あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第十六話 打ち合わせはブラックコーヒーで

「あっついなー……」

 

 ジリジリとアスファルトを照り返す強烈な太陽の光。

 

 七月。本格的な夏が到来し、むせ返るような熱気が東京のコンクリートジャングルを包み込んでいた。

 

 優莉(卓)は、照りつける日差しから逃れるように日陰を選びながら、渋谷の街を歩いていた。今日の服装は、体のラインを拾わないシンプルな白のTシャツに、動きやすいストレートのデニムパンツ。さらに目深に被ったキャップと、顔の半分を覆い隠すような大きめのサングラスという、徹底した『美少女隠し』の完全防備スタイルである。

 

 今日の目的は、他でもない。由愛の友人たちと初めて顔を合わせるのだ。

 

 先日、カラオケで由愛に「二学期から渋谷学林中学高等学校(渋学)に編入することになった」と告げたところ、由愛は飛び上がって喜び、「じゃあ、あーしのいつもの友達、絶対に紹介しとくね! 編入前に顔合わせといたほうが安心っしょ!」とトントン拍子にセッティングしてくれたのである。

 

 今日は、渋谷駅から少し歩いたところにある、広々としたチェーンのファミリーレストランで彼女たちと待ち合わせをしている。

 

 指定された店舗の入り口前で、キャップのつばを直しながら待っていると、人混みの向こうから聞き慣れた明るい声が響いた。

 

「スグーっ!!」

 

「わっ!?」

 

 声がしたと思った次の瞬間には、いつものハイテンションで突撃してきた由愛に、正面からギュッと抱きつかれていた。夏の暑さもなんのその、人目も気にせずスキンシップを図ってくるギャルに、中身が四十八歳のおっさんである優莉はワタワタと両手を泳がせることしかできない。

 

「ちょっと由愛。いくらなんでも、待ち合わせで急に飛びつくとかダメでしょ。暑苦しいし」

 

「ほんとだよー。由愛ちゃんの距離感って、いつもバグってるよねぇ」

 

 由愛の後ろから、呆れたような、けれどどこか楽しげな声が二つ、三つと続いた。

 

 見れば、由愛と同じ制服を着崩した、あるいは私服姿の三人の女子高生が立っている。彼女たちが、由愛の言っていた友人たちだろう。

 

「あ、初めまして。私……」

 

 優莉が居住まいを正し、社会人時代に培った完璧な角度でお辞儀をして挨拶しようとした瞬間、由愛が優莉の腕をぐいっと引っ張った。

 

「あーもう、外あっつい! 挨拶は中でしよ! 早くクーラー浴びたい!」

 

「えっ、ちょ、由愛……!」

 

 優莉はなす術なく、冷房の効いた店内へと引きずり込まれていく。残された三人の友人たちも、「はいはい、いつものことね」と慣れた様子で肩をすくめ、ゾロゾロと後に続いて入店していく。

 

 店員に案内された六人掛けの広いボックス席。全員が席に着き、とりあえず何か注文する流れになった。

 

 由愛や友人たちが、メニューを見ながら「私、この期間限定のマンゴーパフェ!」「じゃあ私はパンケーキとミルクティーにしよっかな」「メロンソーダで」と、いかにも女子高生らしい華やかなオーダーを決めていく中、優莉は店員に向かって静かに告げた。

 

「アイスコーヒーをお願いします。ブラックで」

 

 その瞬間、テーブルに一瞬の静寂が落ちた。

 

 正面に座っていた、アッシュグレーの髪が美しい清楚クール系の少女が、ジト目で優莉にツッコミを入れる。

 

「……いや、商談じゃないんだからさ。ファミレスの顔合わせでブラックコーヒー一杯って。なんか食べ物とか、スイーツ頼みなよ」

 

「えっ!? あ、いや、私、甘いものはあんまり……その、胃がもたれるというか……」

 

 『打ち合わせといえばとりあえずブラックコーヒー』という染み付いたサラリーマンの習性が裏目に出た。女子高生の集まりで一人だけブラックコーヒーをすする女、あまりにも渋すぎる。優莉が内心であたふたしていると、由愛が「まあまあ!」と間に入ってくれた。

 

「スグは大人っぽいからコーヒーが似合うんだよ! あーしのパフェ、あとで一口あげるからさ!」

 

「う、うん。ありがとね……」

 

 由愛のフォローに助けられつつ、ドリンクが運ばれてきたところで、改めて自己紹介の場となった。

 

「えっと、初めまして。佐藤優莉です。二学期から、みんなと同じ渋学に編入することになりました。よろしくお願いします」

 

 優莉がキャップとサングラスをつけたままペコリと頭を下げると、正面の三人は「おおー」と小さく拍手をした。

 

「由愛から聞いてたけどさ。うちの学校の編入試験通るって、相当ヤバいよ?」

 

「うんうん。帰国子女とか、ガチの天才じゃないと無理って言われてるし。優莉ちゃん、すっごく頭いいんだね」

 

 友人たちの言葉に、優莉の背筋にツーッと冷や汗が流れた。

 

(そ、そうだ……。渋学って、都内屈指の超絶進学校だった。私は会社が寄付金名目で『ねじ込んで』くれたから素通りできたけど、世間一般から見れば、あの学校の編入試験を突破するのは東大に受かるレベルの難業だ……っ!)

 

 今まで軽く考えていたが、自分がどれほどとんでもないハードルを(裏口で)飛び越えてしまったのかを再認識する。

 

(マズい。よくよく考えてみれば、現代文や英語ならともかく、数学や物理の公式なんか、三十年前に全部忘れてるぞ。入学までに死に物狂いで復習しておかないと、最初のテストでいきなり赤点取って『裏口編入』がバレるのでは……!?)

 

 心の中で激しい焦燥感に駆られ、アイスコーヒーの氷がカランと音を立てる。そんな優莉の内心のパニックを知る由もなく、三人からの自己紹介が始まった。

 

「私は結城玲奈(ゆうき れいな)。一応、このグループのツッコミ役やらされてる。よろしくね」

 

 先ほどコーヒーにツッコミを入れてくれた、アッシュグレーの髪の少女。綺麗めなギャルファッションだが、どこか育ちの良さと知性を感じさせる。優莉の元・総務部長の観察眼から見ても、頭の回転が速く、非常に優秀なバランサーだということが窺えた。

 

「長谷川琴音(はせがわ ことね)です。由愛ちゃんがいつも元気だから、私はそれを見守る係かな。優莉ちゃん、これからよろしくね」

 

 肩にかかるミディアムヘアをシュシュでまとめた、人当たりが柔らかで大人しそうな少女。クセの強いこのグループの中で、唯一の『いい意味での普通』を体現しているような、ほっとするような優しい笑顔が印象的だった。

 

「神崎雫(かんざき しずく)。……よろしく」

 

 最後にボソッと名乗ったのは、艶のある黒髪ショートカットに、知的な丸眼鏡をかけた少女。自己紹介を手短に終えると、すぐに手元のタブレットに視線を戻してしまった。静かでミステリアスな雰囲気を漂わせており、なぜ彼女がハイテンションな由愛と仲が良いのか、一見しただけでは全くわからない。

 

「どう!? あーしの自慢の親友たち!」

 

 由愛が胸を張って熱弁を振るう。

 

「玲奈はめっちゃ頭良くてテスト前に超頼りになるし、琴音はマジでお母さんみたいに優しいし、雫は無口だけど、こう見えていざって時にすっごい頼りになるんだよ! 優莉も絶対すぐに仲良くなれるって!」

 

 由愛のキラキラとした瞳を前に、優莉の心の中の『おっさん』が小さく息を吐いた。

 

(由愛がこれだけ言うんだ、みんな本当にいい子たちなんだろうな。……でも、四十八歳の独身おじさんだった私が、こんな眩しい女子高生のグループに混ざって、本当にうまくやっていけるんだろうか)

 

 そんな一抹の不安を抱えつつも、優莉は彼女たちの会話に耳を傾け続けた。

 

 ファミレスでの時間は、あっという間に過ぎていった。

 

 玲奈の鋭いツッコミ、琴音の優しいフォロー、そして時折、雫がタブレットから顔を上げて放つ的確すぎる一言。そこに由愛の底抜けの明るさが加わり、テーブルは常に笑いに包まれていた。

 

 優莉も、社会人経験で培った相槌のスキルや、時折こぼれる妙に達観した大人びたコメントがウケて、少しずつ彼女たちとの間にあった見えない壁が溶けていくのを感じていた。

 

(うん、案外なんとかなるかもしれないな)

 

 優莉は、隣でパフェを美味しそうに頬張る由愛の肩にそっと寄りかかり、耳元で内緒話をするように囁いた。

 

「由愛、紹介してくれてありがとう。すごくいい子たちだね。……これで、二学期からの学校生活もどうにかなりそうだよ」

 

 心からの感謝を込めて微笑みかけた瞬間。至近距離で優莉の顔を見た由愛の動きが、ピタリと止まった。

 

「っ……!」

 

 由愛の顔が、耳の先まで一瞬にして真っ赤に染まる。

 

「え、どうしたの由愛ちゃん? 急に顔赤くして。パフェ冷たすぎたかな?」

 

 向かいに座る琴音が不思議そうに小首を傾げるが、由愛は首をブンブンと横に振った。

 

「ち、ちがっ……! そうじゃなくて!」

 

 由愛は、優莉の被っていたキャップのつばに手をかけると、パッとそれを脱がし、さらに目元を隠していた大きなサングラスも容赦なくむしり取った。

 

「……見ればわかるよっ!!」

 

 ファミレスの照明の下。帽子とサングラスという封印から解き放たれた優莉の、亜麻色の美しい髪がサラリと肩にこぼれ落ちる。

 

 透き通るような白い肌。長いまつ毛に縁取られた、宝石のように澄んだ大きな瞳。全てのパーツが神の計算によって配置されたかのような、圧倒的で暴力的なまでの『国宝級の美貌』が、三人の目の前に露わになった。

 

「…………えっ?」

 

「…………は?」

 

「…………うそ」

 

 玲奈、琴音、雫の三人が、文字通り息を呑んで固まった。

 

 先ほどまで賑やかだったテーブルが、嘘のように静まり返る。あまりのビジュアルの良さに、三人の脳の処理能力が完全にフリーズしてしまったのだ。

 

「えっと……な、なに?」

 

 自分の顔面偏差値の異常さを自覚していない優莉が、きょとんとして首を傾げると、その無防備な仕草の破壊力に、琴音が「ひぅっ」と謎の悲鳴を上げて両手で顔を覆った。

 

「か、顔が……顔が良すぎる……っ! な、なにこの美少女!? 女優さん!? アイドル!?」

 

「ちょ、由愛……あんた、なんでこんな超絶美少女を、今まで帽子とサングラスで封印してたのよ……! 心臓に悪いわよ!」

 

 クールだったはずの玲奈が、かつてないほど取り乱してツッコミを入れる。

 

 今まで無表情だった雫でさえ、眼鏡の奥の目をカッと見開き、手元のタブレットを落としかけるほどだった。

 

「ね!? そうなるでしょ!?」

 

 由愛はなぜかドヤ顔で胸を張り、フンスと鼻息を荒くする。

 

「あーしも最初カラオケで見た時、リアル天使かと思ったもん! スグの顔面、マジで国宝指定した方がいいレベルっしょ!」

 

「いや、確かにこれは……こりゃあ、すごい友達ができたもんだわ……」

 

 玲奈が額を押さえながら、呆れたように、けれどどこか嬉しそうにため息をついた。

 

「も、もう! みんな大げさだよ!」

 

 優莉はおっさんの自我が耐えきれず、顔を真っ赤にして再びキャップを深く被り直した。

 

 その後は、「その顔でブラックコーヒーは反則」「絶対に学園祭でミスコン出させよう」などと優莉の美貌をイジられつつ、先ほど以上の大盛り上がりを見せた。美少女という強烈なスパイスのおかげで、優莉は完全にグループの一員として受け入れられたのだった。

 

 数時間後。すっかり日が傾き始めたファミレスの前で、五人は手を振って別れの挨拶を交わした。

 

「優莉ちゃん、二学期からよろしくね! 学校案内するから!」

 

「宿題わかんなかったら見せてあげるから、いつでもメッセしてきなよ」

 

「……また、話しよう」

 

 琴音、玲奈、雫の三人がそれぞれの帰路につくのを見送った後、最後に由愛が優莉の前に立った。

 

「スグ! 今日は来てくれてありがとね!」

 

「ううん、私の方こそ。みんなと引き合わせてくれてありがとう」

 

「へへっ。みんなもスグのこと気に入ったみたいだし、マジで良かったー!」

 

 由愛は太陽のような笑顔を浮かべると、一歩下がって、両手で大きくピースサインを作った。

 

「じゃあ、次こそは絶対に! あーしたちでお泊り会しよーねー!!」

 

 そう言い残し、由愛は夕暮れの街角へと元気よく駆け出していった。

 

 その背中を見送りながら、優莉は小さく息を吐いた。

 

 七月の熱気はまだアスファルトに残っているというのに、不思議と胸の中を通り抜ける風は、とても爽やかで心地よかった。




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