あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「あけましておめでとうございまーす!」
勢いよく一年C組の教室のドアが開き、底抜けに明るい声が響き渡った。
三学期の最初の日。由愛が元気いっぱいに教室に入ってくると、クラスメイトたちも次々と新年の挨拶を交わし、教室は一気に賑やかな空気に包まれる。
始業式を終えるとお昼休みになり、いつもの五人で机をくっつけてそれぞれお弁当を広げていた。すると、年明けの五日まで家族でフィンランドへ旅行に行っていた雫が、無言でゴソゴソと紙袋を取り出し始めた。
「……お土産」
そう言って配られたのは、北欧らしいオシャレで温かみのある木製食器(ククサ)と、毛むくじゃらで異様に目が大きい、なんとも言い難い不思議な妖精の民芸品だった。
「わぁ、このコップ可愛い! ……でも、この人形はちょっと呪われそうじゃない?」
由愛が木製食器に喜んだ後、民芸品を指でツンツンと突きながら笑う。
「……魔除け」
雫が眼鏡をクイッと押し上げて短く答えると、隣で玲奈が深いため息をついた。
「はぁ……雫の海外旅行が羨ましいわ。私なんて、お正月からお母さんの仕事の挨拶回りに付き合わされて、周りはおじさんばっかり。おまけに『お嬢さん、綺麗になられましたねぇ』なんて変な目で見られるし、本当に気疲れしたわ……」
弁護士の母親を持つ玲奈のぼやきに、優莉は内心(おじさんたちの気持ち、痛いほどわかるぞ……玲奈はスラックス姿が凛々しくて本当に美人だからな)と密かに同情していた。
「まあまあ、玲奈ちゃんお疲れ様。これ、私からのお土産。鹿児島のお茶とお饅頭だよ」
琴音が聖母のような微笑みとともに配ってくれたお饅頭をかじりながら、こうして三学期はまったりと、そして和やかに始まっていったのだった。
しかし、まったり感とは裏腹に、このところ優莉の身には「少し変わったこと」が起きていた。優莉が、タワーマンションに附設された居住者専用の高級フィットネスジムに定期的に通って汗を流していることは、以前にも紹介した日課である。
だが、最近になって、そのジムでのマシントレーニングやランニング中、自分の『体のキレ』が一段と増してきていることに気づいたのだ。
思い当たる節はある。サージョトレーディングの開発部――あの天才にして変態的な女性研究員たちによる、年末の定期健康診断でのことだ。
『優莉ちゃん、性転換してから半年が過ぎるんだっけ。じゃあ、そろそろ四十八歳の脳の処理速度と、十五歳の肉体の神経系が完全に最適化される時期になるわ。マウスやサルでは運動能力に20~30%の向上が見られたのよ。ただ、ヒトでの検証は数が少なすぎて、最適化された後の身体能力がどこまで跳ね上がるかは、私たちにも未知数なの』
白衣の松田が、タブレットを見ながら鼻息荒くそんなことを語っていたのだ。
その「最適化」が、ある日の体育の授業中、唐突に完了した。種目はバスケットボール。優莉がドリブルをして敵陣に切り込もうとした、その瞬間だった。
――カチッ。
脳の奥底で、スイッチが切り替わったような、明確な音が鳴った気がした。
次の瞬間、優莉の視界に入るすべての景色のスピードが、極端に遅くなった。いや、違う。周りが遅くなったのではなく、優莉自身の情報処理能力と反射神経が、極限まで研ぎ澄まされたのだ。
(な、なんだこれ……!? 体が、完全にイメージ通りに動く……!)
優莉はディフェンスに来た女子生徒の動きをコマ送りのように見切り、プロ顔負けの鋭いクロスオーバーで瞬時に抜き去る。そのままゴール下へ跳躍すると、十五歳の少女とは思えない滞空時間から、美しいフォームでレイアップシュートを決めた。
スパッ、とネットを揺らす綺麗な音。
その後も優莉の暴走は止まらなかった。圧倒的な瞬発力でパスカットを連発し、スリーポイントラインの遥か後方から放ったシュートすら、吸い込まれるようにゴールへ沈む。
終わってみれば、優莉一人で四十得点という異常なスコアを叩き出していた。
「はぁ、はぁ……」
息を整える優莉の周りでは、クラスメイトたちがどよめき、大騒ぎになっていた。
「ちょ、ちょっと優莉ちゃん、なにあの動き。ヤバすぎない!?」
「顔が国宝級で、頭は学年トップクラスで、遂に身体能力まで圧倒的って……なんかもう、同じ人間として慄くんだけど……!」
遠巻きに畏怖の目を向けてくる女子たちに、優莉は引きつった愛想笑いを返すしかなかった。
その超人化現象は、日常の思わぬところでも発揮された。翌日の通学中。横断歩道の手前で、走っていた小学生の男の子が派手にすっ転びそうになった時のことだ。
優莉の体は、思考よりも先に動いていた。アスファルトに顔から突っ込む寸前の男の子の襟首を掴むと同時に、その勢いを殺すため、優莉自身がまるでプロのスタントマンのような滑らかな前転(パルクールロール)を決め、男の子を抱き抱えたまま無傷で着地してしまったのだ。
(……あっぶねえ! 幸い人通りが少なくて誰にも見られなかったから良かったものの、完全に女子高生の動きじゃなかったぞ今の!)
さらにその日の休み時間。教室で男子生徒たちがふざけて投げていたバレーボールが、軌道を逸れて優莉の背後から後頭部めがけて飛んできた。
――パァンッ!
優莉は振り返ることすらなく、飛んできたボールを「ノールック」で片手キャッチしてしまった。
「…………えっ?」
ボールを投げた男子たちが、文字通りドン引きして固まっている。
「……危ないから、教室内でボール遊びは控えてね」
優莉が笑顔でボールを返すと、男子たちは「は、はいぃっ!」と怯えたように直立不動になった。しかし、こうした驚異的な身体能力を発揮した本人も調整が利かないことに焦っていた。
(だめだ、この体、自分でも引くほど身体能力がチート化してる……。目立たないように手加減する練習をしないと)
優莉は元・総務部長らしく、早急なリスクマネジメントの必要性を痛感していた。
――しかし、良いことばかりではないのが、この『女性の身体』というものの厄介なところである。肉体が完全に最適化され、覚醒したということは、つまり「女性としての機能」もまた、正常に働き始めるということだった。
数日後の放課後。優莉はタワーマンションの自室へ帰るなり、下腹部を襲う鈍い痛みと、身体中を覆うような微熱に顔をしかめていた。
(なんだこの重だるさは……。風邪か? いや、熱も関節痛もない。この下腹部を締め付けられるような重い痛みは……)
嫌な予感がしてトイレに駆け込むと、下着に微かな出血の跡があった。そう、優莉にとっての『初めての生理』である。
「……なるほど、そういうことか」
優莉はトイレの個室で、冷静に状況を分析していた。元々、開発部の研究員からは「身体の機能が完全に定着すれば、遠からず女性特有の生理現象も訪れる」と事前に説明を受けていたのだ。大人の男性として、そして総務部長として女性社員の体調管理(労務管理)にも気を配ってきた彼にとって、生理のメカニズムは知識として完璧に頭に入っている。
「ふむ、まあ慌てることはない。これも想定内の事象だ。対策アイテムの備蓄は完璧だし、衛生管理の手順もマニュアル通りに遂行すればいいだけのこと」
優莉は戸棚から事前に用意しておいたサニタリー用品を取り出し、手際よく、かつ論理的に処理を終えた。
しかし――。
リビングのソファに横たわった優莉を襲ったのは、論理や知識ではどうにもならない『圧倒的な感情の波』だった。
「……痛い。お腹、痛い……」
徐々に強くなる下腹部をギュッと雑巾のように絞られるような鈍痛。そして何より、自分でも理由がわからないほど、精神的にひどく物悲しく、涙もろく、何もかもが嫌になるような無気力感が襲ってくる。
(なんだこれ……。頭では分かってるのに、気分が沈んでどうしようもない……。ホルモンバランスの乱れって、こんなに理不尽でキツいのか……)
四十八歳のおっさんの強靭なメンタルのはずが、十五歳の少女の暴走するホルモンにあっさりと敗北し、優莉はソファの上で毛布にくるまりながら小さく丸まっていた。
ピンポーン、ピンポーン。ふいに、玄関のチャイムが鳴り響いた。
(……あっ。そういえば今日、うちのスタジオでバンドの練習日だった……!)
優莉は重い体をどうにか引きずり、インターホンのロックを解除して、四人を部屋へと招き入れた。
「やっほー、スグ! 今日も練習……って、あれ?」
一番に入ってきた由愛が、優莉の青白い顔を見てパチリと瞬きをする。
「優莉ちゃん、どうしたの? なんだかすごく顔色が悪いし、体調悪いの?」
いち早く体調不良に気がついた琴音が、心配そうに駆け寄ってきた。
「えっ、スグ、大丈夫!? 風邪ひいた!?」
由愛も慌てて優莉の背中を支える。
「ご、ごめん、みんな……。実は……その……」
優莉は言い淀みながらも、隠しても仕方がないと観念し、力ない声で告げた。
「今日、初めて……その、生理が、きちゃって……。お腹痛いし、なんだかフラフラして……」
十五歳での初潮はかなり遅い方である。その言葉に、四人は「えっ!?」と一斉に驚きの声を上げた。
「優莉、初めてだったの!? あー、そういえば、今まで体育の授業を休むこととか、一度もなかったもんね」
玲奈が納得したようにポンと手を打つ。
「……知識と現実は、違う」
雫が、的確すぎる言葉で優莉の現状を言い当てる。そこからの四人の行動は、優莉の想像を遥かに超えるほど迅速で、温かいものだった。
「優莉ちゃん、とりあえず横になって! お腹冷やしちゃダメだからね!」
琴音が手際よくクッションと毛布をセットし、優莉をソファに寝かせる。
「あーし、ホッカイロ持ってるから貼ってあげる! あと、温かい生姜紅茶淹れるね!」
由愛がキッチンへ駆け出し、手早くお湯を沸かし始める。
「鎮痛剤は飲んだ? まだなら、私、眠くなりにくいやつ持ってるから飲みなさい」
玲奈がバッグから常備薬を取り出し、水と一緒に差し出してくれた。
(すごい……みんな、自分のことのようにテキパキと……)
優莉は毛布に包まれながら、お腹に貼られたホッカイロの温かさと、渡された生姜紅茶の湯気に、じんわりと心が解れていくのを感じた。男だった時代には決して知ることのなかった、女性特有の苦しみ。そして、それを分かち合い、助け合う女子同士の強固な『団結力』。
「……ありがとう、みんな。なんか、すごく安心した……」
ポロリと、優莉の目から自然と涙がこぼれ落ちた。これもホルモンのせいかもしれないが、心から頼れる友達がそばにいてくれることが、今の優莉には何よりの救いだった。
「今日は練習は中止! スグはとにかくゆっくり休むこと!」
「うん。何か必要なものがあったら、遠慮なく言ってね」
由愛と琴音の優しい言葉に甘え、優莉はその日、温かい毛布の中で深い眠りについたのだった。
――ちなみに。
最適化に伴う反動であったためか、死ぬほど辛かったのはこの最初の三日間だけであった。
魔導具によって作り変えられたこの国宝級の肉体は、内部機能に至るまで極めて優秀に設計されていたらしい。二回目以降の生理は「嘘でしょ?」と優莉自身が拍子抜けするほど軽く、痛みもほとんどない超優良仕様へと落ち着いたのである。
(神様、このチートボディにしてくれて、本当に、心の底からありがとう……!)
後日、優莉が西の空に向かって深く手を合わせたのは、言うまでもない。
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