あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第二十二話 告白への回答は「お祈りメール」

「いいでしょう。ここからは私に仕切らせてもらいます」

 

 一年C組の教室に、凛とした、しかし有無を言わせぬ絶対的な威厳を持った声が響き渡る。

 

 ――発端は、その日の朝のことだった。

 

 九月も半ばに入り、朝夕にはほんの少しだけ秋の気配が混じり始めた頃。登校した優莉(卓)が、自分の席で琴音や玲奈と挨拶を交わしていると、背後からドタドタと勢いよく足音が近づいてきた。

 

「スグー! おはよっ!」

 

「おはよう由愛。朝から元気だね」

 

 鞄を放り投げるなり、由愛が優莉の席に身を乗り出してくる。

 

「ねえねえ、そろそろ来月の『渋学祭』の準備が本格的に始まるけど、スグってなんかやるの?」

 

「なんか、って? クラスの出し物のこと?」

 

「ううん、それとは別! 個人のステージ発表とか!」

 

 由愛や玲奈たちの解説によると、この学校の文化祭である『渋学祭』は、大きく分けて三つのカテゴリーが存在するらしい。一つはクラスごとの出し物、もう一つは部活動での出し物、そして最後が、有志による『個人のステージ発表』である。

 

 個人発表と聞いて首を傾げる優莉に、琴音が補足してくれた。

 

「バンド演奏が一番多いんだけど、有志で集まって演劇をやったり、自主制作の映画を上映したり、あとは個人的な研究発表をする人もいるんだよ。渋学は自由だから、審査さえ通れば割となんでもアリなの」

 

「へえ、なるほどね」

 

「でさ!」

 

 由愛が悔しそうに拳を握る。

 

「あーし、本当はいつものメンツとバンド組んで、ステージで歌いたかったんだけど! 流石に今からじゃ準備期間が少なすぎて、今年は断念したんだよねー」

 

「そっか。由愛、歌上手いから出れば良かったのに」

 

「でしょ!? だからね、その分、来年は絶対にステージに出るって気合入ってんの! その時は、優莉とあーしで『ツインボーカル』だかんね! 絶対だよ!」

 

 由愛がビシッと優莉に指を突きつける。

 

「えっ? いや、それはちょっと……私、人前で歌うとかそういうのは……」

 

 中身が四十八歳の元おっさんである優莉にとって、全校生徒の前で女子高生として歌ってパフォーマンスをするなど、羞恥心で即死しかねない拷問である。なんとかして丁重に断ろうと口を開きかけた、まさにその直前。

 

 キーンコーンカーンコーン、と朝のホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り響き、山里先生が教室に入ってきてしまった。

 

「あ、ヤバ。じゃあスグ、来年のステージよろしくねー!」

 

「あっ、ちょっ、由愛……!」

 

 優莉の静止も虚しく、由愛は嵐のように自分の席へと戻っていった。

 

 そして、ホームルームが始まる。今日の主要な議題は、他でもない『一年C組の渋学祭の出し物を決めること』であった。

 

「えー、多数決の結果、うちのクラスは『コスプレカフェ』に決定しました」

 

 黒板の前に立った学級委員の言葉に、クラス中から「おーっ」と歓声が上がる。準備が比較的簡単で、かつ利益も出しやすく、何より女子の可愛い衣装が見られるため、高校の文化祭では王道かつ無難な選択ではある。

 

 しかし、問題はその後の具体的な話し合いだった。

 

「衣装代ってクラスの予算から出るの? それとも自腹?」

 

「自腹はキツいっしょ! てか、メニューどうする? 映えるやつがいい!」

 

「タピオカって逆に『平成レトロ』って感じでエモくない!?」

 

「いいや、チュロス一択」

 

「えー、やっぱりクロッフルとか良くない?」

 

「ねえ、シフト誰が組むの? 私、部活の展示があるから午前中は無理なんだけど」

 

「俺も後夜祭の準備あるから、ピークの時間は外してほしいなー」

 

 予算の確保、原価計算の甘さ、責任の所在の不明確さ。そして己の都合ばかりを主張して一向に進まないシフト調整。それは、ビジネスの現場において最も忌むべき『非効率な会議』そのものであった。

 

 ガヤガヤとまとまらない教室の空気を前にして、優莉の心の中に眠る、大企業で酸いも甘いも噛み分けてきた『元・総務部長』の血が、マグマのように沸騰し始めた。

 

(……素人が。そんなどんぶり勘定で、まともな利益が出せると思っているのか? シフト? そんなものは個人の希望と組織の利益を天秤にかけてうまくパズルを組むのがマネジメントの神髄だろうが……っ!)

 

 そして、冒頭のシーンへと繋がる。

 

 バンッ!!

 

 優莉が両手で机を強く叩き、ガタッと立ち上がった。

 

 突然の大きな音に、騒がしかった教室が一瞬にして静まり返る。全員の視線が、国宝級の美貌を持つ編入生へと集中した。

 

「いいでしょう。ここからは私に仕切らせてもらいます」

 

 優莉は、かつて部下たちを指揮していた『総務部長の冷徹な声色』で啖呵を切ると、手元の学校指定タブレットを持ち、スタスタと教壇へと歩み出た。

 

 そして、タブレットを電子黒板のケーブルに手早く接続する。

 

「いいですか、皆さん。カフェというビジネスにおいて、利益率を最大化するためには、原価率を可能な限り低く、最大でも三割までに抑える必要があります。さらに、文化祭という限られた時間とリソースの中で重要なのは、メニューの華やかさよりも『客の回転率』と『動線設計』が命です」

 

 優莉がタブレットの画面をスワイプすると、電子黒板に巨大なスプレッドシートが投影された。そこには、メニューごとの原価計算、予想客数に基づく損益分岐点のグラフ、さらには教室の机の配置と客の動線を最適化した図面までが、美しく、かつ完璧にまとめられていた。

 

「な、なんだこれ……!?」

 

「いつの間にこんなガチの事業計画書を……!?」

 

 クラスメイトたちがどよめく中、優莉はさらに別のシートを開いた。

 

「シフトについては、先日のホームルームで回収した部活動のスケジュールアンケートを基に、すでに私が各個人の空き時間を最適化して割り振っておきました。ピークタイムには接客スキルの高い人員を厚く配置し、裏方の調理オペレーションは完全にマニュアル化します。……何か異論はありますか?」

 

 有無を言わせぬ、非の打ちどころのないロジックと事前準備。それはもはや、高校生の文化祭の話し合いではなく、大企業の取締役会におけるプレゼンテーションであった。

 

 あまりの緻密さと、優莉から放たれる凄まじいまでの『できる女』のオーラに、クラス全員がポカンと口を開けて沈黙した。

 

 やがて、誰かがポツリと呟いた。

 

「……軍師だ。本物の軍師がいるぞ……」

 

「すげえ……佐藤さん、マジで頭脳チートじゃん……!」

 

「佐藤さん! いや、軍師! 一生ついていきます!!」

 

 教室中から「軍師! 軍師!」という謎のコールが巻き起こる。

 

 こうして、完全に一年C組の指揮権を掌握した優莉は、その熱狂的な軍師コールを背に受けながら、「よし、まずは生徒会に殴り込みをかけて、クラス予算の上乗せをもぎ取ってくる」と、単身で職員室と生徒会室へと出陣していったのである。

 

「それにしてもタピオカがレトロ扱いだとは……」

 

地味にへこんでいた優莉の呟きは誰にも聞かれることはなかった。

 

 そうして数日後の放課後。夕日に染まる、誰もいない静かな空き教室。

 

 優莉はそこで、一人の男子生徒と向かい合っていた。

 

 相手は、予算交渉の際に相対した生徒会長であり、第二学年の成績トップに君臨する、眉目秀麗なイケメンエリートであった。

 

「佐藤さん。突然呼び出してすまない」

 

 生徒会長は、少し緊張した面持ちで、しかし熱を帯びた瞳で優莉を見つめていた。

 

「先日の、君の生徒会に対する予算拡大のプレゼンテーション。本当に見事だった。費用対効果のロジックといい、あの圧倒的な美しさといい……僕は、君から目が離せなくなってしまった」

 

 会長が一歩、優莉へと歩み寄る。

 

「単刀直入に言おう。君のその大人びて卓越したマネジメント能力、そして惹き込まれるような魅力に、僕は恋をしてしまった。佐藤さん、僕と付き合ってくれないか」

 

 ――ガチの、それも極めて直球の『告白』であった。

 

(ヒィッ……!?!?)

 

 優莉の脳内では、サイレンがけたたましく鳴り響き、大パニックが起きていた。

 

(む、無理無理無理! 俺は中身四十八歳のおじさんだぞ!? お前の親父と同世代だぞ!? 息子くらいの年齢の男子高校生から求愛されるとか、どんな罰ゲームだ!)

 

 背中に冷たい汗が伝うのを感じながら、優莉は視界の端で、教室の後ろのドアの隙間から、由愛や玲奈たちがニヤニヤしながらこちらを覗き見しているのを捉えた。

 

(逃げ場はない……。ここで下手な断り方をして、生徒会長のプライドを折り、今後のクラス運営や予算に悪影響が出るのは絶対に避けなければならない!)

 

 優莉の脳細胞がフル回転する。そして導き出された最適解は、かつて大企業の総務部長として数え切れないほど送ってきた『不採用通知(お祈りメール)』や、『角の立たない取引先への断り文句』のビジネススキルをフル活用することであった。

 

 優莉は深く息を吸い込み、完璧な営業スマイル、いや、慈愛に満ちた女神のような微笑みを浮かべた。

 

「会長。この度は、私のような者のために、大変名誉あるご提案(告白)をいただき、誠にありがとうございます」

 

「さ、佐藤さん……」

 

「会長の、渋学を牽引する素晴らしいリーダーシップと高い知性には、私も平素より深く敬意を抱いております。しかしながら――」

 

 優莉は、スッと目を細め、静かに、しかし冷徹なまでの論理で言葉を紡いだ。

 

「現在、私は編入したばかりであり、学業のキャッチアップとクラスのマネジメントというプロジェクトに全リソースを集中しております。誠に遺憾ではございますが、現状の私のポートフォリオにおいて、恋愛という新規事業に割くことのできるキャパシティは残されておりません。すなわち……大変申し訳ありませんが、現段階であなたとのアライアンス(交際)を締結することには、当方のメリットが存在しないという結論に至りました」

 

 それは、恋愛感情という情緒を一切排除した、極めて高度な『お断り』であった。

 

「今後の会長の生徒会での益々のご活躍とご発展を、心よりお祈り申し上げます」

 

 最後に、企業人として完璧な四十五度のお辞儀(お祈り)を決める優莉。振られた生徒会長は、ショックを受けるどころか、目を見開き、わななきながら優莉を見つめていた。

 

「な、なんて……なんて知的で、思慮深い断り方なんだ……っ!」

 

「……え?」

 

「僕のアプローチが甘かった。互いのメリットを提示できない提案など、三流のやることだ! 佐藤さん! 僕はもっと自分を磨き、いつか必ず、君とのアライアンスに足る男になってみせるよ!」

 

「いや、そういう意味じゃ……」

 

「ありがとう、佐藤さん! 君はやはり最高に魅力的だ!」

 

 頭の良すぎるエリート男子は、優莉のビジネス構文による拒絶をなにやら勘違いしてさらに心酔した様子で、清々しい顔をして教室を去っていった。

 

「…………疲れた」

 

 優莉がドッと肩を落としてため息をついた瞬間、ドアの向こうから由愛たちが雪崩れ込んできた。

 

「スグーっ! やったじゃん! 初告白ゲット! しかも相手はみんなの憧れの生徒会長だよ!?」

 

「優莉ちゃん、すっごくモテるね……!」

 

「ていうか優莉、あんたの断り方なによ。『アライアンスにメリットが存在しません』って……相手が会長じゃなかったら意味通じてないわよ」

 

 由愛がバンバンと背中を叩き、琴音が目を輝かせ、玲奈が呆れたようにツッコミを入れる。

 

「もう、冷やかさないでよ……。本当に寿命が縮むかと思ったんだから」

 

 友人たちの黄色い声に囲まれながら、優莉は内心で一人、げんなりとしていた。

 

(そう言えば、俺も高校生の頃は、あんな風に下半身と勢いだけで物を考えてるサルみたいなもんだったな……)

 

 生徒会長の、あの若く熱を帯びた真っ直ぐな瞳。そして、仄かに漂っていた男特有の汗と匂い。それを思い出すだけで、元おっさんの優莉は「男臭くて暑苦しい……」と、同族嫌悪にも似た疲労感を覚えるのだった。

 

 かくして、優莉の卓越した(大人げない)マネジメントスキルによって、一年C組の渋学祭の準備は、かつてないほどの統率と効率をもって動き出すこととなる。国宝級美少女・佐藤優莉の学園生活は、日に日にそのカオス度と周囲の熱狂を増していくのだった。

 




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