あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
気づけば、二学期の期末テストは嵐のように過ぎ去っていた。結果から言えば、優莉たちの成績は前回の中間テストとほぼ変わらない立ち位置に落ち着いた。
スパルタ指導を受けた由愛であったが、授業の難度が上がったためか全教科で前回よりも若干点数を落としてしまった。順位が発表されたその日、「あーっ! あとちょっとで順位のど真ん中だったのにーっ!」と机に突っ伏して悔しがっていたようである。
一方の優莉はといえば、もはや学年上位五パーセント以内を定位置として完全に安定してきていた。大人の読解力と開発部直伝のアルゴリズムによって、期末の範囲どころかすでに高校三年生までのカリキュラムを完璧に履修済みなのだ。
そんなテストの重圧から解放され、街に目を向けると、そこはすでにクリスマスムード一色へと染まっていた。
優莉の自宅であるタワーマンションの周辺――青山の洗練された街並みは、見渡す限りのきらびやかなイルミネーションで彩られていた。優莉は今、隣を歩く由愛と一緒に、街路樹を包み込むシャンパンゴールドの光を見上げている。
「わあー……すっごい綺麗! やっぱイルミネーションはテンション上がるね!」
由愛が白い息を弾ませながら、キラキラと目を輝かせている。
「うん、本当に綺麗だね」
優莉も素直に頷き、光のトンネルを見上げていた。今日は放課後に由愛が優莉のタワマンにやってきて、いつものように防音スタジオで歌の猛特訓をしていたのだ。その休憩がてら、「ちょっと外の空気吸いに行くついでにイルミネーション見に行こうよ!」と由愛に誘い出されたのである。
(男だった四十八年の人生で、女っ気なんてまるでなかったからな……。一人でイルミネーションを見に来る機会なんてあるはずもなく、こんな風にじっくり眺めるのは初めてだ)
優莉は冷たい冬の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、過去には味わえなかった青春の華やかさを、しみじみと噛み締めていた。
「それにしてもさー」
歩きながら、由愛がふとニヤニヤと笑いながら優莉の顔を覗き込んできた。
「最近のスグ、マジでモテモテだよね。この二週間だけで、他所のクラスの男子とか先輩から五回も告白されてたっしょ?」
「ああ、……あれは、ただの季節病だよ」
優莉はあからさまにため息をつき、首に巻いたマフラーに顔を半分うずめた。
「クリスマス前で浮かれてるだけ。ああいう、イベント目的で焦って告白してくるような男は願い下げかな」
優莉の口から出た言葉は至極真っ当な女子高生のそれだったが、その実、内心では激しく舌打ちをしていた。
(冗談じゃない! ガワが美少女だろうが、中身は四十八歳のおっさんなんだぞ!? 男とクリスマスを過ごせるわけがないだろうが! 恋愛イベントなんて全力回避一択に決まってる!)
そんな優莉の切実な心の叫びなど知る由もなく、道ゆく男性たちの視線は、容赦なく優莉に突き刺さっていた。目立たないようにと、あえて地味なオーバーサイズのダウンコートを着てきたというのに、国宝級の超絶美少女のオーラは隠しきれない。むしろ、着膨れした姿から覗く華奢な脚や、マフラーに埋もれた小さな顔がより一層の庇護欲を掻き立てるらしく、先ほどから由愛と二人で歩いているだけで、すでに三回も大学生や社会人らしき男性からナンパの声をかけられていた。
「ねえねえ君たち、高校生? これからご飯行かない?」
本日四回目となるチャラついた男性二人組が、優莉たちの前に立ち塞がる。
「申し訳ありません。当方、現在新規の交友関係を構築するリソースを持ち合わせておりませんので」
優莉は元・総務部長の完璧な営業スマイルと冷徹なお祈りメール構文を放ちつつ、そそくさとその場を離れた。
(……ダメだ、この時期の夜の街は発情した男どもが多すぎる。これ以上外を歩くのは危険だ)
優莉は身の危険(貞操的な意味で)を感じ、隣を歩く由愛の腕を引いた。
「ねえ、由愛。今年のクリスマスはさ……みんなでうちに集まって、クリスマスパーティーしない?」
「えっ! マジで!?」
「うん。外は寒いし変な人に声かけられるしね。うちなら暖かいしスタジオで歌い放題、楽器も弾き放題だよ」
「やるやるやるーっ! 絶対楽しいじゃんそれ! すぐみんなにメッセするね!」
ノリノリになった由愛は、即座にスマホを取り出し、グループチャットへメッセージを打ち込み始めた。
そして迎えた、クリスマスイヴ当日。夕方、玲奈、琴音、雫、そして由愛の四人は、連れ立って優莉のタワーマンションを訪れていた。
彼女たちの頭の中にあったのは、スーパーで買ってきたピザやチキン、スナック菓子を並べて、ジュースで乾杯する『普通の女子高生のクリスマスパーティー』の光景であった。
しかし、専用エレベーターを降りて優莉の部屋の扉を開けた瞬間、四人は絶句することになる。
「…………えっ?」
「なに……これ……」
広大なリビングルームの中央には、天井に届かんばかりの巨大な本物のモミの木のクリスマスツリーが鎮座し、プロの業者が施したであろう完璧なオーナメントと電飾が眩いばかりに輝いていた。
さらに、大きなダイニングテーブルの上に並べられていたのは、ピザやポテトなどではない。明らかに有名ホテルのシェフが手掛けたであろう、キャビアをあしらったオードブル、分厚いローストビーフ、彩り豊かなテリーヌ、そして芸術品のように美しい三段のクリスマスケーキ……どう見ても完全な『超豪華ケータリング』であった。
「みんな、いらっしゃい! 待ってたよ」
サンタクロースの帽子を被った優莉が、満面の笑みで四人を迎える。
「す、優莉……これ、どうしたの……?」
玲奈が引きつった顔で部屋を見渡す。
「え? ああ、せっかくのクリスマスだからね。コンシェルジュに頼んで、手配してもらったんだ。もちろん全額私のおごりだから、今日は遠慮なく楽しんでね!」
優莉は屈託なく笑う。
(ふふふ……元・総務部長の血が騒いで、ついつい予算上限なしで手配の限りを尽くしてしまった。まあ、女子高生のパーティーの相場はよくわからんが、大は小を兼ねるというし、喜んでくれるだろう!)
「そう言えば、優莉の金銭感覚が完全にバグってたこと、すっかり忘れてたわ……」
「資本主義って怖い……」
玲奈と琴音が遠い目をしながら呟いた。優莉の圧倒的な『資本の暴力』と、ピントのズレたおもてなしの心にドン引きしつつも、最終的には豪華な料理とケーキの誘惑には勝てず、大いに盛り上がる女子会クリスマスパーティーが幕を開けたのだった。
高級ジュースで乾杯し、舌がとろけるようなローストビーフに舌鼓を打ちながら、会話は自然と冬休みの予定へと移っていく。
「そういえばさ、年末年始ってみんなどうするの?」
頬張りながら由愛が尋ねると、玲奈がグラスを置いて答えた。
「私は年末は暇なんだけど、年始は親と一緒に挨拶回りが詰まってるのよ」
「あー、玲奈のお母さん、弁護士だもんね。なんか大変そう」
「うちは、毎年おばあちゃんがいる鹿児島に帰省するの。向こうはこっちより少し暖かいから楽しみだな」
琴音がふんわりと微笑む。
「……私は、家族でフィンランド。オーロラ見てくる。お土産、買ってくるね」
雫がチキンをかじりながらボソッと呟き、由愛が「ええーっ!? フィンランド!? おしゃれすぎでしょ!」と目を丸くした。
「いいなー、みんな色々予定あって。あーしんち、両親とも東京出身だから帰省とかないんだよねー。お正月、家でずっと一人とか絶対寂しいよー……」
由愛がテーブルに突っ伏して大げさに嘆く。それを見ていた優莉が、ふと思いついたように口を開いた。
「じゃあ、由愛。私の田舎についてくる?」
「えっ?」
「北関東の地方都市なんだけどさ。一応、お正月らしいのんびりした雰囲気は味わえると思うよ。それに、一人で行くより由愛がいてくれた方が私も楽しいし」
「いくいくーっ!! 絶対いく! スグ、だいすき――っ!!」
由愛は椅子から跳ね起きると、優莉の首元にガバッと抱きつき、頬ずりをして大喜びした。優莉は「ちょっと、苦しいって」と笑いながらも、まんざらでもない様子で由愛の背中をポンポンと叩く。
やがて、お腹もいっぱいになりパーティーも落ち着いてきた頃。
「ねえ、最後にみんなで写真撮ろうよ!」
琴音の提案で、五人は巨大なクリスマスツリーと、窓の外に広がる青山の美しい夜景をバックに並んだ。
「いくよー、はい、チーズ!」
スマホのタイマーでシャッターが切られる。画面には、最高の笑顔を浮かべる五人の少女たちの姿がくっきりと残されていた。
「ふふ、毎年こんな風に、みんなで集まってパーティーができるといいね」
優莉がすぐに共有された写真を見つめながら、心からの言葉をこぼす。玲奈たちも「うん、そうだね」と優しく頷いた。
防音スタジオでの余興のセッションを終え、四人を見送った後。一人になった静かなタワーマンションのリビングで、優莉はツリーの明かりを眺めながら、熱い紅茶を飲んでいた。
(クリスマスが過ぎれば、あっという間にお正月だ。久しぶりに実家に帰るのは楽しみだが……)
優莉はスマホを取り出し、実家の連絡先を表示させる。
優莉は魔導具によって性転換した後、戸籍を『佐藤卓の娘』として登録している。つまり、実家にいる本当の両親は、便宜上『祖父母』ということになっているのだ。
両親は、卓が性転換して「優莉」になったという奇想天外な事情をすべて知っている。その上で、四十八歳の息子だった中身など綺麗さっぱり忘れたかのように、今は優莉を可愛い孫娘として溺愛し、東京で新しい夢を見つけることを心から応援してくれているのだった。
(由愛を連れて行くとなると、あの父さんと母さん……もとい、おじいちゃんとおばあちゃんには、徹底して口止めしておかないとな。うっかり昔のノリで『卓』と呼んだり、俺の男時代の過去をポロリとこぼされたりしたら、一発で大惨事だ)
自分の正体を由愛から守り抜くための、実家での新たなミッション。それに気を引き締めながらも、優莉の口元には、これから始まる賑やかな冬休みへの期待の笑みが浮かんでいた。
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