あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「じゃあ、帰るよ」
初夏の日差しがアスファルトをじりじりと照りつける、地方都市の駅前。改札口の手前で足を止め、優莉(卓)は振り返って小さく手を振った。
見送りに来てくれた両親は、十五歳の可憐な少女の姿になった『息子』に向かって、どこか気恥ずかしそうに、けれどとても温かい、慈愛に満ちた笑顔を向けていた。
「気をつけて帰るのよ、優莉」
「ああ。向こうに着いたら、ちゃんと連絡しなさい」
「うん、わかってる。……お盆には、また帰ってくるからさ」
「そうかい。そのときは美味しいものいっぱい用意しておくからね」
両親と少しだけ言葉を交わし、優莉は改札を抜けて駅のホームへと入っていった。
昨日やってきた時と同じように、ダボッとしたグレーのパーカーにくるぶしまで隠れるロングスカート、そして深めに被った帽子という『美少女隠し』の出で立ちだが、帰るその背中は昨日よりもずっと軽く、迷いなく前を向いていた。
ホームに滑り込んできた新幹線に乗り込み、指定席のシートに深く腰を沈める。
やがて静かに列車が発車し、車窓の風景がゆっくりと後方へ流れていくのを見つめていると、優莉の脳裏に、今朝の実家でのやり取りが鮮明に思い起こされた。
――場面は数時間前、実家の居間へと遡る。
年季の入ったテーブルの上には、湯気を立てる白いご飯にワカメと豆腐の味噌汁、そしてしっかりと焼けた塩鮭に少し甘めの卵焼き。昔から変わらない、日本の正しい朝食の風景だった。
優莉が「やっぱり母さんの味噌汁は美味しいなぁ」と舌鼓を打っていると、向かいに座る母が、ふと箸を止めて真面目な顔つきになって尋ねてきたのだ。
「それで、優莉。あんたが女の子の姿になっちゃったことはお父さんもお母さんも納得したけど……これから、どうするつもりなの?」
母の言葉に続き、新聞から顔を上げた父も口を開く。
「社長さんが色々と便宜を図ってくれるとは言っていたが……もし不安なら、こっちで一緒に暮らしてもいいんじゃないか? お前もいまは十五歳の姿なんだし、田舎でのびのび暮らすのも悪くないだろう」
両親からの温かい提案。それは、優莉にとって非常に魅力的な選択肢でもあった。十五歳の少女の姿で東京という大都会に一人で戻るよりも、実家で両親と一緒に暮らす方がずっと安全で安心だ。
箸を置き、優莉は少し姿勢を正して二人の顔を真っ直ぐに見返した。
「ありがとう、父さん、母さん。……実は私も、それは考えたんだ」
「そうなのかい?」
「うん。父さんも母さんも、あと数年したら本格的な介護が必要になるかもしれない年齢でしょ? もし二人が少しでも不安なら、私がこっちに残って、一緒に暮らしながら面倒を見ようかと思ってたんだけど……二人は、どうかな?」
十五歳の可憐な少女の口から飛び出した「介護」という極めて現実的なワード。四十八歳の息子としての、切実で偽らざる本心からの提案だった。
しかし、それを聞いた母はフフッと笑って手を振った。
「嫌だわ、この子ったら。そんな心配はしなくていいから、あんたは自分の好きなように生きなさい。もちろん、一緒に暮らせればお母さんたちも嬉しいけどね」
「そうだぞ」と、父も豪快に笑い飛ばした。
「俺はあと十年はピンピンして、元気でいるつもりだからな! 親の介護なんて、まだまだ先の話だ。お前は自分のことだけ考えていればいい」
頼もしい両親の言葉に、優莉は少しだけ目を潤ませて微笑んだ。
「……ありがとう。実は社長にも話したんだけどね。私、この姿になってから……何か、本気になれること、一生懸命頑張れることを見つけたいって思ったんだ」
先日カラオケで出会ったギャルの少女、ユアの顔が脳裏に浮かぶ。
「今までの私は、ただ流されるままに生きてきた気がするから。だから、もう一度人生をやり直せるなら、色んなことに挑戦してみたい。そのためには……やっぱり、選択肢が多い東京に帰るよ」
「そうか。……なら、やれるだけやってきなさい」
父が、力強く頷いてくれた。
「でも、もし失敗したらどうするの? 女の子一人で東京なんて……」
心配そうな母に対し、優莉はニカッとおどけてみせた。
「もし挑戦してダメでも、会社が元々の私の資産を全部現金化して渡してくれるって言ってたから、一生食べていく分には心配はいらないよ。社長のお墨付き!」
「なんだい、そりゃあすごい保険だねえ」
母も目を丸くして笑い出した。
「こっちも、なんかあればすぐに連絡する。……まあ、何もなくても、たまには電話ぐらいはしろよ」
「うん、もちろん」
――新幹線の座席で、優莉は小さく息を吐いた。
(この年になってこそ、親のありがたみが本当に身に沁みるよな……)
四十八年間の不器用な親孝行はこれで一区切り。これからは、十五歳の『孫娘』として、新しい親孝行の形を模索していけばいいのだ。両親を安心させるためにも、まずは東京でしっかりと自分の足場を固めなければならない。
景色は徐々にのどかな田園風景から無機質なビル群へと変わり、やがて新幹線は終点の東京駅へと滑り込んだ。
タクシーを拾い、港区青山にある我が家(となった超高級タワーマンション)へと帰還する。そうして、涼しい空調の効いた広々としたリビングに入るなり、優莉はリビングのソファにゴロンと寝転がった。
「ふぁ〜っ……疲れたぁ」
クッションを抱きしめ、高い天井を見上げる。
「一ヶ月しか暮らしてない部屋なのに、もう『帰ってくる』と安心するな……すっかりここの住人になっちゃったってことか」
しばらくゴロゴロしていた優莉だったが、「そうだ」と身体を起こし、会社から支給された真新しいスマートフォンを手に取った。
メッセージアプリを開き、開発部の特務班(松田たち)の連絡先へ文字を打ち込む。
『お疲れ様です。名前ですが、「佐藤優莉(さとう すぐり)」に決まりました。それで戸籍の作成手続きをお願いできますでしょうか』
送信ボタンを押し、ついでに連絡先一覧を眺める。そこに一つだけポツンと未読の通知マークがついているアイコンがあった。ユアからだ。
『いま新作のフラペチーノ飲んでる! マジ神!』
という、写真付きの特に意味もない日常報告メッセージだった。
(ふふっ、本当に元気な子だな)
中身が四十八歳のおっさんである優莉は、すっかり『孫娘を見守る祖父』のような温かい目線になりつつ、『美味しそう! 今度私も飲んでみようかな』とメッセージに加えて、女子高生らしいスタンプを添えて返信しておいた。
そんなやり取りをしているうちに、会社からピコンと素早い返信が届いた。
『ご連絡ありがとうございます。佐藤優莉様ですね。承知いたしました、直ちにそのように手配いたします。完璧な戸籍が完成するまでには一ヶ月ほどかかりますので、少々お待ちください』
そこには、さらに一文が添えられていた。
『また、その一ヶ月の間に「編入する学校」などについても決めておいていただきたく存じます。ご希望の条件等あれば、いつでもお申し付けください』
「学校、か……」
優莉はスマホを見つめながら、小さく息を吐いた。
学校生活には、正直言ってあまりいい思い出はない。部活とゲームばかりで友人も少ない、冴えないモブ男子生徒としての青春だった。しかし、十五歳の肉体で現代社会に溶け込んで生きる以上、やはり高校くらいは通うべきだろう。中卒の身分でフラフラしていると、色々と不都合も多い。
(それに、こう見えても私、学業はそれなりに優秀だったんだぞ)
優莉は少しだけ胸を張った。元の佐藤卓は、誰もが知る東北地方にある有名国立大学をストレートで卒業しているのだ。四十八歳になり記憶力は多少衰えているかもしれないが、基礎的な学力と思考力は当時のままである。
(高校の勉強くらいなら、おおよそどこの学校に入っても余裕で通じるだろうな。うん)
……もっとも、サージョトレーディングという世界一のエネルギー企業においては、有名国立大卒であっても完全に「低学歴」の範疇であった。
『お前、こんな簡単なプログラムも組めないのか』
『やっぱりMITかハーバート出身じゃないと、話が通じないな』
などと、後から入社してきた宇宙人みたいな天才エリートたちから鼻で笑われた記憶が蘇る。
「……いや、あの会社がおかしいだけだ。俺は悪くない。世間の基準なら、俺は間違いなく高学歴なんだ……っ!」
過去のトラウマを思い出してちょっと落ち込んだが、まあいい。編入先のレベルについては、自分の学力と照らし合わせながら、戸籍ができるまでの一ヶ月かけてゆっくり考えればいいのだから。
そう思ってスマホの画面を閉じようとした瞬間、松田から追撃のメッセージが届いた。
『なお、学校についてですが、おおよそどこの学校でも弊社から「ねじ込める」よう手配は完了しております。できれば公立よりも、私立のほうが寄付金等の名目でねじ込みやすいので、私立高校を中心にリストアップしていただけると助かります』
「…………」
優莉の指が、ピタリと止まった。
「ねじ込める……? 寄付金名目で、どこでも……?」
たかが一介の元社員(の娘に偽装した少女)のために、高校の編入枠を金と権力で無理やりこじ開けるというのか。
完璧な戸籍の作成といい、学校へのねじ込みといい。
(いや……完璧な身分証明といい、うちの会社の力、いくらなんでも強すぎないか……?)
サージョトレーディングという企業の、底知れない『闇』と『絶対的権力』の片鱗を見た気分になり、優莉はブルッと背筋を震わせた。世界を牛耳るエネルギー企業は、一人の少女の人生をいとも簡単にプロデュースできてしまうらしい。少し、いやかなり怖い。
「ま、まあ! 頼れるものは親でも会社でも頼れって言うしね! 気にしない気にしない!」
優莉は湧き上がる恐怖を無理やり頭の隅に追いやり、気分を切り替えると、立ち上がってキッチンへと向かった。
時計を見れば昼時を過ぎており、お腹も空いてきた。
備え付けの巨大な最新型冷蔵庫を開け、先日女性社員たちが補充してくれた食材の中から、パスタとベーコン、冷蔵庫の余り野菜を取り出す。四十八歳の自炊スキルが火を吹き、手際よく昼食を作り始めた。
「ふふふーん、ふふふん♪」
包丁で野菜を刻みながら、無意識のうちに鼻歌が漏れる。
本人は全く気にしていないが、声楽の基礎が染み込んだその鼻歌は、ただのハミングですら天使の歌声のように美しく、広々とした高級マンションのリビングに極上のメロディとして響き渡っていた。
(戸籍ができて、学校が決まって……そしたら、ユアと一緒にカラオケに行って、また歌の練習をして)
フライパンでベーコンがジュージューと跳ねる音を聞きながら、優莉の胸の奥で、確かな熱がポカポカと膨らんでいくのを感じた。
徐々に決まっていく、自分の新しい居場所。四十八年間の人生では味わえなかった「これから何かが始まる」という圧倒的な期待感が、十五歳の少女の胸を、甘く、そして力強く叩いていた。
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前回から新規の読者様向けにあらすじへロードマップを記載しておりましたが、『先の展開は本編でドキドキしながら読みたい!』という大変熱いご意見(お気持ち、とてもよく分かります!)も考慮し、ロードマップは【序盤のみ】の記載へとブラッシュアップいたしました!
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