あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第二十六話 おっさんの魂が宿るロックボーカル

「ふん、ふん、ふーん♪ どんなかなーっ! 新品のスタジオ、どんなかなーっ!」

 

 二学期中間テストが明け、解放感に包まれた清々しい秋空の下。由愛がご機嫌に鼻歌を歌いながら、優莉の手をグイグイと引っ張って歩いていた。目指す先は、優莉が一人暮らしをしているタワーマンションである。テストの打ち上げと、完成したばかりの自宅スタジオのお披露目を兼ねて、いつもの五人組で向かっているのだ。

 

 やがて、やたらと巨大なマンションのエントランスに到着する。

 

「何度来ても、この無駄に豪華なエントランスには慣れないわね……」

 

 玲奈が、足元の大理石と頭上の巨大なシャンデリアを見上げて深いため息をついた。

 

「わかる。コンシェルジュさんがビシッて立ってるだけで、なんか緊張しちゃうよ……」

 

 琴音も愛想笑いを浮かべながら身を縮める。

 

 そんな中、由愛だけは完全にこの空間に馴染みきっており、「こんにちはー!」とコンシェルジュに気さくに手を振る始末であった。隣で雫も、コンシェルジュに向かって無言でコクコクと小さく会釈をしている。

 

「さ、上がろ上がろ。こっちこっち」

 

 優莉が手慣れた様子で専用エレベーターに案内し、高層階の自室へと四人を招き入れる。そして、廊下の奥にある、重厚な防音扉の前に立った。

 

「開けるよ」

 

 優莉がレバーハンドルを押し下げ、分厚い扉を開け放つ。

 

「…………ほえーっ」

 

 中に入った瞬間、四人の口から間抜けな感嘆の声が漏れた。そこは、つい先日まで――ほとんど使っていなかったとはいえ――高級家具が美しく設えられたモデルルームのような一室だったとは到底思えない、完全な異空間へと変貌していた。

 

 壁一面には幾何学模様の高性能な吸音材が張り巡らされ、間接照明のLEDがスタイリッシュな空間を演出している。フロアの中央には有名メーカーのピカピカなドラムセットが鎮座し、壁際には一流ブランドのギターアンプ、ベースアンプがずらりと並んでいた。まさに、楽器さえ持ち込めば、今すぐにでも本格的なライブリハーサルが可能な空間といえる。

 

「えっと……こっちのガラス張りの向こうが、エンジニアルームだね」

 

 優莉に促されて奥の小部屋を覗き込んだ瞬間、由愛たちバンドメンバーは完全に言葉を失ってしまった。そこには、ずらりとフェーダー(つまみ)が並んだプロ仕様の巨大なミキシングコンソールと、デュアルモニターのハイスペックPC、そしてハイエンドなモニタースピーカーが据え付けられていたのだ。

 

「スグ……これ、本格的っていうか……もはやガチじゃね?」

 

 由愛が引きつった笑顔で優莉を振り返る。

 

「うん、業者の人が気合入れて機材揃えてくれたみたいでさ。ミキシングコンソールの使い方は、分厚いマニュアルがあるからこれから勉強していかないとわからないけど、とりあえずアンプに楽器を繋げば、演奏自体はすぐにできるよ」

 

 優莉は「新しい家電を買った」くらいの、極めて涼しい顔で答えた。

 

「……いや、優莉だけ落ち着きすぎでしょ」

 

 玲奈がたまらず、呆れたような鋭いツッコミを入れる。

 

「一千七百万って聞いてたけど、実物見ると本当に引くレベルね……。私たち、文化祭のノリで軽く引き受けたけど、これ、思った以上に本気でやらないとバチが当たるわ」

 

 玲奈の言葉に、琴音と雫もゴクリと唾を飲み込み、圧倒的な『資本の暴力』を前にして改めて気合を入れ直すのだった。

 

 翌朝。登校中の通学路で、優莉は前を歩く玲奈と雫の背中を見つけた。二人の背中には、大きなギグバッグ(楽器ケース)が背負われている。

 

「おはよう。二人とも、それ……」

 

「おはよ、優莉。うん、ベース。今日から早速、放課後にスタジオ使わせてもらうから」

 

 玲奈が少し照れくさそうに笑う。

 

「……機材がガチすぎる。指、慣らしておかないとアンプに失礼」

 

 雫も眼鏡をクイッと押し上げながら、端的な言葉で静かに闘志を燃やしていた。三人は「放課後が楽しみだね」と会話を弾ませながら教室へと向かった。

 

 そして、放課後。いつもの五人は、再び優莉のタワーマンションのスタジオに集結していた。

 

 玲奈がベースを、雫がギターをアンプに繋ぎ、琴音がドラムセットの椅子(スローン)に座ってスティックを構える。ボーカル担当である由愛と優莉は、フロアの中央に立てられた二つのマイクスタンドの前に並んで立った。

 

「さて、準備はできたけど……どーする?」

 

 由愛がワクワクした様子でみんなを見渡す。

 

「まずは、それぞれがどれくらい弾けるのか、音出しして確認しよっか」

 

 琴音の提案に全員が頷き、順番に簡単なフレーズを演奏していくことになった。

 

 トップバッターは玲奈。彼女のベースは、派手なスラップなどはしないものの、そのクールな性格を体現するかのように、極めて冷静で確実なテンポを刻んでいた。基礎がしっかりしている安定した音だ。

 

 次に琴音。優しく家庭的な見た目に反して、彼女のドラムはバスドラムの踏み込みが力強く、バンド全体をグイグイと引っ張っていけるような元気で前向きなビートを鳴らした。

 

 そして、雫のギター。彼女が弦を弾いた瞬間、スタジオの空気が一変した。

 

「……っ!」

 

 前評判通り、いや、それ以上の『別格』の腕前だった。流れるような滑らかなフィンガリングと、エッジの効いた鋭いカッティング。高校生とは思えない、プロ顔負けの複雑なフレーズを、涼しい顔でいとも容易く弾きこなしてみせたのだ。

 

「す、すっげえええ! 雫、マジで天才じゃん!」

 

 由愛が大興奮で拍手喝采を送る。その手放しの称賛に、雫は無言のまま、少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らして照れ隠しに眼鏡のブリッジを押し上げた。

 

「じゃあ、次はボーカル隊ね。由愛、いける?」

 

「おっけー! じゃあ、『星屑のシンギュラリティ』歌うね!」

 

 それは、最近の女子高生たちの間で爆発的に流行している、四人組ロックバンドの最新ヒットナンバーだった。スマホからカラオケ音源を流し、由愛がマイクを握る。

 

 ――彼女の歌声が響いた瞬間、玲奈と琴音がハッと目を見開いた。

 

 以前カラオケで聴いた時よりも、遥かに力強く、かつピッチ(音程)が安定していたのだ。大学時代に声楽をやっていてボーカルの基礎が身についている優莉が、この数週間の間、由愛に腹式呼吸や正しい発声方法の指導(コーチング)を行っていたのである。元々持っていた天性の明るい声質に、基礎的な技術が乗ったことで、由愛の歌は劇的な進化を遂げていた。

 

「……由愛、すごい。前よりずっと声出てるし、安定してるじゃない」

 

「えへへー、スグに特訓してもらった成果だよ!」

 

 玲奈の驚きに、照れながらピースサインをする由愛。そして、彼女はニヤリと笑って優莉を指差した。

 

「さあ、最後はスグの番! スグの歌、あーししか聞いたことないから、みんなにガツンと聞かせてやって!」

 

 由愛にハードルを上げられ、優莉は少し苦笑いした。

 

「そんな大層なものじゃないけど……じゃあ、ちょっとだけ」

 

 優莉はスマホを操作し、大学の声楽時代に馴染み深かったクラシック寄りの『独唱曲』の伴奏を流した。そして、軽く目を閉じ、息を吸い込む。

 

 ――透き通るような、美しく繊細なソプラノの歌声が、防音スタジオの中に響き渡った。

 

 国宝級の美少女の容姿に違わぬ、まるで天使のような声。圧倒的な声量でありながら耳障りではなく、語尾の完璧なビブラートの処理は、聴く者の心を震わせる芸術品のようであった。

 

 歌い終わると、スタジオは水を打ったように静まり返り、やがて爆発的な歓声が上がる。

 

「……優莉ちゃん、鳥肌立ったんだけど……!」

 

「なにこれ、プロのオペラ歌手!? ヤバすぎない?」

 

「クオリティが異常」

 

「でしょでしょー! うちのスグ、マジで最高っしょ!」

 

 自分のことのように胸を張って自慢する由愛。しかし、興奮が少し落ち着いたところで、ベースを抱えた玲奈が顎に手を当てて冷静な指摘を入れた。

 

「でもさ。ものすごく上手くて感動したんだけど……これ、バンドの歌い方じゃないよね。どっちかというと、合唱とかクラシックのコンクールに出るような……」

 

 ――ピキッ。

 

 その言葉に、優莉の中の『四十八歳のおっさん』のプライドが、密かに、しかし確実に火を吹いた。

 

(なんだと……!? 俺だって、会社員時代は接待カラオケで鍛え上げられ、幾度となく高得点を叩き出して場を盛り上げてきた男だぞ!)

 

「……ちょっと待ってて」

 

 ムキになった優莉はマイクを握り直し、スマホから別の音源を探し出して再生した。流れてきたのは三十年ほど前、平成初期に一世を風靡した、ゴリゴリのビートロック・ナンバーのイントロであった。

 

「えっ、スグ、この曲って……」

 

 戸惑う由愛たちをよそに、優莉はマイクスタンドを両手で掴み、鋭い目つきで前を見据えた。そして、先ほどの清楚で天使のような歌声から一転、腹の底から絞り出すような、パワフルでエッジの効いた熱いロックボーカルを叩きつけたのである。

 

 十五歳の可憐な少女の口から放たれる、平成初期の泥臭くも熱いロック。その凄まじいギャップと圧倒的な歌唱力に、四人は再び度肝を抜かれた。

 

「うおおおおおっ! スグ、マジかっけええええええっ!!」

 

 由愛がピョンピョンと跳ねて大興奮する。玲奈たちも「なるほど、これなら完全にロックバンドのボーカルだわ……」と完全に納得した表情で拍手を送った。

 

 全員のパフォーマンスを一通り確認し終え、興奮冷めやらぬスタジオ。しかし、圧倒的な雫のギターと、由愛・優莉のボーカルの完成度を見せつけられた玲奈と琴音は、顔を見合わせて少しだけ不安そうに肩を落とした。

 

「どうしよう……私たち二人だけ、明らかにレベルが低くない?」

 

「うん。このままじゃ、完全に三人の足を引っ張っちゃうかも……」

 

 すかさず、由愛が満面の笑顔で二人の肩をバンバンと叩いた。

 

「なーに言ってんの! 本番の文化祭まで、まだ丸々一年もあるんだよ!? この最強のスタジオでみっちり練習すれば、絶対みんなで上手くなれるって! 一緒に頑張ろ!」

 

 その底抜けに明るいポジティブな言葉に、玲奈と琴音も毒気を抜かれたように笑った。

 

「……まあ、しょうがないか。自分たちでやると決めたんだし、腹くくって頑張るわ」

 

「うん、私、いっぱい練習するね!」

 

「さーて! じゃあ、本番に向けて何を演奏するか決めなくちゃね! まずは誰かのカバー曲にする? それとも、いきなりオリジナル曲作っちゃう!?」

 

 ノリノリで目を輝かせながら、メンバーたちと身振り手振りで話し合う由愛。そのキラキラとした眩しい笑顔を見つめながら、優莉はマイクスタンドの傍らで、静かに温かい気持ちになっていた。

 

(ポケットマネーとはいえ、一千七百万もの大金を使ってしまったが……この子たちの、こんなにも楽しそうな笑顔が見られるなら、安い買い物だったな)

 

 投資対効果(ROI)は、すでに十分すぎるほど得られている。優莉は目を細め、自分の胸の内にある、ほんの少しの期待に思いを馳せた。

 

(中身は四十八歳のおっさんだけど、こうして彼女たちと一緒に青春をやり直す中で……俺もまた、心の底から熱中できる『何か』が見つかるといいな)

 

 防音扉の向こうのタワーマンションの静寂とは対照的な、熱気と希望に満ちたスタジオ。優莉たちの『バンド』としての青春は、今、確かな産声を上げたのだった。




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