あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第二十三話 魔法少女・優莉(48)、爆誕!

「この服に健康と何の関係が!?」

 

 サージョトレーディングの広大な敷地にそびえ立つ、最先端の研究棟。その高層階にある特別研究室の真っ白な空間に、優莉(卓)の悲痛な叫び声が響き渡っていた。

 

 ――時間を少し遡る。

 

 夏休みの終わり、優莉は開発部の研究員たちと「三ヶ月に一度は定期健診をする」という約束を交わしていたのを覚えているだろうか。

 

 二学期が始まってしばらく経ち、学校生活も落ち着いてきた休日の今日、優莉は約束通りに研究室へと足を運んだのである。

 

「皆さん、先日は本当にありがとうございました。おかげさまで、醜態を晒すどころか、学年トップクラスの成績で編入生活をスタートさせることができましたよ」

 

 優莉は研究室に入るなり、深々と頭を下げた。そして、紙袋から美しい装丁の菓子折りを取り出す。

 

「これ、ほんのお礼の気持ちです。皆さんでお召し上がりください」

 

「あらあら! これ、予約半年待ちって言われている超高級パティスリーの焼き菓子セットじゃないですか!」

 

「気が利くわねえ、優莉ちゃん!」

 

 白衣を着た三人の女性研究員たちが、歓声を上げて菓子箱を受け取る。予約半年待ちの代物ではあるが、優莉は現在住んでいるタワマンの『VIP向けコンシェルジュサービス』をフル活用することで、即日手配させていた。元・大企業の総務部長である優莉の、こうした「人間関係の円滑化(根回し)」のための手土産チョイスと手配力は健在である。

 

 そうして和やかな雰囲気の中、純粋な医学的検査が始まった。血液検査に優莉を性転換させた魔導具由来のマナ・パーティクル濃度測定、骨密度や身体機能のスキャンなど、最先端の機材を使った健康診断が一通り済んだ、その直後のことである。

 

「はい、じゃあ健康面は全く問題なし、と。……それじゃあ優莉ちゃん、次はこの服に着替えてね」

 

 リーダー格の研究員が、どこからともなく取り出してきたのは――フリルのついた魔法少女コスチュームと、絶対領域が眩しいメイド服であった。

 

 そして、冒頭に戻る。

 

「この服が健康と何の関係が!?」

 

 顔を真っ赤にして後ずさる優莉に対し、研究員たちは真顔で、いかにも学術的なトーンで答えた。

 

「大アリです。優莉ちゃんを変化させた魔導具が与えている影響が肉体だけでなく、精神にも及んでいる可能性があります。つまり、これは特定の衣装によって心理的変化がどのように推移するかをサンプリングするための、極めて重要な検査なんです」

 

「絶対に嘘だ! ただ着せ替えして遊びたいだけですよね!?」

 

「さあ、早く早く!」

 

 優莉の抵抗も虚しく、元おっさんは三人の妙に慣れた手際によってあっという間に魔法少女コスに着替えさせられてしまった。スタジオのような照明が焚かれ、パシャパシャとシャッターが切られる。完全に合法的な着せ替え人形(撮影会)である。

 

(くっ、屈辱だ……! 四十八歳の俺が、こんなフリフリの服を着て……!)

 

 最初は羞恥心で死にそうになっていた優莉だったが――。

 

「優莉ちゃん、ちょっとあご引いて! そう、その角度! はい、次はスカートの裾を少しつまんでみて!」

 

「こ、こうですか……?」

 

「はい最高! 天使すぎる! はい、じゃあ次はちょっと上目遣いで、首を傾げて!」

 

 ――パシャリ。パシャリ。

 

「……ふふっ、こんな感じかな? えいっ☆」

 

 絶賛され、チヤホヤされ続けるうちに、十五歳の美少女の肉体に引っ張られたのか、はたまた生来のサービス精神が顔を出したのか。徐々に優莉自身も気分が乗ってきてしまい、ノリノリであざといポーズを決め始めてしまったのである。

 

 数十分後。

 

「…………はっ!?」

 

 自分がウインクまでしてピースサインを決めていることに気づき、優莉の中の『おっさん』が唐突に正気に戻った。

 

「あ、あああ! 私はいったい何を!? もう勘弁してください、恥ずかしくて死にそうです!」

 

 頭を抱えてしゃがみ込む優莉を、大満足した研究員たちが「まあまあ、お疲れ様。お茶にしましょう」と宥めすかしてテーブルへと案内した。テーブルの上には、先ほど優莉が持ってきた高級菓子セットのマカロンが並べられていた。

 

「優莉ちゃんも食べてね」

 

「あ、はい……いただきます」

 

 すっかり疲弊した優莉は、目の前にあった一つを手に取り、何気なく口に運んだ。

 

「……っ!?」

 

 その瞬間、優莉の脳天に雷が落ちたような衝撃が走った。

 

(な、なんだこれ!? めちゃくちゃ美味い……っ!)

 

 外側はサクッと、中はしっとりとした生地。そこから溢れ出す、ピスタチオとフランボワーズの濃厚で品のある甘み。

 

 思えば、優莉は由愛たちとのファミレスでの初顔合わせでもブラックコーヒーを頼み、お泊り会でもあわや茶色い定食を作ろうとしていた(友人たちに全力で阻止され、本気を出してアクアパッツァなどの映える洋食を作ることになったが)。女性の身体になってからも、おっさんの意識をそのまま引きずり、意識的に甘いものを避けてきたのだ。コーヒーショップの新作巡りでも一人だけブレンドを頼んでいたくらいだ。

 

 しかし、十五歳の少女の身体(味覚細胞)は、この上質な糖分を劇的に、そして暴力的なまでに歓迎した。

 

「美味しい……! かつてあれほど愛したホッピーと中落ちカルビの脂が、遠い過去の記憶に霞んでいく……!」

 

 目をキラキラさせて焼き菓子を頬張る優莉を見て、研究員たちは「ふふふ、すっかり女の子の味覚ね」と微笑ましく見守っていた。

 

 こうして優莉は、中身はおっさんでありながら、抗えない『甘いものの魅力』に完全に取り憑かれてしまったのである。

 

 健診と撮影会(とスイーツの試食会)を終え、夕方にタワーマンションへと帰宅した優莉。自宅となったタワーマンションのエントランスに近づくと、見慣れたギャル制服の少女が、スマホをいじりながら立っていた。

 

「あれ、由愛? どうしたの、こんなところで」

 

「あっ、スグ! おかえりー! いや、なんか暇だったからさー、遊びに来ちゃった」

 

 いつもの明るい笑顔だったが、優莉の『元・管理職』の目は、由愛の表情の奥にわずかな翳りがあるのを見逃さなかった。

 

「そっか。とりあえず上がって。お茶淹れるから」

 

 優莉は由愛をリビングに招き入れ、高級な紅茶を淹れて対面に座った。

 

「……なんかあった? 話、聞くよ」

 

 優しく、すべてを受け止めるような大人のトーンで問いかけられると、由愛はポツリポツリと本音をこぼし始めた。

 

「……親にさ、言われちゃったんだよね。『いつまでも歌手なんて夢みたいなこと言ってないで、現実見て勉強しなさい』って」

 

 由愛が悔しそうにマグカップを両手で包み込む。

 

「あーし、約束通り名門校の渋学に入って、赤点だって回避して、どうにかやっていってるのにさ……。やっぱり、親からしたら歌でプロを目指すなんて、ただの遊びにしか見えないのかなって」

 

 優莉は黙って頷いた。自分と同年代の親世代の気持ちも痛いほどわかるが、今は目の前の、夢に向かって真っ直ぐな十五歳の少女の味方でいたかった。

 

 ただ、一度四十八歳まで生きて再び十五歳へと若返った優莉だからこそ、骨の髄まで分かっていることがある。若い時ならば、たとえ失敗したとしてもいくらでもやり直しが利くのだ。

 

(私は一度男としての人生を終えたからこそ知っている。十代や二十代での失敗なんてものは、長い目で見れば人生の彩りの一つになるだけだということを)

 

 それからしばらくの間、優莉は聞き役に徹した。学校のこと、夢のこと、家族のこと、勉強の悩み。由愛の言葉を否定せず、ただ「うん、頑張ってるね」「それは由愛が正しいよ」と肯定し続けた。

 

(会社員時代、管理職向けのカウンセリング講習を受けておいて本当に良かった……)

 

 優莉は内心で過去の経験に密かに感謝した。部下の悩みを受け止め、メンタルをケアするための『傾聴』のビジネススキルは、多感な女子高生の心を開くのにも絶大な効果を発揮するのだ。

 

 一時間ほど様々な話をして、すっかり感情を吐き出した由愛は、「……はーっ、なんかスグに聞いてもらったらスッキリした!」と、いつもの明るい笑顔を取り戻していた。

 

「ありがとね、スグ! ……そういえばさ、来年のバンドの話なんだけど!」

 

 立ち直りの早い由愛が、身を乗り出してきた。

 

「実はね、うちのメンツ、マジで楽器できるんだよ! 琴音はドラム叩けるし、玲奈はベースやってるし。で、雫はなんか小さい頃からギターやってて、マジでプロ並みらしいの!」

 

「へえ、あの三人が!? すごいね、完璧なバンド構成じゃないか」

 

「でしょ!? ……スグは? なんか楽器できる?」

 

 由愛にキラキラした瞳で聞かれ、優莉の脳裏に、ほろ苦い『おっさんの青春時代(高校時代)』の記憶がフラッシュバックした。

 

(俺の高校時代……か。モブキャラから脱却してとにかく女子にモテたくて、お年玉でギターを買うも、Fコードが押さえられずに一ヶ月で挫折。なら弦が少ないから簡単だろうとベースに転向したものの、『ベースって後ろで地味だし、結局ギターやボーカルの方がモテるのでは?』という身も蓋もない理由でモチベーションが尽き、またしても挫折……)

 

 大学時代に声楽をやっていたのでリズム感や音感には自信があるのだが、楽器となると話は別である。そんな惨めな過去を、この国宝級美少女のガワで馬鹿正直に語るわけにはいかない。

 

「えっ、あー……私は、その、指が痛くなっちゃって弦楽器はちょっと……」

 

 優莉は今の身体に合うように、適当に誤魔化した。

 

「楽器は、音楽の授業でやったリコーダーくらいしか吹けないかな」

 

「あはは、リコーダー! 可愛い! じゃあやっぱり、スグはあーしと一緒にボーカルだね! ツインボーカル、一緒に頑張ろ!」

 

 由愛がニカッと笑って、優莉の手に自分の手を重ねた。その温かい手と、由愛の「歌手になりたい」という切実な夢の吐露。

 

 すっかり絆されてしまった優莉の心に、ある決意が固まった。

 

(この子の夢を、本気で応援してあげたい。……でも、お金を直接渡したり、変に大人の力で介入したりすれば、この子にとって重荷になってしまうだろう)

 

 ならば、どうするか。優莉は、あくまで『自分の趣味の延長』であるかのように装い、極めてカジュアルなトーンで口を開いた。

 

「ねえ由愛。どうせ来年バンドやるなら、しっかり練習できるスタジオが必要だよね」

 

「え? まあ、そうだけど。駅前のレンタルスタジオとか借りるしか……」

 

「私ってカラオケ好きでしょ? 気軽に歌える場所が欲しくってさ。ちょうど趣味で音楽環境を整えたかったところだし」

 

「へ?」

 

「うちさ、このマンション、無駄に部屋が余ってるんだよね。だから……一部屋、防音のスタジオに改造しちゃおうかなって思って」

 

「……は?」

 

 由愛の口が半開きになった。

 

「防音工事入れて、最新のレコーディング機材とかドラムセット一式揃えてさ。私が使わない時は、由愛たち、いつでも練習に使っていいよ。作ったら遊ばせておくより誰かに使ってもらったほうが資産効率もいいし」

 

「えっ、ちょ、スグ!? マンションの部屋をスタジオに改造って、それ何千万とかかかるんじゃ……!?」

 

「んー、見積もってみないとわからないけど、まあ二千万円くらいかな?」

 

 優莉は、夏の間に六億七千万の投資を終え、すでに配当金だけで相当なキャッシュフローを生み出し続けている。それに加え、最近の株価高騰の波にうまく乗ったことで、含み益を含めた総資産はさらに大きく増え続けている最中だ。二千万の設備投資程度なら完全にポケットマネーの範囲内であった。

 

「このくらい、ポンと出せるから大丈夫だよ。由愛の歌、私もっと特等席で聴きたいしね」

 

 優莉はニッコリと、大人の余裕(と莫大な財力)を含んだ国宝級の笑顔を見せた。

 

「いやいやいやいや! おかしい! おかしいっしょ! やっぱりスグ、ただのお嬢様じゃん! むしろとんでもない超絶大富豪のお嬢様じゃん!!」

 

 頭を抱えてアワアワとパニックになる由愛。そんな親友の様子を面白く眺めながら、優莉は紅茶を一口飲んだ。

 

(これで、少しでもこの子の夢の足しになればいいな)

 

 十五歳の美少女の顔の裏側で、元・総務部長のおっさんは、娘の成長を見守るような温かい眼差しを向けていた。

 

 ――かくして、八億四千万のタワーマンションの一室に、プロ顔負けの『優莉専用・二千万円レコーディングスタジオ』が爆誕することが決定したのであった。




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