あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「これが、新しい戸籍……」
サージョトレーディング本社ビル、最上階。
磨き上げられたマホガニーのデスク越しに手渡された真新しい書類を両手で受け取り、優莉(卓)はごくりと息を呑んだ。
由愛との二度目のカラオケから、あっという間に約一ヶ月が経過していた。あの日以来、優莉はすっかり由愛と打ち解け、週に一度のペースでカラオケに行って歌の特訓をしたり、新作のフラペチーノ目当てに某コーヒーチェーン店でお茶をしたり、渋谷や原宿で女子高生らしい服を見立ててもらったりと、少しずつ『十五歳の女の子』としての日常を謳歌し始めていた。
もちろん、その合間に由愛の通う私立進学校の様子や編入試験の難易度などもしっかりと聞き出し、リサーチ済みである。しかし、今日はスタバの新作をチェックするよりもずっと重みのある、人生の基盤を固める日だった。
社長室に呼び出された優莉が受け取ったのは、発行されたばかりの『住民票』と『戸籍謄本』の写しである。
書類に印字された文字を食い入るように見つめる。
そこには『佐藤 優莉』という見慣れない、けれど両親が授けてくれた大切な名前が刻まれていた。そして、父親の欄にはしっかりと『佐藤 卓』の文字がある。 四十八歳の自分が、十五歳の自分の父親になっている。なんとも奇妙でSF的な感覚だが、法的にはこれで完全に、優莉は『佐藤卓の娘』としてこの日本社会に存在を認められたことになるのだ。
「それと、これが君の今までの経歴だ」
書類から顔を上げた優莉に、九条社長がさらにもう数枚の書面を差し出してきた。受け取って目を通すと、そこには優莉としての学歴が見事に構築されていた。
『母方の実家近くの私立小学校・中学校を卒業。その後、地元の私立高校に入学。直後に家庭の事情により休学、現在に至る』
実際には存在しない母方の実家という設定をうまく使い、地方の私立校出身という絶妙なラインを突いている。これなら都内の高校に編入しても、過去の同級生と鉢合わせるリスクは極端に低い。
「おおー……完璧ですね、この経歴。まるで本当に私がその学校に通っていたみたいです」
優莉が感嘆の声を漏らすと、九条社長はふっと口角を上げた。
「みたい、ではない。君は本当にその学校を卒業したことになっている。どの学校も、過去の卒業名簿から現在の在籍記録に至るまで、実際に君の名前を正規のデータとして記載させた。書類上の偽造ではなく、正真正銘の『正規の経歴』だから安心したまえ」
「えっ」
優莉はピシッと固まった。
ただのペーパーカンパニーならぬペーパー経歴ではなく、歴史ある私立学校の過去の名簿データそのものを改ざん、いや『修正』させたというのか。
(いやいやいや! 昔の卒業名簿まで遡って存在しない生徒を一人追加させるとか、一体どれだけの裏工作とお金と権力が動いたんだ!? 空恐ろしいにも程があるわ!)
サージョトレーディングの持つ、国家すら凌駕しかねない強大な力の一端を垣間見てしまい、優莉はブルッと震えた。これ以上深く考えるのは、小市民である自分の精神衛生上絶対によくない。
「……あ、ありがとうございます、社長。何から何まで」
優莉は湧き上がる恐怖を振り払うように一礼し、ふと思い出したように顔を上げた。
「そう言えば、進学先なのですが」
「ああ、決まったかね?」
九条社長が、鷹揚に頷いて聞いてくる。
「はい。渋谷近くの進学校なのですが……『渋谷学林中学高等学校』、通称渋学にお願いできますでしょうか」
「ほう。都内でも有数の名門だな。なぜそこなのか、聞いても?」
「友人がそこに通っていまして。それに、青山の自宅からも近くて通いやすい進学校ですからね。私の学力なら、授業にも十分についていけると思いますし」
優莉がそう答えると、九条社長は少しだけ目を細め、「なるほど、あの夢を持つ友人か」と納得したように微笑んだ。
「わかった。二学期から問題なく通えるように、手配しておこう」
「ありがとうございます!」
「いいや、気にするな。今回の件はこちらにも重大な責任があるからな。社員の、いや『元社員』のその後の人生を保障するのは、当然の仕事だ」
九条社長は事も無げにそう言うと、デスクの引き出しからスッと何かを取り出し、優莉の目の前に滑らせた。
「ん? これは……」
優莉が訝しげに目を落とすと、そこにあったのは、見慣れない都市銀行の真新しい一冊の『通帳』と『キャッシュカード』だった。名義は当然、『サトウ スグリ』となっている。
「これが、君のこれまでの資産だ」
社長が静かな声で告げた。
「佐藤卓名義で運用されていた預金、NISA、iDeCo、企業年金、そして君が保有していた我が社のストックオプション。それらをすべて現金換算し、一つにまとめて入金してある。もちろん、関係各所に手を回してあるから、税務的にも法的にも完全にクリーンな金だ。これからの新しい人生のため、好きに使うといい」
「おおっ! 私の四十八年間の血と汗と涙の結晶……!」
男としての人生を失った代償とも言える資産の全貌。
優莉は「では、失礼して……」と恭しく一礼し、震える手で真新しい通帳のページをめくった。
めくったページに印字された『振込』の項目と、その横に並んだゼロの数を数える。
一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億……。
「…………えっ?」
優莉は瞬きを数回繰り返し、もう一度ゼロの数を数え直した。いや、何度見ても見間違いではない。印字されている最終残高は——『673,000,000』。
「ろ、ろくおく……ななせんまん……!?」
総額、六億七千万円。
優莉はバタン!と勢いよく通帳を閉じると、ひっくり返ったような裏声で叫んだ。
「しゃ、社長!? えっ、ほんとにこんなになりますか!? 絶対桁一つ間違えてませんか!? 経理のミスじゃ……っ、早く確認を!」
パニックに陥り、ぶんぶんと通帳を振り回して確認を促す優莉。しかし九条社長は、落ち着き払った態度で通帳を一瞥し、涼しい顔で答えた。
「問題ない。合っているよ」
「あ、合ってる!? いやいや、おかしいですって! 私の貯金、そんなにありませんでしたよ!?」
「計算してみたまえ。預金が二千五百万、NISAが六百万、iDeCoが一千二百万。そして企業年金の解約相当額が三千万だ。ここまでは君も把握しているだろう?」
優莉は頭の中で猛烈な勢いでそろばんを弾いた。
(2500+600+1200+3000=7300万。そうだ、俺の保有資産は大体7000万ちょっとの計算だったはず……。てことは、残りの『六億円』は……)
「あ、あのー……ストックオプションって、たしか四億円くらいじゃありませんでしたっけ……?」
恐る恐る尋ねる優莉に、九条社長は呆れたようなため息をついた。
「何を言っている。君は最近の我が社の株価を見ていないのかね?」
「えっ」
「ここ数ヶ月で、新エネルギーと動力システム関連の特許申請が立て続けに承認され、株価は急騰しているのだよ。君が保有していたストックオプションを現在の最高値で現金化すれば、六億円弱になるのは当然の計算だ」
「……あ」
優莉はポカンと口を開けた。
そういえば、ここ最近は美少女化のパニックやらスパルタ特訓やら由愛とのカラオケやらで頭がいっぱいで、自社の株価はおろか経済ニュースすらまともにチェックしていなかった。
(そ、そうか……前に確認した時は四億くらいだったけど、あれって何ヶ月も前の話だ……。半年に一度くらいしか見てなかったからなぁ……。そんなに上がってたのか、うちの株……)
茫然自失となる優莉を他所に、社長はさらに追い打ちをかけるように、冗談めかした口調で言い放つ。
「まあ、あの青山のマンションが八億四千万、中に入っている家具家電がざっと四千万だ。それに加えてこの六億七千万の預金があれば、女子高生が一人で生きていくには十分だろう。そうそう路頭に迷うこともあるまい。もし現金が足りなくなれば、あの物件を売ってしまっても構わんよ」
「はっ……はちおく……?」
優莉はついに、白目を剥きそうになった。
あのタワーマンション、高層階(全二十一階建ての超高級レジデンスの十六階)とはいえ、自分の中の相場感では高くても三億円くらいだろうと勝手に思っていたのだ。それがまさかの、八億四千万。家具家電だけで四千万。
(つ、つまり……今の私、総資産十五億円越えの女子高生ってこと……!?)
ちょっとした中小企業の年間売上を優に超えるような額をぽんと渡され、四十八年間のしみったれたサラリーマン根性――小市民の魂が、悲鳴を上げていた。
「そ、それでは……本日はこれで失礼いたします……。あ、ありがとうございました……」
優莉はガクガクと生まれたての小鹿のように膝を震わせながら立ち上がり、社長室を後にした。
本社ビルから出て、青山の『八億四千万の自宅』へと向かう帰路。
優莉はバッグの中にしっかりと抱きかかえた通帳を、何度も何度も、周囲の目を盗むようにして開いては、その『673,000,000』という恐ろしい数字を確かめていた。
(六億七千万……六億七千万……一日一万円使っても、百八十年かかる……いや、税金は引かれてるんだっけ……? マンションの管理費も二十年分払ってあるって言ってたし……)
ブツブツと虚空に向けて念仏のようにお金の計算を呟きながら、フラフラと歩く絶世の美少女。
一気に巨万の富を持つ資産家となってしまった優莉は、新しく始まる十五歳の希望に満ちた生活よりも先に、急に手にした巨額の資産と会社の底知れぬ力に震え上がりながら、帰路につくのであった。
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