あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「ただいまー」
ジリジリと照りつける八月の太陽から逃れるように、優莉(卓)は実家の玄関の引き戸を開け、冷房の効いたひんやりとした室内に足を踏み入れた。
開発部のエリート研究員たちによる、あの脳髄が焼き切れるような理数系のスパルタ特訓の合間を縫っての帰省である。「お盆には帰るよ」と以前約束していた通り、数日間の休みをもらって新幹線に乗り、実家へと戻ってきたのだ。
「おお、優莉! よく帰ってきたな!」
「いらっしゃい、暑かったでしょう。さあ、上がって上がって」
出迎えてくれたのは、満面の笑みを浮かべた両親だった。戸籍上は『祖父母』ということになるが、優莉にとっては間違いなく、自分を育ててくれた実の親である。
「東京での生活はどうだい? 一人でちゃんとやれてるかい?」
居間へ向かう廊下を歩きながら、母が気遣わしげに尋ねてくる。
「まあ、ぼちぼちかな。家事も自炊も慣れてるから全然平気だよ。ただ最近は、二学期からの高校編入の準備で、結構勉強が忙しくてさ」
優莉は苦笑しながら答えた。
「そうかいそうかい、偉いねえ。でもあんまり無理しちゃ駄目よ。ほら、楽にして」
促されるままに、優莉は実家の居間の座布団に腰を下ろした。畳の匂いと、昔から変わらない柱時計の音が、張り詰めていた東京での緊張感をゆっくりと解きほぐしていく。
「お腹空いてるでしょ? あんたの好物をいっぱい作ったのよ」
そう言って母がちゃぶ台に並べ始めたのは、山盛りの鶏の唐揚げ、分厚い豚カツ、そして里芋とイカの煮物、切り干し大根といった、見事なまでに『茶色いおかず』のオンパレードであった。
「おおっ……! やっぱり母さん、分かってる……!」
優莉の瞳に、感動の涙が滲んだ。
最近の東京生活では、由愛や友人たちに付き合わされて、新作のフラペチーノだの、彩り鮮やかなパンケーキだの、お洒落なイタリアンだのと、やたらと『映える』ものに付き合わされていた。もちろんそれらも美味しいのだが、中身が四十八歳のしがない中年男性である優莉の胃袋と魂が本当に求めていたのは、こういう醤油と出汁が効いた茶色い実家の味なのだ。
「いただきます!」
優莉は美少女のガワも忘れ、唐揚げを口いっぱいに頬張り、白いご飯をかきこんだ。その豪快な食べっぷりに、両親は「よく食べる子は見ていて気持ちがいいねえ」と目を細めて笑っていた。
翌日。お盆ということもあり、優莉は両親に連れられて、隣近所への挨拶回りをすることになった。
「いつもお世話になっております。これ、卓の娘です。今度から東京の高校に行くことになりまして、お盆の挨拶に連れてきました」
両親がそう言って優莉を紹介するたび、ご近所さんたちは一様に度肝を抜かれた顔をした。無理もない。田舎の長閑な住宅街に、突然テレビの向こうから飛び出してきたような『国宝級の超絶美少女』が現れたのだから。
「ええっ!? これがあの卓君の娘さん!? 似てな、いやいや、卓君ってば結婚してたっけ!?」
驚愕とともに飛んでくるもっともな疑問に対し、母はあらかじめ用意していたシナリオ通り、重いため息をつきながら見事な演技力を披露した。
「実はちょっと事情がありまして、最近まで私たちにも隠していたみたいで。親にも内緒でコソコソと……まったく、卓はいまどこで何してんだか。残されたこの子が可哀想でねえ」
行方不明のダメ息子を嘆くような母の迫真の愚痴に、ご近所さんたちは「まあまあ、卓君も色々あったのねえ」「でも、こんなに綺麗なお嬢さんを残してくれて良かったじゃない」と、あっさりと同情して納得してくれた。
横で聞いていた優莉は、(母さん、俺をダシにしてスラスラと嘘をつきおって……)と内心でツッコミを入れつつも、殊勝な顔をして頭を下げている。
家に帰り着くと、三人で冷たい麦茶を飲みながらホッと息を吐いた。
「いやあ、周りの人がすんなり受け入れてくれて良かったね」
「本当にな。まあ、お前がこれだけ器量良しだから、みんな細かいことは気にしなかったんだろう」
父が笑いながら言い、家族の間に和やかな空気が流れた。
夕方になり、日が傾き始めた頃。お盆の恒例行事である『迎え盆』のため、家族三人で歩いて近所のお墓へと向かった。
ひぐらしの鳴き声が響く中、実家のお墓に到着すると、柄杓で水をかけて墓石を綺麗に洗い、新しい花を花筒に挿す。
「ご先祖様、こんな姿になっちゃいましたけど、これ、卓ですよ。いまは優莉って名前の女の子ですけどね」
両親が墓前で手を合わせながら、なんともシュールな紹介をした。ご先祖様もさぞかし草葉の陰で困惑していることだろう。
優莉も線香に火を点け、静かに目を閉じて手を合わせた。
(じいちゃん、ばあちゃん。色々あってマジで大変だし、男の人生は終わっちゃったけど……新しい名前ももらって、なんとか元気にやってるよ)
心の中でそっと祈りを捧げ、優莉は迎え火として提灯にそっと火を灯した。
その小さな火を絶やさないように、三人でゆっくりと道を歩いて実家へと戻り、仏壇のロウソクへと火を移す。これで、お盆の間はご先祖様が家に帰ってきているということになるのだ。
夜。仏壇から漂う線香の匂いを感じながら、居間でお茶を飲んでくつろいでいた時のことだ。優莉は湯呑みを置き、ふと思い出したように口を開いた。
「そう言えばさ。こっちに来る前に、社長からなんだかんだで六億くらいもらったから、もし何か欲しいものがあったら遠慮なく言ってね。親孝行するからさ。……あ、でもこれ、ご近所さんには絶対に言わないでよ?」
まるで「スーパーで安売りしてたからお菓子買ってきたよ」くらいのテンションで放たれた爆弾発言に、両親は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「ろ、ろくおく……!?」
「お前、六億って……あのサージョの社長さん、いくらなんでも気前が良すぎるんじゃないか!?」
目をひん剥いて驚く両親に、優莉は「いや、ストックオプションが現金化されたりとか、色々と正当な権利でもらったお金だから、変な裏はないよ」と苦笑しながら説明した。
しかし、少しして落ち着きを取り戻した父は、腕を組んでふんっと鼻を鳴らした。
「馬鹿言え。お前に頼るほど、俺たちはまだ困っちゃいない。そのお金は、お前が卓として一生懸命働いて稼いだ大事な金だ。お前のこれからの新しい人生のために、自分でしっかり使いなさい」
父親らしい、ぶっきらぼうだが深い愛情のこもった言葉だった。優莉が少し気恥ずかしくなって俯いていると、母が横からニコッと笑って父の肩を叩いた。
「そうねえ。でも、もし本当に困った時や、家をリフォームしたくなった時は、遠慮なく優莉にお世話になるからね。その時はよろしく頼むわよ」
「うん、任せておいて!」
優莉は嬉しそうに頷いた。自分の稼いだ資産が、こうしていざという時の両親の安心材料になるのなら、男としての人生を失った甲斐も少しはあったというものだ。
それからの数日間、優莉は『送り盆』の日まで、ひたすら実家でダラダラと過ごした。クーラーの効いた部屋でスイカを食べ、甲子園の中継を見ながら昼寝をし、目が覚めたらまた母の作った茶色いおかずを食べる。女子高生としてのストイックな美容生活などどこ吹く風の、完全なる『おっさんの休日』であった。
(父さんも母さんも足腰しっかりしてるし、よく食べるし。介護の心配は、まだまだ全然大丈夫そうだな)
縁側で庭の蝉時雨を聞きながら、優莉は内心で安堵の息を吐いた。中身が中年になると、どうしても親の健康状態が一番の気がかりになる。今回直接顔を見て、その元気な姿を確認できたことは、何よりの収穫だった。
そして、あっという間に帰る日――ご先祖様を送り出す『送り盆』の夕方がやってきた。
最寄りの新幹線の駅まで車で送ってくれた両親に対し、優莉は小さな旅行鞄を手に持ち直して振り返った。
「じゃ、次はいつ来れるかちょっとわかんないけど。冬休みとか、できるだけ顔を出すようにするから」
「ああ、気をつけてな。東京の学校でも、あんまり無理するんじゃないぞ」
「優莉、ちゃんとご飯食べるのよ。また美味しいもの作って待ってるからね」
一言二言、何気ない言葉を交わし合う。しかし、その短いやり取りの中には、確かな家族の絆が通い合っていた。
「うん、いってきます!」
優莉は大きく手を振り、改札を抜けて新幹線に乗り込んだ。
窓の外を流れる田舎の景色を眺めながら、優莉は深く息を吸い込んだ。実家でたっぷりと英気を養い、心の充電は完了した。
東京に戻れば、すぐにまた高校編入のためのスパルタ勉強と、由愛たちとのお泊り会、そして波乱に満ちた『二学期』が待っている。
佐藤優莉としての新しい青春の幕開けに胸を躍らせながら、十五歳の美少女は、一路東京へと向かうのだった。
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