あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第十三話 名門校編入計画と、由愛の夢

「あ、ユアだ」

 

 優莉(卓)は、手元のスマートフォンにポップアップした通知を見て、小さく呟いた。

 

 実家から帰ってきて数日が経ったある日のこと。最近は新作のフラペチーノの写真を送ってきたりと、女子高生らしい他愛のない日常会話が続いていたが、今日のメッセージは少し違っていた。

 

『スグ! カラオケ行こ! 今日ヒマ!?』

 

 可愛いクマのキャラクターがマイクを握りしめているスタンプと一緒に送られてきたのは、待望のカラオケへのお誘いだった。

 

「なるほど、この前のフラペチーノといい、どうやらお小遣いが貰えたってことだな」

 

 中身が四十八歳のおっさんである優莉は、すっかり親のような目線で微笑ましく思いながら、『ヒマだよ! この前のところでいい?』と素早く返信を打った。

 

『りょーかい! じゃあ14時にビックエーコーの前で!』

 

 というわけで、優莉は再びあの大通り沿いにある大型チェーンのカラオケ店『ビックエーコー』の前に立っていた。

 

 服装は前回と同じく、全体的にダボッとしたグレーのパーカーに、くるぶしまで隠れる野暮ったいロングのプリーツスカート。そして深めに被った帽子に、度の入っていない黒縁の伊達メガネという、徹底した『美少女隠し』の完全防備スタイルである。

 

「スグーっ!!」

 

 約束の時間ちょうど。初夏の日差しの中、遠くからパタパタと小走りで駆け寄ってくる人影があった。

 

 明るい茶髪をふんわりと巻き、少し着崩した制服姿のギャル――ユアだ。彼女は優莉の姿を認めるなり、周囲の目も気にせずに両手を広げてダイブしてきた。

 

「わっ!?」

 

「会いたかったよー! また歌教えてね!」

 

「ちょ、ユア、ちょっと待っ……!」

 

 数週間ぶりの再会に、ハイテンションでためらいなくギュッと抱きついてくるユア。

 

 十五歳の美少女の肉体とはいえ、中身は四十八歳の独身男性である。うら若き女子高生特有の甘いシャンプーの香りと、密着した柔らかな身体の感触に、優莉のコンプライアンス警報がまたしてもけたたましく鳴り響き、ワタワタと両手を宙で泳がせることしかできない。

 

「あはは、スグってば相変わらず反応面白いよねー!」

 

 ひとしきり優莉にすりすりしてからパッと離れたユアは、ふと不思議そうに首を傾げて、優莉の全身をジロジロと眺めた。

 

「てか、前もそうだったけどさ。スグって帽子取ったらあんなに超絶美少女なのに、なんでいっつもそんな野暮ったい格好してるの? もったいなくない?」

 

 痛いところを突かれ、優莉は帽子を少しだけ深く被り直した。

 

「いや、実は……普通の格好してると、みんながジロジロ見てくるから。あと、その……変な男の人に声かけられたりするのを避けるための、男避けなんだよね」

 

 自意識過剰な嫌味に聞こえないだろうかとハラハラしながら伝えると、ユアは目を丸くして「あーっ!」と手を叩いた。

 

「なるほどね! 確かにスグのあの顔面偏差値なら、歩いてるだけでスカウトとかナンパとかヤバそうだもんね。そっかー、美人も良いことばかりじゃないんだね。大変だぁ」

 

 嫌味と受け取るどころか、ユアはあっさりと素直に納得してくれた。本当に裏表のない、いい子である。

 

「じゃ、さっそく入ろっか!」

 

「うん、行こう」

 

 二人で連れ立って店内に入り、受付を済ませてカラオケルームへと向かう。

 

 前回と同じようにドリンクバーで烏龍茶とコーラを調達し、防音扉を閉めて個室の席に着くと、優莉はホッと息を吐いて帽子と伊達メガネを外した。

 

 途端に、隠されていた亜麻色の美しい髪が広がり、国宝級の美貌が露わになる。

 

「やっぱスグ、何度見てもヤバいくらい顔いいわ……眼福」

 

「もう、からかわないでよ……。あ、そうだ」

 

 優莉は烏龍茶を一口飲み、ふと思い出したように切り出した。

 

「そういえば私、ちゃんと名前伝えてなかったね。私は優莉。佐藤、優莉(さとう すぐり)だよ」

 

 新しい戸籍の手続きが始まり、自分の名前が正式に決まったのだ。これからも友人として付き合っていくなら、いつまでも偽名めいた呼び名のままでは不誠実だと思ったのである。

 

「すぐり……あーっ! だから『スグ』なんだ!」

 

 ユアはポンッと手を打ち、深く納得したように頷いた。前回「スグって呼んで」と咄嗟に誤魔化したのが、『優莉』という名前にぴったりとハマったようだ。

 

「じゃあ私ね。あーしは八坂由愛(やさか ゆあ)。今のままで『由愛』って呼んで!」

 

「うん、よろしくね、由愛」

 

「よろしく、優莉! よーし、挨拶も済んだことだし、さっそく歌おっか!」

 

 由愛はデンモクを手に取り、慣れた手つきで曲を転送し始めた。

 

 そこからは、前回と同じように熱を帯びた『歌の特訓』が始まった。優莉が声楽の基礎の続きとして喉の開き方や舌のトレーニングを教え、由愛がそれをスポンジのように吸収して自分のものにしていく。元々筋が良い由愛のハスキーな歌声は、優莉のアドバイスを受けるたびに目に見えて安定感を増し、より魅力的な響きを持つようになっていった。

 

「ふぅーっ! なんか今日、めっちゃ声出る気がする!」

 

「うん、すごく良くなってるよ。高音の抜け方が、前回よりずっと綺麗になったね」

 

「マジ!? やったー! やっぱ優莉師匠のおかげだわ!」

 

 二時間ほどみっちりと歌い込み、「結構歌ったね」と二人で笑い合いながら、少し長めの休憩を取ることになった。

 

 ソファに深く寄りかかり、ストローでコーラをすする由愛。優莉はふと、由愛が着ている制服に目を向けた。ブレザーの胸元には、品の良いエンブレムが刺繍されている。

 

(そういえば、これから編入する高校を決めなきゃいけないんだったな)

 

 会社からは「私立高校を中心にリストアップしてほしい」と言われている。現役の高校生から情報を集めるのは、進学先のリサーチとして最適だろう。

 

「ねえ、由愛。高校って、どこに行ってるの?」

 

 優莉がさりげなく尋ねると、由愛は「あー、うち?」とエンブレムを指差した。

 

「あーしの学校、ここから近くの中高一貫の私立なんだけどさ。一応、進学校ってやつ?」

 

 由愛が学校名を口にすると、優莉は内心で「おおっ」と感嘆した。以前、元の佐藤卓として仕事で都内の学校情報を調べたことがあったが、そこは間違いなく都内でも上位に食い込む名門の私立進学校だった。

 

(こんなギャル全開の見た目なのに、あんな名門に通ってるのか。人は見かけによらないな)

 

「へえ、すごいね! あそこ、かなり頭いいところだよね?」

 

「いやいや、あーしの成績は完全に中の下って感じだから! なんとかいつも平均ちょい下くらいをキープして、赤点回避してるだけだよ」

 

 由愛は謙遜するようにヒラヒラと手を振ったが、あの名門校で平均近くをキープしているというだけでも、実は相当に優秀なのではないかと思う優莉だった。

 

「でも、なんでまた進学校に?」

 

「あーし、小学校のころ親に『歌手になりたい』って言ったら大反対されてさ。どうしても目指すなら『進学校に行って、最低限の成績を落とさないこと』を条件にされたんだよね。だから、歌の練習しつつ、テスト前は死に物狂いで勉強してんの」

 

 ケラケラと笑いながら語る由愛だが、その言葉の裏にある努力の量は並大抵のものではないはずだ。夢のために親からの厳しい条件を呑み、しっかりと両立させている。

 

(本当に、しっかりした子だなぁ……)

 

 感心しつつも、優莉の頭の中で一つの考えが閃いた。

 

(この近くで、名門の私立高校。しかも、由愛という初めての友達が通っている……これって、編入先としては最高に好都合なんじゃ?)

 

「ねえ、由愛」

 

 優莉は、烏龍茶のグラスを両手で包み込みながら、少し上目遣いで由愛を見た。

 

「実は私……二学期から、その学校に編入するかも」

 

「ええっ!? マジで!?」

 

 由愛は驚愕して、危うくコーラを吹き出しそうになった。

 

「いやいやいや、うちの学校、編入試験とかめっちゃ難しいよ!? 帰国子女とか、超絶エリートしか入ってこないし!」

 

「大丈夫。私、勉強には結構自信あるんだ」

 

 そこは腐っても有名国立大卒、世界企業の総務部長を務めた頭脳である。高校のカリキュラムなら、少し復習すればどうにでもなる自信があった(もちろん会社というチートを使ってねじ込む予定であることは伏せておいた)。

 

「いまね、ちょっと家庭の事情で休学中で。二学期から、新しくこっちの学校に通う予定で探してたんだよね」

 

「えっ……休学中? 家庭の事情って……?」

 

 由愛の表情が、先ほどの明るいものから一転して、スッと心配そうなものに変わった。

 

「ふーん……優莉って、なんかフクザツなんだ?」

 

(あ、しまった。変に濁すと逆に気を使わせるな)

 

 これから同じ学校に通うかもしれない友人だ。ここは一気に事情を伝えてしまうのが得策だろうと、優莉は腹を括った。もちろん、九条社長たちが用意してくれた『設定』の範囲内で、である。

 

「実はさ……私のお父さん、アメリカに単身赴任で行ってたんだけど、仕事中に行方不明になっちゃって」

 

「ええっ!?」

 

「それで、今まで私を育ててくれてたお母さんの方も、ちょっと色々とあって……結局、父方の戸籍に入ることになったの。で、今はお父さんの会社から支援を受けながら、東京のマンションで一人暮らしをしてるんだ」

 

 魔導具の話や性転換の話はもちろん省いたが、親が行方不明で、会社(サージョトレーディング)の援助で一人暮らしをしているというのは、概ね事実である。

 

「えっ、えっ、それってダイジョブなの!? 親が行方不明とか、高校生で一人暮らしとか……優莉、めっちゃ大変じゃん!」

 

 由愛は本気で心配そうな顔をして、優莉の手をギュッと握りしめてきた。

 

「あ、いや、大丈夫だよ! 父とはもともと会ったばかりで面識も全然なかったから、悲しいとかそういうのは全然平気だし。家事も、前からずっと自分でやってたから慣れてるんだよね」

 

 優莉は苦笑しながらフォローした。実際、四十八年間の独身生活で身についた完璧な自炊・家事スキルがあるため、生活面での不安は微塵もない。

 

「ほえー……優莉って、お嬢様みたいな見た目してるのに、めっちゃ苦労人だし自立してんだね……すっごい」

 

 由愛は感心したように息を吐き、優莉を見る目を少し尊敬の混じったものに変えた。

 

「でも、一人で寂しくない? なんかあったら、あーしがいつでも相談に乗るからね!」

 

 まっすぐな思いやりに満ちた由愛の言葉に、優莉の胸の奥がじんわりと温かくなる。

 

「ありがとう、由愛。……さて、このフクザツな話はここまで! 時間ももったいないし、どんどん歌おう!」

 

「おっ、そうだね! よし、次はあーしがバラード入れる!」

 

 しんみりとした空気を吹き飛ばすように、二人は再びマイクを握り、カラオケルームに元気な歌声を響かせた。

 

 数時間のフリータイムを満喫し、二人はカラオケを退店して夕暮れ時の街へと出てきていた。

 

「あー、今日もめっちゃ楽しかったね! 優莉に教わるとどんどん上手くなる気がして、最高!」

 

 大きく背伸びをしながら、由愛が満面の笑みを向けてくる。

 

「私も楽しかったよ。……そうだ、今度、由愛の学校の話、もっと詳しく聞かせてくれない? 編入試験のこととか、校風とか。一緒に通えるかもしれないからね」

 

「うん、絶対! もし優莉がうちの学校来たら、あーし毎日一緒に登校するし、お昼も一緒に食べる! あー、なんか想像しただけでめっちゃテンション上がってきた!」

 

 由愛はピョンピョンと跳ねて喜びを爆発させた。

 

「あ、そう言えば優莉、一人暮らしなんだよね?」

 

 別れ際、駅の方へと向かいかけた由愛が、ふと振り返って言った。

 

「うん、そうだよ」

 

「じゃあさ、今度……優莉の家で、お泊り会しよっ!」

 

「えっ? お、お泊り会?」

 

「そ! 一人暮らしなら誰にも気兼ねしないっしょ! 美味しいもの持ち寄って、一晩中恋バナとかしよーよ! じゃ、また連絡するね! ばいばーい!」

 

 由愛は手を振りながら、夕焼けに染まる街角を元気よく走り去っていった。

 

 残された優莉は、パチクリと瞬きを繰り返した。

 

(お、お泊り会……女子高生同士の、お泊り会……そして、恋バナ……)

 

 四十八歳のおっさんの精神にはハードルが高すぎるイベントの予告に、一瞬だけ目眩がした。

 

 だが、それでも。

 

「……ふふっ」

 

 自然と、優莉の口元から笑みがこぼれていた。

 

 由愛と会うと、不思議なほど元気がもらえる。彼女の純粋な夢への情熱や、裏表のない優しさに触れるたび、新しい人生を生きる活力が湧いてくるのだ。

 

(由愛は、あんなに一生懸命自分の夢に向かって頑張ってる。……私も、何か本気になれる夢を、早く見つけなきゃな)

 

 夕暮れの空を見上げながら、優莉は胸の内で静かに決心した。

 

 社長が用意してくれる完璧な戸籍。会社がねじ込んでくれるであろう名門校。そして、初めてできた大切な友達。

 

 佐藤優莉としての新しい人生の舞台は、着々と整いつつある。あとは自分が、そこで何を為すかを見つけるだけだ。

 

 帰路につく優莉の足取りは、いつになく軽やかだった。その胸の中には、これから始まる二度目の青春への、確かな期待が膨らんでいた。




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