あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第三話 「さあ、どうする? 佐藤くん」――運命の社長室

 コンコンコン、と重厚な木製の扉を叩く音が、静まり返った最上階の廊下に響いた。

 

「入れ」

 

 扉の向こうから、低く、しかし鼓膜の奥まで届くような威厳に満ちた声が返ってくる。ケーリー本部長がノックに対する入室の許可を得てドアノブを回すと、卓はスースーする下半身を庇うように内股気味で、彼の大柄な背中に隠れるようにして恐る恐る社長室へと足を踏み入れた。

 

 都心を一望できる全面ガラス張りの社長室は、一企業のトップが過ごす空間としてはあまりにも広大で、そして洗練されていた。余計な調度品は少なく、まるで美術館の一室のように張り詰めた空気が漂っている。

 

 その部屋の最奥、窓を向いて立っていた一人の男がゆっくりと振り返る。

 

 彼こそが、サージョトレーディングの最高権力者——九条智(くじょう・さとし)であった。年齢は五十歳ほどだろうか。仕立ての良さが一目でわかるダークスーツを隙なく着こなし、ロマンスグレーの混じった髪をオールバックに整えている。知的で彫りの深い顔立ちと、獲物の急所を瞬時に見抜く鷹のような鋭い眼差し。

 

 一代で……いや、わずか数年という異常なスピードで、サージョトレーディングをただの貴金属採掘業から世界最大のエネルギー企業へと育て上げた、生ける伝説である。

 

(ひっ……!)

 

 卓の身体がビクッと跳ねた。

 

 圧倒的なオーラ。絶対的な権力者としての覇気。四十八歳の中間管理職である卓の魂は、雲の上の存在であるカリスマ社長を前にして、極度の緊張で縮み上がっていた。

 

 本来なら額から脂汗をダラダラと流す小太りのおっさんの図になるはずだが、今の卓の姿は圧倒的美少女である。巨大な肉食獣の前に引きずり出され、恐怖で小刻みに震える可憐な小動物にしか見えなかった。

 

「グレイン本部長、ご苦労だった。業務に戻り給え」

 

「イエッサー!」

 

 九条社長の短く的確な指示に対し、ハリウッド映画にでてくる屈強な傭兵のようなケーリー本部長は、軍人のようにビシッと敬礼に近い返事をして、踵を返すとキビキビとした足取りで社長室から出て行く。

 

 バタン、と重厚な扉が閉まり、社長室には九条と、ダボダボのジャージを着た超絶美少女(ノーパン)の二人きりとなってしまった。

 

 胃が痛くなるような静寂が部屋を包む。九条はゆっくりと歩み寄り、磨き抜かれたマホガニーのデスク越しに卓をじっと見下ろした。

 

「さて、きみが佐藤総務部長で間違いないかね?」

 

「は、はい……っ」

 

 張り裂けそうな緊張の中、卓はどうにか返事だけを絞り出した。声帯から出る鈴を転がすような甘く震える声が、自分でも信じられない。

 

「そうか。まあ、仕方がない、か」

 

 九条は深くため息をつき、頭を押さえるようにして大きな革張りの椅子に腰を下ろした。

 

 その「仕方がない」という言葉が、極度の緊張とパニック状態にあった卓の導火線に火をつけた。恐れ多い社長相手だというのに、抑えきれない感情が口をついて出る。

 

「し、仕方がないってどういうことですか!? お願いです社長、何が起きているのか説明してください! 朝起きたら突然こんなわけのわからない美少女になってるんですよ!? 手持ちの服は全部ブカブカだし、男物のトランクスなんてずり落ちて履けないから、今、俺……私はノーパンでジャージ直穿きして満員電車乗ってきたんですからね!? スースーして気が狂いそうだったんです! もうパニックですよ、いったい俺の身体はどうなっちゃったんですか!?」

 

 美少女の顔を真っ赤にして、半泣きで早口にまくしたてる卓。四十八歳のおっさんの悲痛な叫びが、物語に登場するヒロイン級のビジュアルと声で出力されるという、脳がバグりそうな光景である。

 

 九条はそんな卓の決死の抗議を前にしても眉一つ動かさず、なだめるように手を前に出した。

 

「落ち着け。今から順を追って説明しよう」

 

「……っ、はい」

 

「まず、我が社の主力事業のエネルギー源であり、すでに一般社会にまで広く普及している『マナ・パーティクル』のことは、当然知っているな?」

 

「マナ・パーティクル……はい。ここ数年で化石燃料に取って代わった、クリーンで無尽蔵の次世代エネルギーですよね」

 

 卓が社員として当然の知識を絞り出すと、九条は小さく頷いた。

 

 マナ・パーティクル。今や世界中のインフラを支える大黒柱であり、それを独占供給しているからこそ、サージョトレーディングは世界最大の企業として君臨しているのだ。

 

「世間には未知の素粒子として発表しているが、実は違う。アレは比喩でもなんでもなく、異世界における『魔力』というものだ」

 

「……はい?」

 

「信じられないかもしれないが、私は異世界とこの地球を行き来することができる。そして、異世界側からその『魔力』という概念を地球に持ち帰ってきたのだよ。我が社が数年でここまで成長できたのも、その異世界の資源を活用したからだ」

 

「い、異世界……? 社長が、行き来……?」

 

 卓はポカンと美しい唇を開けた。

 

(なんだそれ? ライトノベルの話か? 世界企業のトップが真顔で何を言ってるんだ……?)

 

 しかし、九条の目は極めて真剣であり、冗談を言っている気配は微塵もない。

 

「そして現在、我が社はただエネルギーを供給するだけでなく、そのマナ・パーティクルを流用して、異世界の『魔導具』を現代のテクノロジーで再現し、より強化したものを開発するための極秘研究を行っている。……昨日、君が備品保管庫で触れた板状のデバイス。あれこそが、開発部が試作した魔導具の一つだ」

 

「あ……っ!」

 

 卓の脳裏に、ケーリー本部長との会話が蘇る。厚さ二センチほどの板。丸い出っ張り。押すとペコンとへこむスイッチ。

 

「あの魔導具は完全に偶然できたものでね。対象の『性別を反転』させ、さらに『年齢を三十歳前後若返らせる』という規格外の効果を持っているのだよ」

 

「性別反転!? 三十歳若返り……!?」

 

 卓は愕然として自分の両手を見た。四十八歳から三十歳を引けば、十八歳。多少の個人差や誤差を考えれば、今の自分の姿が十五歳前後の中高生に見えるのも完全に計算が合う。

 

「開発部は、この『若返り』と『性別反転』という二つの強力な機能をどうにか分離し、実用化できないか試みていた。しかし、魔法的な結びつきが強すぎてその分離を断念したのだ。結果、例の魔導具は失敗作として備品庫に送る予定だったのだが……運悪く、君がその起動スイッチを押してしまったというわけだ。あれは起動したものを変化させるのに十二時間のラグがある。今朝あたりはちょうどだっただろうな」

 

 九条は静かに言葉を区切った。

 

「以上が、ことの経緯になる」

 

 社長室に再び沈黙が落ちた。異世界、魔力、魔導具、若返りと性転換。あまりにも常識を逸脱した、トンデモない説明だった。普通の大人なら「疲れて幻覚でも見ているのか」と一笑に付すだろう。

 

 だが、現に四十八歳の小太り中年だった自分が、国民的アイドルも裸足で逃げ出すレベルの美少女になってしまい、しかもノーパンで立っているという動かし難い『現実』がここにある。自分の身体に起きている超常現象を鑑みれば、この荒唐無稽な話を信じる他にないのだ。卓は混乱する頭をどうにか押さえつけ、無理やり納得するしかなかった。

 

(……いや、待てよ。原因がわかったなら、解決策もあるはずだ! 俺はまだ終わっちゃいない!)

 

 長年のサラリーマン生活で培った切り替えの早さを発揮し、卓はキュッと可憐な唇を結んだ。

 

「事情は……理解が追いつきませんが、とりあえず信じます。それで、社長。私……俺は、元の身体に戻るんですか?」

 

 一縷の希望を抱いて見つめる卓に対し、九条は肯定も否定もせず、スッと指を三本立てた。

 

「君には、三つの選択肢がある」

 

「三つ、ですか」

 

「そうだ。第一の選択肢。もう一度、あの魔導具を使用して性別を反転させること」

 

 それを聞いた瞬間、卓の顔がパァッと明るくなった。

 

(なんだ、もう一回スイッチを押せば元に戻るのか!)

 

 しかし、九条の言葉はそこで終わらなかった。

 

「第二の選択肢だ。今の君の肉体は、おそらく十五歳から十八歳程度。その身体が大卒程度、つまり二十二歳程度になるまでの数年間、私が用意する最高ランクのセーフハウスに潜伏して生活してもらう。そして成人を迎えたのち、改めてうちの社員として雇用する。この場合、これまでの功労に報いるため、給与や待遇は現在の総務部長と同等のものを保証しよう」

 

「えっ……?」

 

 卓は目を丸くした。セーフハウスでの潜伏? そして再雇用?それはつまり、この美少女の姿のまま、第二の人生を生きろということではないか。

 

「そして第三の選択肢。会社が全面的にバックアップするが、戸籍等はこちらで完璧に偽造し、このまま見知らぬ『別人』として全く新しい生活を始めるというものだ。生活費や住居、学費など、必要な資金はすべて会社が裏から支援しよう」

 

 突きつけられた三つの道。

 

 もう一度魔導具を使い、元の男に戻る賭けに出るか。保護されながら、美少女としてエリート社員の道を再び歩むか。会社の強大なバックアップを受けつつ、全てを捨てて別人としての未知の人生を歩むか。

 

「さあ、どうする? 佐藤くん」

 

 伝説の経営者である九条の底知れない瞳が、卓を真っ直ぐに射抜いていた。世界最大のエネルギー企業を揺るがす……いや、四十八歳のおっさんの運命を激変させる究極の選択が、今、可憐な美少女の華奢な肩に重くのしかかっていた。




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次回は明日7:11に投稿です。
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