あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第十九話 隠しきれないセレブ生活と小市民の怯え

「どーぞ、入って」

 

 オートロックを解除し、優莉(卓)は自宅であるタワーマンションの重厚な扉を開け放った。

 

 時期は八月下旬、夏休みの終盤。まだ蒸し暑さの残る夕方のことである。

 

 帰省後に再開された開発部のバケモノ級エリート研究員たちによるスパルタ特訓を終えてから、数日が経っていた。あの後、優莉の若返った脳内には、高校三年生レベルまでの数学や物理・化学の知識が完璧にインストールされていた。

 

 もっとも、得意だからと後回しにした「歴史」などの暗記科目は手付かずのままであり、三十年の間に歴史の常識が変わっているという罠に後日ハマることになるのだが、今の優莉は「理数系は完璧! これでいつ二学期が始まっても問題ない!」と大いなる自信に満ち溢れていた。

 

 そんな勉強のプレッシャーから解放されたこともあり、今日は由愛が以前から熱望していた「お泊り会」をついに決行することになったのだ。

 

 優莉の自宅玄関に足を踏み入れた四人の女子高生――由愛、玲奈、琴音、雫は、靴を脱ぐなり揃って歓声を上げた。

 

「うわーっ! なにこれ、広っ! 天井高っ!」

 

「……え、ここ最高級じゃん。うちよりすごいんだけど」

 

「ちょっと優莉ちゃん、下のエントランスの時点で緊張したけど、部屋の中もヤバいね……」

 

 大理石の床、間接照明が照らす広々とした廊下、そしてリビングの大きな窓から見下ろす青山の街並み。八億四千万という常軌を逸した価格のマンションの威容を前に、流石の渋学の生徒たちも感心しきりである。

 

「いや、外観の高級レジデンス感から絶対ヤバい部屋だとは思ってたけどさ。これは想像以上だわ」

 

 冷静な玲奈でさえ、ため息をつきながら周囲を見渡していた。一方、ホストとして彼女たちを迎え入れた優莉は、実は内心で心臓をバクバクと鳴らしていた。

 

(ま、まずい。女子高生が四人も俺の部屋に……っ!)

 

 十五歳の国宝級美少女のガワを被っているとはいえ、中身は四十八歳の独身男性である。うら若き未成年の女子高生たちを自分のプライベートなテリトリーに連れ込んでいるという事実が、サラリーマン時代のコンプライアンス精神を強烈に刺激していた。

 

(これ、客観的に見たら未成年者略取・誘拐罪とかにならないか!? いや、私が誘ったんじゃなくて由愛が言い出しっぺなんだけど、でも保護者の同意とかは!?)

 

 などと、全く的外れな杞憂に一人で冷や汗を流して動揺している優莉。

 

「ねえ、優莉ちゃんって、もしかしてすっごいお嬢様なの?」

 

 琴音が、リビングにある一流ブランドのソファ(イタリア製の数百万円の代物である)を恐る恐る撫でながら尋ねてきた。

 

「えっ!? い、いや、全然そんなことないよ! ただの一般人だから!」

 

 優莉は正気に戻ってブンブンと両手を振って否定した。中身がしがない元・サラリーマンの小市民であるため、「お嬢様」という響きに強烈な違和感があったのだ。

 

 そんな優莉に玲奈がジト目でツッコミを入れる。

 

「いやー、優莉。これを見て『ただの一般人です』は、さすがにどう足掻いても通らんでしょ」

 

「うっ……」

 

 図星を突かれ、優莉は言葉に詰まった。

 

(た、確かに……。この八億四千万のマンションに住んでいて、通帳に六億七千万の現金と株式が入っていて、総資産十五億超えの女子高生……これって、世間一般から見れば間違いなく『大富豪のお嬢様』では?)

 

 自分がいつのまにか手の届かないセレブ層の人間になってしまっていたことに、優莉は今更ながら気づいて悩んでしまった。

 

「まーいーじゃん、細かいことは! てかスグ、こんな広くて凄いところで一人って寂しくない?」

 

 由愛がリビングの真ん中でくるくると回りながら言った。

 

「えっ、優莉ちゃん、ここ一人暮らしなの!?」

 

 玲奈と琴音が驚きの声を上げる。雫も「……高校生が一人で住む場所じゃない」と眼鏡を押し上げた。

 

「あ、うん。ちょっと家庭の事情があってね」

 

 優莉は、以前由愛に話したのと同じように、「親が海外赴任中で行方不明になり、今は親の会社の支援を受けて一人で暮らしている」という事情を簡単に説明した。

 

「なるほどねえ。優莉も色々フクザツなんだ」

 

 玲奈が少し同情するような、納得したような表情で頷く。

 

「でも、それはいーから! 今日はせっかくのお泊り会なんだし、パーッと楽しもっ!」

 

 由愛がパンッと手を叩いて空気を変えた。

 

「そうだね。じゃあ、こっちに荷物置いて。今日みんなが寝る部屋、こっちだから」

 

 優莉は奥にある客間へと四人を案内した。キングサイズのベッドが二つ並び、ふかふかの絨毯が敷かれた、これまた五つ星ホテルのような一室だ。

 

「はー、めっちゃいい部屋……。今日ここで寝ていいの?」

 

「なんか緊張して眠れなそう……」

 

 玲奈と琴音が荷物を置きながらキョロキョロとしている。

 

「よし、荷物も置いたし! 次は恒例の、お宅拝見ツアーっしょ!」

 

 カバンを放り投げた由愛が、目を輝かせて客間を飛び出していった。

 

「えっ、ちょ、由愛! 勝手に開けちゃ……」

 

 優莉が止める間もなく、女子高生たちのキャッキャとしたタワマン探索が始まった。

 

 巨大なウォークインクローゼット、夜景が一望できるバルコニー、最新式のシステムキッチンにいちいち歓声が上がる。そして、彼女たちの足がピタリと止まったのは、洗面所の奥――バスルームの前だった。

 

「……うっそ。なにこれ、ホテルのスイート?」

 

 玲奈が絶句する。ガラス張りの扉の向こうには、大人が何人も足を伸ばして入れる巨大なジャグジー付きのバスタブと、黒御影石の壁面。さらには浴室専用の大型テレビまで完備されていたのだ。

 

「スグ! このお風呂めっちゃヤバい! 広すぎ!」

 

 由愛がバンバンと優莉の肩を叩く。

 

「決めた! あとで絶対、みんなで一緒に入ろーね!」

 

「えっ、い、一緒にって……」

 

 無邪気な由愛の爆弾発言に、優莉は引きつった笑いを浮かべたが、(まあ冗談だろう)とその時は高を括っていた。

 

 ひとしきりルームツアーを終え、大興奮の四人がリビングに戻ってきたところで、優莉がパンと手を合わせた。

 

「よし、お腹も空いてきたし、まずは夕飯でも作ろっか。みんな、何食べたい?」

 

 優莉が腕まくりをしながら尋ねると、四人は目を丸くした。

 

「え、優莉、料理できるの? デリバリーとかじゃなくて?」

 

「うん。一人暮らし長いし、家事は全部自分でやってるからね。任せてよ!」

 

 四十八年間の独身生活で培った、完璧な自炊スキルを見せつけるチャンスである。優莉は自信満々に提案した。

 

「えっとね、今日は特別に私が腕を振るってあげる! 山盛りの鶏の唐揚げに、豚の生姜焼き! あとはマカロニサラダと、出汁がたっぷりのフワフワだし巻き卵なんてどう!? 白米が無限に進むよ!」

 

 最高の布陣だと確信してドヤ顔をキメた優莉だったが――四人の反応は冷ややかだった。

 

「「「「…………」」」」

 

「えっ、なにその沈黙」

 

「……優莉ちゃん。それ、ちょっとおじさんくさくない?」

 

 琴音が、申し訳なさそうに、しかし的確に致命傷を刺してきた。

 

「ええっ!? お、おじさん!? 唐揚げと生姜焼きだよ!? 絶対美味しいのに!」

 

「いや、美味しいとは思うけどさ」と玲奈が苦笑する。

 

「女子高生のお泊り会だよ? もっとこう、映えるやつがいいなー。ほら、ローストビーフとか!」

 

「あー、いいね! あーし、アクアパッツァ食べてみたい!」

 

「手作りのキッシュとか、彩り野菜のバーニャカウダとかもお洒落じゃない?」

 

 由愛と琴音が次々にリクエストを重ねる。雫も小さく「……キッシュ、賛成」と頷いた。

 

(茶色いおかず大盛りの定食メニューが、全否定された……っ!)

 

 優莉はガックリと肩を落とした。中身がおっさんゆえの悲しい習性が、女子高生の『映え』文化の前に敗北した瞬間である。

 

 だが、ここで引き下がる元・総務部長ではない。

 

(ちくしょう、舐めるなよ……! こうなったら、私の自炊スキルの見せ所だ。本気を出してやる!)

 

「わかった。じゃあ、そのリクエスト、全部作ろうじゃないの!」

 

 優莉がエプロンを身につけると、琴音も「私も手伝うよ」とエプロンをつけてキッチンに立ってくれた。友人たちの中で、普段から料理をしているのは琴音だけのようだ。

 

「じゃあ琴音ちゃん、そこの野菜をバーニャカウダ用にカットしてくれる? 私はキッシュの生地と、ローストビーフの仕込みをするから」

 

「わ、わかった」

 

 そこからの優莉の手際は、まさに圧巻の一言だった。塊肉に手早くスパイスをすり込んで表面を焼き上げ、オーブンへ放り込む。休む間もなくフライパンで白身魚とアサリを白ワインで蒸し焼きにし、魔法のような手つきでキッシュの卵液を作り上げる。包丁がまな板を叩く「トトトトトッ」というリズミカルな音は、完全にプロの料理人のそれであった。

 

「ゆ、優莉ちゃん……なんか手際が主婦っていうか、プロのシェフみたいなんだけど……」

 

 隣でパプリカを切りながら、琴音が引きつった笑いを浮かべる。

 

「あはは、長年の、その、経験の賜物だよ!」

 

 一時間後。ダイニングテーブルの上には、豪華絢爛なディナーが並べられていた。

 

 完璧なロゼ色に仕上がったローストビーフ。魚介の旨味が凝縮されたアクアパッツァ。サクサクの生地にほうれん草とベーコンが詰まったキッシュ。そして、色鮮やかな野菜のバーニャカウダ。

 

「すっご……! これマジで優莉が作ったの!?」

 

「レストランじゃん……」

 

 由愛と玲奈がスマホでパシャパシャと写真を撮りまくる。

 

「さあさあ、冷めないうちに食べよう! 乾杯!」

 

 グラスに入ったノンアルコールのスパークリングサイダーで乾杯し、夜景を見下ろしながらのディナータイムが始まった。

 

「んんっ! お肉やわらかっ! 最高!」

 

「このキッシュ、すっごく美味しい……優莉ちゃん、本当にお嫁さんにしたい」

 

 琴音が感動で目を潤ませる。雫も無言のまま、ものすごいスピードでローストビーフを胃に収めていた。

 

「いやー、美味しいご飯にこのタワマンの夜景。なんか私たち、すっごいセレブになった気分だわー」

 

 玲奈がサイダーのグラスを傾けながら満足げに息を吐く。

 

「でしょでしょ! スグの家、最高っしょ!」

 

「いや、でもこれ人んちだからね? 由愛が威張ることじゃないから」

 

 玲奈の冷静なツッコミに、みんながドッと笑い声を上げた。

 

 楽しい夕食の後は、お待ちかねのお風呂の時間である。

 

「さっきも言ったけど、スグの家のお風呂、めっちゃ広いから全員で一緒に入ろーよ!」

 

 由愛が屈託のない笑顔で提案してきた瞬間、優莉の全身の毛穴がブワッと開いた。あの話は冗談ではなかったらしい。

 

「む、無理無理無理無理っ! 絶対にダメ!」

 

「えー? なんでー? 女同士なんだから減るもんじゃないっしょー?」

 

「減るとかそういう問題じゃなくて! 私は一人でゆっくり入りたいの! みんなは一緒に入っていいから、私は最後に入るからっ!」

 

 中身が四十八歳のおっさんである優莉にとって、うら若き女子高生たちと裸の付き合いをするなど、道徳的にも精神的にもハードルが高すぎて絶対に越えられない壁であった。顔を真っ赤にして全力で浴室のドアを死守する優莉の様子に、友人たちはニヤニヤと笑い始めた。

 

「スグってば、案外ガード固いんだねー」

 

「こんなに可愛いのに恥ずかしがり屋なんて、ギャップ萌えってやつ?」

 

「……優莉、顔真っ赤」

 

 すっかりからかわれつつも、なんとか一人で(由愛たちは四人でキャーキャー言いながら入っていたが)入浴を済ませ、全員が持参したパジャマに着替えた。

 

「ふぅ……じゃっ、もう遅いし寝ようか」

 

 優莉がホッとして早々に切り上げようとしたが、由愛がニヤリと笑って立ち塞がった。

 

「甘いよ、スグ。女子高生のお泊り会といったら、夜はこれからっしょ!」

 

「えっ」

 

「さあ、みんな! ベッドに集合! 恋バナの時間だよーっ!!」

 

 由愛に腕を引っ張られ、優莉は客間の巨大なベッドへと引きずり込まれた。ふかふかのベッドの上で、五人の少女が円になるように寝転がる。

 

「こ、恋バナって……」

 

 優莉はワタワタと動揺していた。中身の酸いも甘いも噛み分けた独身中年男性にとって、女子高生の青々しい恋愛トークなど、どう対応していいかわからない未知の領域である。

 

「はい、じゃあまず琴音から! 最近どうなの、あのサッカー部の先輩とは!」

 

「ええっ!? わ、私!? うーん、この前すれ違った時に挨拶してくれただけで……」

 

「ダメダメ、それじゃ全然進展してないじゃん! もっとガンガン行かなきゃ!」

 

 女子高生特有のキャピキャピとした、しかし真剣な恋愛トークが始まった。しかし、玲奈は「私は今は彼氏いらないかなー」とクールに流し、雫は「興味ない」と一刀両断。そして言い出しっぺの由愛はといえば、「あーし? あーしもまだ、そういう恋愛とか好きとか、よくわかんないんだよねー! 歌うほうが楽しいし!」と、非常に無邪気なものであった。

 

「で、優莉ちゃんは? 今まで彼氏とかいたことある?」

 

 ついに琴音から矛先が向き、優莉はビクッと肩を震わせた。

 

「えっ!? わ、私!? な、ないない! 全然ないよ!」

 

 嘘ではない。四十八年間、仕事一筋で(モテなかったのもあるが)独身を貫いてきたのだ。彼氏どころか彼女すらいたことがない。

 

「えー、嘘だぁ。優莉ちゃんみたいに可愛かったら、絶対モテるのに」

 

「どんな人がタイプなの? やっぱ年上の大人っぽい人?」

 

「た、タイプ……? えっと、優しくて、誠実な……人が、いいかな……アハハ……」

 

 優莉は顔を引きつらせながら、ただひたすらに「へえ」「そうなんだ」「すごいね」と無難な相槌を打つマシーンと化すしかなかった。

 

 そうして、夜もすっかり更け、時計の針が深夜二時を回った頃。

 

「ふわぁ……そろそろ、寝よっか」

 

 琴音が目をこすりながら言ったのを皮切りに、極度の緊張と精神的疲労で限界を迎えていた優莉がガバッと起き上がった。

 

「そ、そうだね! 寝よう! じゃあ私、自分の部屋に戻るね!」

 

「えっ、優莉もここで一緒に寝ないの?」

 

「う、うん! 私、じ、自室のベッドじゃないと上手く寝られないからっ! おやすみ!」

 

 優莉は逃げるように客間を飛び出し、バタンッと扉を閉めて自室へと引きこもった。

 

「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……っ」

 

 自室のベッドに倒れ込み、優莉は真っ赤になった顔を枕に押し付けた。女子高生特有の甘い匂いと密着感、そして恋バナのプレッシャーは、おっさんの心臓には刺激が強すぎたのだ。

 

 一方、残された客間の四人は。

 

「……優莉ちゃん、本当に恥ずかしがり屋だね」

 

「女同士なんだから、気にしなくてもいいのにねー」

 

「まあ、人それぞれっしょ! あーし眠い! おやすみー!」

 

 優莉の内心の葛藤など露知らず、四人は笑い合いながら電気を消し、穏やかな寝息を立て始めた。こうして、(優莉の精神だけが)波乱に満ちた女子高生たちのお泊り会は、静かに夜の底へと沈んでいくのだった。




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