あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第二十話 いい国(1192)作ろう鎌倉幕府

「はじめまして、佐藤優莉と申します。皆さまにおかれましては、これからの学校生活、何卒仲良くしていただければ幸いです」

 

 背筋をピンと伸ばし、両手を体の前で綺麗に重ね、完璧な角度である四十五度のお辞儀。そして、腹式呼吸に乗せた、よく通る淀みない発声。

 

 優莉(卓)の口から放たれた、おっさんの精神に染み付いた『完璧な営業スマイル』と『隙のないビジネスマナー』に、教室の空気が一瞬にしてカチンと凍りついたように固まった。

 

 ――時間を少しだけ遡る。二学期初日の朝のことである。

 

 厳しい残暑が続く九月の上旬。優莉は、新しく仕立てられたばかりの『私立渋谷学林中学高等学校(通称:渋学)』の指定ブレザーに袖を通し、緊張の面持ちで初登校の途についていた。

 

 校門をくぐり、まずは職員室へと向かう。そこで彼女を待っていたのは、今日から優莉の担任となる三十代半ばの女性教師、山里(やまざと)先生だった。キビキビとしたパンツスーツ姿の彼女は、いかにも名門校の教師といった理知的な雰囲気を纏っている。

 

「あなたが佐藤優莉さんね。今日からよろしく。これ、あなたの分の学校指定タブレットよ。連絡事項や課題は全部これに配信されるから、設定しておいてね」

 

「はい、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

 

 山里先生からタブレットを受け取り、簡単な打ち合わせを済ませた優莉は、先生の後に続いて自分の教室となる『一年C組』へと向かった。

 

 事前の情報通り、このC組には由愛、玲奈、琴音の三人が在籍している。雫だけは隣のD組になってしまっているが、体育の授業などは合同で行われると聞いている。ともかく、知り合いが全くいないという最悪の事態は免れていた。中身が四十八歳のおっさんである優莉にとって、すでに顔見知りの女子高生たちが同じ空間にいてくれることは、何よりも心強い精神安定剤であった。

 

「はい、席についてー。ホームルーム始めるわよ」

 

 山里先生が教室のドアを開け、教壇に立つ。ガヤガヤと騒がしかった教室が、スッと静まった。

 

「今日からこのクラスに、新しく編入生を迎えることになりました。入ってきてちょうだい」

 

 促され、優莉は小さく深呼吸をしてから、教室へと足を踏み入れた。窓からの朝の光が、彼女の亜麻色の髪をきらきらと透かして輝かせる。

 

 優莉が教壇の横に立った瞬間――クラス中が、文字通り水を打ったように静まり返った。

 

(えっ? な、なに? 私、何か変な格好してるか……?)

 

 あまりの静寂に優莉が内心で焦っていると、数秒の空白ののち、クラスのあちこちから堰を切ったように悲鳴にも似た大歓声とどよめきが爆発した。

 

「えっ、ちょ、ヤバっ……! なにあの美少女!?」

 

「顔ちっさ! 透き通るくらい肌白っ……! 二次元から抜け出してきたみたい!」

 

「アイドル? どっかの事務所の大型新人か!?」

 

 十五歳の国宝級の顔面偏差値の破壊力は、同世代の高校生たちにダイレクトに突き刺さったらしい。教室のボルテージが一気に最高潮に達していた。あまりの衝撃に、一部の男子生徒などは完全に魂が抜けたかのように、口を半開きにしてぼーっと優莉を見つめ続けている。

 

(ど、どうしよう! こういう時、今時の高校生ってどうやって自己紹介するんだ!? 『よろしくねー☆』みたいなテンションか!? いや、四十八歳のおっさんにはハードルが高すぎるだろ!)

 

 極度の緊張状態に陥った優莉の脳は、長年のサラリーマン生活で培った『最も安全で確実な自己防衛手段』――すなわち、大企業における新任挨拶のフォーマットを無意識に引っ張り出してしまったのである。

 

 そして放たれたのが、冒頭の挨拶だった。

 

「はじめまして、佐藤優莉と申します。皆さまにおかれましては、これからの学校生活、何卒仲良くしていただければ幸いです」

 

 完璧な営業スマイル。面接試験の模範解答のような姿勢と発声。

 

 わあっと盛り上がっていた教室が、そのあまりにも大人びた、隙のない立ち振る舞いに圧倒され、再び静寂が支配する。

 

(や、やってしまった……っ! 高校生の挨拶じゃない、これ完全に中途採用の初日の挨拶だ!)

 

 優莉が内心で頭を抱えていると、クラスメイトたちがヒソヒソと囁き交わし始めた。

 

「ねえ、なんかオーラ凄くない……?」

 

「あんな完璧なお辞儀、見たことないんだけど」

 

「絶対に超絶お嬢様じゃん……。なんか、クールビューティーな天才って感じ……近寄りがたいかも」

 

 どうやら『イタい奴』と思われることは回避できたようだが、代わりに『雲の上の超絶お嬢様』という、盛大な勘違いのレッテルが貼られようとしていた。孤立してしまうかもしれないという危機感に優莉が冷や汗を流した、その時だ。

 

「ちょっとみんなー! 何ビビってんの!」

 

 教室の後ろの席から、バンッと机を叩いて立ち上がったのは、ギャル制服を着こなした由愛だった。

 

「スグ……優莉はあーしの友達! こう見えて結構抜けてるとこもあるし、めっちゃいい子だから! みんな普通に話しかけてあげてよね!」

 

 由愛の明るく物怖じしないフォローに、クラスの緊張感がふっと緩む。

 

「なんだ、八坂の知り合いかよー!」

 

「驚かせんなよ、マジで高嶺の花かと思ったわ!」

 

 琴音と玲奈も、自分の席から優莉に向けて小さく手を振ってくれている。由愛のファインプレーのおかげで、優莉はなんとか『手の届かないお嬢様』という誤解を解き、親しみやすい編入生としてクラスに受け入れられる空気が出来上がったのであった。

 

「ふふっ。じゃあ佐藤さんは、八坂さんの前の席が空いてるから、あそこに座ってね」

 

 山里先生に促され、優莉はホッと胸を撫で下ろしながら自分の席へと向かった。

 

(良かった……由愛、本当に命の恩人だ)

 

 椅子に座り、後ろの由愛と視線を合わせて小さく笑い合う。これで、ようやく女子高生ライフが平和に幕を開ける。そう安心しきっていた優莉の耳に、教壇からの山里先生の無情な宣告が響き渡った。

 

「よし。じゃあ挨拶も済んだことだし、予定通り『夏休み明けの実力テスト』を始めます。全員、机の上のものをしまってちょうだい」

 

「…………えっ?」

 

 優莉の動きが、ピタリと止まった。

 

(き、聞いてない! 編入初日にいきなりテストなんて、聞いてないぞ!?)

 

 内心で大パニックに陥る優莉。当然である。優莉は編入試験や各種手続きを寄付金でスルーしているため、学校の年間スケジュールなど全く把握していなかったのだ。

 

 慌てふためく優莉であったが、前の席から容赦なくプリントの束が回ってくる。

 

(落ち着け、私……。夏休みの間、開発部のバケモノ研究員たちから、血反吐を吐くようなスパルタ特訓を受けたじゃないか。今の私なら、絶対にやれる……!)

 

 優莉はシャーペンを強く握りしめ、配られた問題用紙と向き合った。

 

 一時間目、英語。

 

(……なんだこれ、めちゃくちゃ簡単じゃないか)

 

 サージョトレーディングの外国人本部長と日常的に英語でネゴシエーションをしていた優莉にとって、高校生レベルの長文読解など、絵本を読んでいるようなものだった。

 

 二時間目、現代文。

 

(筆者の言いたいこと? こんなの、稟議書の裏の意図を汲み取るのに比べたら、赤子の手をひねるようなものだ)

 

 大人の圧倒的な論理的思考力と語彙力で、スラスラと解答を埋めていく。

 

 そして、懸念していた数学と理科。

 

(あっ、これ、開発部の人たちが教えてくれた解法を使えば余裕だな!)

 

 公式を丸暗記するのではなく、現象の理屈から解答を導き出すという開発部直伝の合理的アプローチのおかげで、優莉のペンは全く止まらなかった。むしろ、パズルを解くような爽快感すら覚えながら、次々と難問を打ち破っていく。

 

(完璧だ。これはもらった……!)

 

 すべての科目を圧倒的なスピードで片付け、いよいよ最後の科目である『歴史』の問題用紙が配られた。

 

(歴史は暗記科目だから、夏休みはわざと後回しにして全く勉強してこなかったけど……まあ、三十年前の大学受験でみっちり詰め込んだ記憶があるからな。大人の知識でどうにでもなるだろう)

 

 優莉は自信満々に問題文に目を通した。

 

『問1.源頼朝が朝廷から守護・地頭の設置を認められ、実質的に鎌倉幕府が成立したとされる西暦を答えよ』

 

(ふっ、こんなの基本中の基本だ。いい国(1192)作ろう鎌倉幕府、だから『1192年』だな!)

 

 ドヤ顔で解答欄に三十年前の常識を書き込む優莉。

 

『問2.645年、中大兄皇子らが宮中で蘇我入鹿を暗殺した政変を何というか』

 

(暗殺事件? はいはい、『大化の改新』ね。余裕余裕)

 

『問3.教科書にも載っている右の肖像画(黒い束帯姿の人物)は、長年「源頼朝像」として親しまれてきたが、現在の歴史研究においては誰を描いたものとするのが有力か』

 

(は? 何言ってんだこの問題。これどう見ても源頼朝じゃん! ひっかけ問題か? 騙されないぞ)

 

 と、優莉は迷うことなく『源頼朝』と書き込んだ。中身が四十八歳のおっさんである優莉は、この三十年の間に歴史の学術研究が進み、教科書の記述が大幅にアップデートされていることなど露知らず、古き良き昭和・平成初期の解答を次々と書き連ねていった。

 

 本人は自分の間違いに微塵も気づいておらず、(よし、これで全教科完璧だ。総合で学年最上位クラスは間違いないな)と、完全に勝利を確信したドヤ顔でテストを終えたのだった。

 

 すべてのテストが終了し、放課後のホームルームの時間を迎えた。

 

「はい、みんなテストお疲れ様。今日の連絡事項と、来月の渋学祭のアンケートフォームは、全員のタブレットに配信してあるから、明日までに目を通しておくように。今日はこれで解散!」

 

 山里先生がそう告げると、生徒たちは慣れた手つきで手元のタブレットを開き、パパッと画面をスクロールして確認を終えた。

 

 優莉も慌てて、朝渡されたばかりの自分のタブレットの電源を入れる。すると、画面上のポータルアプリには、見やすいカレンダー形式で明日の時間割や、色分けされた連絡事項、さらにはアンケートの入力フォームまでが綺麗に整理されて表示されていた。

 

(か、完全ペーパーレス化……っ!)

 

 優莉の心の中にいる『元・総務部長』の魂が、ブルブルと震えた。

 

 サージョトレーディングは外資系に近い最新のIT環境を備えていたため、機密文書以外は完全なペーパーレス化が実現されていた。その関係もあって、ペーパーレスのシステム構築がいかに高度で、運用を徹底させることが難しいかを、優莉は身をもってよく理解している。

 

(まさか、公的な教育機関である『高校』が、あの世界トップクラスの企業と遜色ないレベルのクラウドインフラを、生徒も含めて息をするように使いこなしているとは……! 令和の高校、しゅごい……っ!!)

 

 その圧倒的なデジタル化と合理的なシステムに、優莉は感心を通り越して畏敬の念すら抱いていた。

 

「スグー! テストお疲れ! このあと琴音たちと一緒に、駅前のスタパで新作飲んで帰ろーよ!」

 

 鞄を肩にかけた由愛が、優莉の席に身を乗り出して元気に声をかけてきた。隣では、琴音と玲奈も「優莉ちゃん、お疲れ様」「初日からテストで災難だったね」と優しく微笑んでくれている。

 

「うん、行く! みんな、今日は本当にありがとうね」

 

 優莉はタブレットを鞄にしまいながら、国宝級の満面の笑みを向けた。

 

 三十年前とは何もかもが違う、進化した令和の高校生活。このあと数日後に返却される『歴史のテスト』で、自分だけが時代に取り残されていたという残酷な真実に気づき、阿鼻叫喚の悲鳴を上げることになるのだが――今の優莉はそんなことなど知る由もない。

 

 スマートで自由な校風、気のおけない新しい友人たち、そして(自分では完璧だと思い込んでいる)テストの手応え。期待と希望に胸を大きく膨らませながら、優莉は十五歳の女子高生としての、新しい青春の第一歩を踏み出したのであった。




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