あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第二十一話 資産形成をガチ解説する編入生

「え? は? む、む、無理無理無理っ!」

 

 夏休み明けの実力テストが終わった翌日のこと。二学期最初の体育の授業を前に、優莉(卓)は教室の入り口のドア枠にしがみつき、必死の抵抗を試みていた。

 

 当初の優莉の計画では、こっそりと抜け出して「トイレの個室で一人で着替える」つもりだったのだ。しかし、そんな不審な行動を由愛と玲奈が見逃すはずもなく、あっけなく両腕をホールドされて引きずられていく。

 

「なーに言ってんの優莉! 早く着替えないと体育遅れるっしょ!」

 

「そうよ、観念しなさい。ほら、行くわよ」

 

「いやああああっ! 放して! 私には心の準備というものが……っ!」

 

 無情にも、優莉はそのまま廊下の奥にある『女子更衣室』という未知の園へと放り込まれた。

 

 中に入った瞬間、優莉は二重の意味で衝撃を受けた。

 

(な、なんだこの広くて綺麗な部屋は!? しかもちゃんと施錠できて、空調まで完備されてるだと……っ!)

 

 優莉の高校時代の記憶といえば、体育の着替えは「教室で男子はそのまま、女子は後ろの黒板の前にカーテンを一枚引いて着替える」という、今思えばコンプライアンスもプライバシーもあったものではない牧歌的(?)なものだった。それが令和の高校ともなれば、完全防備の専用更衣室が当たり前になっているのだ。

 

 ジェネレーションギャップに戦慄している間にも、周囲の女子生徒たちは一切の躊躇なく制服のブラウスのボタンを外し、スカートのホックを外していく。

 

「あー、今日あっついねー。優莉、日焼け止めある?貸したげよっか?」

 

 下着姿になった由愛が、腕や脚にたっぷりと日焼け止めを塗りたくりながら屈託なく笑いかけてくる。甘いシャンプーや制汗剤のフローラルな香りが、密室に充満していく。

 

(だ、駄目だ! 私は四十八歳のおっさんだぞ! これ以上見たら、捕まってしまうっ!)

 

 罪悪感と羞恥心で限界を迎えた優莉の脳内CPUは完全にショートし、壁の隅を向いてプルプルと小刻みに震え始めた。

 

「あははっ! 優莉ってば、スタイル国宝級なのにすっごい恥ずかしがり屋で可愛い〜!」

 

 由愛が背後からギュッと抱きついてきて、その豊満な胸の感触が優莉の背中にダイレクトに伝わる。

 

「うひゃあっ!?」

 

「もう、由愛ちゃんったら。優莉ちゃん本当に困ってるじゃない」

 

 琴音がクスクスと笑いながら言うが、彼女もまたインナー姿のままである。

 

「あんたたち、もうからかうのはやめなよ。てか由愛は昔から距離感おかしいんだから、少しは自重しなさい」

 

 見かねた玲奈が、ササっと着替えを済ませながらピシャリと注意してくれたおかげで、優莉はなんとか生きた心地を取り戻し、壁を向いたまま光の速さで体操着へと着替えたのだった。

 

 しかし、なんとか着替えを切り抜けた優莉であったが、その時点で精神的HPはゼロ――完全にグロッキー状態であった。

 

 若返った十五歳の肉体は高い身体能力を秘めているはずなのだが、肝心の中身(おっさん)が更衣室のショックで真っ白に燃え尽きていたため、その後の体育の授業(バレーボール)では、サーブを空振りしたり顔面レシーブをかましたりと、全くいいところが見せられなかった。

 

 それでも、教室に戻ってからの学科の授業となれば話は別である。

 

 現代文はビジネス文書の読解で培った論理的思考力で無双し、数学は開発部のエリートたちから叩き込まれたアルゴリズムのおかげで、優莉にとってはもはやイージーモードだった。

 

 そして、優莉の『大人としての知識』が最も火を噴いたのが、その後の家庭科の授業であった。

 

「はい、じゃあ今日は『資産形成』についてやります。みんなもニュースで聞いたことがあるかもしれないけど、NISAや投資信託について、知っている人、説明できる人はいるかな?」

 

 家庭科の教師が電子黒板にスライドを映し出しながら、生徒たちに問いかけた。その瞬間、優莉の目がキラーンと光り、無意識のうちにスッと真っ直ぐな挙手をしていた。

 

 無理もない。優莉はついこの夏の間、サージョトレーディングから得た六億七千万という莫大な資金を、ガチでポートフォリオを組んで投資に回したばかりなのだ。

 

「おっ、編入生の佐藤さん。それじゃあ、知っていることを説明してみてくれる?」

 

「はい」

 

 優莉はスッと立ち上がると、うっかり実体験(おっさんのガチ知識)をベースに、よどみなく解説を始めた。

 

「NISAは「少額投資非課税制度」であり、イギリスのISAをモデルにした日本版ISAとして、NISAという愛称がつけられました。そこから得られる運用益は非課税となります。ただしNISA口座はつみたて投資枠と成長投資枠に分かれており、それぞれに投資上限額が決まっています。結局のところNISA自体は非課税口座の枠組みの一種に過ぎません。しかし、資産形成において真に重要なのは、現代ポートフォリオ理論(MPT)に基づく最適なアセットアロケーションの構築です。投資対象となる各リスク資産の期待リターンと分散、そして資産間の共分散を算出し、『有効フロンティア』上の最も効率的なポートフォリオを組む必要があります。例えば現在のマクロ経済におけるインフレリスクを鑑みれば、単純な株式のインデックスだけでなく、逆相関の動きをしやすい債券やコモディティを組み入れ、シャープレシオを最大化するよう動的にリバランスを行うことで……」

 

「さ、佐藤さん! ストップストップ!」

 

 途中から完全に『機関投資家のセミナー講師』と化した優莉を、先生が慌てて両手で制止した。

 

「そ、その辺の専門的な要素は、高校の家庭科にはちょっと高度すぎるから、そこまででいいわ……!」

 

 優莉がハッとして口を噤むと、クラスメイトたちはポカンと口を開け、「……あの転校生、もしかして学生投資家?」「親がプロの投資家かなんかで、英才教育受けてるとか……」と、勝手な(しかし当たらずとも遠からずな)噂をヒソヒソと囁き合うのだった。

 

 そして、数日後。初日に受けた『夏休み明け実力テスト』の解答用紙が、次々と返却された。

 

「よし! 数学満点! 英語も満点!」

 

 優莉の机の上には、誇らしい百点の答案が並んでいた。現代文と物理も九十点を優に超えている。

 

(これはもらったな。この難易度でこの点数なら、間違いなく学年トップ層、いやワンチャン学年一位も狙えるんじゃないか?)

 

 優莉は内心でガッツポーズをした。周囲のクラスメイトたちも、「うわ、佐藤さんマジでエグい点数取ってる」「やっぱり顔だけじゃなくて頭も天才だったんだ……」と感心しきりである。

 

 しかし――最後に返された『歴史』のテストを見た瞬間、優莉の表情はピシッと凍りついた。

 解答用紙の右上に赤ペンで書かれていたのは、【68点】という、学年トップを狙うにはあまりにも平凡すぎる点数。

 

(な、なんで!? 確かに歴史は復習しなかったから、記憶から抜けてる年号や人物名はあったけど……でも、絶対に合ってるはずの答えまでバツにされてるぞ!?)

 

 昼休み。優莉は、由愛たち友人グループと机をくっつけてお弁当を食べていた。

 

 優莉の今日のお弁当は、マンションのコンシェルジュサービスに依頼して用意してもらったもので、トリュフオイルのかかったローストビーフや、彩り豊かなテリーヌが入った、高級レストラン顔負けの洋食弁当である。

 

 しかし、そんな美味しいお弁当を前にしても、優莉の表情はむすーっと不満げに膨らんでいた。

 

「納得いかない! 絶対、採点ミスだよこれ!」

 

 優莉は歴史の解答用紙をテーブルにバンッと叩きつけた。

 

「どうしたの優莉ちゃん、そんなに怒って。どれどれ……」

 

 琴音が覗き込む横で、優莉はバツ印をつけられた解答を指差して憤慨する。

 

「ここ! 『源頼朝が実質的に鎌倉幕府を成立させた年』! いい国(1192)作ろうで、1192年でしょ!? なんでバツなの!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、サンドイッチをかじっていた玲奈と琴音の動きが止まり、優莉をなんとも言えない、ひどく憐れむような目で見つめた。

 

 向かいの席でタブレットを操作していた雫が、ボソッと呟く。

 

「……優莉。それ、うちの親世代の常識」

 

「へ?」

 

 きょとんとする優莉に、琴音が優しく、しかし残酷な事実を突きつける。

 

「優莉ちゃん……今はね、鎌倉幕府の成立は『1185年(いいはこ)』って習うんだよ」

 

「えっ」

 

「あと、ここも」と、玲奈が赤ペンのバツを指差す。「645年のクーデターの事件。大化の改新じゃなくて、『乙巳の変』が正解よ。大化の改新は、その後の政治改革全般のことだから」

 

「…………えっ!?」

 

 優莉の口から、素っ頓狂な声が漏れた。

 

(わ、私の知ってる歴史が……変わってる……っ!?)

 

 優莉は愕然とした。

 

 そう、自分が大学受験をした三十年前から、歴史の研究は絶えずアップデートされ続けていたのだ。四十八歳の元おっさんは、その残酷な三十年間の教育の進歩に完全に取り残されていたのである。

 

 すべてを悟った優莉は、明日のジョーのごとく、真っ白に燃え尽きて力なく崩れ落ちた。

 

「あははははっ! 何それ、ヤバっ!」

 

 静止した優莉を見て、由愛が腹を抱えて大爆笑した。

 

「スグ、頭いいのに歴史の知識だけ昭和とか平成で止まってんじゃん! マジでたまに中身おっさんみたいでウケるんだけどーっ!」

 

 由愛の遠慮のない笑い声につられて、玲奈も琴音も、さらには無口な雫までが肩を揺らして笑い始めた。

 

 編入初日、『クールビューティーな天才お嬢様(あるいは学生投資家)』として近寄りがたい完璧超人に見えていた優莉。しかし、この「あまりにも時代遅れなポンコツ間違い」という隙が露呈したことで、クラスメイトたちも「なんだ、佐藤さんって意外と抜けてて面白いじゃん」と毒気を抜かれ、優莉は結果的に、完全にクラスの空気に馴染むことになったのだ。

 

「ううぅ……私のプライドが……」

 

 机に突っ伏して落ち込む優莉をよそに、女子高生たちの賑やかな昼休みは続く。

 

「ていうか優莉ちゃん、そのお弁当すごいね! コンシェルジュの人に頼んだの!?」

 

「あーしにも一口ちょうだい! てかさ、あーし今回、なんとか数学赤点回避してた! 雫と玲奈のスパルタノートのおかげっしょ!」

 

「いや、由愛。三十点台でギリギリ回避したくらいでドヤ顔するのは、流石に自慢にならないから」

 

「えー!? いいじゃん、赤点じゃないんだからさ!」

 

 キャッキャと笑い合う友人たちの声と、箸のぶつかる音。三十年のジェネレーションギャップに打ちのめされながらも、優莉は突っ伏した腕の中で、少しだけ口角を上げていた。

 

 元おっさんの、波乱と苦労に満ちた、それでも最高に賑やかで眩しい「二度目の青春」は、こうして本格的に幕を開けたのであった。




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