐに見つめた。
「お前の名前は、これから『優莉(すぐり)』だ」
「すぐり……?」
母が優しく微笑みながら、その由来を説明してくれた。
「元の名前の『すぐる』と音が似ているでしょ? それなら、あんた自身も呼ばれた時に違和感が少ないし、咄嗟の反応もしやすいと思ってね。それに、果実のスグリ(酸塊)みたいな、女の子らしい可愛らしさもあるわ。……何より、お父さんもお母さんも、やっぱり『卓』の面影を残したかったのよ。だから、一文字だけ変えて、優莉」
優莉。
元の自分との繋がりを残しつつ、新しく生まれ変わった可愛らしい響き。
「すぐり……すぐり……私、優莉……」
卓は、その名前を自分自身に馴染ませるかのように、舌の上で何度か転がして呟いた。不思議と、スッと胸の奥に落ちてくる感覚があった。とても温かくて、愛おしい名前だ。
「……うん! すごくいい名前! ありがとう、父さん、母さん!」
優莉(卓)は、満面の、この上なく明るい笑顔を見せた。十五歳の美少女の顔に咲いたその笑顔は、これまでのどんな時よりも輝いていた。
(佐藤優莉……それが、これからの私の名前だ)
温かいお茶の湯気を挟んで、優しく見守ってくれる両親の顔を見る。四十八年間の男としての人生は、今日で本当に終わったのだ。
でも、何も失ってはいない。形は変わっても、大切な絆はここに残っている。
(ここから……今、ここから。私の新しい人生が始まるんだ)
優莉は心の中で力強く決意し、初夏の夜風が吹き抜ける実家の居間で、未来に向かってそっと微笑んだのだった。
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