あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第二十四話 地雷系ゴスロリ、学校経営を語る

「いらっしゃいませー! Cafeいちしー(一年C組カフェ)へようこそー!」

 

 文化祭特有の熱気と、高校生たちの元気な声が廊下に響き渡る。

 

 十月。秋晴れの空の下、ついに私立渋谷学林中学高等学校の文化祭――『渋学祭』の当日がやってきていた。

 

 一年C組の教室の前には、朝から途切れることなく長蛇の列が形成されている。それもそのはずである。

 

 優莉(卓)が『元・総務部長』の威信をかけて構築した緻密なサプライチェーン管理と、無駄を削ぎ落とした動線設計により、客の回転率は他クラスを寄せ付けないスピードを誇っていたのだ。そのうえで行列ができるほどの集客。この爆発的な集客力の最大の要因は、店頭で客引きと案内を行っている優莉自身の『国宝級の顔面(客寄せパンダ)』であった。

 

 ピークの時間に入る頃、優莉は案内係を別の生徒に任せ、接客と配膳のヘルプのために教室内へと戻った。

 

 本日の優莉の衣装は『ナース服』である。

 

(ふっふっふ。コスプレカフェとはいえ、中身が四十八歳のおっさんである私に、過度な露出など絶対に許されない。だからこそ、動きやすさ重視の『パンツスタイル』のナース服をチョイスしたのだ! これなら脚も出ないし、色気など微塵も出ないだろう。我ながら徹底したリスク管理だ)

 

 優莉は内心でナース服の防御力を自画自賛しながら、お盆にチュロスとドリンクを乗せて客席を回っていた。しかし、本人の認識と周囲の反応は、いつだって残酷なまでに乖離しているものである。

 

 タイトな白のパンツスタイルは、逆に優莉の現実離れした脚の長さとスタイルの良さを強調してしまっていた。さらに、亜麻色の髪を後ろで一つにまとめた清楚で凛とした佇まいは、もはや色気を通り越して『神々しさ』すら放っていたのである。

 

 客としてやってきた他クラスの男子生徒や、他校から遊びに来た高校生たちは、一点の瑕疵もない美しさに気圧され、注文の声をかけることすらできずに顔を赤くして固まっていた。

 

「繁盛、してる?」

 

 そこへ、カラカランと教室の入り口のベルを鳴らして、一人の見知った少女が入ってきた。大正ロマンを感じさせる、矢絣(やがすり)の着物にえび茶色の袴姿――隣のD組の雫であった。

 

「おっ、雫。似合ってるね。そっちのクラスは和風茶屋だっけ?」

 

「そう。少し落ち着いたから、敵情視察」

 

 雫はクイッと眼鏡を押し上げると、空いている席に座り、「チュロスと紅茶」と注文した。優莉が手早く注文の品を運ぶと、雫はチュロスをかじりながら、教室内を鋭い目つきで見回した。

 

「……恐ろしい。見事なまでのオペレーションと、無駄のない人員配置。うちのクラスとは利益率がまるで違う。さすがは軍師殿」

 

「あはは、まあね。ゆっくりしていってよ」

 

 雫が帰った後、優莉は教室の裏(バックヤード)に引っ込み、タブレットでここまでの売り上げ計算を行った。

 

(よしよし。原価率三割未満をキープしたまま、客単価も予想を上回っている。この時点で渋学祭史上最高レベルの売上高だ。他クラスの模擬店を完全に圧倒してるぞ)

 

 美しい右肩上がりのグラフを見て、優莉は総務部長としての至福の笑みを浮かべた。

 

「スグー! 休憩の時間っしょ! 行こ!」

 

 バックヤードに、由愛が元気よく飛び込んできた。彼女は黒猫のメイドコスプレをしており、元々のギャルっぽさと相まって非常に愛嬌がある。

 

「あっ、うん、行こっか」

 

 実は、この文化祭のシフトを組んだ際、優莉は『管理者権限』を密かに濫用し、由愛と同じ時間に休憩が取れるように細工をしていたのだ。これもまた、シフト作成者の特権である。

 

 二人はいくつかのクラス展示を見回った後、模擬店で購入したクレープやたこ焼きを片手に、体育館のステージ発表の見学へと向かった。

 

 扉を開けると、ズンッ、と腹の底に響くような重低音が体育館を揺らしていた。ステージ上では、上級生らしき男子四人組のバンドが、高校生とは思えないほど本格的でクオリティの高い演奏を披露している。

 

「うわっ、すごい……プロみたいだね」

 

「あーし、あの先輩たちのバンド知ってる! 近くのライブハウスでも、ときどきライブしてるんだって」

 

 由愛が目を輝かせ、ステージを見上げる。

 

「私たちも、来年はああいうふうにできたらいいね、スグ!」

 

「うん。うちのスタジオでみっちり練習すれば、絶対いけるよ」

 

 優莉の言葉に、由愛は嬉しそうに「うんっ!」と頷いた。

 

 その後、二人は別の小ホールへと移動し、有志の演劇発表を観劇した。しかし、先ほどのバンドとは打って変わって、これが驚くほどズタボロなクオリティであった。セリフは棒読み、大道具の木は上演中に倒れ、ストーリーはご都合主義の極み。

 

「……なんか、突っ込みどころが多すぎて逆に面白かったね」

 

「わかる! 深夜にやってる超絶C級映画を観た後みたいな、変な満足感あるよね!」

 

 二人でゲラゲラと笑い合いながら、他愛のない感想を言い合う。

 

(ああ……なんか、こういうのすごく『青春』って感じがするな……)

 

 おっさん時代には味わえなかった、眩しいほどの学生生活の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、優莉は満ち足りた気分で一年C組の教室へと戻った。

 

 しかし、教室に足を踏み入れた瞬間――優莉の平和な青春は、脆くも崩れ去ることになる。

 

「あっ、佐藤さん! 戻ってきた!」

 

「早く早く! もう出番が近いのよ!」

 

 クラスの女子たちが血相を変えて群がってきて、優莉の両腕をガシッと拘束した。

 

「えっ? な、なに!?」

 

「何って、これから『ミス渋学コンテスト』の本番でしょ!?」

 

「はあああっ!?」

 

 優莉は素っ頓狂な声を上げた。聞けば、優莉が知らない間に、クラスメイトたちが勝手にミスコンの推薦枠に『佐藤優莉』の名前でエントリーシートを提出していたらしいのだ。そして見事に予選を通過し、これから体育館のメインステージでファイナリストとしての審査が行われるという。

 

「む、無理無理無理! 聞いてないぞ! 私は裏方のマネジメントだけで……!」

 

「もう名前呼ばれちゃうから! ほら、急いで!」

 

 引くに引けない状況となった優莉は、有無を言わさずに体育館のステージ横の控え室へと逆戻りさせられてしまった。

 

 そこには、なぜか待ち構えていたかのように、腕まくりをした玲奈と琴音が立っていた。

 

「さあ、優莉ちゃん。私たちに任せて」

 

「ちょ、琴音!? 玲奈まで、その手に持ってるのはなに!?」

 

「決まってるでしょ。ミスコン用の『勝負服』よ。ナース服じゃパンチが足りないからね」

 

 玲奈が悪魔のような笑みを浮かべて掲げたのは――黒を基調としたフリルとレースがふんだんにあしらわれ、十字架のアクセサリーがついた『地雷系ゴスロリ』の衣装であった。

 

「ひぃっ!? や、やめろ! 四十八歳のおっさんにそんな服を着せるのは、拷問だぁぁっ!」

 

 と心の中のおっさんが悲鳴を上げるが、口に出せるはずもなかった。結局、優莉は二人の手によってあっという間に着替えさせられてしまったのである。

 

 さらに、泣き顔風の地雷系メイク、黒いリボンを使ったツインテールという、普段のクールな優莉からは想像もつかないほどの『病み可愛い』スタイルが完成してしまった。

 

「えええ、それでは! ミスコン・ファイナリスト、最後の一人の登場です! 一年C組が誇る圧倒的美少女、佐藤優莉さ――ん!!」

 

 司会のテンションの高い声とともに、控え室の幕が上がる。優莉は、半分魂が抜けたような状態で、フラフラとステージの中央へと歩み出た。

 

 スポットライトが当たり、優莉の地雷系ゴスロリ姿がスクリーンに映し出された瞬間、体育館は地鳴りのような大歓声とどよめきに包まれた。

 

「うおおおおおっ! なんだあの天使!」

 

「佐藤さん!? いつものクールな感じと全然違う! ヤバい、尊すぎる!」

 

「さあ、佐藤さん! 会場のボルテージは最高潮です! 最後に、審査員と全校生徒に向けて、とびっきりの『可愛いアピール』と意気込みをお願いします!」

 

 司会の男子生徒から、容赦なくマイクが手渡される。

 

(か、可愛いアピール……!?)

 

 全校生徒の視線が、己の一挙手一投足に突き刺さる。中身が四十八歳の元・総務部長にとって、『全校生徒の前で地雷系ゴスロリを着て可愛いアピールをする』というミッションは、致死量を超える強烈なストレスであった。

 

 限界を突破した優莉の脳内CPUは、オーバーヒートを起こしてショートした。そして、過度な緊張と防衛本能から――優莉は『最も安全で確実なビジネスフォーマット』へと、完全に逃避(スイッチ)してしまったのである。

 

 スッ、と。

 

 優莉の表情から、一切の羞恥心や戸惑いが消え去り、極めて冷静で冷徹な、株主総会に臨む大企業の重役のような顔つきに変わった。彼女はマイクを握り直し、ゆっくりと口を開いた。

 

「――本日は、このような貴重な場をいただき、誠にありがとうございます。私からはアピールに代えまして、我が私立渋谷学林の『今後の財務課題と経営展望』について、IR(投資家向け広報)の観点からご報告させていただきます」

 

「…………は?」

 

 司会が素っ頓狂な声を漏らし、体育館中が「えっ? なにが始まったの?」と一瞬で静まり返った。しかし、優莉のスイッチはもう誰にも止められない。

 

「皆様ご周知の通り、現在の国内マクロ経済および少子化の波を鑑みますと、本校の生徒数の純増による大幅なトップライン(売上)の拡大は見込めません。すなわち、学校運営が『大きく伸びる』フェーズはすでに終了しております」

 

 地雷系ゴスロリの美少女が、マイク片手に流暢なビジネス用語を並べ立てる。

 

「しかし、悲観することはありません。本校の強みは、強固なOB・OGによる同窓会からの安定した寄付金(キャッシュフロー)と、固定費たる施設維持管理費の極めて効率的な配分にあります。これにより、PL(損益計算書)上は極めて健全な黒字基調を維持しており、向こう二十年間は外部環境の変化に耐えうる、盤石で安定的な経営が可能であると推測されます――」

 

 そうして優莉は十分弱もの時間、渋学の運営と展望を語り続けた。地雷メイクで強調された瞳で財務諸表の健全性を説く姿は、まるで倒産寸前の国家を救う聖女のような悲壮美を醸し出していた。

 

「――我々生徒陣営といたしましても、学校というプラットフォームの価値向上(ブランド力強化)に資するべく、自己研鑽に努める所存です。皆さまご静聴、ありがとうございました」

 

 完璧な四十五度のお辞儀。投資家向け決算説明会のごとき、淀みない、そして無駄に説得力のあるスピーチであった。

 

 シン……と、体育館が静寂に包まれる。あまりにも想定外すぎる出来事に、全校生徒の脳の処理が追いついていなかった。

 

(や、やってしまった……! 緊張のあまり、またおっさんの総務部長モードが出てしまった……! 終わった。私の学園生活、完全に終わった……!)

 

 優莉が壇上で静かに絶望し、目を閉じた、その時だった。

 

「…………す、すげええええええええええっ!!」

 

 誰かの叫び声を皮切りに、体育館が爆発するような割れんばかりの大歓声と拍手に包まれたのだ。

 

「なんだ今の! ギャップ萌えにも程があるだろ!」

 

「地雷系ゴスロリからの、超絶ガチな経営者目線スピーチ! 天才かよ!」

 

「我が校の財務基盤は盤石だあああっ! 佐藤社長に一生ついていくぜええっ!」

 

 なんと、その比類のないビジュアルと、あまりにもドライで的確な経営スピーチの『高低差(ギャップ)』が、ハイレベルな進学校である渋学の生徒たちに、これ以上ないほどの特大のウケ方をしてしまったのである。

 

 結果――。

 審査員の満場一致、そして生徒投票でのぶっちぎりの得票数を獲得し、『ミス渋学コンテスト』の優勝冠は、呆然とする優莉の頭上へと輝いた。

 

「スグー! 優勝おめでとーっ! マジで伝説作ったね!」

 

「もう、優莉ちゃんってばどこまで計算してるの? あのスピーチ最高だったよ!」

 

 後夜祭のキャンプファイヤーの炎に照らされながら、由愛や玲奈、琴音たちが大爆笑しながら優莉を祝福する。

 

「計算じゃないってば……もう、本当に寿命が縮んだんだから……」

 

 ため息をつきながらも、優莉の口元は少しだけ綻んでいた。大企業の総務部長が、地雷系ゴスロリを着て学校の財務状況を語り、ミスコンで優勝する。

 

 そんなカオスで馬鹿馬鹿しくて、最高に愛おしい伝説を作ってしまった二度目の青春の文化祭は、こうして賑やかに幕を閉じたのであった。




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